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「水の蛇!」

 私とおねえさまの詠唱が同時に終わり、二体の蛇がうねりマグヴェルに飛び掛る。

 その隙間をぬうように剣を抜いた王子が駆け、ルセナがそれをフォローする。両脇から詠唱が聞こえるので、フォルとレイシスも魔法を使うつもりらしい。

 その二人の気配を感じながら次の魔法を生み出そうとしたとき、おねえさまと私の水の蛇がふっと消える。

「また、杖!」

「あの杖は仕込み杖だから気をつけて!」

 飛ぶ指示に返事をしながら、グリモワを盾にしつつ次の詠唱を開始する。やはりあの杖は魔法を打ち消す力があるらしいと思わず唇を噛んだ。

 魔道具は厄介だ。私たち魔法使いの知りえない効果を持つものも多いし、何より道具が魔力を消すのでは相性最悪といったところか。

 マグヴェルが杖をひっぱり掲げたとき、ガキンと音が鳴って王子の剣とぶつかった。

 しかしマグヴェルは道具頼りだったらしく、王子の猛攻撃にすぐに圧される。どうやら剣が得意なわけではないらしい。

 これなら、と思った瞬間、王子が大きく後ろに飛んでマグヴェルから距離をとり、そこにルセナの防御壁が展開された。

「きゃああ!?」

 ごうごうとあおられ思わず顔を腕で覆う。強い風が防御壁を突き抜けているのだ。

「なんですの、これ!」

 収まってきた風に漸く顔を上げたとき、ルセナが険しい顔をし息を切らしている事に気づく。……防御壁を張っていたルセナがこれほど疲れる威力の攻撃であったということか!

 おそらくまともに喰らえばひどい怪我を負うことになりそうなマグヴェルの攻撃に、皆の表情が険しいものになる。

 ちらりと後ろを振り返った王子が僅かに顔をしかめたことに気づく。王子もルセナの状態は把握したらしく、すぐさま剣を構え再び飛び出していく。この状態では、長期戦になるとこちらが不利だ。私たちは魔力を消耗しても、マグヴェルはそうではないのだから。


「はあっ!」

 王子の繰り出す剣を、よろけながら「ひいっ」と悲鳴をあげたマグヴェルが避ける。その仕草はまったく戦いに慣れたそれではないのに、追い詰める前にまた強い風が吹き荒れる。

 魔法と違うせいか、詠唱もなければ動作もない。いきなり飛び出してくる攻撃に調子を狂わされ、私とおねえさまは魔法を繰り出せずにいた。

 そういえば、とレイシスとフォルを見あげてはっと気づく。二人はマグヴェルを気にしつつ、防御を重ねているのだ。手厚く、何重にも。


 ――和を乱すな、アイラ!


