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「ちっ、がんばりすぎでしょーよ、デラクエル!」
ルセナのそばに駆け寄った時、ダイナークの叫びが聞こえた。
ガイアスもアルくんもまだダイナークと戦っているらしい。すでに地精霊を閉じ込めたはずの石がないダイナークがそこまで奮闘していることに驚く。
それどころか、いつのまにか私たちのそばに残っていた筈のついてきた半分の騎士達が倒れていたのに驚愕した。ダイナークの攻撃もしくはマグヴェルの魔道具を防ぎきれなかったのだろうか。比較的若い騎士が多いと思ったが、残っているのがガイアスのそばに数人とはひどすぎる。
ひとまず騎士達の回復も視野に入れながら、ルセナに駆け寄る。他の騎士達はダイナークのいる位置に近すぎて、迂闊に治癒に回るのは危険だ。
「アイラ、回復薬でいいかしら」
おねえさまと一緒にルセナを抱き起こし、容態を見る。典型的な魔力切れの症状を確認し、ポーチから取り出した魔力回復薬の蓋を開ける。
「ルセナ、これ飲んで!」
口に押し当てた小瓶を倒し、無理にでも、と飲み込ませる。
駆け寄ったレイシスとフォルがルセナの代わりに防御魔法を生み出すが、予想外にもゆれた地面に私は小瓶を落としてしまった。
「あっ」
「お嬢様、いったん下がりましょう!」
地面にしみ込んでいく液体を一瞬唖然と見つめた私とおねえさまは、すぐにはっとしてレイシスに場所を譲り彼がルセナを運ぶ後につこうとした、が。
「くそ、こうなりゃ……っ!」
突如後ろから襲われた魔力にはっとしたが、その時にはすでに私の身体は宙に浮いていた。
「なっ……!」
腰に巻きつく蛇は地の蛇だ。ほぼ無詠唱で現れたそれをぎょっとして見つめ、瞬時に状況を理解して私はぐいと大きく手を振ってグリモワを操り引き寄せる。
「倒せないなら卑怯だがおじょーちゃんを人質にするっきゃないかな! どうしても、俺はっ」
「おい! くそ、アイラ!」
引っ張られた先はダイナークのもとだ。叫ぶガイアスの声で位置を把握し、私は引っ張られる勢いのままに、相手の懐に飛び込む寸前に自分と相手の間に防御用に大きくしたグリモワを割り込ませた。
「わぶっ!」
おかしな悲鳴を上げたダイナークは、グリモワの後に勢いよく引っ張っていた私がぶつかり、つぶされてその場で仰向けに倒れる。私がグリモワの上に乗っかったままダイナークを押しつぶしているその隙を逃さずガイアスは駆け寄り、今度こそダイナークを自身の生み出した蛇で捕まえた。
「あっぶな……アイラお前グリモワどういう使い方してるんだよ」
「防御でしょう? どうみても」
っていうかなんでダイナークはまだエルフィの力を使えるんだ、と目を凝らした時、彼のそばをふわりと赤い目をした精霊が飛んでいることに気がついて……
「ガイアスよけて!」
「え? うわ!」
飛び出した魔法を、そばに駆けつけたアルくんがなんとかはじいてくれる。
「騎士さんたち、ここから離れて! 後ろの土の塊、もう一人の敵だからそっちに!」
精霊相手に騎士達は不利だ。なんとかそう叫ぶと戸惑う騎士達だが、ガイアスと駆けつけた王子にも「早くしろ!」と急かされてマグヴェルの元へ駆け出していく。言葉は悪いが、ここにいられては邪魔なのだ。
『あの精霊、体内にいすぎてダイナークの血にとらわれたのかもしれないって言ってる!』
グリモワを見つめながらアルくんが叫び、どうやらガイアスたちにも聞こえるように言ったらしいアルくんの言葉で、皆がぎょっとした。
「よくわからんがつまり、体内に埋め込まれた石に捕らわれていた精霊がダイナークの味方をしてるんだな?」
