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「ねえ、さっきの外での轟音、もう一つの石も割れたからじゃないかしら」

 呆然としていた中のおねえさまの発言に、皆がはっとした。

 確かに先ほど外で聞いた轟音と、今ここで聞いた轟音は似たものではなかっただろうか。壁に守られていても耳が潰れるかと思った程だが、同じものである可能性は高いのではないだろうか。

 そこでふと疑問が沸いた。

「……なんで誰もこないんだろう」

 あんな煩い音だったのに、ここに王子がいるのに誰も屋敷の人間が来ないのは妙ではないかと思った時、ルセナがああと手を上げた。

「この部屋、壁自体が防音……というより、防御の魔法石を使った防御壁なんです。だから外には音、届かなかったかも。振動も、外でも戦闘しているなら気づかなかったかもしれないし。本当は外部の攻撃から守る意味だったんだけど……」

「内部からやられるとこれほど困るものもないな」

「確かに……父上に言っておこうかな」

 話を聞きながらも、グリモワをひっくり返してみたり、耳をつけてみたり、ノックしてみたりするが精霊の反応はない。

 石に閉じ込められていたのが嫌だったんじゃないのかな。自分で入っちゃったけど。そう思ってアルくんに聞いてみれば、アルくんも首を傾げているし。

「うーん」

「本当に中に入ってしまったんですか? 消えたとかじゃなくて」

「そうみたいなんだよね」

 聞かれてレイシスに答えながら、グリモワをもう一度じっと見つめる。本の表表紙から僅かに感じられる私のモノではない魔力に、やっぱり中に精霊が入り込んだと確信する。

「アイラ、とりあえず来てくれるって言ってるんだろ? 王都で先生に聞いてみたらどうだ」

「あー……そうだね、そうする。ありがとガイアス。ところでこれ、元のサイズに戻してもいいと思う?」

 今のグリモワは防御用に魔力を注いで大きくしてあるのだ。勝手に元のサイズまで縮めたら、中の精霊はどうなるんだろう。

 ガイアスは「えっ」と目を丸くした後、さすがにそれはわからんぞ、といつものように後頭部をがしがしとかいている。だよねぇ、と言いつつちらりとアルくんを見れば、そちらはぶんぶんと首を振って見せた。やっぱりわからないか。

「仕方ない。……精霊さーん。ちょっとグリモワの大きさ、元に戻しますからねー」

 聞こえるかわからないが、石の部分をコンコンと指先で突きつつ伝えて、一思いにえいっ! と元のサイズに戻す。

 しばらくそのまま本を眺めてみるが、特に何も異常はない。

「……大丈夫そう?」

『大丈夫だと思うよ、アイラ』

 グリモワをじっと見ていたアルくんの返事を受けて、よし、とグリモワを元通り腰のホルダーに戻す。顔を上げると、どうやら王子達が外に出る事を決めたところだったらしく「行くぞ」と手招きされた。

「いいんですか?」

「もしもう一個の石が暴れてるとしたら、アイラ、お前が見て止めるしかないだろ。……ただし周りに気づかれないようにな」

「それはまた、難しいミッションですね」

 思わずため息を吐きつつ皆でぞろぞろと扉へと向かい、ルセナが扉に手をかけて……

「あ……開かない」

「えっ」

「おかしいな、鍵をかけたりはしないって父上言ってたのに。普段は鍵をかけるときは、中にいる人にここの鍵を渡していて……」

「閉じ込められてんのか?」

 ガイアスが目を丸くして扉に向かい、ドアノブをがちゃがちゃと捻るが確かに鈍く回りきらない音が響いていて、顔を上げた私達は視線を交わし合いながら首を捻る。

 この部屋の鍵は外からもかけられるタイプなのだろうか。こちら側に鍵穴はあるものの、肝心の鍵がない。

 その瞬間、ルセナの顔が明らかに曇って、俯いてしまった。

「もしかして……兄上かも」

「……お前の兄貴が、か?」

「前も……閉じ込められた事があるから」

 それは問題じゃないだろうか。ここには王子だっているのだし……って、知らないのか、彼は。

 皆の視線が自分に集まっていると気づいたルセナははっとして手をぱたぱたと振ると、違うんです! と続ける。

「前はその、父が近くに現れた獣の掃討をするって言った時に、兄上が一人でやれるからって言って……」

「それは弟を閉じ込めていい理由にならんがな」

 あっさり王子に言われてうっと言葉に詰まったルセナはそのまま黙り込んでしまい、残った私達は開かない扉を見つめて唸る。先程の戦闘すら外部に気づかせないほど優秀な防御魔法がかかっているのだ、蹴破るなんて無理だろうし魔法も通らないだろう。

 普通の鍵なら開ける方法もあるかもしれないが、ドアノブに流れる魔力を見るに恐らく魔法でかけられた鍵だろう。万事休すである。

 精霊が困っているかもしれないのに……。

 とりあえず、とガイアスとレイシスが扉に衝撃を与えてみたようだが、やはりびくともしない。

 しかし再びドアノブをまわしていたガイアスが、突然「うわ」と大きな声を上げてそこから離れた。


「も、申し訳ございません!」


 転がるように飛び込んできたのは、騎士だった。見覚えのあるその顔を見て、確か私達をここまで送ってくれた騎士達に隊長と呼ばれていた気がする、と思い出す。彼はしきりにご無事でよかった、と繰り返し皆を見回している。

