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「センさんしっかりして!」

 ぐったりと仰向けになるセンさんに手を当て声をかける。何を飲まされたのかと聞けば、何か液体だという。

 それを聞いて、必死に学園で習った筈の毒の種類を思い出す。

「液体の、毒」

 そんなもの、多すぎる。

 マグヴェルの話からするに、後で毒の治癒をしようとしていたらしいからある程度時間が経ってから身体に吸収されるタイプなのだろうか。

 押さえ込まれたマグヴェルを見てそちらに行きそうな様子を見せたミハギさんを慌てて止め、今はセンさんの手を握っていて欲しいと頼む。

「アルくん」

 小さな声で呼べば、猫の姿ではなく精霊の姿でいたらしいアルくんがすぐに私の視界に現れた。

「毒の特定、できる?」

 やってみる、というアルくんに多めに魔力を渡し、立ち上がる。

「アイラ、駄目」

 フォルに手を引かれる。私が向かいたいのは、レイシスのところ。マグヴェルから、毒について聞き出さなければ。

「フォル。聞かないと」

「レイシスに任せるんだ」

「フォル。……私が」

「アイラ!」

 少し大きめな声で止められて、思わず肩を揺らして俯く。


 いいじゃないか。毒について聞き出さなければいけないのだから。

 いいじゃないか。答えなければ多少強引になるのなんて、ちゃんとわかってる。

 いいじゃないか。相手はマグヴェルなんだから。少しくらい、痛い目にあっても。


「……レイシスに、任せるんだ」

「レイシスにそんなこと、させられない」

「なら君ならいいっていうの」


 いいじゃないか。だって、毒なのだ。


 性懲りもなくあいつは、また、私の前で毒を。サフィルにいさまの命を奪った時と同じ方法で、脅したのだ!


「レイシスの方がよっぽど冷静だよ、……珍しくね」

 ふわりと頭を撫でられて、かっと目が熱くなる。私は冷静だと言い返したいのに、言葉が詰まって出てこなかった。

 ぐるぐると胸のうちで渦巻くどす黒いものに飲み込まれそうだと呻く。そこで、この感覚に覚えがあった私ははっとした。

 魔力が、暴走しかけてる。

 慌てて、自分の身体を押さえ込むように抱きしめる。がっくりと座り込んで、こんなことしてる暇はないのに、と自分を叱咤する。

 フォルの腕が、同じく魔力を抑えこんでくれるように回された。暖かい体温が私を包み、思考がそちらに囚われそうになる。

 その時、大きく咽るような音と、こもった声が聞こえた。

 はっとして顔を上げた時、おねえさまとミハギさんがセンさんの体勢を変えていて、吐かせていた。次は大量の飲み水。愕然と、そんな基礎の対処法も思いついていなかった事にショックを受ける。魔法なら機材がなくても容易に治療ができるのがいいところであるのに、使い手である医療を行う者がこれでは意味がない。


『アイラ。あれは、身体に害を及ぼす毒じゃない。たぶん魔力を封じるものだ』

 だから口移しなんて荒っぽい方法でもマグヴェルに影響がないのだと、アルくんが毒について何か掴んだようで、それならそれにあわせて治療をしなきゃ、と思うのに、頭が回らない。

「魔力を封じる毒」

 どうしようもなくて呟くと、フォルがはっとしてそれをおねえさまに伝えてくれた。おねえさまが、薬は少し溶けてしまっているようだからとフォルの言葉を聞いて治療を開始する。

 大丈夫。魔力を封じるタイプの毒は、分解の治癒魔法が効く。きっとおねえさまなら完璧に治癒してくれる筈。

 おねえさまを見るとこくりと頷いてくれたので、無理矢理思考をそこから引き剥がし、ダイナークの方を見る。まだ堪えているようだが、ガイアスと王子がだいぶ押しているように見えた。あれは、手助けをしようとしたら逆に邪魔になるだろう。