「たぶん!」
正確に理解してくれた王子の言葉に頷き、急いで防御魔法を展開する。
ちらりと後ろを見れば、フォルとおねえさまが必死にルセナの治療に当たっているようだ。が、大地の魔法の影響で集中できないらしく苦戦している。倒れた騎士達もそのままだ。
「何なの……!」
とりあえず今わかることは、『敵が私にしか見えない』ということか。いや、正確にはアルくんも見えているのだろうが、これでは……
「アイラ、敵はどこだ!?」
「精霊は防御魔法を使ってる! 簡単に人間の攻撃なんて……そうだ! ダイナークを防御壁で囲っちゃって! ダイナークの魔力をこの子が使えないように! 精霊は私が相手する!」
ガイアスとレイシスにそう叫べば、心得たと二人が詠唱を開始する。
その間も時折荒れたような魔力が暴発するのをなんとかグリモワを振り回して防ぎ、荒い息を吐く。
「力を貸して!」
グリモワにそう願いながら魔力を注げば、放たれる地属性魔法を相殺してくれる精霊に感謝する。同じ精霊であるグリモワの彼は、あの目が真っ赤なダイナークの精霊の攻撃とほぼ互角に技を繰り出せるらしい。
横に並んだ王子が、ちっと舌打ちをし弾けた小石を剣で打ち落としてくれる。
「アイラ頼みだが、無理はするな!」
「わかりました!」
迷惑をかけた自覚はある。これ以上無茶をしないと自分にも誓い、グリモワに魔力を注ぎながら精霊の動きを見逃すまいと睨む。
ふと、精霊が顔を歪めたのが見えた。降参か、とその様子を見つめた時、まるで最後の力を振り絞るがごとく膨れ上がった魔力に、はっとする。
「大きいのが来ます!」
『ロックストーム、精霊の地属性魔法!』
私とアルくんの忠告にさっと顔色を変えた皆が瞬時に防御を張り、私は叫びながらすぐアルくんに魔力を投げ渡す。受け取ったアルくんは私の意図を読み取って、防御魔法を展開してくれた。が、急ごしらえのそれはいくら精霊の魔法であっても完璧なものではなく、悲鳴があがる。
「きゃあああ!?」
治療に専念していたせいか防御しきれなかったらしいおねえさまの悲鳴に、王子が慌てて振り返った先で、意識を失ったルセナとおねえさまが大きく飛ばされていた。慌てたフォルが風歩で追いつきおねえさまを抱きとめたが、ルセナの小さな体が宙で弧を描く。
「ルセナ!!」
駆け出した私たちの視界の先に、ふと、何かが飛び込んできた。
「なんなんだ、これは! 騎士がぼろぼろじゃないか!」
「え……あ、ルセナの」
風歩で現れたのは、騎士数名を連れたルセナの兄だった。
顔を顰めた彼はふんと顔を逸らしつつも、しっかりとその腕に投げ出されたルセナの身体を抱えてくれる。
「おい、ルセナの治療だ!」
彼の叫びで騎士が動き、フォルが治療をするためにそこに駆けていくのを確認した後、精霊を見つめる。
やはり最後の力を振り絞っていたのか、精霊はそのままくったりと身体を投げ出し地面へと転がった。
「あ!」
思わず駆け寄った私の目の前で、伸ばした手の先で、かすみ始めた精霊の体がきらきらと光となって消えていく。
「えっ? え、どうして!」
『死んだ……』
ぽつり、とアルくんの呟く言葉に、王子が目を見開いた。
「死ぬ、のか。力を使いすぎた精霊は……それとも、まさか異常な状況に追い込まれたせいか?」
驚いた様子を見せた王子はしかし、後ろをちらりと確認し、動き回る騎士達を見てアルくんに「もう声を出さないほうがいい」と注意を促す。
頷いたアルくんは見えない位置で猫の姿に戻り、私の腕の中へと飛び込んだ。
