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「フォルセ、それ薬草違うよ、そっちのほう」

「あ、ほんとだごめん!」

「アイラ、沸騰してますわ!」

「えっ、あーっ! やり直しだああっ」

 騒がしく久々の教室での調合を進める私達を、アニーとトルド様がくすくすと笑いながら手伝ってくれる。

「なんだか久しぶりな感じです」

「戻ってきたーって感じ? やっぱりこうじゃないと。本当、急に来なくなったからびっくりしたよ」

「トルド、ごめん」

 フォルが眉を下げ謝罪しながら、再び薬草を丁寧に選別していく。すでに夏休みに入った教室には私達以外の生徒はおらず、教室内に響くのは私達の話し声だけだ。


 学園に戻って三日目。最初一晩ゆっくりと休ませて貰った後の私達は大忙しで、私達医療科の三人はまだ余裕がありこうして授業の進み具合の確認の時間が取れたが、騎士科の四人はすぐに筆記試験に実技試験と休む暇なく動き回っているらしい。

 学園行事の合間合間に、あの転移装置の暴走後についての詳しい報告をしてまわっているのが主な多忙の原因だろう。特に王子とルセナが忙しいらしく、医療科として行動している私達は顔を合わせる暇もほとんどない。そのせいか少しおねえさまが不安そうにしているし、予想していた筈なのにすっかりと私達は忙しさに飲まれていた。

「疲れたなぁ。ずーっと馬車で移動してたから身体が鈍ってる気がする。体力落ちたかな、稽古したいかも」

 私が思わず不満を口にすると、トルド様が目を丸くして私を見た。

「おっ、なかなか武闘派な台詞かな? 少し意外」

「そうかしら? アイラは去年の夏の試合でもわかるとおり、戦うのは嫌いなタイプじゃないと思いますけれど」

 トルド様の言葉におねえさまがくすくすと笑って訂正を入れるのを聞きながら、少しむっと口を尖らせる。

「おねえさまこそ、昨日夏の大会出れなかった分修行しようかしらとか言ってたじゃないですか」

「あら、聞かれてしまいましたか」

 ぺろりと舌を出すお姉さまを見て、アニーまで小さく笑いだす。それをほっとしながら見つめる私も笑い、教室には楽しい空気が満ちる。

「でもすごいよな。特殊科には極秘の依頼とかも来るんだから、学生のうちに経験がいろいろできて羨ましい。遠出したんだよね、何か珍しい植物あった?」

 トルド様の何気ない言葉に、思わず言葉が詰まりかけた私にすぐ気づいたのか、フォルがにっこりと笑う。

「そうだね。あまりどこに行ったかとか詳しい話はできないんだけど、勉強になるものはあったかも。あ、アイラが珍しい植物を見つけて持ってきてたから、明日にでも見せてもらおうか。ね、アイラ、いいよね?」

「あ、うん。部屋にあるから明日持ってくるよ」

「へえ、楽しみだな」

 にこにことトルド様が作業に戻ったのを確認して、ほっと息を吐いてフォルを見る。微笑まれて、笑みを返した。ふわりと、ほんの少しだけ感じる香りに気づいて、そっと目を逸らす。

 たぶんフォルは、私が選んだ香水をつけてくれていたのかもしれない。わからない程度にうっすらとだが、すっかりフォルだと認識してしまうほど馴染んだ香り。

 ふうと息を吐きながら、それにしてもと目を伏せた。私達がいない間のことは、表向きアーチボルド先生が任務に出たと誤魔化してくれたらしいが……なんだか直接こうしてアニーやトルド様に会ってしまうと、嘘をついているのが申し訳なく感じる。二人には急にいなくなったことでかなりの迷惑をかけたであろうし……

「アイラ。そろそろ見ておかないと、また沸騰するよ?」

「え、あ! そ、そうだね。ごめんフォル」

「いいえどういたしまして」

 くすくすと笑うフォルは、今度は完璧に薬草の準備を終えていた。これ以上迷惑かけない為にも失敗しないようにしなきゃ、と私は無理矢理手元に集中したのだった。


「疲れたーっ!」

 部屋に戻ってくるなりそう叫ぶと、ガイアスは大きく手を振り回す。

「馬で帰らせて貰えば良かった。身体が鈍って感覚がつかめねえせいで、逆に少し動いただけで身体が疲れる」

「はは、ガイアス、それ今日アイラも似たような事言ってたけど」

 フォルが笑って言えば、ガイアスは私を見て「だよなあ!」と笑う。

「だよなあって……私はともかく、ガイアス騎士科で実技試験の練習してるんじゃないの? 旅の間もよく動き回ってたじゃない」

「だって型通りの動きって逆に疲れるんだよ。旅の時は時間が短かったし……そうだアイラ、久しぶりに稽古しようぜ」

「護衛対象に稽古試合を申し込むとは、相変わらず自由な奴だな」

 呆れたような声でガイアスの後ろから現れたのは、王子だ。おねえさまが嬉しそうに「デューク」と呼ぶのを見て、若干悔しく思う。おねえさまその顔、可愛いです。

 この前のベリア様との『恋バナ』では具体的に聞けなかったが、おねえさまは王子との仲が順調なのかもしれない。

 にやにやと王子を見ていると、一瞬おねえさまに見たことがないような笑みを向けた王子はすぐにはっとして私と目を合わせ、ほんの少し耳を赤くしてそっぽを向いた。思わず笑いかけ、私も慌てて顔を背ける。気づかれたら仕返しされそうなので。

