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「ね、眠い」

「同意するわ」

 目を擦りながらガイアスと会話し、馬車に乗り込む。腕に抱いたアルくんはその時点で周囲を確認した後にぱっと姿を精霊に戻し、私のそばをふわりと飛んだ。

 昨日は早めに休んだものの、早朝出発……というより日の出と共に出発と言ったほうがいい時間帯である為に、ひどく眠い。

 外に出た瞬間は朝独特の冷えた空気に一瞬目が冴えたものの、慣れてくるとやはり瞼が下がってくる。侯爵にお礼と挨拶を告げた辺りまでは意識もはっきりしていたはずなのに……あまり眠れなかったせいもあるのだろうけれど。

 そんなことをうつらうつら考えていると、ひょいとガイアスが私の顔を覗き込んできたようで急に薄茶の瞳が間近にあって、思わず仰け反った。

「わっ」

「お前ほんとに今日眠そうだな。眠れなかったか?」

「うっ……うん、ちょっと……」

「そっかそっか。無理はするなよ。何なら先にアルに魔力渡して馬車の中で寝ちまえ。アルには何かあったら俺に言うようにって言っておけばいい」

 他の精霊ならまだしもアルならそれでも大丈夫だろ? と私を覗き込んでいうガイアスに、そっか、と頷いて見せる。

「けど、大丈夫。どうしてもきつかったらお願いする」

「そうか? んー」

 困ったな、みたいな顔で笑うガイアスが、がしがしと私の頭をほんの少し乱暴に撫でた後にぽんぽんとそのまま手を頭に載せた。

「ま、止めても無駄か。俺が横につくからいつでも言えよ」

 そう話すガイアスは本当に馬車の中で隣に並んで座っていて、私たちの座る席の後ろにおねえさまと王子、レイシスとフォルが向かい合って座っている。席が三列に並んだ馬車で、今回はこの大きな馬車一台で行くらしい。

「ルセナは?」

「外。ラーク領を出るまではルセナも外で警戒するってさ。地形、慣れてるから」

「そっか」

 頷きながら、私もやらなきゃ、とアルくんに多めの魔力を渡す。さっき外の精霊に調べてもらったところ、不審な動きをする人間はいなかったようだけど。


 護衛についてくれる騎士達の鎧のがちゃがちゃという音に馬の嘶き、そして人の声が外から聞こえているのをぼんやりと聞いていたが、やがてゆっくりと馬車が揺れだす。

 不安が伝わってしまっているのか、ガイアスが再びぽんぽんと私の頭を軽く叩く。

「大丈夫だって。あいつらも何度も俺らに負けておいて、この厳戒態勢の中また襲ってきたりはしないだろ。それでも襲ってくる程馬鹿なやつなら俺が返り討ちにしてやるから!」

「ガイアス……ありがと」

「俺が一緒にいてやる。任せろ」

 にかっと笑うガイアスに、笑みを返す。なんだか本当にお兄ちゃんがいるみたいだ。……同い年だけど。

 しかしガイアスのお兄ちゃん効果は絶大で、ほっと私の身体から力が抜ける。


 そうだよね。いくらなんでもまた挑んでくることなんてそんなこと。



 ……ないと思った私が馬鹿なのだろうか。


「ルセナ!」

 日が丁度真上に差し掛かった頃。

 うとうとしていた私は聞こえたアルくんの声にはっとして目を覚まし、すぐさま馬車の小さな窓を開けてルセナの名前を叫ぶ。

「北西の方向! おそらくマグヴェルとダイナーク! 距離は風歩で二分くらい!」

「なんだって!?」

 外に向かって叫んだが、ぎょっとした声をあげたのはそばにいたガイアスと王子だった。

「あいつらマジで馬鹿なのかよ!」

「アイラ、間違いないのか!」

 王子の言葉に答えを返そうとして、はっとして慌てて窓を閉める。

「精霊たちが"黒ずくめの大きな人間"と"魔力の薄い人間"を見つけました。たぶん間違いないかと!」

 危ない。混乱して「精霊が」なんて周囲に騎士達がいっぱいいるところで叫びそうになった。

 どくどくとうるさい心臓を押さえながら根拠を告げれば、皆の顔色があからさまに変わる。

「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどやっぱ大馬鹿かよ!」

「あいつら……今度は容赦しません」

 ガイアスとレイシスが対照的な反応を見せつつ、しかし同じように怒りを滲ませた声を上げた。特に、わかりやすい怒りの声をあげたガイアスよりも、押し殺したような静かな声で無表情のレイシスは若干怖い。

「で、でもちょっと待ってくださいませ。アイラ、敵はこちらに向かってきていますの?」

 落ち着こうと促すおねえさまが私と目を合わせた瞬間答えを知ってしまったのか、落胆の表情をあらわにする。

 向かってきてる。アルくんは確かにそう言った。


 ……あれ?


