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「到着が遅れてる?」

 食事を終えた頃騎士から伝えられた言葉に、王子が低い声を返す。

 その声に皆が顔を上げそちらを見ると、王子の前に立つ報告に来ていたらしい騎士が汗を噴出しながらそうですと告げていた。確か、最初から私たちの護衛としてついてきてくれていた騎士の中で一番上の地位にいた人だ。後からイセンさんと一緒に来た人が隊長だったので、合流以降はほとんど打ち合わせ相手が隊長となった為に見る機会はなくなっていたが。丁度働き盛りといった風の体格のいい男性だが、その見た目に似合わず今は恐縮しきりだ。

「ご連絡が遅れて申し訳ありません。ですが、このままだと予定した行程に支障が出てきてしまいますので、ラーク領を少し離れることになりますが我々が次の町まで護衛をと指示を受けておりまして」

「……そうか」

 話を聞く限りではなんとなくだが、ここで交代する予定だった王都から派遣された騎士の到着が遅れているのだろうと思わせる内容だ。どれくらい遅れているのかわからないが、王子はなんだか思案顔だ。

 どうしたんだろう、と視線を巡らせていると、ふとフォルと目が合う。

「……あ」

 目が合った、と思った瞬間俯かれてしまい、少し驚く。……気のせいだったかな。

 首を捻ったところで、話を終えたのか王子が席を立つと、皆がそれに倣うようにぱらぱらと席を立ち始めた。

 私もおねえさまと部屋に戻ろうと考えたところで、急に王子に「アイラ」と名指しで呼ばれて顔を上げる。

「来い。ラチナ、アイラをしばらく借りる。部屋に戻って休んでいろ」

「え? ええ……」

 私もおねえさまもきょとんとして顔を見合わせ、首を傾げた。王子がおねえさまを呼ぶのはわかるけれど、なんで私?

 疑問に思いつつも駆け寄れば、王子が少し近づいて小さな声で囁く。

「お前、フォルと何かあったか?」

「へ?」

 言われた内容に驚いて顔を上げふるふると首を振る。何もしてない。してない……よね?

 しかし王子は私の顔を見ると、少しして「そうか」とだけ呟いて後ろを振り返る。

「フォル、お前も部屋に戻るぞ。この前の魔法研究の続きだ」

「え……? あ、うんわかった」

 名前を呼ばれたフォルが顔をあげ慌てた様子で返事をするのを確認すると、王子はさっと背を向けて歩き出す。

 ガイアスとレイシスにとりあえず言ってくるねと告げて後を追う。魔法研究って何だろう? 何か難しい魔法にでもチャレンジしているのだろうか。

 ガイアスとレイシス、ルセナにイセンさんの部屋は下だが、私とおねえさま、そして王子とフォルの部屋は二階だ。皆が各自部屋に戻っている中、ちらりと一度背後を振り返って見回した王子はそのまま何も言わずに階段を上り始める。

「では、おねえさま後で」

「ええ」

 階段を上ったところで後ろを歩いていたおねえさまと別れ、王子とフォルと共に彼らの部屋に入る。

 どうしたんだろう、と言う疑問は、部屋に入ってすぐに深まる。


「なるべく近寄れ」

 王子がベッドに腰掛け、その隣のベッドにフォルが腰掛けたのを少し離れた戸口で見ていた私を王子が呼ぶ。

 促され、二人の丁度間くらいの位置に椅子を用意して座ったところで、王子がすっと腕を振った。

 防音の効果がある魔法だ。

 理解してすぐ背筋が伸びた私は、少し緊張して王子を見る。あえて私とフォルだけ呼んだ上に聞かれたくない話題、となると、一体何の話だろうと強張った私を見て、王子は「ああ」と笑った。

