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「お疲れ様、レイシス。そいつ縛って貰っていい? 騎士に突き出さないと」
「もちろんです。アイラ、怪我はない?」
相手の実力も計れない男が口を閉ざすまでは一瞬。
悲鳴をあげる事もできず気を失ったらしく、どさりと地面に転がる音に、ポジー少年が僅かに瞼を揺らす。よかった、完全に意識がないわけではないらしい。
「私は大丈夫。ポジーくん、聞こえる? 回復するからちょっと動かないでね」
う、とうめき声をあげるポジー少年を治療している間、レイシスが警戒するように辺りを見回している。
いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。応急処置だけして、あとはベルマカロンの店舗に運んで治療しよう。
「……よし、応急処置は終わり! あ、でも」
レイシスは男を蛇でつないでいるが、さすがにポジー少年に肩を貸すとなると手が塞がってしまう。かといって、小柄だとは言ってもポジー少年は私より少し大きい。運べるかな、と思案すると、レイシスはあっさりと私が運ぶことを却下した。
「ポジー、足をひねっっているでしょう。俺が運びます。手が塞がりますから急いで。ジェダイは……お嬢様の護衛をお願いできるだろうか」
ジェダイの姿が見えないらしいレイシスが首を回しながら声をかけると、ジェダイが胸を張って頷くのが見えた。
「大丈夫だって。急ごう」
レイシスがポジー少年を抱えたのを確認して、足早に路地を抜ける。少し人通りのある道に出ると、不審な魔力を感知したのか現れた巡回中らしい騎士を見つけて、すぐに事情を説明した。
騎士の対応をレイシスに任せ、まだ呻いているポジー少年の足だけでも先に治療してしまおうと回復魔法を施していく。太ももの裏側にある切り傷は、鎌の傷だろうか。
「ごめんね。ちょっと痛むかも」
足を動かし、魔力漏れが起きていないか丁寧に調べていく。
よかった、鎌の傷はひどいが、大事に至るものはなさそうだ。
「お嬢様、何かあれば学園を通してもらうことにします。粗方説明はしたので大丈夫だとは思いますが」
騎士への説明を終え男を引き渡したレイシスは、細かく事情を説明するのは学園を通して、と話をつけてくれたらしい。
ポジー少年にしっかり回復魔法をかけたいと伝え、再びレイシスの手を借りてポジー少年をベルマカロンへと運ぶ。
店舗の前に来たところで、丁度戻ってきたところらしいカーネリアンとサシャが私達を見て目を丸くした。
「姉上!? いったい何事ですか!」
「カーネリアン、サシャ、久しぶり。とりあえず入れてくれない?」
私の言葉に、カーネリアンの後ろに居た男性がさっと動いて扉を開けてくれた。秘書のように付き従っているが、恐らくデラクエルの指導を受けた『大人』だ。カーネリアンの護衛だろう。
すぐに案内された部屋でポジー少年を寝かせ、目に見えてわかるひどい怪我から治療していく。さっきは外傷はさっと治療しただけで、魔力漏れを重点的に治していたので少し出血が多いかもしれない。魔力も多く流れ出ただろうし、手持ちの薬で足りるだろうか、と思案していると、ふっと前が翳る。
「アイラお姉さま、店舗に常備してある救急箱です。使えるものはあるかしら」
「ああ、ありがとう、さっすがサシャ!」
感謝して治療しながらあけてもらった箱に目を通す。お、上級魔力回復薬に、かなり優秀な軟膏タイプの傷薬。
「ごめん、使わせてもらうね。カーネリアン、補充よろしく」
「了解、姉上の給金からでいい?」
「うっ……まあいいけど」
「冗談。あとで事情説明してよね」
レイシスがポジー少年の身体を動かすのを手伝ってくれるので、さくさくと治療を進めていく。その間真剣な表情をしているものの黙って見守ってくれているカーネリアンが、以前見た時より大きくなっていることに僅かに驚きながら、私はゆっくりと息を吐いた。
「よし、これで大丈夫。魔力の流しすぎで眠ってるけど、全箇所治療終了」
私の言葉でサシャがほっと力を抜いたのが見えた。サシャも随分と大人っぽくというか、綺麗になった。美人さんだ、目の保養! なんだか「アイラお姉さま」って呼ばれるとにやけそうだ。
「何にやけてるんだ」
コツンとカーネリアンに額を小突かれる。にやけそうじゃなくて、にやけていたらしい頬を隠しながら久しぶりの弟を観察する。こっちも綺麗になったとはどういうことだ。カーネリアン、なんか逞しくなった気がする。
「あ、王子に聞いたよ。カーネリアン、学園に来るかもしれないんだって?」
「ほお、あんだけ心配かけておいて最初の話題がそれなの? さすが姉上、相変わらず」
顔は微笑んでいるがオーラが怒っているカーネリアンの雰囲気に飲まれそうになり、ひっと息をのんで慌ててサシャに抱きつくとべりっと剥がされた。ひどい!
