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「綺麗!」

「素敵ですね」

 おねえさまと二人、案内された部屋で手を叩きあい目を輝かせる。

 私たちが通された部屋はラーク侯爵邸の客間。ラーク侯爵邸は外から見た時もまるで城のようだと思ったが、本物の城に入った事がない私から見ると中に入ってもまさしくそこは城だった。敷地には入ったことはあるが、王都の城はこれよりすごいのだろうか。

 もちろん王都の城よりは大きくないし、敷地もそこまでではないが、どうやら縦長のラーク領は隣国と接している面も多く、多くのお客様を迎え入れる機会が多いために自然と大きくなったらしい。

 ……というのもあるだろうが、重要なのは万が一何か有事の際に「うちは簡単に落ちないぞ」ということを見せる為という意味もあるかもしれない。今隣国と仲が悪いわけではないが、遠い過去では衝突もあった国だ。

 内装では魔法石が多いことが目立っていた。私達の国メシュケットは魔法石の技術が他国に比べて大きく進歩している国であるが、それが邸内を見ればよくわかる。

 きらきら輝く宝石から、鈍色のつるりとした宝石。カットにもこだわった魔法石はもはや芸術だが、それが上手く下品ではないように配置されているのだからすごい。

 王都の城は後ろに北山という天然要塞があるが、ラーク侯爵邸は裏手に森が広がっている程度である。もしかしたら防衛は魔法石頼みの部分も大きいのかもしれない。


 ということで、ルセナの家は立派だった。しかも、階数が多い。私の家は大きいが二階建てだし、伯爵家のおねえさまの家も大きめではあるが二階建てらしい。二年生に上がった時に教室から窓の外を見た時も見晴らしがいいと楽しんだものだが、ここはそれ以上に思えた。……ラーク邸の魔法石がすごすぎてそちらばかり見ていたから、階段をどれくらい上ったかわからないが。

「街灯が多いと綺麗ですわね」

 そう、もう一つラーク侯爵邸の窓の外の特徴を上げるならば、その街灯の多さによる眺めが絶景であること。

 王都ですらこれほどの明かりはないかもしれない。これは確かに、王子が唸るはずである。

「あ、いけませんわね。早く準備しないと」

「ああ、そうでした」

 いくらでも窓の外を見ていたくなるが、私達は食事前。侯爵邸で夕食を頂くことになっていたのだ。

 今着ているのは旅装……私は言わずもがなベルティーニ製の子供服であるが、侯爵が着替えを用意してくれたらしく、侍女達が持ってきてくれたのは見慣れたドレス。これもベルティーニ製であるが、胸元が開いた大人の女性のドレスだ。こんな子ども服を着て侯爵に会ってしまったから勘違いされていやしないかと心配したが、取り越し苦労であったらしい。

 急いで軽くシャワーを浴びて埃を落とし、着替える。髪も結い上げてもらって、久々のドレスだが、疲れているのを理由に私もおねえさまもコルセットだけは丁重にお断りさせて頂いた。

「アイラ、ピンクも似合ってますわ。普段はあまり見ない色ですけど」

「私、髪がピンクだからドレスは結構ピンクは避けていたんですけど……」

 ドレスのデザインがシンプルな為か、あまりくどさがない。だがシンプルではあるがスカートに使われているレースは繊細で、可愛らしい。私が見たことがないタイプのレースということは、もしかしたら今年の新作だろうか。

 対しおねえさまはレモン色のドレスだ。おねえさまはスタイルがすごくいいので、なんだかとても色っぽいような……が、これもまた下品ではない。

 交易が盛んなラーク領領主は、相当センスがいいらしい。……ただし、私が着ているドレスがいくらベルティーニ製だろうが、人気商品だろうが、選んでくれた人がすごいセンスであろうが、私が似合っているかどうかは別である。おねえさまは褒めてくれたが、悲しきかな最近自分の子供っぽい服装に見慣れてしまったのか非常に違和感が……。


