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都合上一部非常に残酷的に感じる描写があります。ご注意ください。

「アイラ」

 フォルが焦ったような表情で私の腕を掴むが、私は首を振る。

「私が一番動けるはず。相手が無詠唱なら、私が」

「でも」

 フォルにしては少し強い口調で止められて、私はほんの少しだけ驚いて目を見開いた。

 だが、こうしている間にも前で戦っているガイアスとレイシス、ルセナの三人は魔法を消され、見えない精霊の存在に警戒し本来の力を発揮できずにいる。

 フォルに手を離してもらわなければ。そう思い振り返った時、ふと、フォルの後ろにいる王子が眉を寄せ、つらそうにも見える表情をしているのが視界に入る。

「……デューク様……?」

「いや。……一人ではやらないな?」

「ガイアスとレイシス、ルセナに手伝ってもらいます」

「わかった」

 王子のゴーサインとも言える返事に、フォルが顔色を変える。デューク! と叫ぶが、王子は表情をがらりと変え、いつものように不敵な笑みを見せると私の腕を掴んだままのフォルの手を引いた。

「今この状況でやつを逃がすほうが問題だ。……もちろん一番まずいのは誰かが連れ去られる事だが、アイラの言うとおりあいつの精霊の攻撃はアイラでなければきつい。ルセナがもたないだろう。ここは、アイラが守れると判断できる人数でやらせよう」

 ぐ、と唇を噛み、フォルが私を掴む手の力を弱めた。

「フォル、大丈夫! 負けないから!」

 ふっと笑って、心配そうなおねえさまに行ってきますと声をかけ、防御魔法を解いてもらい飛び出す。

「ルセナ!」

 防御魔法を駆使するルセナに近寄り、小さく作戦を告げる。

 すぐに頷いたルセナに頷き返して、私はアルくんと走る。

「ガイアス! レイシス!」

「っ、お嬢様!!」

 飛び出してきた私に一瞬レイシスが目を見開いたが、敵の攻撃にすぐ視線を戻し応戦する。

「お説教は後ね! ガイアスレイシス、昔みたいにやれるよね!」

 そう叫べば、敵の杖に剣をぶつけていたガイアスが「おう!」と叫んだ。すぐに意図を理解してくれたらしい。


 私達三人はずっと三人で修行してきたのだ。


「行きます!」

 掛け声と共に操るグリモワが敵へと突撃していく。それを僅かに視界に入れただけでガイアスが一度オウルを大きく弾き飛ばし、自身も風歩で大きく下がった。

 同時にガイアスは武器魔法で無詠唱の炎の海を作り出し、その魔法を消すのにオウルが気を取られる。その隙に詠唱していた私は、ガイアスとレイシスが距離をとったのを確認して叫ぶように発動呪文を唱えた。

「水の玉!」

「そんなもの!」

 急に目前に現れたグリモワに視界を塞がれていても、オウルは杖を振りかざし魔法をかき消していく。だが私が生み出したチェイサーの数は多く、そして飛び出したアルくんが操る鋭い刃と化した葉、さらに追加されたレイシスの風の刃が容赦なくオウルを襲う。

 消しても消しても次々に繰り出される私達三人とアルくんの魔法に、オウルは次第に呼吸を乱し、耐え切れず数歩下がるその姿を確認して私は確信した。

 あいつは、戦い慣れていない。マグヴェルと同じように、道具頼りだ。

 ふっと唇の端を持ち上げて周囲を見る。精霊の姿はないが、警戒したまま私は大きく右手を振り上げた。

「ルセナ!」

「うん!」

 私の合図でルセナが展開した分厚い防御壁が、敵をぐるりと囲む。

 私のチェイサーを漸く消し終えた男は新しい魔法にすぐさま気づいたらしく、再び杖を使おうとしたが、先に無詠唱の私の攻撃が炸裂した。

「ぎゃあああ!?」

 グリモワと共に壁の内側に閉じ込められた男の身体が一瞬にして生まれた石嵐に身体を打たれ、喉か胸を潰されたのか「がはっ」と息の漏れる音を最後に嵐は強まり敵を覆う。

 胸の辺りがずしりと重くなったがそれに気づかない振りをして、ひたすらにグリモワの精霊に祈る。

 防御魔法を逆転させ敵を囲い閉じ込める方法は使いようによっては強力だが、中にこちらの火種がなければ攻撃できないので実用性は低いかもしれない。今はグリモワの中にいる精霊が協力してくれるからこそできる、攻撃。

 嵐が止んだ瞬間に壁が消える。ルセナの顔を見てすぐ、ルセナが消したのではなく男の仕業だと気づいた私はグリモワをそのまま横に大きく振るい男を弾き飛ばす。

「物理攻撃ならいいんでしょ!」

「さっすがアイラ!」

 続いて飛び込んだガイアスが、体勢を立て直すことができずにいた男に切りかかる。

 わたわたとそれを防ごうとしたらしい男は当然それを防ぐことが出来ず、ガイアスの武器魔法による魔力を消し去るのに精一杯だったようで、次の瞬間には悲鳴を上げた。

「がああっ」

 深々と肩に突き刺さった剣をガイアスが抜く。ついに支えきれず、オウルは杖を手放した。

「お嬢様!」

 ぶわっと舞い上がった風が杖をさらう。もちろん自然のものではなく、確実に意図してレイシスが起こした風だ。

 刃がむき出しの状態の仕込み杖が、地面に落ちると私の前にくるくると円を描いて転がった。その石に触れた瞬間、石はぼろぼろと崩れ塵と消える。

 ……やっぱり、この石……。

「くそっ!」

 オウルが悔しそうに喚く。はっとして顔を上げた先に見える魔力に咄嗟に風歩で身体をずらすが、バランスを崩して体勢を崩す。地面に投げ出されたとき、ポーチの中身が飛び散っていくのを視界の端で捉え、思わず手を伸ばしかけた次の瞬間には腕に強い衝撃を受けた。