「見ての通り、お嬢様は大丈夫だよ、カーネリアン」
くすくすと笑うレイシスを見ながらぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回したカーネリアンは、そうみたいだな、とそっぽを向いた。
「……心配してくれたんだ」
「うるさいな、当たり前」
「えっへへー、おねえちゃん、可愛い弟がいて幸せだなー!」
「うるさい! くっつくな! 離れろこの馬鹿姉上!」
最近生意気だな我が弟よ! とそんなことをいいつつじゃれ合って、ふとその緑の瞳を覗き込む。自分と同じであるその瞳を見つめながら、笑う。
「本当に大丈夫。無事に帰ってきました!」
無言で、今度は私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回したカーネリアンから離れると、「それで」とカーネリアンが投げた視線の先を追う。眠っているポジー少年だ。
「これはいったいどういうことですか姉上。一難さってまた一難じゃないでしょうね?」
「んー、実は私もよくわからないんだけど」
そういいながら、レイシスと二人で状況を説明する。
その間にサシャがお茶を淹れてくれ、皆の前に並ぶ頃に説明を終えると、お茶を飲んで一息ついたカーネリアンがなるほど、と頷きながら私を見た。
「っていうか姉上、裏路地に近寄るなよ」
「いや、先生の話では裏路地ってわからなかったんだって」
私ワルクナイ。
「というか、お嬢様がやろうとしたことがまず危ないんですけどね。毒薬の成分分析なんて」
「うっ」
私が悪かったです。
項垂れていると、顎に手を添え考え込んでいたカーネリアンが視線を彷徨わせる。
「イムス家か……突然あんな騒ぎになってあの領地はかなり荒れているらしいな。父上も同じ業種だからと気にしていたが、これと言って怪しい薬品についての噂は聞かない」
「そうなんだ……」
父上やカーネリアンも知らないとなると、本当にこっそり使われていた薬なのか。もう使われてないといいんだけど。
話しこんでいると、話題は次第に夏の間の強制的な旅の事になる。通った場所を説明していると、カーネリアンが急にむっと口を尖らせた。
「そこまで来たなら、うちに寄ればよかったのに」
「近くまでは行ったけど、領地内には入ってないし」
ふん、と鼻を鳴らしたカーネリアンは、まあいいけど、と拗ねたように呟く。それを見てくすくすと笑ったサシャが、真っ赤な顔のカーネリアンに詰め寄られているのを見ると、なんだか実家に戻った気分だ。
けど。
ちらりと視線を奥にやれば、そこには眠っているポジー少年の姿。
ポジー少年の目覚めを待ちながら四人であれこれと話をしていたが、そろそろ戻ったほうがいいかも、という時間になってもポジー少年は目が覚めなかった。
困ったな、と思案していると、下の従業員が来客を告げた。
「ガイアスさんがお見えです」
「え」
目を丸くすると、よお、と軽く挨拶をし現れたガイアスの後ろに、フォルもいる。
「あれ? 二人とも」
「補習の担当終わったから戻ったら、フォルが困った顔して出かけようとしてたんだよ。騎士から学園に、生徒が喧嘩に巻き込まれたらしいって連絡があって」
「詳しく聞いたら、被害者の友人の特殊科二年の生徒が近くの店で預かってるって聞いたから、迎えに行こうとしてたところでガイアスに会ったんだ。アーチボルド先生と兵科の先生、心配してた」
「助かった! フォル、ちょっとポジーくん一緒に診てくれる? もう大丈夫だと思うんだけど目が覚めなくて」
「わかった」
すっと奥に向かうフォルの後ろをついていき、二人でポジー少年をもう一度診察する。
「うーん……特に問題ないと思うんだけど……」
「やっぱり疲労かなぁ」
あれこれ診察し、異常がないことを確かめる。
「大丈夫だと思ったからお医者様に見せなかったんだけど、病院行ったほうがよかったかも……」
「いや、治療は適切だったと思うから大丈夫。二年の医療科は緊急時の治療を任せられているし」
疲労だな、とフォルの判断で、ガイアスが「俺が運ぶよ」と手をあげる。
「カーネリアン悪いな、またゆっくり話そうぜ。……っていっても、もう半年もしたら学園にいるか?」
「かもね。まだ返事してないけど」
カーネリアンが軽くぱちんとガイアスと手を合わせると、移動する。サシャがゆっくりと兄二人に近づいて、無事でよかった、と小さく告げた。
「おう。心配かけたな」
「あまり心配はしていなかったかもしれません……だって、お兄様達ですし」
くすくすと笑うサシャの頭をガイアスとレイシスが順番に撫で、ガイアスが立ち上がってポジー少年を背負う。
行こうか、とポジー少年を背負ったガイアスが階段を下りるのをレイシスが手伝い、後に続こうとしたところで、小さく「待って」とカーネリアンの声がした。
「え?」
「姉上はおりてて。……フォルセ様」
改まった様子でカーネリアンが呼び止めたのはフォルで、首を捻る。どうしたのだろう、とフォルとカーネリアンを交互に見つめると、フォルは笑って私を下へと促した。
「すぐに行くから」
「……わかった。カーネリアン、サシャ、またね?」
手を振って階段を下りるも、気になって出口付近で待つ。宣言どおりすぐに下りてきたフォルは私が待っていることに気がつくと、ふわりと微笑んだ。
「これ、お土産にどうぞだって」
フォルの手にあるのは、ベルマカロンの焼き菓子の詰め合わせにケーキの箱のようだ。あ、すっかりお土産のこと、忘れてた。
「おーい行くぞー」
ガイアスに急かされて、私達はもう一度出口まで出てきてくれたカーネリアンとサシャに手を振って歩き出す。まだ早い時間だと思ったのに、お日様はすっかりと空をオレンジ色に染め上げていた。
自サイトでハロウィンぽいif番外編更新中です。
ノベルゲーム風味で選択肢があるので、なろう様では更新できないかと思われますが、お時間がありましたら楽しんで頂けますと幸いです。
※本編より恋愛要素が強いルートも存在しますので、苦手な方にはおすすめできません。