「身構えなくていい。悪いな、ああしてあそこで言えば、ガイアスたちも途中で遊びに来たりしないだろうから」

「え?」

「魔法研究の話じゃないってことだ。いや、研究といえば研究かもしれないが」

 そこで王子が少し身体を前に倒し、声をひそめた。

「アイラ、お前地のエルフィだったか?」

「……あ」

 王子の言葉で思わず口をあけた。そうだ、その報告をすっかり忘れていた。

 あの後馬車の中でいろいろ考えたり、休憩の時間に一人で調べてみたりしていたのだが、気にしてくれていた王子に説明を忘れるとはやはり私も余裕がなかったのだろうか。

 だが、話すといっても……。

「えっと、結論から言えば私、地のエルフィじゃありません」

「……なぜ、地属性魔法を無詠唱で使えた?」

 私の答えに目を丸くした王子が、ぎょっとしたままそう聞き返すが……なんと答えればよいのか。

「えーっと……わ、わかりません」

「え?」

 フォルも驚いたように私を覗き込み、私は腕を組んで一度唸る。

「地属性魔法を使ったのは確かです。グリモワの精霊さんが協力してくれました。でも、私は地精霊は見えません。この子以外」

「……どういうことだ?」

 聞かれても答えられず唸り、とりあえずその時の状況を説明すれば、王子がふっと指をたてた。

「アイラ、ここに何か見えるか?」

「え?」

 王子の立てた指先を見つめて、首を捻る。見えるかって、何がだろう。

 すると王子は「やはり見えるわけではないか」と肩を落とし、少し俯いた後ゆっくりと私と目を合わせる。

「アイラ、学園に戻るまで油断するなよ。馬車で後半月程の距離だが、ルブラの危険が去ったわけではないんだ。……フォルも、俺も」

「は、はい」

「アイラ。前も言ったが、二種以上のエルフィは非常に珍しい。しかもお前が見えたのが地のエルフィでないとなれば……考えられるのは、何かこちらで把握できていない類のエルフィの可能性」

「えっ」

「そうだろ? 以前少し話したが、エルフィの存在というのは確認できていないものも多い。今回の件だと、人間に手を加えられたせいで通常と異なってしまった精霊が地属性エルフィ以外にも見えたのかもしれないが……俺は視認できないんだ、その精霊を」

「えっと……あ、そうか。デューク様は光のエルフィだけれど、このグリモワの子は見えないのか……」

「可能性が多すぎて絞れないな。緑のエルフィであるアイラだから見えるのか、二種のエルフィであるアイラだから見えたのか、それともまったく未知のエルフィなのか、俺も見えるはずなのに未熟で見えていないだけか」

「……ええっ? ちょ、ちょっと待ってください」

「落ち着いてアイラ」

 混乱した私にフォルがゆったりと声をかけてくれるが、ぐるぐると考える頭はちっとも落ち着いてはくれない。

 腰からはずしたグリモワを見るが、声をかけてみても精霊は答えてくれない。気まぐれに力を貸してくれたのだろうか。

 ぐらりと身体が揺れた気がする。自分の存在が何か得体の知れないものに感じて、身震いする。

 エルフィの力は強大だ。植物を操る緑のエルフィは能力的に非常に穏やかな部類だと思うが、例えば火のエルフィなんて火を思いのままに操る。他国の昔話では火のエルフィが愛の為に国をひとつ滅ぼした悪役として描かれたものもあると聞いたことがある程強大な力だ。

 トクベツ? 私は、特別なんていらない。努力で得たわけでもない特別な未知の力なんて、怖いだけだ。使い方も安全もわからない強力な武器を持たされて怖がるなと言われても難しい話である。

 ……ふと、似たような恐怖を語っていたフォルの言葉が頭を過ぎる。そうか、フォルは、こんな感情に耐えていたのか。

 そこでぐっと意識が引き戻される。視界の先で、私の手に白く、暖かい別な手が重なっていた。

「アイラ」

 大丈夫だから、と覗き込むフォルの顔を見た瞬間、じわりと勝手に視界が歪んだ。慌てて唇を噛み俯く。

 そこでゆっくりと王子が、フォルを呼んだ。

「アイラが闇のエルフィである可能性は? 人間の手を加えられた精霊が、もし闇属性の魔力を浴びていたら? あのグーラーのように」

 私とフォルだけ呼んだのは、この話の為か。思わず息を呑んだが、私の手に重なっていたフォルの指先が僅かに揺れただけで、息の乱れもなくフォルはゆっくりと王子に向き直る。

「素質の可能性は否定しない。ただ、今回のその精霊が見える件とは無関係だと思うよ。そもそも僕はアイラを咬んでない」

「咬まずに血を飲んだのか?」

「なっ」

 穿った質問に慌てて顔をあげる。私をちらりと見た王子は「悪いが答えてくれないか」と続けた。

「……咬んでない。緊急事態で力を分けてもらっただけだよ、デューク」

「そうか……そうだよな、悪い」

 唸る王子はそのまま口の下に手を当てると考え込んでしまい、部屋の中には妙な沈黙が落ちる。

 しばらくして口を開いたのは再び王子だった。

「実は気になる事がある。口で説明しろといわれても難しいんだが……今回の件、何者かが裏で糸を引いているのではと」

 王子の言葉にぐっと私とフォルも口を引き結んだ。

「何か……偶然が重なりすぎてる気はします」

 何度も遭遇するマグヴェルに、次々起こる問題。それも、ルブラが絡んでいる可能性が高いだなんて。

「出来すぎてるね、確かに」

「フォル……」

「そういうことだ。俺はこれを偶然で片付けるつもりはない」

 王子のきっぱりとした言葉に、息が苦しくなるような不安に襲われてゆっくりと深呼吸を繰り返す。

「到着予定だった王都の騎士が遅れている。アイラ、フォル。引き続き合流できるまでラーク領の騎士が護衛につくが……気をつけろ」

「……え?」

 重ねられていたままだったフォルの手にきゅっと一度力が入る。

「それって、まさか」

 私はその言葉で、初めて王子が何を疑っているかに気づいたのだった。



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