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19


 どこに連れて行かれるのだろうと戦慄きながら周囲を注意深く見ていた私は、すっかり雪景色となった通りを見ながらその可能性に気がついて愕然とした。

 覚えている街の様子とは違うが、紛れもなく私が生まれ育った地から少ししか離れていない場所にある大きな洋館。

 威厳を示したいのか無駄に大きな石造りの門を潜り、まだ朝日も出ていない暗闇の中突き進む道の両脇にある、季節感を無視した花々。魔法で無理矢理開かされているその花弁は可憐ではなく異様で、その痛ましさが闇の中浮き彫りになっていてこの館の主の趣味を疑う。

 灯台下暗しという言葉は知っているが、ここは私の屋敷とさほど離れてはいないのにいいのだろうか。……何を考えているのだ、と逆に拍子抜けした。ここに私を連れ去る事の意味を、彼はわかっているのだろうか。



「いらっしゃい、アイラちゃん」

 ねっとりとした声音が身体に張り付くようで気持ち悪くて、身を捩る。予想通り過ぎる人物に迎えられて、疲弊した。一気に体の力が抜けたせいで少し重みが増したのか、男に少し乱暴に床に下ろされ、げほげほと咽ながらもなんとか状況を把握しようと無理矢理顔を上げる。

 つやつやとした床には埃一つ見当たらず、壁にも染みは見当たらない。置かれた家具はしつこいくらいに金縁で彩られ、天井にまるでこの男の力を示すように立派な金色のシャンデリアが存在していたが、その光は弱く辺りは明るいとは言いがたい。

 しかしその巨体を揺らし存在を主張している男が、少し明かりの落ちた照明の下で笑う。

 でっぷりと太った身体を包むベルティーニが扱う中でもかなり上等の生地を使い特注で仕立てられるその服は、彼お気に入りの金と赤を混ぜ合わせた特殊な糸で施された縫製が特徴で彼以外身に付けてる人はいない。そのように命じられているからだ。

 ボタン一つ一つ全てが金縁付きの貴石で作られ輝いているのに、妙に肩まで伸ばした髪までべっとりと明らかに油性の整髪料のつけ過ぎで光っている。その輝き、似合ってません。お前はスライムの王様か。

「……マグヴェル子爵」

 ここに連れられて来る途中で気がついた可能性が現実となり、私はため息を吐きつつもその名を呼ぶ。

 子爵の後ろで、顔を青ざめさせた少し年老いた男と目が合った。身なりから恐らく家令ではないかと憶測したが、その慌て振りは私と目が合うとすぐに消し去り、唇をかみ締めて一礼して見せた。

 そこでふと父の言葉を思い出す。確か子爵はかなり危ない状態に立たされていた筈だ。彼は恐らく、父の部下もしくは協力者、そして私がここに連れ去られて来ると知らなかったのではないか? 少し気になるのは、彼の目が忙しなく動いている事だ。何かに怯えているように見えるのだけど、子爵は確か魔力を持っていない筈……この横の黒ずくめの男に対する怯えだろうか。


 そこで、私が視線を合わせない事に苛立ったのか子爵が持っていた杖をだんだんと床に叩きつけた。杖の用途には到底必要ないであろうごてごてした飾りが視界で眩しく輝き、とんだ無駄遣いに眉を潜める。そんなものを持っても威厳なんぞ出やしないのに。

 そもそもこいつに「アイラちゃん」呼ばわりされる意味がわからない。私が子爵に会ったのは、子爵が我が家の家族全員挨拶するべきだと騒ぐ新年くらいで父は子爵から私を隠したがっていた。ただ単に関わる必要がない相手だからだと思っていたが、顔をあげると私に向けられる気味の悪い視線を感じるせいか、ここに来てある噂を思い出した。

 子爵は、若い女が好きで地下に閉じ込めている、といった類の。


 ぞっとして身を少し引いた。うわぁ、まさかの展開? 若い女ってどこまで? 私じゃ若すぎやしないだろうか! ロリコンですかそうですか!? そんな風に考える余裕ができたのは恐らく運ばれた先が場所も近い上怪しいことこの上ないこの屋敷だからだろうが、状況はいい訳ではない。

 相変わらず私の腕には魔法を封じる手錠が嵌められたままだし、目の前に気持ち悪い男はいるし、横に少しは腕がたつのであろう黒ずくめの男が未だに私を警戒するように傍についている。まったく困ったものだ。残念ながら、いくら前世の知識があろうと私にチートな能力はない。魔法はこの世界で努力した分得られたものだが、魔法を封じられてしまえば、手が出せないのが事実だ。


 自分を睨む私を見て漸く望む反応を得られたのか、満足げに口元を歪めて笑った子爵は聞いてもいないのに語りだす。

「なんでここに連れてこられたかわかるかいアイラちゃん。まったく君の父親と来たら君も君の母親も私の所に寄越さない。私は王都のパーティーに呼ばれていると何度も言っているというのにまったくなんて不敬なやつなんだ、たかが商人風情が。少し裕福だからってまったく自分が貴族と同等だと思ってはいけないねぇ」

