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 先生に言われた大魔法の弱点を調べ終え、おねえさまと二人お茶を楽しむ。会話は弾んだと思ったのだけれど、おねえさまは夕食まで休むと早々に部屋に切り上げてしまった。

「アイラ、大丈夫か?」

 気づくとガイアスが心配そうな表情で私を見ていて、ぼんやりしていた私は慌ててもちろんと頷く。

「でも……」

 隣に座ったレイシスが心配そうに私を見つめるのに、私はゆるく首を振る。

「私より、おねえさまだよ。顔色よくなかったし、大丈夫かな」

「……ラチナを心配してずっと不安そうにしてたのか、なるほどね」

 瞬きをしたガイアスがふっと息を吐くと、レイシスとは反対側に座り、私は二人に挟まれる形でソファに身を沈める。

 部屋にはフォルとルセナもいるが、しんと静まり返っている。なんとなく居心地が悪くて、私はグリモワに触れる。表面の石を撫でていると、ふわりとそこからジェダイが飛び出した。

 どうしたのだろうかと彼を追って顔をあげると、ジェダイはふわふわと羽をはためかせ、お散歩に行きたいという。

「いいよ。一人で大丈夫?」

 急に声を出した私に反応するようにガイアスとレイシスが私を見るが、二人はそもそも突然話し出す私に慣れているせいか苦笑するだけだ。

「精霊か?」

「ジェダイが散歩してくるって」

 すでに背を向けて飛び出していく彼を視線で追うと、ガイアスがへぇ、と私の視線を辿る。

「元気になってきたんだな」

「そうみたいだけど……あ、アルくんもついて行った。大丈夫そう」

「なんだ、アルのやつ優しいな」

 満足そうにガイアスが笑うと、レイシスも笑みを零す。少し和らいだ空気を感じながら、そういえば、と二人を見た。

「カーネリアンが来年学園に来るかもって知ってた?」

「え、まじ? 聞いてない」

「俺も知りませんでした」

 目を丸くする二人に、だよねぇと呟く。ふと、サシャはどうするのかな、と思っていると、ガイアスがにやりと笑った。

「しばらく忙しかったとはいえ、心配かけた割りに会えなかったからな。実家に帰るのは無理でも、今度誰か王都に来る用事があれば会えるように手配しとく」

「お父様かカーネリアンなら、仕事でよく王都に来ていそうね」

 少し嬉しくなって笑っていると、ひょこっと私達の前にルセナが顔を出した。

「ごめんなさい。あの、先生の課題上手く進まなくて。相談のってもらってもいい?」

 珍しいルセナの申し出に驚くが、もちろんと言って資料を広げ四人で机を覗き込んでいると、フォルが部屋を出て行くのが目に入る。

 私の視線に気づいたフォルがふっと笑うと、上にいる、といいたいのか天井を指差した。部屋に戻るのだろうと頷いて手を振り、再びルセナ達と机を覗き込む。

 と、隣にいるレイシスの肩が触れた。反射的にそちらを見るが、レイシスは真剣にルセナの相談にのっていてこちらに気づくことはなく、再び私も机に視線を落とすがやはり少し肩が触れる。

 反対のガイアスとは触れないこの距離になんだかどきどきとして、慌てて机の上の資料に集中する。

 ルセナはあまり不得意属性という属性がないので、そもそも弱点が目につきにくいらしく並ぶ言葉がどうにも弱いようだ。それはそれでいい部分もあるが、飛びぬけて得意な部分がどうしても防御である彼は納得がいかないと難しそうに唸っている。

