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「ラーク侯爵が来て下さるんですか?」
全員で一つの部屋に集まって、王子から現在の状況と今後の予定を聞いている中で、王子の報告に目を丸くする。ここはラーク領でも端のほうではないのだろうか、という疑問は、先ほど解決したばかりだ。
脳内で思い浮かべた地図では、ラーク領はメシュケットの南西に位置する大きく縦に長い土地だった筈。……ここはラーク領でもかなり南東らしいから、普段侯爵がどこにいるのかわからないが、ここが侯爵のいる位置から近い可能性は低いのではないだろうか。もっとも、ここに王子がいる以上侯爵自ら迎えに来るというのもわかる気もするが。ルセナもいるしね。
「で、次だが。アイラが言っていた通り、ダイナークはこの玉を持っていた。アルに確認したが、これにもやはり精霊が閉じ込められているらしい。……アイラ、わかるか」
「……精霊の姿は、見えません。ただ、やはり茶色ですね、地精霊かと。かなり濃い魔力が充満しているように見えます」
少し目を凝らしてみるが、私にも中の魔力以外はただの石の玉のように見える。相変わらず手に収まる大きさだが、この魔法石にどうやって精霊を閉じ込めているというのだろう。
ここに精霊が閉じ込められていると想像すると、なんだか胃の辺りがむかむかとしてきた。
「デューク様、これ割っちゃったら駄目なんですか?」
「……割れない、と思うがな」
「だってこれ、このままにしておいたら中の精霊消えちゃうんですよね?」
前回捕まえた男から回収した水晶玉はそうだった筈。それが、精霊が逃げれたのだったらいいけれど、もし死んでしまっていたら。
「うー……いや、やっぱりこれが壊せれば!」
ふと思い立って、私達が最初に学園で魔力を検査した時のように魔力を流し込めば割れるんじゃないだろうかと考えてみた。が、中にいる精霊が無事という根拠は何も持てず、意気込んで背を伸ばしたものの再びへたりと力が抜けて、諦める。
確かこういった水晶持ちの偽者じゃなくて、本物の地精霊のエルフィは少ないんだよなぁと思い出してしまえば、自分の非力さにがっくりと項垂れた。エルフィだけど、この閉じ込められている精霊に私は何もしてあげられないのだ。
「まだ本調子じゃないんだから無理するなよ」
あ、という間抜けな声を出しているうちに、水晶玉はガイアスに回収されてしまう。仕方ないかと自分の手のひらを眺める。一度大きく魔力を暴走させた私は、魔力回復薬を飲んで一気に回復するのではなく、自然回復で魔力の回復をしているのだ。一気に回復してまた暴走させては意味がない。
「まあ、この水晶玉がある時点であいつらがルブラに関係しているという可能性が格段に上がった。そして、俺達はそもそも近いからという理由だけでこの町に来た。つまり」
「ダイナークたちを探しに来たルブラに鉢合わせの可能性がある、ですか」
ルセナが眉を顰め告げた言葉に、誰かがごくりと息をのんだのが聞こえた。
「……つまりここは、危険ですのね?」
「そういうことだ。夜になる前に出たほうがいいかもしれない、と考えている」
ちらりと王子が見た窓の外で、日はかなり傾いている。丁度三時のおやつの時間、というタイミングでの話しに、少し焦った。
「こ、これから出るんですか!?」
町で薬の調達とか、食料とか……それにミハギさんとセンさんはまだ目を覚ましてないと聞いたのだけど!
