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 馴染みのある肌触りのシーツに身を沈めながら、手にしたものを掲げてじっと見つめる。

 ハンカチで包み、リボンでぐるぐる巻きにされた香水はまだほとんど使っていない為、手の中で液体がゆれる感覚をぼんやりと感じる。

 あいた手でリボンの結び目を解きかけて、はっとして私は両腕をベッドに投げ出した。

 何やってるんだろう。

「……フォルはつけてくれてるんだけどな」

 授業の時はつけていないようだが、普段からよく使ってくれているせいか最近では違和感なくあれがフォルの香りになっている気がする。感じる気がする。

 そこまで考えて、ローザリア様の笑顔を思い出す。今まで考えたことがなかったけれど、ローザリア様とフォルの関係は?

 二人は婚約者になる予定で、両思いなのだと思っていた。でも、フォルは私が……好きだと言ってくれていたから。ローザリア様は、片思いということになるのだろうか。

 そこまで考えて胸に湧き上がるのは、優越感でも喜びでもなんでもなくもやもやとした落ち着かない感情だった。

 今まで特に気にしなかった筈のローザリア様の視線を思い出す。彼女から他の生徒のようなきつい視線を感じたことはなかった……なかった? 本当に?

「私また、周りが見えてなかったのかな」

 勝手にこぼれたため息を無視するように立ち上がり、香水をポーチに戻してグリモワを手にする。

 日課となったグリモワの調整は慣れたせいかすぐに終わるようになり、最近では少しずつグリモワの精霊と話せるようになった。

 調整と言っても中にいる精霊がいまだ安定せず乱れる魔力を整えてあげたりする程度ではあるが、最初は慣れない作業に加減がわからず苦労した。魔力を注ぎすぎては精霊を暴走させるかもしれないし、足りなければ精霊が消えてしまうかもしれない。参考文献もないし、手探りなのだから。

「今日は、どう?」

 話しかけながら魔力を少し注ぐ。今日も言葉少なだが、精霊は答えてくれる。

 石の魔力を感じられるようになった、だとか。

 今までは大地からしか魔力を感じなかったのに、とか。

 大地と、魔力を含む石とでは同じ地属性に思えるのにまた違うんだ、とか。

『今日元気ないね』

 とか。

 ……え? 今、この子に言われた?

「……そうかな?」

 私の事を言われたのは初めてで、少し驚いて精霊を見る。

 赤い瞳はなりを潜め、焦げ茶の瞳が私を見上げる。フォルもそうだが、やはり瞳が赤く染まるのは魔力が関係しているのかもしれない。戻ってきてからちらりと参考になる本はないかと探してみたが詳しいものは何も見つけることはできなかったので、気になるなら自分で研究してみたほうがいいのかも。問題は、精霊の事もフォルの事も公にできないので、研究は慎重にしなければならないという点だけど。

 そんなことを考えていると、精霊はうんと頷いて見せた。

 元気がないと言われて頭に過ぎるローザリア様の視線を振り払うように首を振ると、精霊が私から視線をはずす。少しの沈黙の後、精霊は再び私へと顔を戻した。

『名前』

「え?」

『ボクの名前、君がつけてよ。アールフレッドルライダーも名前は付けてもらったんでしょう?』

 一瞬目を丸くして、すぐになるほどと笑った。精霊同士よくお話しているなとは思っていたけれど、名前の話もしたのだろう。

 アルくんの長い本名をつけたのは王子だけれど、確かにいつまでもグリモワの精霊と呼ぶわけにもいかない。たまに名前を持っている子もいるが、精霊は大半が名前がない。というより、聞いた話では本名は人に教えないのだとか。

「素敵な名前、考えておくね」

 そう言って微笑むと、初めてとても嬉しそうな笑顔を返される。思わず息を飲むと、精霊は耳を赤く染めて石の中に戻ってしまった。

「……可愛い」

 ふふ、と勝手に口元が緩み、とたんにご機嫌になってグリモワを机に置いた私はひどく単純だと自分でも思う。

 さて、と立ち上がり、時間を確認しながら部屋を出る。もし話せるなら、少しおねえさまと話したい。そう思って扉を後ろ手に閉めた時、階段を上る足音に気がついた。

「……アイラ?」

「あ、おかえりなさいレイシス」

 王子の話を聞いた後、再び出かけていたレイシスが丁度戻ってきたところだったらしい。今日は忙しそうだ。

 私の顔を見るとほっと顔を綻ばせた彼にお疲れ様と声をかける。

 下に行くのかと聞かれて、首を振った。

「おねえさまとお話したいなと思ったんだけど」

 相談したいことがあるのだけど、といいかけて、慌てて口を閉じる。相談という言葉を使えば、きっとレイシスは心配するだろう。

 相談と言っても、夕方のガイアスとアニーの事だ。アニーは、おねえさまにガイアスの居場所を聞いたと言っていたからおねえさまも知っているのだろう。

 かなり前にも一度悩んだことがあるが、私の護衛であるガイアスとレイシスにもし恋人ができたらどうすればいいのだろう、というあの時は放置してしまった問題が、今になって不安になったのだ。