「デューク、もういいのか?」

 王子の後ろにルセナもいるのを確認したガイアスが尋ねれば、王子は「ああ」と言いながらどさりと椅子に座る。

「何度も何度も同じ説明をさせる奴がいて煩かったが、もう大丈夫だろう。お前達も大変だったんじゃないか?」

「面倒そうなのは全部父が止めてくれた筈だよ。僕たちはね」

「俺とルセナだけか、あっちこっち呼ばれてるのは」

 その話で、私達があまりあちこちに呼ばれないのはジェントリー公爵のおかげだったのかと気づく。王子とルセナはどうしても報告や聴取が多いらしいが、同じ行動をしていた私達があまりきつくない理由がわかって納得する。

 ルセナが呼ばれるのはおそらくラーク領の子息だからだろう。今回ラーク領では問題がありすぎた。騎士の裏切りに犯罪者の脱走やら、噂では侯爵が城に呼ばれているような話も聞いた。ルセナはおそらくミルちゃんについてなども聞かれているのだろう。

 侯爵に何か罰があったりしなければいいのだけど、と心配すれば、それは大丈夫だと王子は首を振る。

「父は優秀な人間を落とすような事はしないだろう。裏切った騎士はそもそもラーク領の人間じゃないしな……問題があるのはいちいち煩い周りの頑固爺共だな」

 ふ、と短い息を吐いた王子はどうやら本当に疲れきっているようで、おねえさまの淹れたお茶を飲むと休むと言って立ち上がってしまう。

「新しいことがわかれば報告する」

 そういい残して部屋を出て行く王子を、少し寂しそうな顔をして見送ったおねえさまの背を見る。

 学園の外は大変だったけれど、あの時の方がなんだか皆と一緒にいれた気がするな、とぼんやり考えながら、私はふと思い立ってそばの本の間に挟んでおいた手紙を取り出した。

 おねえさまが何か不安を抱えているらしいことには気づいていた。が、どうやらそれを相談できずにいるようだったので、気になっていたのだけど……仕方ない。


「おねえさま。私、デューク様にこれ渡し忘れちゃいました。グリモワの精霊の報告書なんですけど」

 これは私がここ二日で時間を見つけて書き上げた、旅の間にわかったことについて書いた報告書だ。といっても馬車の中でできたことなど限られているので薄い内容だが、それでも報告すべきだろうと王子に渡そうと思っていたものである。

 え、と戸惑った表情をしたおねえさまに、その手紙を持たせる。

「私この後ガイアスと稽古の約束しちゃったので、お願いしてもいいですか?」

「でもこれ、とても大事なものでしょう?」

「そうなんですよね、だから、急がないと。デューク様、寝ちゃいますよ!」

 ぐいぐいと背を押せば、困った表情をしていたおねえさまが僅かに笑みを見せ、頷く。

「必ずお渡しいたしますわ」

「はい、お願いします」

 ぱたぱたと走るおねえさまを見ていると、ひょい、とレイシスに覗き込まれた。

「お嬢様、本当にガイアスと稽古するんですか? お疲れでしょう」

「私は、別に大丈夫。それより身体動かしたいかも。レイシスも行く?」

「もちろんです」

 笑みを見せたレイシスと、張り切るガイアスを見て、フォルが僕も行こうかな、と読んでいた本を閉じ立ち上がる。

「……僕も行く」

 気づけば眠そうにしていたルセナもそう言って私の袖を引き、少し心配になって顔を覗き込んだ。

「大丈夫? 疲れてるんじゃない?」

「大丈夫。思いっきり身体動かしたいかも」

「そっか」

 ルセナの頭を一度撫で、部屋を見回す。アルくんの姿を探したが、どこかに出かけているようだ。

 学園にいるときはこうして姿を見ないことも多々あったというのに、転移装置の暴走で飛ばされた後合流してからは常に一緒にいたせいか、少し寂しく感じる。それと同時に、まだ話せていないことに苛立ちを感じた。

 夜は絶対部屋にいてくれているんだから、話さないと。そうは思うのに、先延ばしにしている自分に腹が立つ。


 今日こそ、今日の夜こそ話をしよう。

 そう決めて、迷いを振り切るように騎士科の稽古場に足を踏み入れた私は、久しぶりに思いっきり身体を動かしたのだった。

 その様子を、ガイアスとレイシスが心配そうに見つめていたのに気づいてはいたが、取り繕う事もできず。



「アルくん」

 部屋に戻るとすでにクッションの上に丸くなっていた猫の姿のアルくんが、ぴくりと耳を揺らして顔を上げる。

 私の顔を見るとすぐに丸めていた身体を起こし、クッションから飛び降りてそばに寄ってくれた。

「アルくん。あのね……」

 話しかけようとしたところで、まるでその話を遮るかのようにアルくんがふわりと羽を広げた。精霊の姿になった彼は背を向けると、窓のほうへと飛んでいってしまう。

『アイラ。ごめん、少し用事があるから出てくるね』

「え? こんな時間に?」

 外はすでに真っ暗だ。驚いて止めようと手を伸ばした先で、するりと窓をすり抜けたアルくんの姿がふっと闇にまぎれて消えてしまう。

「……避けられた?」

 ぽつりと口にした疑問に答えてくれる人はここにおらず、私は一人呆然と窓を見つめた。


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