 とりあえず準備を終えて部屋を出た私達は、途中で王子とフォルに会い、並んで歩き出す。

 二人ともどこかくたびれて見えた旅装から着替え、こちらもベルティーニ製の男性向けのきっちりした服に着替えている。どうやらうちを良く利用してくれるお得意様らしいラーク侯爵に、あとで挨拶せねばと一人考えながら二人の少し後ろを歩き、相変わらずかっこいい二人だと再認識した。なんだか素敵な屋敷を背景に、おねえさまと王子、フォルで一枚の絵画にできそうである。

 王子は金の髪が映える派手ではない赤と白を基調とした服装で、フォルは紺色だ。ついじっと見ていると、王子が自然な動作でおねえさまに近づいていく。

「ラチナ、良く似合っている。綺麗だ」

 私とフォルの存在をほぼ完璧に無視し、王子がすっとおねえさまに手を伸ばし、指先で頬の輪郭を辿るようにゆっくりと撫でる。

 ぱっと頬を染めたおねえさまが、ものすごく可愛い。やばい。女の私ですらずきゅんと来た。

 慌てて視線を逸らした時、今度は綺麗な銀色の目とあってしまった。なんとなく気まずくておろおろすると、フォルが髪をさらさらと揺らしながら私の顔を覗きこむ。

「アイラもとても似合っているよ。綺麗だね。まるで本当に桜の花みたいだ」

「うえっ!? あ、いや、えっとあー……り、がとう」

 それならフォルの方が綺麗である。あ、さっき見た夜景より、綺麗かもしれない。

「そっか、ありがとう」

「え」

「……声に出てた」

 ふあっ!? と裏返った声を上げた時、王子から「アイラ、いいムードなのに寸劇はやめてくれ」と睨まれた。

 そんな王子はさっさと再びおねえさまにくっつくと、腰に手を伸ばしエスコートまでし始めた。いや、エスコート? 下手をしたら歩く十八禁である。主に王子の色気の部分で。

 しかしおねえさまはまだ正気らしく、困ったように私を潤んだ瞳で見つめてあわあわとしている。そんなおねえさまですら可愛いのか、王子の顔が更におねえさまに近寄った気がする。

 なんだか悔しい。よし。

「おねえさま! あちらに素敵なお花がありますわ!」

 ぱっと近づいて割って入り、おねえさまの手を取って連れ出す。

 きゃっと小さな悲鳴をあげたおねえさまはしかし、抵抗はせず私に引っ張られ駆け出す。ほっとしたような吐息が漏れ、おねえさまには迷惑ではなかったらしいと判断して振り返り王子にどや顔を向けてみる。

「アーイーラー!」

「きゃーっ!」

 今度はおねえさまと笑い合って、侍女に促された部屋へと二人で先に足を踏み入れる。テンションが若干高いのは、漸く安心できる場所についた安堵からかもしれないので許して欲しい。


 どうやらガイアスとレイシス、ルセナは先に来ていたようで、三人ともやはり綺麗な服に着替えていた。なんだかガイアスとレイシスが揃いの白地に金糸の服を着ていて、二人とも王子様みたいである。いや、後ろから本物の意地悪王子が来たのだけど。

 ルセナの制服以外の姿というのはあまり見る事はないが、ルセナも綺麗な若葉色の髪の毛に良く合うグレーの服を着ている。少し大人っぽく見えるのは、どこか憂いのある表情のせいだろうか。


 食事は、侯爵も同席の予定だったのだが王都より緊急の連絡が入ったらしく、結局私達だけで進んだ。

 ミハギさんとセンさんはここにはいない。二人は今日一日お医者様のところにお世話になるらしく、ここにくる直前に別れたのだ。私は馬車が一緒ではなかったので挨拶ができなかったが、ここを出る時二人に挨拶ができればいいなとおねえさまと話し合いながら、和やかに食事をする。

 びっくりしたのが、出された料理はどれも素晴らしく美味しいものだったのであるが、その中に刺身があったことだ。思わずお刺身だ! と大喜びで手をつけたのは私と王子、ルセナのみで、他の面々はどうやら初めて見たらしいそれを驚いた表情で見つめていた。

