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「やっぱり、ですか」

 ラーク侯爵にしばしここに留まってほしいといわれ、ルセナが抑揚のない話し方でラーク侯爵に言葉を返す。その様子を見ていたラーク侯爵は何も言わず、王子に向き直った。

「申し訳ありません。もう少しこちらでお待ち頂けますでしょうか」

「かまわん」

 王子はふうと息を吐くと、しかし、と付け足した。

「あの部屋が非常に防御に優れているのはわかったが、さすがにこの人数で休むにはつらいな。寝具だけでもあればいいが」

「すぐに用意致します」

「悪いな。……さすがに男同士でソファは面白味がなくてね」

 肩をすくめてみせる王子に、ガイアスが笑って同意した。……ソファで休むのは確かに辛かったかもしれない。私はふかふかのベッドで休んだが、それがなんだか申し訳ない。


 これで、私達の出発が遅れることが決定した。まったくマグヴェルもダイナークもなぜこんなに逃げ足が速いのか。

 出発を遅らせるように、と指示を出したのはジェントリー公爵やアーチボルド先生らしい。まあ、逃げたのがルブラの関係者であれば、王子やフォルの事を考えれば当然なのかもしれない。

 しかしもし近いうちに捕まえることができなかったら? 逆に逃げてから時間が経てば経つ程、むしろここに留まるほうが危険になるだろう。

 遅れたとしても数日か。そう考えながら、王子達が今後について話すのを少しぼんやりと聞く。

 なんだか集中できない。マグヴェルが絡むとふとしたことで思考が纏まらず、まるで糸が解けていくように考えが霧散していく。

 この前マグヴェルに対峙した時、きちんと言いたいことは言った筈。それですっきりしないのは、私が何を求めているからだろうか。


 ぞくり、と背筋が冷えた。全身が粟立ち、思わず腕を抱える。


 私はまさか……マグヴェルに、死んで欲しいと思っているのだろうか……?


「アイラ」


「……え、あっ」


 気づけば話は終わっていたようで、私はおねえさまに顔を覗き込まれていた。

「顔色があまりよろしくありませんわね。大丈夫かしら」

「すみませんおねえさま、大丈夫です」

 周りに聞こえないように小さく声をかけてくれたおねえさまに、こちらも小声で返す。ただでさえ今ルセナが少し元気がないのに、私まで心配をかけてはいけない、と思ったが、既に気づかれていたのか心配そうに眉を寄せたレイシスと目が合ってしまい、慌てて笑って誤魔化した。


 結局皆であの防御面がしっかりしているという部屋に集まって、特にすることなく時間を過ごす。

 私はガイアスが武器の手入れをしているのを見て思い立ち、グリモワをアルくんと一緒に見る事にした。

「精霊さん、起きてないのかな」

『見てきてあげる』

 アルくんが猫の姿から精霊の姿に戻り、ふわりと羽を揺らしてグリモワの表面の飾り石に触れると、すっぽりとその中に入り込んだ。

「アイラ、アルはどうしたんだ?」

 そばで剣の手入れをしていたガイアスが、顔を上げて不思議そうに首を捻る。ガイアスは猫の姿から精霊に戻った時点でアルくんが見えなくなっていただろうから、わからなかったのだろう。

「石の中にいるあの精霊さんの様子を見に行ってくれたの」

「精霊って石の中にも入り込めるのか? すっげーなー」

 ガイアスがまじまじと石に顔を近づけて見つめると、その時丁度中からアルくんが出てきて……びくっと身体を震わせると、瞬時に猫の姿になりガイアスの顔を引っ掻いた。

「いってー!」

『びっくりしただろ!』

「なんだよ、ちょっと覗いてただけだろ!」

 猫の姿で声を通しているのか、アルくんがガイアスとにゃんにゃんと喧嘩し始めた様子を見てつい笑ってしまう。なんだか微笑ましい。

「それで、どうだったんだよ」

『問題はなかったよ。ただ力を使いすぎてちょっとぐったりしてたけど』

「あ、そうなの? アルくん」

 聞こえた会話に思わず食いつく。

 精霊は人間とは魔力の生み出し方が違う。緑のエルフィが精霊に魔力を分け与える代わりに何かをしてもらうことからもわかるように、精霊は誰かに貰う、もしくはその属性の自然から貰う、というのが基本的だ。

 植物の精霊達は自分達が寄り代としている植物から魔力を分けてもらい、植物が困った時には魔法で治癒をしたりする。自然の物には魔力が宿りやすいので、分けてもらうのが基本の彼らは休憩したからといって人間のように回復するわけではない。というより、普段から防御の魔法を自然と使っているので、自己回復分を使用してしまっているのだろう。

