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「危ない!」

 突然近くで聞こえた叫び声にはっとして足を止めたつもりが、既に私が足をおろした先に踏みしめる地面がなく、私の身体はぐらりと前に倒れていく。

 えっ、と身体を強張らせたが、前に回った腕ががっちりと私を止めて後ろへと引き戻した。

「アイラ! 何をしているんですか!」

 焦りを滲ませた叫び声をあげながら私を助けてくれたのはレイシスだ。

 勢いよく戻された反動で視線が下に下がり、私の眼前にあるのはまだ一段も降りていない階段だ。防御も何もしていない今、このまま落ちていたら、怪我どころじゃなかったかもしれない。

「……ごめん、レイシス。考え事してた」

「こんな階段の上から落ちるようなこと……っ」

 声を荒げたレイシスは、すぐにふっと息を吐くと私を支える腕に力を込める。

「驚きました。何か、あった?」

 優しい声音に、なんだか申し訳なくなる。直前まで考えていた筈のことは、頭から吹き飛んでしまった。何かあったわけではない。本当に、今日の授業のこととかたいしたことがないことに意識を捕らわれていたのだけど。

「本当に、ぼーっとしてただけなの。考え事っていっても悩みとかじゃなくて、今日の授業とかカレー調合とかそんなことで」

「……疲れて、いますか?」

 レイシスが心配そうに顔を覗き込む。それに答えようとしたとき、大きく目を見開いたフォルの姿が視界に入った。

「フォル」

「アイラ……レイシス、何かあった?」

 小さな声でこちらを見るフォルの瞳が揺れる。

 はっとして、今私はレイシスに抱きとめられていたのだと理解し、慌てて足を動かした。レイシスの手が僅かに私を追うように動いたが、その手はゆっくりと私から離れていく。

 フォルに二度目の告白をされてから少し経ったが、こうしてそばにいるとまた心臓が音を立てる。ましてそんな悲しそうな顔をされたら、どうしていいかわからない。さっきのレイシスだってそう。手を離す瞬間、目を伏せていた。

「ぼーっとして、階段から落ちそうになっちゃった」

「また? アイラ、本当に気をつけないと」

 眉を寄せたフォルは、すぐに笑顔になると「ああそうだ、おはよう」と挨拶をして私達の横を通り過ぎ階段を下りはじめる。フォルはあの日以降もずっといつも通りだ。

 それに続くようにして私とレイシスも下に下りると、丁度ルセナも下りてきて一緒に皆が集まる部屋へと足を向けた。ばくばくと煩い心臓は今は無視だ、無視。

「おねえちゃん?」

 ルセナが不思議そうに私を覗き込むのを笑顔でかわし、部屋へと促す。うーん、どこかおかしいかな?

「おはようございます」

 にこにこと嬉しそうに挨拶をしてくれるレミリアを見て、ほっとする。

 今日の予定を伝えながら、朝食の席へと移動する。皆がもう集まっていたので、また揃ってわいわいと食事を始めた。

 そこで、全員が揃っているので丁度いい、と腰のグリモワに視線を一度落とした私は、顔をあげた。

「あのね皆。グリモワの精霊なんだけど」

「うん?」

 すぐに反応した王子が私を見るので、自然とそちらに視線を移動しながら、「名前」と続ける。

「つけてほしいって言われてたの。ジェダイトって名前にしようと思うんだけど」

 私が言い終えると、まっすぐに私を見ていた王子がにやりと笑う。

「わかった。いいんじゃないか?」

「じゃあジェダイだなー」

 すでに愛称をつけてガイアスが呼ぶと、ふわりと羽を揺らした精霊が私の周りを飛ぶ。ジェダイだ。

 昨日本人には既に伝えていたが、どうやら嬉しいらしい。表情は変わらないながらも、羽を揺らして楽しそうに飛んでいる。

 ジェダイトは、この国で防御の石によく使われる宝石の一種で、安定の石と呼ばれている。気に入ってもらえたことにほっとしつつ、そばで丸くなっているアルくんを見る。

『僕の名前はすごい長いのに……』

「何か言ったか、アールフレッドルライダー」

 どうやら皆に聞こえる声で呟いていたらしいアルくんの言葉に、王子がぴくりと反応すると、アルくんは尻尾を揺らして返事をし私の後ろへと隠れた。王子、普段は自分もアルって呼ぶくせに……。

 まったく、とため息をつきながら拗ねて後ろに回ったアルくんの背を撫でると、ぼそっと小さな声で「僕の名前の方がかっこいいもん」と聞こえて、笑ってしまう。気に入らないわけではなかったようだ。


 楽しく食事を終え、皆揃ってそれぞれ教室に行く為に屋敷を出る。

 ここまでは、いつも通りだったのだけど。



「あ、アニー、おはよう!」

 向かう途中でアニーと合流し、朝から賑やかな時間を過ごす。

 ふと、ガイアスが何かに気づいたようにアニーの後ろに回ると、手を伸ばした。

「アニー、お前頭に葉っぱつけてるって、どこ通ったらそうなるんだよ」

「えっ? あっ……あり、がとうございます。別に変な道を通ったわけでは……」

 顔を真っ赤にしてたどたどしく御礼を言うアニーを見て、おねえさまと顔を見合わせる。と、おねえさまはにこりと笑みを浮かべた。

「仲良しですのね?」

「なっ、ら、ラチナ! 私はその……っ」

 特に何か言われたわけではないのに、意味ありげに聞こえてしまったのかさらに頬を染めたアニーを見て、つい頭を撫でてしまった。アニー、可愛い!

