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 とっぷりと日が暮れた夜は夏であっても少し冷える。まあ、王都よりは寒い地方のようだから仕方ないように思うが、空を見上げながら腕を擦ると今が本当に夏なのかと疑問に思ってしまう。

 澄んでいて星は綺麗だ。だがそんなものを堪能する暇もなく、兵達に送り出された私達は既に危険な町の外壁の外へと出てきてしまっていた。

 この時間の闇に潜む危険については、もう町に着く前に散々味わったのだからわかっている。本来なら朝に出発の予定であったが、その朝に出会ってはまずい人間が外をうろつくとあっては仕方ないだろう。

 暗いが、歩くのに支障がある程ではない。大き目の月がしっかりと照らしてくれているので、足元の小石ですら確認できる。これなら、と周囲を見渡し、日が暮れる前に頼んでおいた精霊の姿を探す。

「どうだ、アイラ」

 王子に小声で尋ねられて、首を振る。例の獣人の少女を発見できていないのか、探し出して伝言を伝えて欲しいと頼んだ精霊はまだ戻っていないようだ。

 時間がかかるだろうからと大目に魔力を渡したのだが、捜索の時間がかかっているのだとしたら足りているだろうかと不安になる。無事に戻って来てくれたら追加で魔力を渡そうと決めて、風歩を使わずに比較的ゆったりと歩く皆の後ろに続いた。気配を絶つ為にルセナが張ってくれた薄い防御壁が、ルセナが歩く度にしゃぼん玉のようにゆらりと揺れる。


「見つけられるでしょうか」

 少し不安そうなミハギさんに、ちょっとだけ申し訳ない気分になる。おねえさま達は皆私が精霊に頼んでいる事を知っているので、ただ闇雲に歩いているわけではないと知っているが、ミハギさんたちはそうではない。かといって大丈夫だよと安易に言うほど作戦に自信もなく、そしてそれを説明もできずに口を噤む。

「見つかるさ。相手もルセナを大事に思っているみたいだし」

 ガイアスがそういいながら皆を安心させるように笑う。

 そういえば、とあの時を思い出した。確かに少女はルセナを気にしていた。ルセナを助けてくれと叫んでいた声が急に思い起こされ、ああ、確実にルセナの言っていた大切な「おねえちゃん」なのだとふと気づく。あの時は治療に必死で、きちんと確認する暇がなかったのだ。

 ルブラに誘拐されていたと思われた少女が、なぜ単独……いや、仲間のグーラーと共に、ティエリー領にいたのか。

 確か、追っ手だと思った、というような発言をしていた。なら、何に追われているのだろうか。……ルブラ? まさか、捕まっていたルブラから逃げ出したのだろうか。

 前方でガイアス達が話しているにも関わらず、私が草を踏みしめる音だけが耳に届いていた中で、微かに「おーい」という声が聞こえた気がして、そしてそれが独特な感覚――精霊によるものだと気づき、顔を上げる。

 きょろきょろとしていると、意味深に目を細めた王子と目が合い、頷いておく。精霊がいたのだ。

 ふわりと淡い光を零しながらやってきた精霊は桃色のスカートを揺らし私に微笑む。確かに夕刻に無理な願いを聞いてくれた精霊で、答えは「無事に伝えた」との事。

 声に出しそうになり慌てて口元を手で押さえながら、精霊に相手の反応はどうだったかと尋ねれば「直接獣人に話してきた」という驚きの言葉が返ってきた。相手はエルフィではないのに、なぜ?

『そばのグーラーに自分で伝えろと言われたからよ。特別サービスなんだから! それで、あなた達のところに行くから予定通り森のそばを歩いて、って伝えてくれといわれたわ』

 そういって誇らしげに胸を張る精霊に、追加でお礼の魔力を渡すと、喜んで彼女はくるくると舞い、「じゃあ、帰って寝るわ」と再び淡い光を放ちながら流れ星のように消えていく。

 注意深く私の様子を見ていたらしい王子に、すぐにこっくりと頷いて見せれば、王子の表情が僅かに綻んだ。隣にいたルセナもほっと息を吐き口元に笑みを浮かべ、だが前を歩くミハギさんとセンさんには気づかれないようにさくさくと歩いていく。


 さて……どうしよう。

 もたらされた情報は吉報だが、気になる点がある。なぜグーラーは直接獣人に話せといったのか。合流も渋られる可能性を考えたのに、あっさりだ。

 相談したくても、ミハギさんとセンさんがいるのに精霊の話題をどう伝えればいいのかと悩み、結局口に出来ずに考え込む。

 レイシスが明らかに私の表情に気づいているが、私が言えない事で精霊絡みだと気づいたのだろう。前方で同じく口元に手をあて考え込むレイシスを見ながら、草を踏みしめる。


「セン、大丈夫か?」

 ふいに前から聞こえたミハギさんの声に、はっと考え込んでいた思考が戻ってくる。

 見ると、躓いてしまったらしく体勢を崩したセンさんを支えているミハギさんの姿。支えられたセンさんはふわりと嬉しそうに微笑みお礼を言う。……そして横でおねえさまが、「いいですわねぇ」と小声で私に囁いた。

