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「……はい?」

 あんぐりと口を開けたおねえさまが、ぼとりとその手に持っていたカップを落とす。幸いぎりぎり風魔法が届いたのか鈍い音が響いただけでカップは割れる事はなかったし、中身はもう飲み干してしまい新しいお茶を淹れようかと手にしたところだったので被害はない。

 が、おねえさま本体にはどうやら大きな被害があったらしい。ぱくぱくと動いた口が言葉を載せず空気を漏らし、これほど大きく目を見開いたおねえさまを見たのは初めてで、なんだかとても続きを話せそうにない。

「フォルセが、アイラに、告白……フォルセが……?」

 どうやら上手く飲み込めていないらしいおねえさまを見て苦笑する。

「やっぱりびっくりですよね。ローザリア様の事が好きなのだとずっと思ってました」

「いえ、それは考えた事はありませんけれど」

「あれ? そうなんですか?」

 フォルやっぱわかりにくいですよねと呟きながら、おねえさまのカップと空になった自分のカップも片付ける。


 しばらくここの街に滞在するのかと思ったが、念のために今日はこの街でできそうな回復薬などの調達に走りまわった。その判断は当たりで、夕食前にアーチボルド先生から連絡が来て、明日にはここを立つ予定となった。とりあえず、ルセナの家があるもっと北の町をまず目指すらしい。縦長のラーク領を移動するとなると距離もあるが、目的地は馬車でも一日半程の距離らしいと聞いてほっとした。

 その説明の後部屋に戻ってからこうしておねえさまとお茶を飲み、飲み終わった頃に朝の事を聞かれて、ちょっとだけ話してみたのだが。


「そ、それはどのような状況で? いったいどうして?」

「えっとですね、あの後フォル達の部屋に行って……」

 順番に思い出しながら朝の事を話す。昨日私が眠っていた間の事を教えて貰った事から、フォルがアルくんの事をどう思っているのか聞いてきた事。それに対して、曖昧なままであるが自分の気持ちを言葉にし、結局「恋ってなんだろう」と聞いたら、告白されたこと。

 秘密にするべきかとも考えたが、私も頭が一杯で、相談したかったのかもしれない。ただし、告白の前に口の横にき……キス、されたことは、伏せたけれど。

 しかし、聞き終えたおねえさまはなんだか納得の行かない、不可解だとでも言いたそうな表情で、「そんなタイミングで?」と呟く。

「フォルセのやつまさか……いえ、それでその……アイラはどう、答えましたの? あ……私ってば、深く聞きすぎかしら」

「かまわないですよ、私が話したんです。……ごめんなさい、と言いました。レイシスにも」

「は? レイシス? え?」

 おねえさまが目を白黒させているのに首を傾げて苦笑して見せてから「そうなんです」と頷いて、私はシャワーを浴びてくるといってお風呂場に逃げた。

 そう、私はあの後フォルの告白を断って、保留状態だったレイシスへも返事を伝えたのだ。もちろん、ごめんなさいと。

 他に好きな人がいるからではない。私はきっと今誰かを好きになるべきではないのだ。

 私は感情の制御ができず、魔力を暴走させる未熟者。恋が何かわからないが、恋ができるわけがないと自覚した。

 私の魔力は強力だ。驕りでも自慢でもなく、強大なのだ。普通は大きな魔力を持った人間でも、成長と共にそれを制御するすべを自然と身につける。だが私は幼い頃一時、それを出来ずに過ごしていた。無事だったのはまだ幼かった器の魔力であったことと、私の指導をしていた母が何かしてくれていたからだろう。

 今この容量の魔力を操れなくなるのなら、……はっきり言って死んだほうがマシと言われても仕方ない生物兵器である。

 相手の向けてくれた気持ちや、自分の気持ちに対しての逃げかと言われれば、言い訳できずに口を噤む。だが。


 ミハギさんが炎に貫かれた時のセンさんの悲鳴と悲しみ。

 センさんが口移しで毒薬を飲まされた時のミハギさんの激昂。


 私がもし似たような状況になった時、魔力を抑えられるだろうか。そう、二人に自分と相手の姿を重ねて考えてしまった時、私は無理だと判断したのだ。


 二人には今恋はできないと伝えた。……二人とも反応がほぼ同じだったが、納得はしてくれたのだ。

 今はそれでいい、と。まるでわかっていたような様子で。


 もやもやとする感情を振り払うようにぶんぶんと首を振って、服を勢い良く脱ぐ。

 赤い石の隣にある青い魔法石に手を翳せば、水が勢い良く飛び出し私の身体を濡らした。

「冷たい……」

 髪を、身体を濡らしながら、断りの言葉を口にした時の"彼"の反応と自身の震えを思い出した私は唇を噛む。まさか、と考えるが、私はそれに蓋をした。きつく、きつく、鍵を何重にもかけて。