ガイアスと王子がダイナークを何重にも縛り上げているのを確認し、レイシスと歩き出す。脱走を何度も繰り返す犯罪者は、おそらく騎士に腕と足を砕かれ、魔力を押さえ込む魔法をかけられる。……それを見る気にはなれなかった。
ダイナークが何に必死になってあそこまでしたのかわからないが、事情を考慮する余裕も、今はない。
ルセナの治療はフォルとおねえさま、そして騎士達がいるのでそちらに任せ、私は石の柱に近づく。
先にこちらに来ていた騎士達は、どうしたらいいかわからず取り囲んでいたようだ。少し俯いて、柱へ手を伸ばす。がらがらがと崩れた石の中で、ぐったりと動かない巨体を見つけた。生きている、ということは、私は手を抜いたらしい。
「……まだ息の根はあるようですが」
「ほうっておけばいいよ、レイシス」
気づいたが、もうこれ以上何かをする気にはなれず私はそれに背を向けた。どうせマグヴェルも脱走犯だから、ダイナークと同じような処置を取られるだろう。
駆け寄ったルセナの兄についてきたらしい騎士の一人がマグヴェルを縛り上げるのを横目に、倒れた騎士達の回復に向かう。
「どうなってるんだ。騎士達がこれほどになるなんて」
「仕方ない。……が、そうも言ってられないか。王国所属騎士がこれでは面目ないな」
ルセナの兄、イセンさんとフォルの話を聞きながら、一人一人騎士を治療していく。幸い、気を失うような何かの魔法をかけられただけであったらしく、特に傷もない彼らは起き上がると血相を変えて走り回った。
「おそらく失神させるような効果のある魔道具の能力ではないでしょうか。ルセナが防いでくれたあの突風の能力かもしれません」
特殊な能力があったとすれば、防御に力を注いだルセナが魔力を枯渇させてしまったのにも納得がいく。
騎士達が倒れた原因を簡潔に告げれば、神妙な顔で頷いた騎士の一人が、石が粉々に砕けたマグヴェルの杖を拾い上げる。
「このたびはまことに申し訳ない結果となり、なんとお詫びを申し上げれば」
「騎士達は王国所属だ。少し鍛えなおすように進言しておけ」
さらりと告げた王子に深々と一番年上らしい騎士が頭を下げる。
ふと、ルセナを抱きとめたままの彼の兄を見た。目が合うとさっと逸らしたイセンさんは、ぶつぶつと呟く。
「これは、違うからな。客人に何かあってはいけないと護衛に俺自ら出てやろうと思って来ただけで、別にルセナやお前らに謝りにきたわけじゃない!」
「……そうですか」
それでは用件を言っているようなものだが、ルセナと同じ白い肌を真っ赤に耳まで染めて勢いよく話す彼がその内容を理解しているとは思えないので、苦笑して誤魔化しておく。きっとルセナは喜ぶだろう。
イセンさんはふいっとルセナの治療をするフォルから目を逸らし、公爵子息として来たのではないならルセナの友人としてしか扱わないとぶつぶついっていたが、さすがに王子がくるとわたわたと腰を折るイセンさんを見ながら、ぼんやりとして息を吐いた。
「大丈夫か? アイラ」
戻ってきたガイアスが、先に馬車に乗ってろと皆を促す。
「俺はちょっとやることがあるから」
そう告げたガイアスを残して、私たちはルセナをつれて馬車へ戻る。
ラーク領を出るまではルセナが外の警備に出る予定だったが、それをイセンさんが代わってくれるらしい。一番後ろの席におねえさまと私でルセナをはさんで座り、彼に治癒魔法をかけながら待つこと少し。
「これで、終わりだ」
そう言いながら最後に戻ったガイアスがいつのまにか腕にアルくんを抱いていて、馬車に乗り込むのを確認して、再び私たちは何事もなかったかのように移動を開始する。
移動は順調に進み、ラーク領の出口に差し掛かるその日まで私たちは、王都を出て以来初めて静かな移動を続けたのだった。




