164.デューク・レン・アラスター・メシュケット
「アイラちゃんに会わせろ! 私をここから出せ! この縄を解け、誰だと思っているんだ!」
自分の要求ばかりを口にして騒ぐマグヴェルにうんざりして、後は兵に任せて背を向ける。どうせ王子という身分を明かせず、取調べは見ていただけだ。といっても、結局奴は騒ぐばかりで聞きたい事が何も聞きだせず、だったが。
ダイナークと名乗る男の方も覗いたが、あっちはあっちで一度目覚めたと思ったのにまた眠ってしまったらしく何をしても起きないと兵が嘆いていた。恐らく魔力消費が大きすぎた為だろう。あいつは魔法を使い慣れていないように見えた。
アイラの予想通り懐に隠し持っていた水晶は回収済みだ。恐らくあれにまた精霊が閉じ込められているのだろう。後でアルに確認してもらわなければ。
ため息を吐きつつ歩き出せば、ついてきたフォルが並び、あれはひどいねと呟いた。
「まったくだ。しかもセンを追い掛け回していたってのにアイラへのあの執着。絶対近づけないほうがいいな、あれは」
センを見てもわかるが、あいつはたぶん……言葉を選んで言うならば、子供が好きなんだな。と一人納得して呟いていると、隣から「それは賛同しづらいな」と苦笑いが聞こえた。
ちらりと隣を歩く従兄弟の姿を見て、どうするんだ、と声をかける。
「あいつだろう、アイラの初恋の相手」
「そうだろうね」
目を合わせずそう言って、それきり話を終えてしまったフォルを見て僅かにため息が出た。
アイラに好きな相手がいるのかと聞いた時、過去に何かあったようだというのは気づいていた。デラクエル兄弟の一番上の兄の訃報も知っていた。
あのアルの姿を見た時、デラクエルの双子にそっくりだという印象ももちろん抱いていた。
神がいるから光魔法があるのだと育てられた王子という立場であるが、もし、デラクエルの兄があの精霊なら。
神はずいぶん、きついことをする。
「お前まだ、何も言わずに諦めるつもりでいたのか」
「……何のこと」
はぐらかすフォルが視線を宙に向ける。そうして三歩、歩いたところで、小さな声で「無理かも」と呟くのが聞こえた。
「ふん、だろうな」
「ジャンもいるし、カルミアもいるし……レイシスだけでも強敵だったんだけど」
「アイラの為に戻ってきました……か? まったく両者の為にならんがな」
「……そう、かな」
困ったように笑うフォルが、煩わしいくらい差し込む日差しを遮るように手を翳す。その表情を見て急にふと思い出して、話題を変えた。
「お前昨日、アイラの魔力を浴びても平気だったな?」
「……まさか」
平気ではないよ、と言いながらまた歩き出すフォルの背中を見てまた息を吐く。平気ではないが、何かがあるんだろう。
続いて歩き出して、横に並ぶ。ラーク領に入ったばかりのところにあるこの町は、昨日までいたティエリー領より随分と暑い気がした。ただの天候のせいもあるだろうが、やはり雪山の魔力の関係でティエリー領は少し冷えていたのかもしれない。城で教師から習った情報より、実際に身体で感じるのはやはり違うものだ。そう考えると、この遠出も悪くないように思う。もっとも、あんな移動は二度とごめんであるが。
町の雰囲気も、人々に活気があり明るいように見える。そこまで大きな町ではないのに、町のはずれにある兵の詰所にまで笑い声が届いていた。ラーク侯爵が優れた領地経営をしているという認識はもともとあったが、ここまでティエリー領とは違うものか。
「デュークは両者の為にならないと思う?」
突然話を戻されて一瞬悩み、ああと納得する。アイラとアルのことか。なんでもない振りをしていてもこの従兄弟はやはりひどく気になっているらしい。
「……ならんな。そもそもお前なら生まれ変わって精霊の姿で会いに行くか?」
「うーん」
「俺は嫌だね。相手が自分に少なからず好意を抱いていると知りながら、相手と一生結ばれることができない身体で行くなんて」
「一生結ばれない?」
「精霊と人間で行為に及べるとは思わんな」
「……そっち」
少し顔を赤くしたフォルを見て、お前いくつだと突っ込みそうになる。あと二年もすれば成人だろうに、一つ年下なだけの筈の従兄弟は随分と初々しい恋をしているらしい。
……血を貰ったと思ったんだがな。いや、飲んだ筈。アイラとフォルの魔力回復薬も減っていないようだし、一度や二度ではないんじゃないか。あれは、どう考えても一歩進んだ行為でそういった雰囲気になったと思うのだが……と考えて、相手がアイラであることを思い出して考えを訂正した。少しばかり従兄弟が気の毒な気がしてくる。