「まあ、アニーが変な道を通ったかどうかはともかく、今日は風が強いな。落ち葉も増えたし」

「ほんと。しかも風少し冷たい気がする」

 ガイアスが空を見上げながら呟く言葉に同意する。夏のほとんどを王都外、そして戻ってからもばたばたと過ごしたせいか、夏を楽しむ前にもう秋がやってきているらしい。

 今年も冬を乗り越えるのに必要な魔力が足りずに助けを求めにくる精霊がいるかもしれない、と考えながら歩いていると、レイシスに顔を覗き込まれた。

「お嬢様、今朝もぼんやりしてましたけど、気をつけてくださいね?」

「え? あ、うん」

 慌てて周囲を見渡すと、医療科と騎士科の分かれ道だ。大丈夫、ともう一度レイシスに微笑んで手を振って、また午後にと別れていく。

 四人になると騒がしかったのが嘘の様に、しかし雰囲気は穏やかなまま時が進む。

 しかし、今日の授業の事などを話していると、少しだけ違和感を感じた。周囲に目を向けると、やたらと他の生徒と目が合う気がする。医療科の校舎に近づくにつれ生徒も増えているが、それだけが理由ではないだろう。

 あからさまにひそひそとされるのは入学当初で慣れたと思ったけれど、最近なかったせいなのか、少し眉が寄った。

 アニーとおねえさま、フォルも、何かおかしいと次第に眉を寄せたり首を傾げたりしている中、一緒に医療科の教室がある校舎に入った時だった。


「アイラ・ベルティーニ様?」


 突然名前を呼び止められて振り返れば、ドレスに身を包んだ少女たちが私を呼び止めていた。癖なのか、悲しいかな反射的に身体に力が入る。こんな癖いらないんだけど……。

 さっきまでの違和感の原因は私か。心当たりはないけれど、と息を吐きながら、身体の向きを変えとりあえず挨拶を返す。あれ、そもそも私挨拶されてないっけ。

 それにしても、医療科の制服が多い中で彼女たちのドレス姿は少し目立つ。

 私を呼び止めた少女達は四人いるが、あまり見る顔ではない、というより……

「……先輩方ですわね、淑女科の」

 小さなおねえさまの呟きで確信する。これはやっぱり、あまりよくないお呼び出しのようだ。ここしばらくなかったのに……っていうか、今ここにフォルがいるのに、このタイミングで話しかけられるなんて、珍しい。

 そんな少女たちを見ていたおねえさまが、「まさか」と少し表情を変えた。それに気づきながら、一歩前に進み出る。

「何か御用でしょうか」

「ええ。そうなんですの。ここではなんですから、少しあちらでお話しませんこと?」

 凄みのある笑顔で言われ、思わず目を細める。あちら、と指し示されたのは恐らく空き教室だ。だがそもそも、淑女科はまだ夏休み期間中、しかも上級生は成人を迎えている人も多くほとんどが絶賛社交期間中なのに、なぜここにいるのか。

「先輩方、僕たちはこれから授業があるのですが」

 にっこりと微笑んだフォルが私の横に並ぶが、淑女科の先輩達は「少しですから」とフォル相手にも引く様子を見せない。家の爵位は間違いなくフォルより下だった筈だが、何か鬼気迫るものを感じる。それこそ、学園の生徒は平等で、爵位は関係ないとはいいつつも存在する目に見えない壁を、お構いなしにすり抜けてまで彼女たちはここに立っているのだろう。

 しかしフォルも譲る気がないらしく、「ですが」と言葉を続ける。

「彼女を一人にするわけにはいきません。彼女の護衛に頼まれていますから」

「護衛、ですか」

 フォルを相手に少し物腰柔らかに答えた先輩達は、さっとお互いの顔を見合わせた。そして次の瞬間には、哀れみのような、眉を下げた悲しそうな表情でちらりとフォルを見る。少し、いやかなり不快な視線。

「……仕方ありませんわね、でしたら、ラチナ・グロリア様もご一緒にこちらへ。フォルセ様、申し訳ありませんが、女性同士のお話ですの」

 先頭に立つ少女がそんな事を言い始めると、私達はさあさあと囲まれて空き教室へと促された。名前を呼ばれなかったアニーとフォルに大丈夫だからと首を振って見せ、空き教室の扉が閉じられるのを見る。念のためグリモワに触れながら彼女達に対峙してみるが、彼女達に魔力を使う気配はない。そもそも、特殊科の生徒が淑女科の生徒に魔法で負ける筈が、いや、そんな油断があってはならないのだから、彼女達だってそれはよくわかっているはず。

 少しぴりぴりとした空気の中、すぐに彼女達は口を開いた。

「アイラ様。私達お伺いしたい事がございまして」

 その言葉に無言で先を促すと、相手はきっと目を細め私を睨む。

 ああ、この視線はきっと……というかやっぱり、よろしくない。

 しかし次の瞬間放たれた言葉に、私は目を丸くした。

「護衛に、フォルセ様だけでは飽き足らず、なぜあの方とご婚約のお話を進めていらっしゃるのかしら?」


「……は?」


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