「鍵をお渡しするのを忘れていたからと、イセン様から」

「イセン?」

 ガイアスが首を捻ると、ルセナが「兄上です」と付け足す。ああ、と納得するが、鍵を渡し忘れたとはなんだろう。

 王子が「渡し忘れた、ね」と意味深に呟くと、だらだらと汗をかいた騎士は腰を曲げただ「申し訳ありません」と繰り返す。……ああ、つまり、閉じ込めたけれど鍵を忘れたという事で誤魔化すつもりなのかもしれない。

「それで、どうなったんだ。敵襲か?」

「はい、実はお預かりした魔法石が暴走したようです。今は事態は収束に向かっていて被害状況の確認段階でして」

「その石は?」

「跡形もなく消えてしまいました。恐らく地属性魔法に巻き込まれて欠片が散ってしまったものと……それで、確か同じものをお持ちだったと思い急ぎこちらに来た次第です。こちらは大丈夫だったので……え」

 そこで漸く室内の異変に気づいた騎士が息を止めた。殆どルセナ達の防御魔法で防げてはいたが、それでも家具が無傷とはいかない。私がぶつかったせいで動いてしまったテーブルや、割れた茶器を見て騎士が顔色を変える。

「これは……」

「こちらは問題ない。それより、その場所に案内してくれないか」

「しかし……は、はい!」

 うろたえつつも同意した騎士に続こうとした時、待って、というフォルの声で皆が足を止める。

「アイラは火傷の治療しないと。さっきは応急処置をしただけだから」

「大丈夫だよ」

「駄目。赤くなってる」

 言われてみてみれば、なるほど私の腕は広い範囲で赤くなっていた。そこまでひどいわけではないけれど……。

「なら、お前らは残れ。フォル、アイラを頼むぞ」

「え、だって私が行かないと」

「アルを連れて行くから心配するな。それでいいな? ガイアス」

「鍵くれ鍵」

 王子に聞かれたガイアスは騎士からこの部屋の鍵を受け取ると、フォルに投げ渡す。これでいいだろと言わんばかりのガイアスはひらひらと手を振った。

「アイラの治療頼んだ」

「任せて」

「ええ、ちょっ、私も」

 行きたい、と言う事もできずに置いていかれた私は、がっくりと項垂れた。レイシスですら治療はしっかりしてくださいと私を置いていってしまったし。

「ほらアイラ、腕出して」

「はーい」

 様子を見に行くのは諦めて、先程フォルが冷やしてくれた腕を再び彼に見せる。治療しやすいように袖口をぐっと上にあげたフォルの手が、するすると肌を撫でるとぴりっと痛んだ。


 もう一人の精霊、大丈夫だったんだろうか。


 腕にふわりと暖かい治癒魔法を感じながらそんな事を考えていると、しばらくしてフォルがくすくすと笑い出した事に気づく。

「アイラ、大丈夫? ずーっと考え事してるでしょ」

「え?」

 治療終わったよ、と笑うフォルに言われてありがとうとお礼を言いながらも、なぜ笑われているのかわからず首を傾げる。

 袖を元に戻してくれたフォルの顔が予想以上に近づいて仰け反りかけた私は、背に回された腕に抱きとめられて悲鳴をあげた。

「いっっ!?」

「やっぱり、あれだけ派手に背中をぶつけたら痛むよね。気づいてなかったみたいだけど」

 内出血してない? と言うフォルの言葉で漸く、そういえば火傷に気をとられていたけれどあの時随分と派手な音を立てて転んだことを思い出す。内出血してるかどうかなんて背中の確認はできないが、確かに痛い。

「アイラ」

「はい!」

「僕に火傷の治療、してほしかったの?」

「……へ?」

 なんで話題が戻るのだと思わず間抜けな声をあげながらフォルの顔を見上げた時、にやりと笑って私を見下ろしていたフォルと目が合った。

「だってこの程度の火傷なら、君なら皆と歩いて現場に向かいながら自分で治療、できたでしょう?」

「え……あっ!」

 僕は嬉しいけれど、と笑うフォルを見ながら、顔に熱が集まったのをどうにか隠そうと私は慌てて腕で顔を覆った。

 そうだ、何もフォルに治療してもらわなくても、私自分でできるじゃないか……! なんで気づかなかったんだろう!

 ぱくぱくと何を言うべきか定まらず口だけ動かす私を面白そうに見ていたフォルは、首を傾げてまた微笑む。……どこか意地悪な笑み。

「アイラが気に病む事はない、って言ってもきっと精霊の事で頭が一杯だったんだろうけど……妬けるな」

「え、えっ、だって、フォル」

「それでね、アイラ」

 なんでそんな風に言うの、フォルとどう接したらいいんだと今更ながら混乱した私に近づいたフォルが、耳元で囁く。

「背中の怪我も僕に治して貰いたい……? それなら、見せてもらわないと」

 ぞくり、と背筋が粟立つ感覚に、私は痛みも忘れて飛びのいた。


「じ、自分でやります!!」


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