 王子の先ほどの言葉が頭の中で木霊する。

 私が、私のせいで二人に……いや、皆に迷惑を。

 今こうしてここにおとなしくいればいいわけではない。私は、"魔力を暴走させる可能性がある"と思われているのだ。だからレイシスもフォルも、動けないのだ。

 体中が粟立ち、収拾のつかない自己嫌悪に駆られ思わず身体を守るように腕を交差させる。顔を上げた先で、大きなおなかを揺らしたマグヴェルがぱっと笑みを作った。


「アイラちゃん! 迎えに来たよ! 今デラクエルから助けてやるからね!」

 ぞくぞくと背筋にまるで氷魔法でも喰らったかのように身震いし、足が震えた。

 カチカチと耳障りな音がすると思った時、視界がふっと暗くなる。

 まるでマグヴェルから隠すように私の前に立ったのは、フォルとレイシスの二人だった。

「邪魔だ、デラクエル! アイラちゃんを返せ! アイラちゃんは私のモノだ!」

「寒気がしますね……本当に!」

 膨れ上がったレイシスの魔力に圧され、かくりと膝が折れる。倒れこむ前に私を支えてくれたのは、おねえさまだ。

「アイラ、しっかり……こんなに震えて……っ!」

 私に触れたおねえさまが驚愕に目を大きく見開き、その時漸くカチカチという耳障りな音は、私の歯が震えてぶつかっている音なのだと気づいた。


 ――落ち着いてやれ、お前ならできる。

 ――アイラ、大丈夫だから。


「私は……」



『そうそう、何年前だったか、君の家のメイドに頼んでデラクエルの息子一人に飲ませた時は、失敗だったなぁ』


『計画が台無しだったよ』


『ま、本当は死ぬ前に解毒剤渡すはずだったんだけど失敗したし、一緒にメイドも死んでくれたから助かったね』


 聞こえるマグヴェルの言葉は、ずいぶんと前のものだ。

 ひらひらと桜が舞う。……この光景、覚えてる。

 ああ。あの時だ。

 私は、あいつを殺そうとした。

 おびえたマグヴェルのナイフを拾い、青ざめたあいつにそのナイフを突き立てようとしたことが、ある。

 あの時「やめろ」と叫んだのは、命乞いするマグヴェルのものだと思っていたけれど。


「サフィルにいさまが止めてくれてたんだ」

 すぐに「駄目だアイラ」とよく馴染んだ声に言われた筈。あの一瞬の事を忘れてしまっていたけれど、……だけど私は……。


「アイラ……?」

 振り返ったフォルが目を見開く。

 気づけばレイシスはフォルに私を任せ、マグヴェルに向かって飛び出していた。その光景に目を見張り、私は手にしたグリモワを操って飛ばす。

「レイシス!」

 再び生み出された風がレイシスを襲う。間一髪でグリモワがレイシスの前でふわりとその風を受け流し、それを確認した私は両手を真上に上げた。


「精霊さん、力を貸してね」

 ぶわりと広がる魔力に反応して、マグヴェルの身体が強張ったのが見えた。

 レイシスの前まで飛び出したグリモワから、強い魔力が放たれる。

 マグヴェルが応戦するよりも先に、マグヴェルの足元がぽっかりと消えた。

 落ちた……次の瞬間には、まるで断罪されるかのごとく針のように突き出した地面にマグヴェルは絡め取られる。

「ひい!?」

 ひきつった声を上げたマグヴェルを見て、レイシスが驚いた表情を浮かべる。

「地属性魔法……?」

 すぐそばからも、フォルの驚いた声が聞こえた。

 地属性魔法。間違いなく今マグヴェルを捉えているのは地属性の魔法で、そしてそれを行使したのは私だ。

 協力してあげる、と、先ほどグリモワの中の彼は言った。私はどうやら、地属性の精霊の力を使えたらしい。だが、細かいことを考えるのは後だ。

 植物の魔法と違って、地属性魔法を使う分にはエルフィの能力だとわかりにくい。使い手が大い為だ。ガイアスだって得意なほうだとよく使用する属性だし、無詠唱だったこと以外でおかしな点はなく、人目を気にせず使いやすい属性だなと思うが、マグヴェルはそんなこと気づかないだろう。

「あっ! アイラちゃん!」

 マグヴェルが悲鳴をあげ私を呼んだ。土に磔になり高い位置に移動したマグヴェルの手から、杖が転がり落ちる。

 疲労がひどいのか息が荒いルセナの横を通り過ぎ、足早に呆然としたレイシスの横も抜け、剣を下ろした王子の横に並んで転がった杖を拾い上げる。

 触れた瞬間装飾された石が砕け散った杖を見て無感情にそれを放り投げ、目の前の土の磔柱を見上げる。

「アイラちゃん、助けて!」

「いえ、助けません」

「アイラちゃん、デラクエルに騙されているんだね、私が君を連れて行ってあげるから」

「あなたは一度、助けられましたよ。……デラクエルに、私も」

 ぽそりと最後は俯いて付け足して、再び顔を上げる。


「私はあなたが大嫌いです」

 告げて、手を振り上げる。

 再び膨らんだ魔力が、土を操る。ぎりぎりと縛りマグヴェルが悲鳴すら上げることができず呻いた。


 それは、一瞬で。

「最初からこうしておけばよかった」

 土に飲み込まれたマグヴェルの塊を見て、ぽつりと呟いた私は背を向ける。

「アイラ」

「ガイアスのほう、手伝いましょう。こっちは……出れませんから。大丈夫、まだ、生きてます」

 隣で静かに息を飲んだ王子にそう言って、私は振り返らず歩きだす。

 戸惑った雰囲気は伝わったものの無視した私の前で、今度は。

「ルセナ!」

「しまった、魔力の使いすぎか」

 ぐらりと身体が揺れたルセナが地面に倒れ、私たちは一目散に走り出したのだった。


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