 ルセナの話を聞いていると逆に勉強になるな、と私は触れる肩から意識を無理矢理剥がし、なんとか皆の会話についていくのだった。



 王子とフォルが忙しそうにしていると気づいたのは、それから数日経った頃だった。ガイアスとレイシスも席をはずしている事があるが、二人はそれ以上に思う。

 そういえば最近夜も二人がいないことが多いな、とは思っていたが、それはおねえさまの一言で確かな疑問に変わった。

「噂、ずいぶんと落ち着くのが早いですわね。皆の前でデュークたちが一喝してくれたとは言え……」

 少なくとも数日は続くだろうと思われたあの私と王子が婚約するような噂話は、あっという間になぜか「やっぱり嘘だよね」というなんとも笑い話に近い形で終わりを見せた。

 もしかして、とここにいない二人を思う。最近急がしそうなのって、彼らが何かしているからではないだろうか。特に王子は早く動かないといけなかったのかもしれない。相手が私でなくとも成人までには婚約を発表するんじゃないかっていう雰囲気はもともとあったわけだし。私が焚きつけたとは言え、素直に関心する。きっと私にはできないことだから。

 最近またフリップ先輩のところに王子が通っているのを見ているし、と、まるで結婚を許して貰うために女性の実家に日参しているような光景を思い出すが、王子の表情を見るに他にも何かありそうな気もする。

 無事に過ぎてくれればいいけど、とぼんやり考える。私達の医療科の研究は無事に終了し、その治療法が以前より少し手間を短縮できるということで医療科の教師に褒められ、よりわかりやすくするためにと資料を集めていた私達も少し忙しかったせいか最近あまり皆で集まれていない気がする。

 少し寂しいな、と思うが、それでも皆で一緒にあの屋敷にいられるのは幸せなことだろうと考えた時、胸がぐっと苦しくなった。あの屋敷にいられる期間はもうそんな長くない。王子は成人を迎えるし、私達はもう二年生を半分過ぎている。

「アイラ? これ、纏めちゃいましょう」

「あ、はい。おねえさま」

 おねえさまに言われて再び医療科の資料に向き直り、私はペンを走らせた。

 が。

「おい、お前」

 突如聞こえた声に、ぴたっと動きを止めた。

 教室の入り口にいたのは、グラエム先輩だ。違和感ありまくりの彼の姿を思わず凝視すると、むっとして彼は目を細める。

「お前だ、お前。ちょっと来い」

「無理です」

 すぱっと答えると、彼は眉間のしわをさらに深くする。いや、私も答え方というものがあったかもしれないが、そもそも今ここにガイアスとレイシスはおらず、フォルもいない。

 いるのはフォルを除いた班の皆で、フォルは先生に呼ばれて今ここにはいない。そんな中、私が一人出るということはおねえさまも私もそれぞれが特殊科の面々とは離れるということだ。うん、無理だ。

 私の言葉でちっと舌打ちをした彼は、少し考えて「ここでいい」といい手招きする。

 不審に思いながらも席を立ち近づけば、ふわっと周囲を魔力が覆った。

「えっ!?」

 間違いなく防音の魔法だが、壁も何もない空間に張るとは。普通壁の大きさに合わせたりするのが調整が楽なのだけど、私達二人の周囲だけに作り出すなんて難しいことを軽々やってのけた事に驚きつつグラエム先輩を見上げれば、私を見下ろす視線は厳しいものだ。

「お前大丈夫か」

「……へ?」

 意外な言葉に思わず目を丸くすれば、グラエム先輩ははっと目を見開いたあと視線を泳がせる。

「気づいているんだろう、この前の噂、故意のものだ。誰かがお前を貶めようとしたんだぞ」

「ああ、そう、でしょうね」

 漸く理解が追いついたものの我ながら間抜けな返事を返せば、グラエム先輩は眉間のしわを深くする。

「心配した俺が馬鹿だった」

「心配してくれたんですか? ありがとうございます」

 はあ、と聞こえる深いため息に、むっとする。なんなのだ。心配してくれたことは嬉しいがこのため息は。

「お前、普通の女子の神経の百倍は太いんじゃないか」

「いろいろ失礼です」

「まあいい。……今回の噂、どう思った」

「は?」

 何が聞きたいのだとグラエム先輩を見上げれば、思いのほか真剣な瞳が私を見下ろしていた。どうって……もしかして私と王子の噂の狙いがフォルとの仲を裂くような意図があるかも、と思ったことだろうか。

