表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/351

162.ガイアス・デラクエル


「アイラ! 兄貴、アイラは!」


 なんの躊躇いもなく呼んだが、兄貴は一度だけびくりと身体を揺らしただけで。振り返って向けられたその細められた視線が全てを肯定しているように見えた。

『気を失ってるだけ』

 そういって腕に抱いたアイラを俺にそっと渡してきた兄貴は、どう見ても俺らと代わらない。体格が、だ。生きていたら、これくらいなのではと思う。だがその容姿はアルの姿そのままで、丁度年代的には俺達と同じくらいか、少し幼いか。兄貴は元々童顔だったかもしれないが。……レイシスがよく似ている。

 しかし、俺達と変わらない体躯のその後ろにしっかりと人間にはありえない透けた羽がゆらゆらと揺らめいていて、淡い光を零している。

「その姿、どういうことだ?」

『それより、フォルセをはやく助けたほうがいい』

 兄貴の言葉にはっとしたラチナが駆け寄って、自分で回復の魔法をかけていたらしいフォルの腕を見てすぐさま治療を始めた。フォルは腕の怪我だけではなく、間近でアイラの魔力の暴走に当たったのだ。少しふらついているように見えるのはそのせいだろうか。

 正直に言えば、地獄絵図だ。マグヴェル、ダイナークに、敵の女二人が死んではいないだろうが倒れていて、アイラもミハギもセンも意識がない。仲間も満身創痍といった様子で疲れきった身体を抱えているやつもいる。レイシスにいたっては、魂が抜けてるんじゃないかと言うほど呆然としているし。


「アイラ」

 呼びかけてみるが、腕の中で目を閉じているアイラはぴくりとも動かない。慌てて腕をとって脈を診る。……生きてる。


 ほっとしたところで顔を上げると、ふわりと羽を揺らした兄貴が自分の手を見つめていた。……魔力を感じとっているようにも見えるが……と首を傾げた時、ふわりとその手が宙を舞う。

「わぁ……」

 ルセナが感嘆の声をあげる。他の皆も同じような感じで、それに魅入る。

 兄貴が舞うような動作を続けるほど周囲は薄い色の花びらに包まれ、焼けた森に命が芽吹く。……以前アイラが使ったのを見たことがあるが、植物を癒し成長を促す魔法か。アイラがやったのはたった一つの芽だけであったし、滅多に使う魔法ではないの、とアイラは言っていたが……これ程までに範囲が広く圧倒的な力を見せ付けられているとまるで夢を見ている気分になる。

 しかし、これは相当魔力を使うはず。『アル』である筈の彼がどこから、と考えてすぐ、アイラが暴走させていた魔力が落ち着いているのに気づいた。

「兄貴、暴走したアイラの魔力を使ったのか?」

『僕は精霊だ。緑のエルフィの魔力ほど馴染むものはないし、緑のエルフィと組んで不利な事はない』

 きっぱりと兄貴の口から精霊だ、と語られて、心のどこかで落胆の感情が沸く。そう、兄貴はやはりあの時死んだのだ。だがなぜ、精霊に。

「あに……うえ……どうして」

 その時漸く、呆然としていた弟が息を浅く漏らしながら、掠れた声をあげた。

 

『僕はアルだよ、レイシス。アイラの魔力でここに来た』

 俺が兄貴と呼んだ時はそれに答えながら、自分はアルだという兄貴。……いや、アルなのか。


「話は後だ。客だぞ、ルセナ」


 唐突に割り込まれたデュークの声に、ルセナが顔を上げて……その目を見開いた。

「あの、森が、火事だったから。魔力だったからもしかしてって……ルセナ」

 か細い声でおどおどとした様子で木の陰から現れたのは、見慣れない獣の耳が頭部にくっついた少女。

 折れそうな程細い腕。肌は少し日焼けしているのか、色だけは健康的だ。全体的に小柄なせいで俺より幼く見えるが、ルセナがおねえちゃん、と呼んでいるのなら然程歳は変わらないか上の筈だ。

 合流予定だった少女は、森の炎を見てこちらに来てくれたらしい。まったく歓迎しない火事であったが、早々に合流できたことだけは助かった。更に、どう見ても人見知りが激しそうであるが、ルセナのおかげかすんなりと合流してくれた事で、懸念していた不安材料が減ってほっとする。相手はどうやら、何の問題もなく俺達と一緒に行ってくれるらしい。

 デュークがじっと見ている先、少女の後ろに、大人しく控えたグーラー達が見えた。それを見てラチナが僅かに息を呑むが、あいつらが襲ってくることはなさそうだと様子を見守る。

『……アイラを頼んだよ、ガイアス』

 突然話しかけられて慌てて視線を向ければ、アルの周りが薄く発光したかと思うとぱっとその姿が消えた。花びら一枚残さず、ほぼ元通り火事のあった気配すらない森の中で唖然とする。

「おいちょっと、兄貴! ……じゃない、アル! まだ聞きたい事がいっぱい……」

『アイラが起きたらでいいだろ?』

「え、おわっ! いた!」

 いなくなった、かと思ったら、ふくらはぎをとんとんと叩かれてそちらに尻尾で俺の足を叩く"見慣れた"アルの姿があった。

 じっと見つめられて、慌ててアイラを横抱きにしっかりと抱えなおす。しかし、と見回してため息が出た。

「おいデュークどうする? センもミハギも気を失ってるしアイラはこの通りだし。フォルは怪我してるしラチナもルセナも魔力消費が激しすぎた筈だぞ。こいつら、運ぶんだろ?」

