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「なんで……」

 呆然と呟き、倒れた騎士を見る。

 あれでは、駄目だ。先ほどまで自分が蛇で捕らえていた騎士も、今倒れた騎士も、もう治療できない。もう……死んでる。

「あまり待ちませんよ。三人がこなければ次は……」

 そうオウルが切り出したとき、騎士達が仕掛けた。

 統率の取れた騎士達が猛攻撃を開始し、ちっと舌打ちをしたオウルは大きく跳ぶ。

 しばらく剣の打ち合う音が聞こえ、オウルが応戦しているのだろうと気配で察したが、騎士たちの背で見えずに不安になって前を覗き込む。時折強い魔力を感じたが、騎士達の魔法が止むことはない。人数差は圧倒的なのにだ。


 そして次の瞬間、何の前触れもなく唐突に屈強な騎士達は声なく飛ばされ散り散りとなり、周囲にばたばたとその身体を転がした。

「まったく、煩い蝿ですね」

 視線の先では、一人だけ何のダメージもなくその場に立つオウルの姿。その手に握られている杖を見てはっとする。

「あれ……マグヴェルの……!?」

 慌てて倒れた騎士達を見れば、気を失っていることに気がついて愕然とする。あれは少し前に私がマグヴェルを倒したとき、壊したはずの杖と同じだ!

「今頃気づきましたか? あのデブに協力していたのは私です。……ああもしかして、協力者がいたことにすら気づいていなかったのですかね? ずいぶんと無防備でしたし」

「なっ……」

「あれにはずいぶんと役立ってもらいました。新作の魔道具の実験にはもってこいでしたよ、何せあのデブ、魔力のかけらもなかった希少な動物でしたから。おかげで能力の高い武器を作る事ができました」

 にやにやと笑った男は杖を振り回しながら、また一歩近づく。

 とりあえず、あの身体に大穴が開く魔法ではなかったものの、騎士が全滅したこの状況は最悪だ。たった一人のルブラ相手に騎士がこれでは、私たちだけで無事に済むだろうか。ルセナはあの杖の特殊な攻撃を防げるが、おそらく数回だ。

「さあ、次は誰にします? それとも、来る気になりましたか?」

 笑みを崩さないままオウルは一歩、一歩と近づいてくる。こちらに、考える猶予を与えてはくれないらしい。

 すると、ぐっと手を握り締めた王子が顔を上げた。

「待て、その前に。俺たちがそっちに行ったところでミルの親の安全は保障されるのか?」

「ああ。……最初から殺すつもりなんてありませんでしたよ? それの母親とて獣人です。もちろん、今頃は丁重に我々の主のところにご案内している頃でしょう」

「……え!? どうして! 言うこと聞いたら、ママには手を出さないって言ってたのに!」

 オウルの話を聞いて、ミルちゃんがはっと顔をあげて叫ぶ。顔色は蒼白で唇も白い。

 そんなミルちゃんを見て、オウルは私たちの前で堪え切れないと言った様子で、笑った。

「馬鹿ですね。せっかく侯爵が隠してくれていたのに、親の場所にのこのこと帰ったりするから場所が割れたんです。……言われるまで自分の居場所が把握されていないと思っていた馬鹿さ加減には呆れますが、感謝しなければいけませんね」

「そ、んな……っ」

 力なく項垂れたミルちゃんの腕から、すでに事切れたであろうグーラーの身体がずるずると地面へ落ちていく。

「なんて、ひどい」

 小さな掠れた声でおねえさまが話すのをどこか遠くで感じながら、私は必死に考えを巡らせていた。

 私だけ、ならまだなんとかなるかもしれない。問題は王子だ。もしまたフォルを王位に、とする動きを見せていたら、王子は……ルブラにとって邪魔者になるはず。

 もしくは、逆。ルブラ内で王子とフォルのどちらを王にするか決めかねているとすれば、フォルだって十分「邪魔者」とされる可能性はあるのだ。能力がばれた可能性もあるが、二人の立場は危うすぎる。

 視界に入る、あっさりと奪われてしまった命を見て全身が冷えた。王子も、フォルも、……絶対にルブラに行っては駄目だ。

 そこでふっと、「なぜ私も?」という疑問が浮かんだが、それに答えを出す暇もなく。

「さあ、どうしますか。あまり時間稼ぎの質問に答える気分ではないので、さっさと次に行きましょうか?」

「なっ」

 反射的に顔を上げた先で、私は目を疑う。

 男が"こちらをまっすぐに見たまま"にやりと笑って手を振り上げた瞬間動く存在に、はっとして無意識のうちにグリモワを横に飛ばした。

 ルセナは強力な防御壁を張ってくれている。私たちの周りに、だ。

 無防備な状態にさらされたまま、呆然としているミルちゃんに向かう存在に気づいてしまった私の行動は仕方ないものだったのだと思う、けれど。

「きゃっ」

 悲鳴をあげたミルちゃんの目前でグリモワがミルちゃんを襲った存在をはじく。

 咄嗟に生み出したグリモワの魔力にはじかれたその存在は、強い魔力のぶつかりでその場にぼとりと落ちて転がった。……赤い目をした、精霊が。

 ほっと、守れた事に安堵し息を吐いた時、高い笑い声が周囲に響く。

「やはり! ベルティーニの姫、あなたは魔石の精霊を見ることができるエルフィですか!」

「えっ?」

「なんたる幸運! 見つけることができないと思っていた魔石のエルフィを見つける事ができるとは! 地精霊の話では子に遺伝しないらしいが、若々しい肉体で我が目の前に現れてくれるとはなんとも素晴らしい!」

 魔石の、エルフィ?