 しかし、証拠があるわけでもない。

 答えあぐねていると。グラエム先輩は小さく嘆息した。

「まあ、いい。お前の王子様は必死に手を回してたみたいだがな」

「あ、やっぱり王子達、何かしてたんですか?」

「そっちじゃなくて……まあいいか。当たり前だ。お前だけじゃなくてあっちのお姫様にも影響しないとは言い切れない状態だっただろ、いつになく王子は必死だったろうね。大事な時期だしな」

「はあ」

 あっちのお姫様、と視線を向けたのはおねえさまのほうだ。相変わらず話が全部理解はできないが、ようは王子が頑張ったということだろう。

 うーん、私も何かしたほうがいいかな。

 私も何もしなかったわけではない。実はあの淑女科の先輩達の言う「確かな筋」とやらを調べようと情報収集に走ってみたのだが、あの人達のつながりだとレディマリア様が濃厚だ。だが、彼女があの噂を流すメリットがわからない。それ以上は私の能力では調べきれなかったし、おねえさまも独自に動いていたようだが手詰まりだったようだ。

 こういった騒動は、目の前に雪熊やら魔物が現れるより面倒だ。倒せばいいってもんでもないし。どうやら私、情報戦は苦手分野らしい。商人としてのつながりはあるが、今回は役立たずだ。

 と、こつんと額を小突かれ我に返る。

「俺様を目の前にしてぼけっとするとはいい度胸だ」

「あ、忘れてました」

「……ほお」

 ぴくっと頬をひきつらせたグラエム先輩を見て、慌ててにっこりと笑みを浮かべる。素直に言い過ぎた。

「ったく。いいか、お前絶対一人になるなよ」

「えっ、さっき私一人だけ呼ぼうとしたくせに」

「俺がいるからいーんだよ! いいか、狙いはお前だった。わかるな?」

 グラエム先輩がいつもの軽い調子じゃなく、本当に真剣な目で私を見るので思わず頷く。

「……はい。ごめんなさい」

「なんだ、お前素直にできんのか」

「え、私先輩の前ではかなり素直だと思うんですけど」

 これは本当だ。完全に言いたいことをばっちり言ってある。出会いが出会いのせいであって、最初っから私を嵌めようとするからつい本音が……けど、その後なんだかんだでお世話になっているのも事実。そこまで考えてふと気づく。

「……先輩、どうして、今ここに来てくれたんですか?」

 私の質問に、グラエム先輩は「は?」と間抜けな声を上げた後、少し目を見開いた。そしてすぐに逸らした。おい。

 逃がすものかとしばらくじっと見ていると、先輩はぽつりと「あの時は悪かったよ」と続けた。

「え?」

「……あーもう、後は知らん! 勝手に悩め、馬鹿アイラ」

「えっひどい」

 なんなのだ、とグラエム先輩を仰ぐと、ふとグラエム先輩がにやりと表情を変えた。

 え、と思うまもなく抱き寄せられ、顔が近づく。まるで恋人同士のように近い距離にぎょっとして手を突っ張ろうとしたとき、耳元に唇が寄せられた。

「王子様でも騎士様でもどっちでもいいからはやくくっついとけ」

「は? っていうか、離してくださっ」

 言い終わる前にひゅっと伸ばされた手が私を覆う。グラエム先輩にお見舞いしてやろうと振り上げた手は、腰に回され後ろに引っ張られたせいで空を切り、間に誰かが入り込む。

「何してるんですか、先輩」

 氷を思わせるようなつめたい声が今度は後ろから聞こえた。

「レイシス、フォル?」

 私と先輩の間に入って短剣を構えたレイシスと、私を後ろに引いたフォルが、グラエム先輩に鋭い殺気を放っていることに気づき、慌てた。

「ちょ、待って」

「じゃーな、アイラ?」

 わざわざにっこりと笑みを向けたグラエム先輩はレイシスとの距離をあっという間に離し、さっさと窓から飛び出した。おい! この状況でなんてことを!

 この後なぜか二人に「隙がありすぎるんです!」と怒られた私は、グラエム先輩がいったい何がしたかったのかすらわからず途方に暮れたのだった。



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