「ま、どういう意図にしろ、アルはアイラがあれ程魔力を暴走させたのを一発で抑える事ができる相手だ。その分何かあった時のアイラの動揺は大きいと思って気をつけるんだな」
「何かあるって思うの?」
「アルは正体を隠している。隠そうとした何かがあるはずだ。それこそ、結ばれるつもりできたのなら名乗り出るだろ」
つまり、アルはアイラとの恋を成就したくて来たのではないのではないか。そもそもアイラを恋愛対象としてみていたかすら不明なのだ、デラクエルの兄は。
「昨日は、僕達と変わらない背丈だった」
ぽつり、と呟く従兄弟の言葉に、申し訳ないががっくりと来た。変わらない背丈だからつまり、行為に及べるといいたいのか。そこまで気にするのならもう少し自分の気持ちを素直に認めればいいのに、こいつは。
「エルフィが精霊に恋をした事例はあるな。王家に婚姻を認めて欲しいと申請してきた為に記録に残っていた」
「えっ」
「結果は上手くいかなかったようだ。王家が許可したかしてないかじゃなくて、二人が上手くいかなかったらしい。……昨日アルが大きくなって見せたのは、アイラの魔力を大量に使えたからだろう。過去の事例からいくと、精霊が人間ほどの大きさを保つのは相当難しい筈」
それにそもそも、元人間の記憶がある状態で……と考えて、首を振った。あまりにも残酷すぎる気がする。
「アルと話をしてみたい気もするが」
そう口にした時、古びた宿から出てくるガイアスが見えた。俺とフォルを見つけて走ってくるガイアスは、開口一番「アイラが目覚ました」と知らせてくれる。
「少し眩暈があるみたいだけど大丈夫そうだ。ただ、アルに魔力が暴走したことを言われた後はなんだか落ち込んでたんで、休ませた。ラチナがついているって言うんで、任せたけど」
「アルは他に何か言ったのか?」
「うーん。よくわからないんだけど、アルはアイラの持っている兄貴の遺した石の中にある桜の精霊らしい。それで帰郷の魔法を使ってアイラのところに来た、って言ってたけど」
アイラが大事にしているあれか、と俺でもすぐに気づく。帰郷の魔法は光の精霊には使えない魔法だが、聞いた事はある。成程、ますますデラクエル兄である説が強まったらしい。
「アイラもだけど、レイシスも駄目だなーあれは」
「レイシスは兄弟仲が悪かったわけではないんだろう?」
聞けば、違う違うとガイアスは首を振る。仲は良かったぞ、たぶん俺より。と笑うガイアスの表情はどこか困ったような様子だ。
「レイシスにとって兄貴は憧れと同時に恋敵だからな。自分で複雑な感情に気がついて追いつかないんだろう」
「お前は大丈夫なのか?」
「俺はどうだろうな。言いたいことはあるけど。……なんで精霊なんだよ、とか、どこまで覚えてるんだ、とか」
ただまだ、兄貴だと決まったわけじゃないみたいだから。と不満そうに言うガイアスは、ほぼ兄であると確信しているらしい。そして、こちらは冷静に事の奇妙さを理解しているようだ。
「自分が死んだ時の記憶があるなんて、耐えられなさそうだ」
ぽつりと呟いたガイアスは、父親に連絡を取ってくるといってその場を離れていく。
「……僕、まずアルの心配するべきだった。最低だ、な……」
眉を寄せ、胸の辺りでぐっと手を握り締めたフォルが、険しい表情をして宿へと戻っていく。
アイラも、気にかけるべきだと思うけどな。……好きだったやつが精霊の姿で戻ってきたからといって、嬉しいと浮かれて喜ぶ性格じゃないだろう、あいつも。
ルセナもミルと再会したばかりでどう接するか悩んで余裕がないようだし、ラチナはアイラを心配して離れようとしない。
「まったく」
手がかかるやつらだ、と考えつつも、信頼に足る仲間を持てた事は誇りに思う。
さて、今後の経路やらの確認をしなければ。ラーク領は縦長だ。しばらくの間はラーク侯爵に世話になれば問題ないだろうが、交易が盛んな土地柄であるから出入りする人間も多い。なるべく目立たずに進みたいところだが。
ラーク侯爵が直接こちらに向かっているらしいが、ルブラがダイナークと連絡が取れないとなれば躍起になって探す可能性もある。なるべく戦闘慣れした騎士に来て欲しいものだが……。
「……ハルとファレンジはどうしたかな」
こちらに迎えに来るといって聞かずに最近まで連絡が来ていたので、無理矢理夏の大会に出ろと命じたが。
「早く戻らなければ」
見える位置に護衛の為についているラーク侯爵の私兵を見つけて、片手では足りない思案すべき事項を纏めつつ計画を練る為にそちらへと向かう。
その途中、宿の一室の窓から飛び降りてきた猫の姿を見つけて、自分のつけた名前を呼べば、にゃあ、としっかりと返事が聞こえた。