「あ」

 騎士が、炎の魔法使いを仕留めていた。ふと、随分と時間がかかったように思い首を傾げる。

 レイシスも、水の魔法使いを仕留めるまでに時間がかかっていたな、と倒れている彼女のそばに歩み寄った時、違和感を感じる。

「フォル」

 そばにいるフォルの名前を呼べば、うん、と短く返事が来る。フォルも恐らく気づいたのだ。

「こっちの方が、毒薬ね」

 女の胸の谷間から覗く、小瓶。女の状態も、げっそりと魔力が減った覚えのある中毒症状。これは……。

「ルブラの使っていた魔力を爆発的に生み出させる薬じゃないかな。……イムス子爵は捕まえたのに、やっぱりまだ流通しているのか」

 フォルが大きく息を吐きながらそう言って首を振る。

 確か流通しているとまずいな、という話を以前した気がする。イムス家周辺でしか見つかっていなかった筈のこの薬の入手経路は、この女に聞かねばならないだろう。

 とりあえず今はそれよりだ。

「ねぇフォル」

「うん?」

「小瓶の在り処、すっごい気に入らない」

「……えっ? あ、うん? そ、そう」

 なんだか戸惑っているらしいフォルはとりあえず無視し、行き場のない苛立ちをぶつけるように私は女の胸元に手を伸ばし、その谷間に挟まった貴重な証拠品をもぎ取って布袋に収める。ふん、巨乳を自慢しやがってとわけがわからない事を考えている私は、やはりまだ混乱が抜けきっていないのだろうとどこか冷静な部分で考えて、女を水の蛇で縛り上げた。

 決着ついたみたいだよ、と精霊姿のアルくんに言われて、顔を上げる。ガイアスと王子が、蛇でダイナークを縛り上げていた。その右肩からは視線を逸らし、王子が地面に落ちたらしい水晶玉をしっかり回収している様子を見る。

 大急ぎで騎士の一人がそこに駆けつけると蛇を交代し、騎士は私のところにも来て女を縛る役目を交代してくれる。

 指示が出されているのかすぐにばらばらと分かれていく騎士達は、数人が来た道を戻るように駆け出した。恐らく町の警備兵の様子を見に行ってくれるのだろう。

 兵はまだわからないが、こちらは思ったより酷い被害にはならなかった。ほっと息を吐き、ルセナ達のいる方に戻る。

 馬車は転がったし、ミハギさんもセンさんも無理はできない。地面がぼろぼろですぐに出発はできないだろうが、きっと騎士達は全速力でこの場から離れる準備を整えてくれる筈。


「アイラちゃん!」

 皆のところに戻った時、縛り上げられたマグヴェルがなんだかひどい顔でこちらを見て呼んでいる。

 胸が苦しくなったような気がするが、ガイアスが止めないのを見て私はマグヴェルの正面に立つ。

 何度も、何度も魔力を暴走させた私は、その事実すら拒否をしていたけれど。

 全て、全て、こいつのせいなのだと、誘拐されて以来では初めてまともに向き合った。

「アイラちゃん! 私は、私は本当に君が好きで!」

 なんだか必死にもがきながら話すマグヴェルを見ていると、荒れていた心が妙に凪いだ。だったらセンさんはどうするつもりだったんだと突っ込みすら沸いてくる。

「それで?」

「君は私の妻になるべきだ! だから」

「なるべき? 私は」

 ふっと一度息を吐く。手に、水の魔法を纏わせる。

「私は、昔からあなたが大っ嫌い」

 水が跳ねて散り、頬を濡らす。

 渾身の右ストレート。水を纏わせたのは、正直言って触りたくないからだ。

「二度と会いたくないわ」

 さっさと背を向けて歩き出す。


「ああ、すっきりした」

「……おかえりなさい」

 戻った時抱きしめてくれたおねえさまの胸に、申し訳ないと思いつつ、私は"魔法で濡れた"顔をごしごしと擦りつけた。




 兵達は無事であったらしい。ただ、土の蛇で捕らえられていただけだと。

 それを聞かされたのは出発してすぐの事だったが、たどり着いた町で無事な姿を見て、ほっとしたのを覚えている。

 侯爵様にも挨拶をして、今後の話をして、最後に侯爵がルセナとミルちゃんを連れてどこかに行ったのまでは覚えているが、酷く疲れていたせいか私はあまり記憶にない。

 ガイアスやレイシスが、うちや学園に連絡だとかばたばたしていたのも知っているが、申し訳ないがお任せしてしまう。

 アルくんがずっとそばにいてくれた。何も言わずにいる彼に、今だけはそれに甘えて、私は宿の一室でベッドにもぐりこんだのだ。







暗いの少し落ち着きます。

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