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 すっかり闇に包まれた中で目を凝らし、状況は把握できた。やはり襲われたのだ。

「ダイナーク!?」

 目の前に高く聳え立つのは、山。……いや、たぶん地の針で盛り上がってしまった地面だ。それも、相当魔力を練りこんである。こんなのを、私たちに気づかれず練り上げるなんて……普通じゃない。


「皆は!?」

「あそこに! 無事ですわ!」

 ぱちんぱちんと私のシャボン玉が割れ、中から飛び出してきたおねえさま達が、前を走っていた筈の転がった馬車から這い出してくる王子達を見つけた。慌ててルセナが、この隙を狙われてはたまらないとそちらを守るように防御壁を作りだす。

「騎士の皆様はどこですの!?」

「あっち!」

 ミルちゃんが叫んで指差した方向で、完全な戦闘態勢で何かに立ち向かっている騎士達が見える。そこに大きな魔力の流れを感じ、慌てておねえさまたちと王子達の方へ駆け寄る。

「大丈夫!?」

「すぐにフォルが防御を張ってくれたからな」

 ガイアスが剣を地面に突き立てながらそういうと、じっと魔力が流れる方角を見る。

 それは、私たちが先ほど通った道。つまり、後ろ。

「ルブラか」

 ぎりぎりと剣を握るガイアスから、魔力を感じる。

「ガイアス」

「やるっきゃない……と言いたいところだけど、どうする。逃げるか?」

「駄目だ。ミハギはまだそこまで回復していない」

 王子がすぐに剣を抜き歩き始める。なだらかな道であっただろうに、地面はぼこぼこと所々盛り上がり、とても馬車で通れる道には見えなかった。というより、歩いていても疲れる程だ。

「騎士は何人いたでしょうか」

「父様が移動に連れて来ていた騎士は全部で二十人、そのうち隊長を入れた半分が先に来てたんだ」

「腕利きが十人、と考えていいか?」

「うん」

 レイシスたちがルセナに騎士の情報を確認しつつも、それぞれ武器を手に取る。その時、フォルに手を引かれて私は数歩、後ろへと下がった。

「僕達はあまり目立たないほうがいい」

 デュークもだけど、と小さな声で呟いたフォルが前を見た時、レイシスがこちらを気にしているのに気づいた。

 レイシスは前衛タイプではない。一緒に後ろに、と手を伸ばしかけた時、再び雷鳴にも似た轟音で、地面までびりびりと揺れた。

「なんだこれは」

 水晶はここにあるのに、と王子が足を踏み鳴らす。

 そもそも、それこそ私たちの馬車を護衛していたのは精鋭なのだ。そんな彼らが私達を守れなかったということは、不意打ちによる何か。可能性が高いのは、エルフィの精霊と協力することにより生み出す無詠唱魔法。

 しかし恐ろしく魔法を使える相手だというのには変わりなく、私達もそちらに向かう。まるで馬車と騎士を分断するように地面が盛り上がってはいるが、そもそも誰もこちらに駆けつけてこないのに違和感があった。

 しかしその疑問はすぐに解決する。


「なんてこと!」

 叫んだおねえさまがすぐに回復魔法を唱えだし、ガイアスが地面に手をついて魔力を流し込む。

 騎士達はその半分程が地面に足を絡めとられ、上半身だけで必死に襲い来る炎の魔法に対抗していた。中には蛇のように絡みついた土にぐったりと上半身を倒してしまっている騎士もいて、顔色を見るにこのままではまずそうだ。

「見つけた、生意気な女!」

「見つけた、私の魔法を消した女!」

 揃った声が聞こえてはっとして、すぐに取り出したグリモワでぎりぎり防いだ魔法は水の玉だ。

「あなた達までっ!」

 私に襲い掛かってきたのは、マグヴェルの両脇にいたあの女達の一人。騎士達にを炎の魔法で襲っているのも、捕まえた筈の女。しっかり拘束されていた筈のこの女達が動いているということは、やはりダイナークも? でも、水晶は王子が回収した筈だし、持ち物や身体検査なんてとっくに兵達がやっている筈なのに。

 ってそんなこと考えてる暇は、ない!

