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「フォル!」

 私を守るようにその身体で覆ってくれているフォルに気づいて思わず声をかけた時、揺れる銀色の髪の向こうに見慣れぬ何かを見つけた。

 人の手のひらより少し大きいだろうか、そんな小さな姿は普段見る『彼ら』と変わらないのに、『彼ら』とは違う禍々しい雰囲気に圧倒される。

 目がつり上がり怒りの表情であるというだけでなく、纏う魔力が赤黒い。ガイアスの使う火属性魔法の『赤』でもなければ、いつだったかフォルが纏っていた『黒』とも違う、まるで血のような。

 あまりにもおかしい『精霊』の様子に口を開こうとした時だ。

「おい、どこに消えた!?」

「わからない、見失った!」

「ありえませんわ、あんな強大な魔力に気づかなかっただなんて」

 皆が交わす会話に、ぎょっとして息をのむ。


 見えない!? あれが!?


「何言ってるの、皆防御魔法を解かないで! そこにいる!」

 てっきり皆にも見えているのだと思っていた。だってあれは、あれは『植物の精霊』じゃない!

「封じられていたのは地属性精霊じゃなかったのか!? 見えるのか、アイラ!」

「デューク様、植物の精霊じゃないの! でも……地属性にも見えない!」

「どういうことだ!」

 わからない!

 そう答えるしかできずに歯噛みする思いで精霊を観察するが、精霊はぎょろぎょろと周りを睨みつけるだけで何のヒントも得られない。

 アルくんを探せば、アルくんはその精霊を見ていたもののぐっと険しい表情をしたまま固まってしまっている。もしかしたら魔力量に圧倒されているのかもしれない。人間より精霊は魔力に敏感だ。

 どうする、どうすると考えて視線を巡らせるが、その瞬間にぎらりと睨む目と私の視線が合ってしまった。

 ……やばい!

「くる!」

 何とかそれだけ叫んだが、皆にはしっかり意味が伝わったらしい。

 身構えた私達を守る壁が一層厚くなり、放たれた魔力から守ってくれる。荒れ狂う嵐のような魔法は一瞬風魔法かとも思ったが、良く見ると壁を殴りつけているのは石だ。

「地属性魔法だぞ、これ!」

 誰かが叫んだ声に、「ならなぜ私が見えるのか」という疑問が重なった。私は確かに王子に植物以外のエルフィでもある可能性を指摘されていたが、まさか今の今までどこにでもいる筈の地精霊に気づかなかったのだろうか。

 防御魔法を今使っているのはルセナとレイシスだ。彼らの顔を見るに、外の魔力が強大であることがわかる。なんとかしないと、根競べをしたらこちらが負けるかもしれない。

「アイラ、考え事は後だ! 特定できるのがお前だけなら、やれ!」

「あ、はい!」

 王子に叫ばれて、慌てて精霊との位置をはかる。やられっぱなしでいるわけにはいかないのだからと頭は考えるが、精霊を攻撃するという事実が身体の動きを止めた。

『アイラ』

 ふと耳元で声が聞こえて首を動かすと、さっきまで固まってしまっていたアルくんが険しい顔でこちらに来ていた。

『まずは話をしよう。僕が声をかけてみるから』

「あ……でも、大丈夫なの?」

 アルくんに言われてはっとさせられた。相手は人ではないが、まず対話を試みたっていいのだ。私は見えているのだから。

 すぐに戦おうとしたことが恥ずかしくなり身を竦めたが、実際に相手に話し合いの隙がなさそうなのは事実だ。アルくんを防御壁の外に出すわけにはいかないだろう。

 眉を寄せたアルくんを見ながら、少し考えて彼にはここにいてもらうことにする。腰から万が一の防御の為にグリモワを外し魔力を注いで大きくしながら、私は一歩前に出た。

 まず相手に気づいてもらわないと。ええっと、うーん、とぶつぶつ言いながら防御の壁に近づいた私は、意を決してその壁に触れた。

「おねえちゃん!?」

 自分の手のひらに集めた魔力で壁の破壊を始めた私にルセナがぎょっとしたような声を上げたが、そのままでいいからと叫び返す。完全に防御魔法を解いてしまっては、私達全員負傷してしまう。魔法を使うためには、私の手だけでもこの荒れ狂う魔力の渦に突っ込まなければ。