 経験値の少ない私の事だから、もしかしたら二人のことは勘違いで、実際は違うのかもしれない。でもそうでないのなら、私という存在はアニーにどう映るだろう。

 一般的に考えれば、恐らく嫉妬という感情でアニーが苦しむことになるのではないだろうか。物語などでは嫉妬は苦しいものというイメージで書かれているような気がするし、学園に来て何度も出くわしているが、私やおねえさまが他女生徒に呼び止められて浴びせられる言葉も、嫉妬されているだろう? とアーチボルド先生に心配されたことがある。

 きっと私も何かでその感情を感じているのだろうが、一番わかりやすい『恋』で嫉妬したことがない私はこの問題の対処法がわからない。アニーは大切な友達で、ガイアスも大切な幼馴染で……

 その時、何かが頭の隅で思い起こされ、一瞬で胸が少し苦しくなる。しかしそれは私が何であるか理解する前に、心配そうに頬に伸ばされた手が視界に入ったことで消えていく。

「アイラ? どこか具合でも悪い?」

「あ……ううん。ちょっと考え事してただけ。あのね、グリモワの精霊が、名前を考えて欲しいって言ってたの」

「精霊が?」

 嘘ではないが咄嗟に話題を変えたことに心のどこかで疑問を感じながらも、笑顔でレイシスを見上げる。

 レイシスは驚いたような表情をしていたが、ふわりと笑って「よかったですね」と言ってくれた。

「仲良くなりたいって言ってましたし、安心しました」

 そう笑うレイシスを見て、少し違和感を覚える。なんかいつもと違うような……

「レイシス、疲れてる? 遅かったもんね。ごめんね、夕方私の話で時間とらせちゃって」

「あ、いえ。今日はその」

 何かを言いかけたレイシスが途中で口を閉ざす。疑問に思って首を小さく傾げた時、レイシスが僅かに目を伏せた。

「……ミリアに、授業で遅れたぶんを教わっていたのです。少し、苦手分野だったものでガイアスたちより遅れてしまって」

「ミリア?」

 あまり聞き覚えがない名前がレイシスの口から話されて、ますます首を傾げてしまう。

 ミリア。

 えっと、確か騎士科の、私達と同じ学年の女生徒だ。確か去年の夏の大会でガイアスがべた褒めしてたような気がする。ちょいちょい噂でも聞いたことがあるような、と思うけれど、自信はない。そんな有名な人覚えてないとは言いにくいような……。

 漸く思い至って考え込んでいた時、いつの間にか私に真っ直ぐ注がれていたレイシスの視線に気づいて慌てて「わかった!」と告げる。

「えっと、騎士科の、すごいって噂の女の子だよね? 大丈夫、ちゃんとわかる!」

「……そうですか」

 目を見張ったレイシスは、一瞬目を伏せた後すぐにくすくすと笑い出す。

「そんな大きな声で主張しなくても」

「うっ……」

 そういいながらも、やっぱりどこか疲れているような気がして、再度レイシスを見上げる。

「……あ! そうだレイシス、マッサージしてあげようか!」

「え?」

「ほら、おねえさまと練習してたマッサージ、大分上手くなったからきっと疲れ、とれるよ?」

「ああ……どこで?」

「どこ?」

「俺の部屋、ですか?」

 ふわっと微笑むレイシスを呆然と見上げ、以前感じたことがあるどこか大人にも見えるレイシスの様子に、はっとする。しまった!

「や、やっぱその……!」

「ははっ! いいよアイラ、ありがとう」

 どこか嬉しそうに微笑んだレイシスが、ぽんぽんと私の頭に数度手をのせた後、じゃあ、と手を振って自室へと戻っていく。

 頬に熱が上るのを感じ、両手で冷やすように押さえるが、どうやら手も熱いらしい。

「……ガイアスにやってあげるって約束したけど、アニーに変わってもらおう、うん」

 王子にやった悪戯が、思わぬところで私に返ってきた。悪いことはできないもんである。

 ……おねえさまのとこ、行こ……。

 相談する前からなんだか疲れた気分になりつつ、私は再び歩き出した。



「で、なんでデューク様がいるんですか。」

「なんだアイラ、ラチナのところに俺がいたら悪いか?」

 目が合った瞬間ばちばちと火花を散らす私達の間で、おねえさまが苦笑する。

「デューク、アイラがこうして来るのは珍しいので、少しアイラと話しても?」

「……ほう、後から現れて掻っ攫うのかアイラ」

「いや怖いですから! 私のせいですか!? ちょっと相談があっただけですってば!」

 容赦なく向けられる視線にさすがに手をばたばたと振ると、王子はふっと息を吐くと口の端をあげてにやりと笑った。

「わかってる。入れ」

「入れってここおねえさまの部屋……」

 なんで我が物顔なんだこの王子様は。

 しかし、王子の顔を見るにどうやら私を心配しているらしいと気がついて、途端に嬉しくなって笑う。さっき話したばかりなので、先ほどの私の処遇についての相談と思われているかもしれないが。

 予想外だったが、このまま王子はいるようだしそのまま相談してしまおうかな。そんなことを考えながら、私はおねえさまの部屋に足を踏み入れた。

 その後時折混じる甘い空気に、日を改めればよかったと後悔したのは言うまでもない。


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