「水の玉!」

 相手も私もほぼ同時に水の玉を生み出し、同時に打ち合う。しかし玉数は……こちらの方が断然多い!

「いけ!」

 相手がチェイサー切れを起こしても問答無用で打ち込む。しかしそれは敵に当たる事なく、直前で防がれた。敵自身驚いているようだから、やったのは彼女じゃない。

「ダイナーク……っ!」

 やはり彼はまた、ほぼ無詠唱状態で魔法を使っている。

 奥の方で騎士達とやりあいながら、仲間を助ける余裕まで見せたダイナークを見つけて、ガイアスが剣を手に突撃する。

「こいつの相手は俺がやる!」

 ガイアスは詠唱なしで、剣と組み合わせて魔法を使う事ができる。最適だろう判断に王子は止める事なく、すぐに近くの騎士の足を縛る土を斬り崩す。

「しっかりしろ! お前らはもっとやれる筈だ!」

 ガイアスが先ほど流し込んだ魔力で押さえ込まれたのか、一太刀で崩れ去る土を見た騎士達が慌てて抜け出し、再び剣を手に取った。

 ダイナークと切りあっていたらしい隊長がガイアスが来たことで一旦離れ、怒号に近い指示を出し、騎士達が動き出す。

 それを見て、おねえさまと敵の魔法にやられてしまったらしい倒れこんだ騎士の治療に回ることにした。

「マグヴェル達を護送していた町の警備兵はどうしたのかしら」

「……まさか」

 マグヴェルの姿だけ確認できていないが、他はここで騎士と戦っている。兵達は……怪我、で済んでいればマシな状態かもしれない。

「ありがとう」

 目が覚めたらしい私達が治療していた騎士は、どうやら外傷はなかったようですぐに礼を言うと戦いへと戻る。ちらりとおねえさまと目を合わせた私たちが立ち上がった時、後ろから伸びた手にそれは止められた。

「駄目だ。兵達の治療はあとにして。君たちがここから離れる事は僕もデュークも許せないよ」

「フォル」

 強い力で引き戻されて、口を噛む。……わかっている。いくら助けたいからといって、隊列を乱してこちらの戦いにまで影響させるわけにはいかないのだ。

 治療中はどうしても隙が出来る。意気込んで助けに行って、人質にされては意味がない。ここで騎士を治療できたのは、あくまでフォルやルセナの援護のおかげだ。


 でも。


 ぎり、と口を噛んで、この戦いを終わらせるのが最善なのだと魔力を練り上げる。

 私の後を引き継いで水の魔法使いの女と戦っているのはレイシスだ。炎の魔法使いの女は騎士が相手をしている。

 マグヴェルは……どこだ。

「フォル、マグヴェルの姿が見えない」

「さっきから探しているんだけど……彼は魔法を使わないから探しにくい」

 ぐるりと見回してみるが、あの巨体が動いている様子がない。ルセナが守ってくれているミハギさんとセンさん、ミルちゃんの無事を確認しつつ、私も周囲に視線を向ける。

 戦えないから、ダイナーク達に置いていかれた? そもそもルブラの増援があったのではないのか?

 ぐるぐると考えながらふとダイナークを見て、違和感を感じた。ガイアスとやりあっているダイナークの右肩に、妙なもやが見えたのだ。

 あれは……?