 視界が滲んだ気がしたが、私はそのまましばらくその考えを振り払うように水を浴びた。



「あ、雨」

 出発の朝、ぱたぱたと窓に当たる水音に目が覚め外を見れば、雨だった。

 しとしとと雨は地面を濡らし、外は少し冷えているのか窓際の空気が僅かに冷たい。

「本当ですわ。……騎士の方々は馬なのですわよね。出発に影響があるでしょうか」

 困ったように頬に手を当てて外を覗きこむおねえさまに相槌を打ちながら、窓から空を見上げる。

 どんよりと暗い雲は分厚く重たそうで、しばらく雨が続きそうだなと思わせる。ふと、遠地に飛ばされてから一度、あの二人と雨の中洞窟に避難した時の事を思い出し、二人の想いを重ねて口を引き結んだ。

 雨を見つめながら、準備をする。といっても荷物が多いわけではないので、すぐだ。

 騎士たちが雨避けの魔法を使えないとは思わないが、雨は気配を消しやすい。こちらは街道を通るのに対し、敵が気配を消して接近を許してしまうという状況は避けたいので、雨は歓迎できるものではないのだ。

「お、今日は寝坊してないな」

「なっ、一昨日は疲れていただけよ! ……ごめんなさい」

 からかうような声を出すガイアスに言い返した時、後ろからレイシスが姿を現した。普通に、と思っていたのに視線が揺らいでしまった私に対し、レイシスは私に気づくといつも通り柔らかく微笑んで「お嬢様おはようございます」と挨拶してくれるので、ほっとして肩の力を抜く。

 ラチナは、と聞かれて、まだ部屋だと答える。おねえさまはたぶん王子が迎えに来るだろうから、先に今日の予定に変更がないか聞こうと思ったのだ。

「雨だなー、出発に影響あるか、聞いてくるよ」

「あ、それなら俺が行く」

 ガイアスが出ようとしたのを止めて、ぱたぱたとレイシスが走っていく。その後姿を見ていたガイアスが、ふむ、となにやら頷くと、私の手を引いた。

「アイラ、俺と一緒に行くか」

 そう話したガイアスはまるで迷子になりやすい子供の手でも引くかのように、ちらちらと私の様子を気にしながら宿の外へと向かう。扉を開けた時、雨の音は部屋で聞いたよりも大きく聞こえて、思わず眉を顰める。

 宿屋前には小さな水溜りが出来ており、雨の雫がそこに飛び込むたびに細かく散って足首に触れ、濡らしていく。

 外の様子を見ようにも、雨のカーテンが見通しを悪くし、見ただけでわかる程「決して出発には向かない日」だった。

「こりゃー結構雨足強いな」

 ガイアスの言葉に頷きながら外を見ていると、雨避けの魔法で体が濡れないようにして走っていたレイシスが戻ってくる。今日護衛してくれる騎士に聞いてきてくれたらしい。

「どうやらこの雨でも出発するようですよ」

「そう、なんだ」

 周囲を見渡して雨を見つめていると、ふわりと淡い光が見えた。

「アルくん」

「ん? ……ああ、アルは精霊の姿なのか」

 周りを探しても猫の姿を見つけられなかったガイアスが、私の視線を辿って納得したような声を出す。

 ふと思いついて、二人に「精霊に頼んで周囲を警戒してもらいながら移動したらどうだろう」と提案してみる。

「雨だぞ、できるのか?」

「ここ、王都と違って精霊多いと思うの。雪山なんて、魔物が蔓延ってるわけじゃないからだろうけれど、少なくとも雪熊はいたのに雪下に精霊いたし」

「ふむ……デュークに後で相談してみるか」

 頷いて、一度雨足を確かめるように雨に手を伸ばす。

 濡れた腕は、昨日浴びたシャワーより冷たくない。雫を払う為にふるふると降って、私たちは王子の元に向かった。

 


「できるのか」

 話を聞いた王子がじっと私を見つめたまま言うので、頷く。

 季節は夏。植物にとって恵みの雨である為、精霊たちが冬のように休んでしまっていることもないだろう。

「どちらにしろ出発しなければならないんだ。侯爵があまり長く留守にできないらしくてな。アイラができるというのなら、それに越したことはない」

 そうしよう、ただし無理はするな。そう言われて頷いて、王子の隣で心配そうに私を見ていたおねえさまに大丈夫だと微笑む。

 王子の部屋だが、フォルはいなかった。どうやらルセナに予定通り出発だと伝えに言ったらしい。ルセナとミルちゃんの二人は、まるで仲のいい姉弟のようにずっと一緒にいるそうだ。

 一度部屋に戻った私は一人の部屋でベッドに腰掛け、自分の荷物からフォルに貰った香水を取り出す。じっと見つめて、もう一つ鞄から取り出したのは昨日の買い物中に見つけた淡い青色に銀の刺繍が施された柔らかなハンカチ。

「また、今度。落ち着い……た、ら」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、そっと香水を用意したハンカチで包んで行く。割れないように、何度も何度も畳んで布を巻きつけて。最後に服の袖にあったピンクの飾りリボンを引っ張って取り、香水に巻き付けたハンカチが解けないように結ぶ。


「アイラ、行くぞー」

 扉をノックされて、聞こえたガイアスの声に慌てて返事をし、私はポーチにそっと香水を押し込んだ。





お盆近辺の更新予定

お盆前後はもしかしたら二日に一回もしくは出来次第の更新になるかもしれません。なるべく週末は続けて更新できるようにしたいです。

完結までペースを崩さず更新しようと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

応援してくださっている皆様、いつもありがとうございます。

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