「ミハギとセンの目的はラーク領だ。もう到着したのだし、この町で一旦治療を受けたほうがいいだろう」
「いや、マグヴェル達はここの詰所においていくんだろう? 危険じゃないか?」
「というか、ここにラーク侯爵が向かって来てくださっているんですわよね?」
混乱した私たちが次々に疑問を口にすると、王子は宙を睨みながら「んん」と唸った。
どうやら、王子も決めかねているらしい。
「ラーク侯爵はここより少し北にある町を経由してくる予定だ。それなら俺達が先にその町に行ければいいと思ったんだが。……ミハギとセンに関しては、あの二人はある意味目撃者だ。ルブラに狙われないかという心配は、ある」
……だが連れて行くのは、と悩む王子に、皆もうーんと唸る。確かに二人はまだ風歩は使えないだろう。
「……だけど、僕達がルブラから逃げるのに二人を置いていくのもな」
フォルがそういうのに、私とおねえさま、ルセナでこくこくと頷く。
「しかし、ミハギは治療に専念したほうがいいのでは……」
レイシスの言葉に、うっとおねえさまと手を握り合う。その言葉はもっともだ。私が見る暇はなかったが、ミハギさんの傷はきっとかなり深かった筈。
ちらりとフォルを見ると、難しい表情で下を見て考え込んでいる。いくら魔法で完璧に治療しても、怪我を負ったという精神的な疲労や、治療までにかかった肉体的な疲労は休むことでしか回復できない。
でも、王子が急いでいるということは……この町で夜を明かしたくないのだろう。
「……ちょっと待って。それ、私たちがこの町を離れたとして、この町の人は大丈夫なんですか? まさか、アドリくんの村みたいに……」
「ここは兵も多い。さすがにそんなことにはならないと思うが」
「一番いいのは、あいつらも連れてさっさとラーク侯爵と合流……かな?」
しん、と室内が静まる。しばらく無音が続くと、いつの間にか戻ったのかどこかに出かけていたアルくんが、にゃあ、と泣いて割り込んだ。
「……それは危険すぎるんじゃないでしょうか」
漸くレイシスが意見を出し、再びうーんと私達は唸る。
ちらりと窓の外を見る。太陽の位置は少しずつ下がり始め、あまり考えている余裕はなさそうだ。
うーん、と手を握ったり開いたりしつつ魔力を確かめ、私自身は今からの出発もなんとか問題なさそうだと確認する。
「二人はまだ起きていらっしゃらないのかしら」
ふとおねえさまが思いついたような声をあげ、そちらに視線が集まった。
「お二人が目を覚ましているようなら、お二人の意見も聞いて見ませんか……?」
「……連れて行けると確約はできんぞ」
王子はそういいながらも立ち上がり、皆を促したのだ。
「アイラ」
ミハギさんとセンさんがいるという町の小さな診療所に向かっているとき、一番後ろを歩いていたフォルに呼ばれて、横に並ぶ。
「アイラ、できればミハギさんとセンさんも一緒がいいんでしょう?」
「えっ」
それは、とおずおずと頷きながらも、雰囲気からなんだか肯定しづらく感じてどうしたのかとフォルを見る。さっきの話し合いでフォルだって一緒にいたほうがいいんじゃないかって雰囲気だったのに。
「アイラは」
一度区切ったフォルが、少し私の手を引く。前を歩く皆から少し離れてしまい、おろおろと前の皆とフォルを見比べた時、フォルの顔が少しだけ耳元に近づいた。
「アイラは……僕も、デュークもだけれど。たぶん一緒に行くだろうミル……ああ、獣人の少女も、かな。僕達は、絶対にルブラに気づかれては駄目な人間だ。……この後どう結果が出されようと、絶対に無理はしないで」
「え……あ、そ、それはもちろん!」
慌てて頷いて、心配をかけていたのだと申し訳なくなってフォルの顔を見上げた時、フォルがにこりと笑う。
「アイラに何かあったら、僕どの属性の魔法でも全力で使っちゃいそう」
その笑みの後ろに、なんだか黒いものが見える。どの属性のって、それってつまり。それにフォル、その表情はちょっと……
「フォル、きょーはくにみえます!」
「そうだね、アイラにはきっと効果覿面じゃないかなって思うけれど」
「ソウデスネ!」
あっさり肯定するな!
フォルがそんなことするなんて、もちろん嫌だ。いや、フォルそれだいぶずるいよ!
「……無茶しません」
「うん。なるべく僕のそばにいてね」
「はぁい」
なんだか疲れて項垂れた私は、すごいことを言われている自覚があまりなく。
「あ、センさん!」
診療所に入ってすぐ、起きてぱたぱたとミハギさんのそばを動き回るセンさんを見つける。
「もう、大丈夫なんですか?」
「ええ、ミハギも今起きたところで」
ルセナが尋ねると僅かに笑顔を見せてくれたセンさんは、ミハギさんのそばに座ると濡れたタオルで額や首筋の汗を拭っているようだ。
なんだかもう夫婦みたいですわね、とおねえさまに囁かれて、並んでその様子を見守る。
ミハギさんも僅かに目を開け、こちらに頭を下げた。医師の話でも、どうやらミハギさんに刺さった矢は急所を外していた上に本人が魔法で防御を試みていたらしく浅かったようで、フォルとおねえさまの治療でほぼ持ち直していたらしい。
「大丈夫そうでよかった」
そういって話を切り出そうとした王子であるが、それはノックと共にやってきた騎士に止められた。
ルセナ様、と、どうやらルセナの事を知っているらしい壮年の男性を見て、ルセナが「あっ」と叫ぶ。
「ご無事で何よりでした。話をお聞きになられた旦那様が、私達騎士団を先にこちらに派遣してくださいました。馬車を用意しておりますので、どうぞお急ぎください」
手短に話されてはいるが、十分ミハギさんとセンさんを固まらせるのには十分だったようで、ふたりは目を大きく見開いて微動だにしない。
「……だそうだ。二人はどうする。動けるならついてきたほうがいいんじゃないかとは思うが」
促された二人は、半ば呆然とし、ゆっくりと頷いたのだった。