 やがて私の手が壁の外に突き出た時、晒された魔力に手が痛む中私は思いっきり外に魔力を放出した。


 花の魔法だ。

 ぶわりと石礫の中に色とりどりの花びらが混じっていく。幼い頃から得意だった花の魔法。花を具現化させるだけ、ただそれだけの魔法だが、具現化自体が難しい魔法だと成長してから気づき、使う事が殆どなかった魔法だ。緑のエルフィならでは、の魔法なのだ。

 荒れ狂う魔力に混じる花びらがひらひらひらひらと増えていき、やがてまるで花びらの吹雪のようになった時。外の魔力はゆっくりと落ち着いていった。

『緑のエルフィ』

 ぎろりとそれだけ言われて睨まれて、ぐっと口を引き結ぶ。

 皆に私だけ防御魔法から出して欲しいと頼めば、レイシスが叫ぶように止めたが、大丈夫だから、と何度か言い聞かせるように笑う。

 皆が厚く施した魔法が解けていく。

 僕も、といってアルくんが側にやってきたところで、再び一箇所に集まった皆の周りには防御壁が張られた。それでいいと頷いて、アルくんと二人で精霊に対峙する。

『お前ら人間も敵か?』

「どうして? 私達は何もしない」

 どこか戸惑うような声を上げた精霊は、私が生み出した花びらを一枚だけ手にとっていた。地精霊は植物を育ててくれる精霊だ。花を傷つけたりはしないだろうと思ったが、やはり少し落ち着いてくれたらしい。

「あなたは地精霊よね?」

『そうだった』

「そうだった?」

 思わず疑問の声を上げた時、顔を上げた精霊にぎっと睨まれる。

『人間に捕まって、魔法石に閉じ込められてひたすら魔力を注ぎ込まれた。石に取り込まれかけたボクはもはや地精霊じゃない! あいつらのせいで、ボクは!』

『待って、落ち着いて、僕も同じ精霊だ! 彼らは君を傷つけないと約束するよ』

 再び荒れ始めた魔力を見て、アルくんが慌てて止める。

 ふう、ふうと大きく息をした地精霊は、ぎょろぎょろと視線を動かした後に目に涙を浮かべた。

『ボクはもう戻れない。だって君は緑のエルフィなんだろう、君に見えているなんて、僕はもう地精霊じゃないんだ。何か別の中途半端なものになってしまった』

「私が、地のエルフィかもしれない可能性は」

『違う。君は違う。でも……』

 ちらりと私を見た精霊が、何かを考え込んだ後アルくんを見て、また私を見てと交互に繰り返して、ぽつりと呟く。

『君達は何?』

 そういわれても首を傾げるしかない。どうしようか、と躊躇っていると、精霊は「そもそもボクは何?」と震える声で呟いて、泣き出してしまった。

 こうなってしまうといっそ禍々しいとまで感じた魔力は微塵も感じられず、植物の精霊と何も変わらない。

 おろおろしていたところで、防御魔法を解いたらしい仲間達がぞろぞろと近寄ってきて、王子が「どうした」と聞いてくる。

「えっと、泣いちゃって……なんだかもう地精霊じゃないんだって言うんです」

「うーん……」

 王子が唸り精霊がいる方向を見るが、やはり俺には見えないなと呟く。他のメンバーも同じようで、どうすべきかわからず唸る。

「アイラ、とりあえず、強制はしないが出来れば話を聞きたい。一緒に王都に来てもらったらどうだ? そうすれば王都の地のエルフィに会わせる事ができる」

「王都にいるんですか?」

「前回は王都を出ていていなかったが、今回は大丈夫な筈だ」

 そうですか、と答えながら振り返ってそれを精霊に伝えようとした時、うるうると潤んだ瞳と目が合った。どうやら聞こえていたらしい。

 しばらくの間が空いて、ついていくよ、という返事を貰ってほっとする。どうせ元の場所に戻れないから、と言われてしまえばこちらもつらいが、ほっと一息ついたところで。

『……そこにいていい?』

「え?」

 精霊が指差す方向を見た私は、思わず疑問の声を上げてしまった。

「えっと……グリモワ?」

 精霊が指差していたのは私のグリモワだ。グリモワを指差して「そこにいていい?」とはこれ如何に。

 意味がわからず首を捻ると、こっちは居心地がよさそうだといった精霊が、ひょい、とその身をグリモワに……

「え」

「どうした、アイラ」

 王子が険しい顔で問いかける。

 だが、おろおろとグリモワと王子の顔を見比べた私は、ついて来てくれるみたいなんですけど、と言いつつ少しばかり間の抜けた声になってしまった。

「デューク様……入っちゃいました」

「……は?」

 グリモワにくっついてる魔法石の中に……。


 石の中、慣れちゃったんだろうか。


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