 顎で指し示したのは、マグヴェルにダイナーク、それと女二人。

 ダイナークは明らかにルブラと関係がある可能性が高いし、そうなるとマグヴェルも怪しい。女二人はもちろんだ。そもそも、こいつらを野放しにしといていい方向に事が運ぶわけがない。

「風歩を使う以上、ラチナとルセナ、フォルは魔力回復薬でなんとかするしかないな。ミハギの治療はどうなってるんだ?」

「僕は魔力回復薬はなくても大丈夫。然程減ってないよ。ミハギは応急処置だけだから、落ち着いた場所でしっかり治療したほうがいい。できれば、急いで」

 フォルの言葉に目を丸くする。あれだけそばでアイラの魔力を浴びて大丈夫だったというのだろうか。荒れ狂う魔力なんて、魔法攻撃が当たっているのと対して変わらないというのに。

「それよりレイシスが飲んだほうがいい。思ったより消耗しているみたいだから」

「え、あ……」

 まだどこかぼんやりしているレイシスが、フォルに名前を呼ばれて戸惑ったような声をあげつつも自分の手のひらを見て、一つ頷いた。無理にアイラに近づいていたようだし戦闘中も魔力を多く使っていたので、レイシスは確かに飲んだ方がいいかもしれない。

 その時、パキンと落ちた枝を踏みしめた音にはっとして気配をたどる。見ると、獣人の少女がおずおずと手を上げてみせたところで。

「この子たちに、乗る? 町の近くまでなら、夜の間だけ乗せてくれるって」

「……グーラーに?」

 デュークが目を見開くが、ルセナがぱっと顔を輝かせた。

「僕乗せてもらったこと、あるよ。大丈夫! それでミハギさんとセンさんとアイラおねえちゃん、運べるよ!」

 ルセナのその言葉にすっとレイシスが目を細めるのが見えた。うーんまぁたぶんアイラを運ばせはしないだろうな、と考えていると、トンと肩にのったアルが「ガイアスがアイラを運んで」と話しかけてきた。……はいはい。

「アイラは俺が運ぶ。ミハギとセンは頼んだ。マグヴェル達は蛇でいいだろう、早く行こう」

 すぐに蛇の魔法を唱えようとすると、三匹鎖の蛇を呼び出したデュークがさっさとマグヴェル、ダイナークを攫い、最後の一匹で女二人を一気に巻き込んで引き寄せる。

「俺は蛇を三匹使用するから、乗せてもらえるか」

「はい、大丈夫」

 こっくりと獣人の少女が頷くのを確認すると、大柄なグーラーが一匹デュークに近寄った。僅かに警戒する中、デュークはその背にひょいとまたがる。デュークはどうやらかなり信頼しているらしい。

 グーラーは嫌そうな顔をせずそのままデュークを乗せてのそりと歩き出し、慌てて治療を終えたらしいラチナとフォルが立ち上がった。

「名は? 獣人の子よ」

「ミル」

「ではミル、頼んだ。お前らも早くしろ」

 デュークに促されてばらばらと走る。ルセナはミルの隣でミハギを抱えて慣れた様子でグーラーに乗り、センはミルが抱えるように自分の乗るグーラーに乗せてくれた。小柄な為にいくら抱いているのがセンでも不安定に見えたが、慣れているので平気だという。

 フォルはミハギに治療魔法をかけながらグーラーに乗り並走して走ることになった。レイシスは全体に目立たないように防御の魔法を使うらしくグーラーに乗り、迷っていたラチナは結局グーラーには上手く乗れず、俺の横を風歩で走ることにしたようで魔力回復薬を呷るように飲んだ。


 誰かの合図があったわけでもなく、全員の準備が終わると何事もなかったように走り出す。しかしデュークから伸びる鎖に繋がった敵の姿はどこからどう見ても異様で、できれば明るくなる前に街になるべく近づきたいところだ。

 昨日も走り続けたというのに今日もか、と思わなくもないが、腕にいるアイラを見ると気が急く。ちゃっかり人の肩にしがみついているアルは周囲を警戒しているようで、おい、と話しかけてみても「あとで」とかわされてしまった。


 ……アルは学園にいた筈だ。いったいどうやってここに? なんであのタイミングで?

 ふう、とため息が出たが、止めようとは思えなかった。出たままにそばを走る弟の姿を捉える。

 なんでもない顔をしているが、かなりショックだった筈。レイシスにとっての兄貴は、大切な兄弟で、尊敬し、目標で、そして……。

 どちらにしろ崇めすぎるとそれは畏怖に変わるというのは聞く話だが、レイシスにとって兄貴はそれとも違う。

 そしてその感情に気づいたレイシスが自身を責めるのは目に見えている。

 俺は、喜んでいるだろうか。……いや、本人がはっきり兄貴であると認めていないのだから、疑惑もあるが……心のどこかで責める気持ちがあるかもしれない。俺の勝手な感情だけれど。

 そんなことより、だ。

 薄々まさかとは思っていたが、もしアルがほんとに兄貴なら。


「神様は、相当意地悪らしいな」

 呟いた声は風に流されていく。肩にいるアルは、何も答えない。



「一番近い町に父上の兵が到着しています。合流できます!」

 伝達魔法を使用していたルセナが叫ぶ。遠くに、僅かに灯る町の明かりが見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