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「レディマリア様、いったいどうなさったの?」

 ふわりと柔らかな髪を揺らして前に進み出たのは、ルレアス公爵令嬢、ローザリア様。まるで今までここにいなかったような口調で、どこか困惑した表情を浮かべている。既に纏めた本を持っているところを見ると、授業が終わってすぐに席をはずしていて戻ってきたのかもしれない。

 どうやらただ事ではないこの場を収めようとしてくれているらしいが、不安そうに揺らぐ視線でレディマリア様はとうとう目に涙を浮かべ始めた。この場に割り込めるのは確かにローザリア様くらいだろう。

 レディマリア様は科は違うもののローザリア様がいればかならず挨拶しそばにいた。仲がいいのだろうと見てみれば、助けを求めるようなレディマリア様を見たローザリア様は、ゆるゆると首を振る。

「殿下、フォルセ様。友人がお騒がせ致しまして申し訳ございません。きっと何か誤解があったのでしょう。この場は私がお話を聞いて参りますのでどうぞご容赦を」

「ローザリア」

 目を細めた王子がローザリア様をも睨むように見つめるが、彼女は凛とした佇まいでレディマリア様の前から動くことはなく王子に頭を下げた。

「……わかった。ローザリアに任せる。行くぞフォル、ラチナ、アイラ」

 わざわざ私達の名を呼んだ王子が歩き出すと、ざっと人に埋もれていた道が割れていく。アニーとトルド様に軽く挨拶し嘆息しながら纏めた荷物を持ち、心配そうな表情で駆け寄ってきたガイアスとレイシスの後に続いて教室を出る。

「おねえちゃん、大丈夫?」

 心配そうに見上げるルセナに笑みを返す。予想外な事も予想通りの事も続いたが、私は別に問題ない。ダメージを受けているとすればおねえさまだろう。

 しかしそれをここで口に出すことはできず、あえてけろりとした声音を意識して口を開く。

「前も似たような事があったけど、今回はまさかデューク様とは。この位の女子ってそういう噂話好きですよねぇ。次、アーチボルド先生辺りかな」

「おいおいアイラ、歳離れすぎ」

「そういう問題じゃないだろガイアス。ったく、こんな噂が続いては……」

 不自然な位置で言葉を切った王子は、荒々しく一度足を踏み鳴らす。

 こんな噂が続いては……私の本当の婚約話が出た時に問題になる、かな? 今回の話を聞くに王子は問題ないだろうし。

 ふと以前、フォルにそんな噂があったら迷惑がかかる、と私に忠告しに来た少女達がいたことを思い出す。あの時はフォルの話だったが、今回はどうやら私が渦中の人となったらしい。

 というより……さっきの噂を聞いたとき感じた違和感はそこじゃない。そもそも今回の噂、突拍子もないのだ。それこそ相手がフォルなら、まだわかる。こうして噂が立つと「フォルが可哀想」といわれるのがその証拠だ。ずっと一緒にいるのだから。

 でも、王子。王子ははっきり言って私よりラチナおねえさまと噂になるのが自然である。


 私によくない噂があれば、フォルとくっつく事はないだろうって思われたんじゃ……。

 

 過ぎる不安は言葉として頭に浮かんでしまえば、成程しっくりとくる気がしてきた。

「もういっそさっさとアイラに本当の婚約相手を作ればいいんじゃないか。年齢的にいてもおかしくないだろ」

「デューク。その方法には賛同しかねます。というかこの状況が長引くようなら」

「わかった、わかったからやめろ、漏れ出る魔力で身の危険を感じるのは初めてだぞ」

 ひやりとしたレイシスの声に、ため息を吐いた。いくらなんでも王子相手にレイシスが何かするわけないけれど、レイシスの静かな怒りを感じる。王子のせいじゃないからとあとでレイシスにちゃんと言っておかないと。

「あの、私は本当に大丈夫なので」

 ちらりと気づかれないようにおねえさまを見る。

 きゅっと引き結んだ唇は、普段の綺麗な紅色ではなく白い。顔色もあまりよくないように見える。

 婚約者、公表しちゃえばいいのは王子なんじゃないだろうか。もうすぐ成人となるのだし、だからこそ今王子相手にそんな話が出るんじゃないだろうか。でもそうなるとおねえさまへの風当たりが……いや、でもいずれは乗り越えなくちゃいけないんだよね。

 一人で悩んでみるが、私に解決できそうな問題じゃないようだ。というより、王子はその辺りどうするつもりなのだろう。フリップ先輩のことでも悩んでるみたいだし。

 じっと後ろから王子を見ると、ちらりと私を見た王子が眉を顰めた。心の声を読むならば「言われなくてもわかっている」だろうか。頑張れ王子。今回は全力で応援しよう、主におねえさまの為に!