「ぐっ」

 うめき声が自分の口から出たものか怪しく感じるほどの衝撃に、さらに腕を見て平行感覚を失う。かすっただけのはずの攻撃を受けた左の二の腕の表面が、生々しく赤く染まる。

「アイラ!!」

 なんとか身体を起こそうとしたもののレイシスの絶叫に近い声が聞こえ、次の瞬間には抱きとめられる。が、それを気にする暇もなく視界の端に捕らえた存在に、私は右腕を振り上げた。

「アルくんそいつを拘束して!」

 投げた魔力に反応してアルくんが力を行使したときには、オウルは地の根に絡み取られ、うごめく根はオウルの身体に突き刺さる。ガイアスがさらに男の膝下に剣を突き刺すのが見えた。

 ぎょっとしてそれを見たが後回しにし、私は再び突撃してくる魔力の塊にグリモワを振り下ろした。

 激しい魔力のぶつかり合いの音と共に、地面とグリモワの間に潰された精霊が光粒となって消えていく。


 ふっと身体から、力が抜けた。


 張り詰めていた魔力が消えたことで、皆がはっと顔色を変える。

「……終わった……?」

「敵の精霊は、たぶん今のが最後」

 私がそういいながら右手を持ち上げ指差した先で、身体に突き刺さっていた木の根が的確にオウルの身体から魔法石を二つ、抜き出していた。


「アイラ!!」

 おねえさまとフォルが駆け寄ってきて、私の腕を見てすぐさま回復魔法を詠唱するのをぼんやりと聞く。さすがに自分で魔法を施す余裕がなく、私はレイシスに背を預けたままずるずるとその場に座り込んだ。

「アイラ、大丈夫か!」

 焦った表情の王子が私を覗き込み、ほんの少し驚いた後私は無理やり口角をあげた。

「大丈夫です、デューク様」

 その時もしかして王子は、と一瞬過ぎった考えは心の隅に置いておき、私は無事な方の腕を伸ばして先ほど飛び散ったポーチの中身から、ハンカチに包まれたそれを手に取りただ目を閉じておねえさまとフォルのあたたかな回復魔法に集中する。


 いつの間にか意識が少し遠のいていたのか、気づくとおねえさまが顔を覗き込み、ほっとしたような様子を見せていた。

「アイラ、腕の治療は終わりましたわ。無事で、よかった」

 向けられた泣きそうな笑みに、ありがとうございます、とお礼をし、横で心配そうにしていたフォルにも笑いかける。ぎゅっと背後から回っていた腕に力が入ったのを感じ、その腕に手を乗せてレイシスにもありがとうと伝える。

 後ろから聞こえた泣き声に少し首を回すと、ルセナにしがみついて泣いているミルちゃんが見えた。

「……ミルちゃんのお母さんは」

「アイラ。まずこっちだ」

 王子に視線で促された先には、口も手も足もすべて、身体が根に巻きつかれ動けないでいるオウルの姿があった。身体は傷だらけでぐったりとしているのに、目だけがぎらぎらとし私を捉えると、もがく。何かを言おうとしているようだがそれはアルくんの使う根が許さなかったようだ。

 ……どうせ緑のエルフィだったのかとか、弟のルブラの人間と同じことを言っているような気がしてそれを聞く気にはならないが、散らばった薬などをポーチに仕舞い込み足を向けようとしたところでガイアスに腕を取られた。

「アイラ、何をする気だ」

「……治療を」

 敵ということはわかっているが、あいつはすでに動けない。殺すか殺されるかの戦いの可能性もあったが、運よく生きたまま捕らえることができたのだ。話を聞くのに重要だろうと思ったが、ガイアスは首を振った。

「治療はなしだ。逃げられても困るし、また何かあって精霊を使われても困る。どうしてもアイラが治療するというなら、俺はこの場であいつを二度と治療ができないようにする」

 ガイアスの迷いない言葉に目を見開き、視線を彷徨わせた私は俯いた。

 治療ができないようにする。……その言葉の意味はわかる。

 ちらりと治療が間に合わなかった騎士達を見てゆるく首を振った私は、そのまま一歩下がった。ここは前世のような世界ではないのだ。

「わかった。……拘束する準備ができたらアルくんに根を解いてもらうから」

「ああ。……無事でよかった。無理はするなよ」

 ぱっと手を離したガイアスが離れていくのを見送り、私は倒れている騎士達に気付けの魔法をかけることに専念する。


 何人かおねえさまと二人がかりで起こしていると、つぶれたような声が聞こえた。

 おねえさまと振り返って同時に眉を顰める。すでに根から解かれていたものの、フォルやガイアス、レイシス、王子が集まっているそこでは喉の辺りから魔力の煙を燻らすオウルの姿があった。

「喉を……足もあれでは逃走できそうにありませんね」

 おそらく尋問が始まる前に治療されるのであろうが、むごい光景に私は目を逸らす。……マグヴェルやダイナークもきっと同じだったのであろうが、普段治療する立場である以上目の前のそれを少し唇を噛んで耐える。

 長く続いた気すらするこの戦いは、すっきりとはしない終了を迎えたのだ。



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