「アルくん!?」

 はっとして周囲を見渡し気配を探るが、アルくんの姿がない。慌てて叫ぶが、私の呼びかけに答えてくれる気配もない。

「アルくん!? アルくん! ガイアス、どうしようアルくんがいない!」

 思わず隣にいるガイアスの袖をつかんだとき、はっとした表情をしたガイアスが馬車の扉に手をかけた。

「ガイアス! 待て!」

 馬車は走り続けている。

 しかし、王子の制止も無視して「扉閉めてくれ!」とレイシスに向かって叫んだガイアスは風の抵抗を押して外にひらりと飛び出した。そこまで速い速度ではなかったが臆せず飛び出したガイアスをぽかんと口を開けて見送った私は、次の瞬間悲鳴をあげる。

「いやーっ!? ガイアス!」

「お嬢様落ち着いて! ガイアスなら大丈夫です!」

 慌てて扉に向かおうとした私をレイシスが引き戻して、無理やり風の魔法で扉を閉めなおす。

「ガイアス、一緒にいるって言ってたのにっ! アルくんが! 私ガイアスに無茶をっ」

「アイラ落ち着け! くそっ、マグヴェルが絡むとアイラが」

「アイラ、大丈夫だから!」

 フォルの手も私を引き戻し、聞こえた王子の言葉に脳内では「いけない」と自分でも思うのに、混乱した頭が先ほどのガイアスが飛び降りる場面を何度も視界に映す。

 アルくんはもしかして一人でマグヴェルたちのところにいった? ガイアスはそれに気づいて止めに? 馬車から、飛び降りて?

「お嬢様、深呼吸してください」

 ぐっと肩をつかまれ朝私を覗き込んだ薄茶の瞳と同じ瞳が私を見つめてくる。でもそれはガイアスではなくて……レイシス。

「そうです。……お嬢様、ガイアスとアルですよ? 大丈夫ですから」

 じっと私を見つめて言うレイシスに両肩をつかまれたまま、かろうじて頷く。

 その時、私でなくてもわかるほどの強い魔力の気配に、馬車の中全員がはっとして顔を上げた。

「つかまって!」

 フォルが叫んだ丁度その時、馬車が大きく揺れる。

 悲鳴が上がる中で、私たちの周囲に強い防御の魔法が張られた。これは……

「ルセナか! おい、出るぞ! レイシス、フォル、アイラを離すな!」

 王子が叫ぶと同時に馬車から飛び出す。私はレイシスに手を取られ、フォルが後ろに続いて外に出る。

 外に出てまず視界に飛び込んできたのは、たくさんの緑だった。どうやら森を切り開いた道らしく、馬車が通る道はしっかりと整備されているものの、両脇が先が見えない程の木々に囲まれている。

 ちっ、と王子の舌打ちが聞こえた。この場所は敵の姿が見えにくい。

 そして、私にとって最良の場所。

「アルくん!」

 すぐにアルくんの位置を把握した私はそちらに声をあげ、そしてそこにアルくんだけではなくガイアス、そして黒い服に身を包んだ大柄な男を見つける。

 駆け出す騎士達が半分、残って私たちの周囲を囲んだ騎士が半分。ルセナはすぐ私たちのそばに駆け寄ると、強い防御を張った。

「マグヴェルの姿が見えません」

「あいつは魔道具を使うから気をつけるんだ。普通の魔法防御では防げない可能性があるぞ」

 口々に警戒の言葉を口にしながら周囲を見渡す皆の中に囲まれるような位置で、私はガイアスとアルくんの方が気になって仕方がなく、集中できずにそちらを見つめる。

 すでに派手な戦いを繰り広げているガイアスたちは、狭い木々の陰を抜けて整備された通りへと飛び出してきた。

 剣を手に無詠唱の武器魔法で攻めるガイアスの攻撃のタイミングを見計らい、完璧なタイミングで魔法を生み出すアルくん。もちろんその姿が見えないダイナークは、「どういうことだよ!」と叫びながら翻弄されていた。相手がガイアスしか見えない彼は精霊の存在にはまったく気がついていないらしい。

 一時偽者ではあってもエルフィの力を使っておきながら、精霊の事など頭にないのか。

「アルくんに魔力を渡さなきゃ」

 使っている魔法は植物系の魔法で、そこまで大きなものではない。だがそれでも、いくら多めに渡したとてあくまで「索敵の為の魔力」だ。すぐ足りなくなってしまうだろう。

 精霊は魔力に敏感だ。普段施している防御魔法の分の魔力だけは残さなければならない。それすら使ってしまえば……

 ぞくりと粟立つ身体を抱え込み、私はこの場を抜け出そうとした。だが右も左も伸ばされた腕に捕まれ、足が止まる。

「駄目ですお嬢様!」

「駄目だよアイラ!」

「戦闘中だ、和を乱すな、アイラ!」

 レイシスとフォルに止められ、最後に王子に一喝されて漸く私の頭が混乱から抜け出す。

「……すみません!」

 落ち着いてやらなければ。焦りと混乱が生んだ欲求をなんとか押し止め、腰のグリモワを取り出す。

「そうだ、落ち着いてやれ! お前ならできる!」

「はい!」

 すぐに周囲の精霊にお願いし、マグヴェルの位置を探す。ダイナークと一緒にいたのをアルくんが教えてくれていたのだ。いないわけが、ない!

 後ろ、と精霊の声が聞こえると同時に振り向いた先で、目が合った小太りの男がその顔を「しまった」と歪める。

「いたぞ! 今度こそ終わりにする!」

 王子の号令で、再び私たちの戦いの火蓋は切られたのだ。


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