「は……?」

 何言ってんだこいつ。なんぞ口から出そうになったが慌てて唇を強く引き締めて止める。だけど大事な事なのでもう一度、何言ってんだこいつ。

 私とお母様を寄越す寄越さないって何の話だろう。この人の脳内どうなってるんだ。王都のパーティーなんてどうでもいいが、それが私達に何の関係があるんですか? そもそも貴方それどころじゃないはずなんだけど。

 まったく要領を得ない話に訝しんで首を傾げて見上げると、子爵はにやにやと笑みを浮かべる。

「そうか君はまだ少し淑女と呼ぶには若いかな? 私が教えてあげるよ。王都のパーティーでは女性をパートナーとして連れて歩くのが基本なんだが美しい女性を連れて歩くのはステータスなんだよ。例えば君みたいなねぇ」

「はぁ……?」

 だから、なんだ。それくらいは知っている。自分の伴侶を連れて歩くのが普通であったと記憶しているけれどね。

「私はこの通り独身だからね。だから栄誉ある私のパートナーとして君たち母子のどちらかをエスコートしてやろうと言っていたのに、君の父親ときたら……それに払うべき租税も納税されない。この屋敷の護衛より商人風情のベルティーニのほうが強固という噂もあるくらいだ。デラクエルの息子も差し出せといっているのにまったく話が進まない」

 ぺらぺらと話し続ける子爵の言葉が脳に届くたびに、ずきずきと頭痛がしてくる。この人、私と同じ言葉を話しているのよね? と一瞬疑いたくなった。私か母をエスコート? 税金払ってない? デラクエルの息子を寄越せ? どれもありえない話だ。

 強欲や傲慢という言葉が人型を取ったらこうなのだろうかと子爵を眺めて、すぐに視線を逸らした。だめだ、この人見てたら具合が悪くなりそうである。


 さて、いつまでも夢を語っている子爵は放っておいて、ここから逃げ出さなければならない。先程から何かに怯えている家令が父に連絡してくれることを期待していたが、どうやら彼の袖口からちらちらと見えている輪が私の両手を縛る手錠と似たモノに見えるのでそれは望めなさそうだ。

 となれば自力脱出だが、そもそも子爵は魔法が使えないという話であるしどう見ても武闘派ではないので問題はそっちではない。私のこの横にいる男だ。

 背はクレイ伯父さんに比べれば低いだろうが、がっちりとした身体は先程担がれた時に気付いたがすごい筋肉だ。間違いなく彼はその肉体を自慢とするタイプだろう。私が最も苦手とするタイプである。

 私自身は運動神経がそこまで良いわけではなく、根っからの魔法に偏ったタイプである為に接近戦に弱い。しかも魔法を手錠で封じられている今私はその辺りの子供より恐らく……弱い。

 万事休す? 万策尽きた?

 ……いや!


 ここで諦めたらどうなるかわからない。というか目の前のこの男のねっとりした気持ち悪い視線は間違いなくやばい。せめてこの手の手錠さえ何とかなれば……と思った時、ひゅっと誰かが息を呑む音が聞こえた。


「っあ!」

 突然肩に感じた激しい痛みに呻き、逃げようとしたせいで仰向けにひっくり返る。視界に、憤怒の表情の子爵が私を見下ろしているのが映る。……しまった、話聞いてないのばれたか。

 子爵の手に握られた杖が不自然な位置にあるのを見て、あれで殴られたのかと納得する。油断した……と後悔したところで肩のじりじりした痛みはなくならないので大人しく身を縮込ませる。

 両手を束ねるように手錠で止められているので、体勢を直そうにもなんとも難しかった。

 痛みがじわじわと私に現状を教えてくれる。

 今更だけど……怖い、ど、どうしよ。なんとかなるなんて思ってたのは今まで私に魔法があったからだ。理解したとたん急に背筋が冷えて混乱してくる。


「おい、子爵」

「なんだ!」

 黒ずくめの男が急に声を出したことで、それまで私にしか向けていなかった子爵の視線が忌々しげに男に向けられて少しだけほっとする。

 子爵は男と目が合うと少したじろいだ。私も男が発する冷たい刺すような空気に気圧されて息を飲んだ。

 この人たぶん……かなり強い。緊迫した空気の中、男が口を開いた。



「腹が減った。はやく約束の飯を出せ」

「……は?」

 間が抜けた声は、私か、子爵か、はたまた後ろで顔を青くしていた家令か。とにかく、男から本気の殺意を感じ取ったらしい子爵が慌てて家令に食事の命令を出したことで、私は現時点でこれ以上の恐怖を免れたのであった。


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