 口に入れた瞬間ふわりととけるような身はどこか甘く濃厚で、醤油も王都で手に入れられるものとは少し違ってとろりとコクがあり、口に広がる香りがすごい。

 身は薄い赤色だが、なんのお魚だろう。そもそも刺身を食べる習慣は王都や私の地元でもない。ルセナはここが地元であるし王子は知っていたから抵抗なく口にしたようだが、おねえさまは生魚と聞いてちょっとどきどきしながら口にしたようだ。

「まあ、甘くておいしいですわ!」

 嬉々として食べ始めたおねえさまを見て、王子が口数が少ないルセナに、ここでは刺身がよく食べられているのか尋ねる。そういえば、ラーク領は交易が盛んであるが別に海に面しているわけではない。

「お刺身は隣国で伝統的な料理だそうです。今日は専用のお醤油に自分でつけて食べるものですが、他にもお醤油に漬け込んだりいろいろ食べ方があるそうですよ。ここは近いので、海でとれたてのお魚をそのまま氷魔法で運んでも運搬に然程労力がかからないので、人気です」

「なるほど。醤油も少し違うと思ったが、そういえば醤油は元々隣国で発展した食文化のものだったな」

 王子が感心したように頷くのを見ながら、ガイアス達も美味しいと刺身を食べだす。ふと、フォークで食べている事に違和感を覚えたが、それは仕方ないだろう。


 食べ終わると、侯爵が戻るまで待って欲しいと執事さんに言われて、私達は話しながらそれを待つことにした。が、ルセナはやはり元気がないようだ。

 その話題に触れるべきか悩んでいると、王子がまた隣に座るおねえさまに少し近づいて何かを囁いている。顔を赤くしたおねえさまを見るに、どんなことを囁かれているかなんて明らかだ。

 おねえさまは元々妖艶な美女という雰囲気があったが、最近では逆に王子の言葉一つで頬を染め可愛らしくなった気がする。

 反対に王子は色気が増した。なんだあれは、と思わず手のひらで顔を隠し、指先から覗きたくなるえろさである。

 ここでいちゃつくんじゃない! 動く十八禁め!

 おねえさまをとられたのがちょっと悔しくなって、私はおねえさまの身体に手を回してぎゅっと抱きつき、「大好きですおねえさま!」と王子から奪い取る。

「アイラ、おい!」

「ふーん、恋は仕勝ち、っていうんですよデューク様。押せ押せやったもん勝ちなんです」

「ほーお。おまえその言葉忘れるなよ」

 いつもの不敵な笑みが若干引きつったものになっている王子がぴくぴくと震えている。人の恋路を邪魔するやつは蹴られるくらい知っているが、王子の色気が溢れすぎなのでどうか二人きりの時お願いします。

「私とおねえさまの方がラブラブですもん。ねーおねえさま」

 二人でべったりとくっついていると、王子が「お前まさか本気で俺のライバルになる気じゃないだろうな」と物騒な声を出す。

「おいアイラ、俺と部屋を代われ」

「え、アイラってそうだったのか? そっか、なるほど」

 王子の破廉恥な言葉に突っ込む前に、なぜかガイアスまでそんな事を言い出し、思わず「いや、ちょ」と止めようとした私の耳に、想像しなかった声が割り込む。

「そうなの? じゃあ、僕はライバルが多いわけだ。……でも、押せ押せなんだっけ?」

 にっこりと微笑んだフォルが、その輝かしい笑顔を私に向けている。思わずぎょっとして固まったが、フォルは続けてレイシスにその笑みを向けると、「だそうだよ、レイシス」とそちらにまで話をふった。

 どうやら驚いたのは私だけではなかったようで、おねえさまも目を大きく開いてフォルを凝視している。話しかけられ顔を上げたレイシスはフォルに視線を向けると、珍しく王子のような不敵な笑みを浮かべて見せ、何も言わずにまた静かにお茶を飲みだした。


 あ、れ……?


 押せ押せ、ね。と繰り返したフォルに、漸く自分の失言に気づく。ぱくぱくと口を動かし真っ白な頭でなんとか何か話さなければと考えた時、ルセナまで「そっか、押せ押せなんだ」とか呟きだした。

 やっちまった。いやいやちょっとコレにはわけがと言い訳をする脳内が上手く働く前に、侯爵が部屋に戻って来てしまったのであった。



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