「うーん、土から魔力、もらえないのかな」

 彼はもう地属性ではないと嘆いていた。そこでふと気になって、私は顔をあげて王子を見る。

「デューク様。地属性の精霊って何から魔力貰ってるんでしょうか」

「ん? ……地属性は大地だな。土……に近いかもしれないが、定義が難しいな。例えば土でも地面から離れた鉢植えの中の土で地属性の精霊が回復できるかと聞かれれば、俺達にはわからないことだな」

 そう言うと、背もたれに背を預けていた王子が身体を起こし、少しだけ姿勢を正した。真面目な雰囲気に思わず周りにいた私達も背筋が伸びる。

「そもそも、エルフィ自体が極秘とされているのは皆知っていると思うが……そうだな。ああ、そういえば、何種類あると思う? エルフィの属性は」

「え?」

 深く考えたことがなかった話に、皆も首を捻った。

「……緑のエルフィだろ? あとはえっと」

「光、闇、緑、地、水、火、風……種類はあるが、そもそも魔法自体がエルフィ以外の人間も、その属性の精霊と詠唱を経て契約しているからだということは知ってるな?」

「魔力を消費し自然界にいる精霊に詠唱を経て働きかけ、一次的に契約し魔法を具現化してもらう……あれ」

 レイシスが言いながら何かに気がついたように言葉を止めた。それを見た王子は頷きながら、再び口を開く。

「エルフィと何が違う?」

「……やることは同じだな」

 なんだか感心したようにガイアスが呟いた。

 確かに、エルフィは精霊の姿が見えて会話ができるだけで、魔力を受け渡し魔法を使ったりするのは同じだ。ただ、会話が出来る分私がやっているような「敵が近づいていたら教えてほしい」などの細かいお願いが出来る点が違うだろうか。

「しかしそれでは、魔力が足りていても魔法を失敗したり使えなかったりするのは、なぜでしょう」

「いいところに気がついたなルセナ。そこが、エルフィとは一つ、大きく違うところだな」

 王子が感心したように頷いてみせる。少しだけ口元を綻ばせたルセナが、そうですねと相槌を打つ。

「エルフィって……そういえばなんなのでしょう」

 おねえさまがこてんと首を傾げた。

 王子も光のエルフィだ。王子は、精霊とどのような会話をしているのだろう。

 ここにいるエルフィは二人。思わず王子と目を合わせてしまったが、王子はおねえさまの問いに答えることはなく。

「エルフィは血筋だ。特殊でありながら、しかし他の人間と違うところはほとんどないと言っていい。アルなんてこうして俺達に姿を見せてくれているし、つまり姿が見えるというのも本当に特殊な事だろうか」

「うーん……?」

 ルセナが小さく唸る。それぞれ皆いろいろと考えているようだが、明確な答えがない。当然かもしれない。エルフィの文献なんてほとんど存在しないし、一番大きな学園である私達の学校ですら、図書館に当たり障りないようなあっさりとした内容が書かれた本ばかりだ。自然と皆の視線が向けられたが、首を振る。私自身ほとんどわかっていないのだから。自分エルフィがなんであるかは、人に聞かずに精霊と仲良くなり時間をかけて知っていく。それが、エルフィだから。

「こうして魔法を使っていても、同じ人間であるエルフィですら詳しいことがわかっていない。……精霊についても、わかる事は少ないんだアイラ。それこそ、エルフィにわからないことは一般の人間ではわかりえる事はない」

「うーん、そう、ですよね」

 じゃあこの子……この、グリモワの飾り石の中に閉じこもってしまった精霊には、どうやって魔力を回復してもらったらいいのだろう。一番いいのは、地のエルフィに会うことか。

 それまでこのままかと思案し、ふと思い立って私はグリモワの表面を撫でた。

 普段使うにしても、この本には最初から私が魔力を注いでおいているのだ。もしかしたら、この石の中が居心地よさそうだと飛び込んだ精霊も少しは回復できるんじゃないだろうかと、いつも通りにグリモワに魔力を注いでいく。


 ……うーん、特に反応はないけれど。


「で、さっきデュークが言ってた話だけどさ。エルフィってどれくらい種類がいるんだ? 例えば氷とか。水と氷って似てるしさ」

「え?」

 突然のガイアスの質問に、皆が顔を上げる。

 王子はその質問に少しだけ瞠目し、そしていつもの笑みを浮かべる。

「いい質問だ。だが、答えを教えることはできないな」

「えー、なんだよ、もったいぶるなよ」

 さっきは少し教えてくれたのに、と口を尖らせるガイアスに、王子は声を立てて笑う。

「悪いな。俺もわからないから、教えようがない」

「えっ」

「王家とて全て把握してるわけではないということだ。緑のエルフィなんかは、昔から王家といろいろな情報を交換してくれているんだがな」

「へぇ、そうなんですか」

 頷きながらグリモワの視線を落とした時、ほんの少しだけ精霊のいる飾り石がふわりと光った気がした。


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