 にしても、もしさっきの私の予想が当たっていたら。

 今回の騒ぎ、私のせいなんじゃ……いや、悪意持って噂流す人が悪いんだけどもさ。でも、私のせいじゃないかっていわれると……

「お嬢様……」

 心配そうに私の隣に立つレイシスの声を聞いて、自分の眉が寄っている事に漸く気づく。

 慌てて眉間を指先で撫でながら、大丈夫、と口を開いた。

「今日の午後の授業は何かな」

 少し明るい話題を探して口に出せば、ああ、とガイアスが振り返る。

「なんかアーチボルド先生ちょっと忙しいみたいで、屋敷で自分の不得意な大魔法の弱点を紙に纏めとけって言ってたぞ」

「不得意な魔法の不得手な部分を学習することで少しでも理解を深めろってことかな」

 ルセナの言葉に頷きながら、なんとなしに自分の苦手な魔法を考えつつ、私達はランチボックスを購入して屋敷に戻ったのだった。



「アイラ、ちょっといいか」

 自分の部屋で調べ物をしていた筈の王子に扉のそばから手招きされてそちらに向かうと、王子が持っている書類が授業で使うようなものではない気がして首を傾げた。

 そのまま促され王子の部屋に入ると、王子はまっすぐ机に向かい私を呼ぶ。

「アイラ、わかる範囲でいいんだが、これについて教えてもらえないだろうか」

「ん? なんですか、えっと……橋?」

 王子が見ていたのはベルティーニ領からあげられたと思われる書類だった。え、なんでこんな物見てるんだ王子。いや、王子が持っているのに違和感はないが、ここは城じゃないぞ。

「悪い、王の許可は得ている。俺の仕事なんだが、最近遅れた授業への参加と他の仕事も忙しくてこれだけ持ち帰らせてもらった。勉強しなければならないことが山済みでな」

 少し申し訳なさそうな王子の声を聞きながら書類を見る。最近のベルティーニ領の橋の通行料についてだが、特に違和感はない。うちは不正してないぞ!

 橋の通行料、というのは、私達の国では一般的なものだ。橋は建造に資金が多くかかり、しかも修繕費も馬鹿にならない為、通る際は通行料が発生する。

 橋の建造は難しいとなれば渡し舟を使うところも多いが、ベルティーニ領は幸いそこまで広い川もなく渡し舟も橋も通行料はそこまで高くはない。

 にしても王子、通常の授業に加えて城の仕事もしてたのか。やっぱり忙しそうだなぁ……。

「これが、どうしたんです?」

「実は、ここ一、二年の間にベルティーニ領の通行料が低くなっていると聞いた。どうやればこうして通行料を下げても橋の維持ができるのかと気になってな」

「ああ、なるほど」

 そのことか、と頷きながら、苦笑する。領地経営はほぼカーネリアンしか学んでいないが、これは確か父とカーネリアンが話していたのを聞いたことがある。

「そもそもこれが通常なんですよ。マグヴェル元子爵が取りすぎていたんです。しかもマグヴェルは見た目だけそれらしいだけでまともな橋を建造させていませんでしたし。あえていっつも壊れた壊れたって騒いで通行料とってたんでしょうけど」

 マグヴェル領であったとき、彼が橋の建造をしぶって渡し舟を主流とし、時に建てられた橋が壊れれば大変だと騒ぎ立てて渡し舟の料金を上げていた事を思い出す。商人泣かせのあの通行料はかなりマグヴェルの私腹を肥やすものになったと思うけど、今更だが王家にも杜撰な報告をしていたのだろう。まあ、そうでなければさすがに調査が入るか。

「だが、他の領地を見てもベルティーニは低いぞ」

「それは、ベルティーニ領の川が比較的穏やかなせいだと思いますよ。幅も狭いし。さすがに……例えばジェントリー領の北山のそばから流れる川みたいな大きなところだと、橋の維持費も大変でしょうけど」

「……ベルティーニ領の川は氾濫が多いと聞いていたんだがな」

「マグヴェル領、の間違いでは?」

「なるほど」

 はあ、とため息を吐いた王子が、わかった、と頷いて書類を回収する。マグヴェル領もベルティーニ領も土地はもちろん一緒だ。領主のせいだろと言外に告げれば、王子は項垂れた。

「王はわかっていてこの書類を俺に任せたのかもしれないな……。この書類は外部に漏れぬよう持ち帰るから、心配しないでくれ。時間を取らせた」

「いえいえ。私でわかることでよかったです。領地についてはほとんどカーネリアンが学んでいるので」

「ああ、お前の弟はえらく優秀だな。そういえば、そのカーネリアンに来年の紳士科に入学しないかと学園が誘いをかけているらしいぞ」

「え? カーネリアンに?」

「紳士科は今たるんでるからな。優秀な人材が欲しいんだろう」

 へえ、と少し驚きながら、弟のことを考える。確かに真面目で頭の回転も速く、任せたベルマカロンも大きく展開しているしかなり頑張っている。我が弟ながらすごいと思うが。

 カーネリアンは魔力が少ない。剣の腕はなかなかだと聞いた気はするが、騎士科は無理でもさすがに兵科には入らないだろうし。今度手紙で聞いてみようかな。

「それにしても……やはり自分の耳で聞いて、目で確かめねばわからぬことは多いな」

 含むところがある王子の言葉に、目を合わせてそうですねと頷く。

「さっさとなんとかしてください」

「お前、言うようになったな」

「おねえさまを泣かせたら、次の大魔法の練習相手デューク様にしちゃいますよ?」

「……全力を尽くそう」

 にっこりと笑いあうと、王子は小さくため息を吐く。その様子に先ほどの噂の原因を言いかけたが、根拠もないそれを口に出すことはできず、黙って王子の部屋を出たのだった。


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