 目を細めて見た時、ふと思い出す。ルブラに闇魔法をかけられていた女性達の喉に黒いもやがあった。あれに、似ている。


「フォル、おねえさま。ダイナークがおかしい。前に出ます」

「アイラ!?」

 ひゅん、と風の音を耳に、肌に感じながら風歩を使い、騎士達の間を縫うようにガイアスとダイナークのそばに駆け寄り、途中で詠唱を開始する。

 炎の魔法使いは騎士が抑えてくれているし、レイシスが水の魔法使いを逃すわけがない。この移動は狙われにくいと判断し、チェイサーを完成させる。

「水の玉!」

 唱えた水がダイナークに襲い掛かるが、それはやはり難なく防がれた。にやりと笑ったダイナークが視線をこちらに向けた瞬間に、ガイアスの武器魔法による激しい攻撃。

 詠唱がなく魔法を使えるのが強みであるダイナークも、同じように武器魔法によって無詠唱で攻撃されては追いつくのが精一杯らしく、少し顔を歪ませた瞬間。

 私がチェイサーを打ち出しながら続けて詠唱していた魔法を解き放つ。

「ミストラル!」

 風属性の上級魔法。最近練習で使えるようになったものの、レイシスに比べれば非常に威力は劣る。が、今はそれで十分。

「ぐっ」

 やはり魔法を使い慣れていないらしいダイナークが、防御しようとするものの大きな風のうねりに負け、服を、皮膚を、切り裂かれていく。

「やっぱり!」

「ちいっ……」

 ダイナークの右肩を重点的に狙った魔法が暴き出す、この襲撃の原因。ルブラの増援が予想より早かったのでは、ない。

「右肩に水晶! ガイアス、あれ狙って!」

「任せろ!」

 ダイナークは精霊を閉じ込めた水晶を二つ持っていたのだ。服の中と、そして身体の中に……っ!

「アイラ、フォルのところまで下がれ」

 何か来ると後ろを振り向いた瞬間、すれ違い様に王子に指示され、大人しくそばまでやってきていたフォルに合流した時、その向こう側で、ルセナとミルちゃんの後ろに探していた巨体を見つけてしまった。

「ルセナ! 後ろ!」

 すぐさま後ろを振り返り剣を抜いたルセナであるが、一歩遅くセンさんがマグヴェルに捕らえられた。

 慌ててフォルと騎士の間を駆け抜けるが、ミハギさんの前でセンさんの身体をその巨体に抱きこんだマグヴェルが、あろう事かそのまま口付ける。

「なっ」

 驚愕した私達の前で、くぐもった悲鳴をあげたセンさんが崩れ落ちる。おねえさまが水の蛇を放つが、それはマグヴェルの持つ杖に打ち消された。

「お嬢様、駄目です!」

 どうやら水の魔法使いを倒したらしいレイシスが私を止め、目を見張る速度で追い抜いてマグヴェルに短剣を向ける。

「ふん! 私を殺せば、センも死ぬぞ!」

 声を張り上げたマグヴェルの言葉に、ミハギさんが絶叫した。

「センっ!!」

「お前、何をした!?」

 レイシスの短剣がマグヴェルの仕込杖の刃とぶつかり、マグヴェルはにやりと笑う。

「センに毒を飲ませた。解毒薬の在り処は私しか知らん。このまま私とセンを逃がせば治癒はしてやろう。……本当はアイラちゃんにと思ったのに、残念なことだ。忌々しいデラクエルめ、私のアイラちゃんにべたべたと……ん? お前デラクエルか?」

 マグヴェルがフォルを見ながら首を傾げる。どうやらガイアスとレイシスの二人の顔はあまり覚えてはいなかったらしい。色からして違うのに。

「フィニウム……っ!」

 マグヴェルの偽名を、拳を震わせながらミハギさんが口にする。まずい、とルセナとほぼ同時にミハギさんに手を回し、その身体を止める。

「離せ! 離してくれ!」

 激昂しもがくミハギさんを抑えながら、叫んだ。

「レイシス、お願い!」




「動くな」

 レイシスが小さな声で告げる。制御が難しいと聞く風の蛇が巻きついているらしいマグヴェルが巨体を揺らすが、上に圧し掛かって首筋に短剣を突きつけているレイシスを落とすことはできないようだ。

 レイシスが何かを囁くと、マグヴェルはぴたりと動きを止めその身体を奮い上がらせる。何を言ったかわからないが、とりあえず。


「センさん!」

 私とおねえさまとフォルは、センさんの治療の為に走り出した。

 

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