「なに……?」

 愕然とした王子が、私を隠すように位置をずらす。

 にやりとそれを笑ったまま見ているオウルは、嬉々として口を開いた。その姿はアドリくんの村を滅ぼしたやつと同じで、確かに似ているなと無駄な考えが頭を過ぎる。

「王家はまだ知らないでしょう! 私たち研究者が開発した精霊を使用した魔法石の製作において発生した未発見、そして新種の精霊の存在を! 自然にいてもまずその姿を現さないといわれる魔石の精霊たちと、唯一心を通わせることが出来る存在! この魔法石の国メシュケットにおいて、それはどれほどの価値か!」

 熱く語る内容の半分も頭で理解できていない気がする、と一歩たじろぐと、すぐ隣にいたおねえさまが手を握ってくれる。伝わる暖かさにほっとして握り返し、とにかくエルフィであることを否定しなければと焦る。

「違う、私は」

「否定しても意味はありませんよ、ベルティーニの姫。なんといってもあなたは先ほど、ただ一人だけ正確に精霊が攻撃に行った方角を見極めた。他の全員が私の視線の先にいた王子を守ろうとしたのにね!」

「あっ……」

 漸くそこで決定的なミスを頭で理解し、唇を震わせる。

 まるで弾丸のようにミルちゃんに向かっていく精霊を、私は確かに見た。

 先ほどのから身体に大穴を開けてグーラーも人も簡単に殺す未知の技の正体が、見えてしまったから。

「わかりますか、この重要さが! 天然モノも作られた魔法石も、すべての魔法石の精霊が見えその力を使えるとすれば! 魔法石大国のこのメシュケットにおいてこれほどの存在はなく、そしてすばらしい脅威となる! どんな強力な魔法石も、精霊さえ使えればただの石ころと同義です! 血筋による能力ではなく完全なる神の気まぐれの存在と精霊に語られるエルフィが、目の前に!」

 興奮して語り続ける男の言葉に、血の気が引いていく。

 余程嬉しいのか饒舌な彼の言葉が本当だとすれば。

 もし、もし本当に私が見えたという事実が、魔石のエルフィとやらに結びつくのならば。

 もし、『神』の気まぐれの存在が事実だとしたら。


 ――ああ、もう。特典もつけてあげるから。


 ふと過ぎる言葉は、どこで聞いたものだったか。



「あいつ、生きて逃がさねぇ」


 低く呟くガイアスの言葉が聞こえ、はっと顔をあげる。

 そう、あの男逃がすわけにいかない。けど。

「ガイアス!」

る! 黙ってアイラもデュークもフォルも渡すわけねえだろ!」

 魔力が膨れ上がったガイアスの横に、レイシスも並ぶ。怒りからか普段より強い力を感じ、思わず息をのむ。

 口元を歪めたオウルが杖を地面に下ろした。……それが戦いの合図となる。


「アイラ!」

 ぱっと手を取られ、王子とフォルの二人と共におねえさまの作り出した防御壁の中に引っ張り込まれた。

 ルセナが戦うガイアスとレイシスの防御に集中するためにおねえさまと分担したのだと気づいた時には、杖が猛威を振るう。


「楽しくなってきましたね!」

「そーかよ!」

 ガイアスが剣を振り上げ大きく飛んだ。

 足元にいたアルくんを抱き上げ、唇を噛む。

 わからないことだらけだ。けどこのまま、ガイアスたちに任せておくわけには行かない。

 足を踏ん張り、ぎっとオウルをにらみつける。先ほどグリモワで弾いた精霊がきらきらと光粒になるのを確認しながら、新たな精霊の存在がいないか、それだけに気を配る。

 敵がまだ精霊を使うのなら危険だ。一瞬で詠唱なく身体に穴をあけるあの技をまともにガイアスやレイシスがくらうなんてあってはいけない……!

 レイシスが矢を放つ。ガイアスが剣を振るう。このままじゃ、二人が。そう思ったとき、腕の中でにゃあと一鳴きしたアルくんがふっと消え、重みが消える。

「アルくん……?」

 精霊の姿に戻ったアルくんを呆然と見上げた私は、ああ、と理解した。目には目をという言葉があるじゃないか。


「私が、やります」

 呼吸を整えて、私は静かにそう宣言したのだった。



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