 きょろりと見回して、声が聞こえる範囲に私しかいないことを確認したおねえさまは、そのままひそひそと私のそばで話し出す。

「あの二人、相思相愛で羨ましいですわ。センさん、とても可愛らしいですし」

 ほう、と息をつきながら、おねえさまが頬に手を当てる。その姿もセンさんに負けず可愛らしく、おねえさまがなんだか眩しく感じた。いや、実際に後光がさしたりとかはしてないけれどね。きらきらというか、つやつやというか……そんな雰囲気を感じ取ってしまったのだ。


 なんだか羨ましい、と考えて、何が? とかなんで? といった疑問が続いて沸き、首を傾げる。

 神妙な顔をしていた私に気づいたおねえさまが、くすりと一度笑う。

「アイラは、憧れませんか? センさん達のような恋人の存在」

「憧れる……」

 何に? 恋人の存在? 相思相愛に? ……うーん、恋人。

「……想像がつかない、かもです。でも、センさんはなんだか羨ましいかも」

「あら、ありがとう」

 突然聞こえた声にはっとして顔を上げると、センさんがいつの間にかそばにいて微笑んでいた。

「ごめんなさい、私も女の子の会話に混ぜてもらおうと思ってそばにきたら、名前が呼ばれた気がして気になって。……でも、恋のお話かしら?」

「すみません、えっと、噂話とかではなくて……いや、えっと」

 勝手にすぐそばでこそこそと話していたらそれは気になるだろう。嫌な思いをさせてしまったかと慌てると、センさんはふるふると首を振ってみせる。

「恋のお話は楽しいわよね。でも、二人ともお相手がいるのでしょう?」

 そう小さな声でいいながら王子、そしてレイシスの方を見たセンさんに、その意図を察しておねえさまと同時に慌てる。が、声を抑える事は忘れない。もっとも、さっきから沈みがちなルセナを元気付けようとしているのかガイアスや王子が元気に騒いでいるので心配はないかもしれないが、と、一定の範囲外に音が漏れないように張っているしゃぼん玉のような防御壁を見る。

「わ、私達はそのような仲ではなくて……」

「私も、その、レイシスは幼馴染ですし!」

「……あら? そうなの?」

 きょとんと不思議そうな表情をしたあと、センさんはくすりと笑った。

「恋は素敵よ。辛いことも苦しいこともあるけれど、私は今幸せだわ」

「辛いこと……そう、ですの」

 おねえさまが頭を傾け、どこか苦しそうな笑みを浮かべる。それを見ると思い出すのは、王子に釣り合わないといわれるのが怖いと涙するおねえさまの姿。

「でも、止められないもの。好きだと気づいてしまったら相手に触れたくなってしまうし、ずっとそばにいたくなる。まあ、断言するのは難しいかもしれないけれど……少なくとも、私はミハギと一緒にいられて、幸せだわ」

 そう言って微笑むセンさんは、先ほどのおねえさまよりもっともっと、とても綺麗に輝いて見えた。


 恋、か。

 その話になると、私の頭は急に上手く回らなくなる。あまり興味が持てないのだろうか、と考えていたが、なんだかそれもしっくりこないような。第一、先ほど私は羨ましいと感じたわけで……



 考え事は、集中させては貰えないらしい。


「フェアリーガーディアン!」

 唐突に展開される、久々に聞いたルセナの強力な防御魔法。

 瞬時に剣を抜いたガイアスが先頭に踊り出るが、ルセナの防御魔法の中に響く衝撃音に攻撃を止め、さっと身構えるのが視界に映りこんだ。

「敵!?」

 突然の轟音に、ミハギさんが咄嗟にセンさんを腕の中へと庇う。……とほぼ同時に私に回された腕は、レイシスのものだ。見れば、おねえさまも王子に守られている。つまり二人がまずいと思う程度には、予想以上に強い魔力を持った相手なのだろう。

 薄暗い月明かりの中浮かぶ色はわかり辛いが、恐らくこれは地属性魔法だ。周囲に飛び散った砕けた岩にぞっとする。これはもしや、地のチェイサーではないだろうか。使い手は珍しく思うのだけど。


「皆無事か!」

「相手は恐らく人間だ、ミハギとセンは下がっていろ!」

 ガイアスと王子が叫び、ルセナは静かに防御を強化し、レイシスとフォルがそれぞれ武器を構える。

 私とおねえさまでミハギさんとセンさんを下がらせ、気配を探る。


「いっやー! 楽しいねぇ! 随分強いお仲間を見つけたんじゃないか、センちゃん!」

 聞こえる声に、どくんと一度心臓が跳ねた。どこかで聞いた事がある? いや、わからない。誰だ?

 相手の姿は見えない。薄闇の中では仕方ないだろうが、大体の方向を把握してそちらを見れば、大きな体が見えた。

 私が首を傾げた瞬間、それまで前方にいた筈のガイアスとレイシスが瞬時に下がり、私の前に立つ。一瞬見えたその表情が険しいもので、背筋がぞくりと粟立った。二人の様子がおかしい。

「何……? ガイアス、レイシスどうしたの」

「くっそ、関わりはないと思ったのに!」

 返されたガイアスの言葉の意味はわからなくて、でもいつもと違う二人の様子におろおろとすると、レイシスが更に一歩下がり、ほぼ私の目の前に、前を隠すように移動した。

「お嬢様、失礼します」

「えっ、わ!」

 振り返ったレイシスの腕が私の後ろに伸ばされ、まるで抱き込まれるように密着したレイシスが私の頭にぐっとフードを深くかぶせた。

「お嬢様、俺から絶対に離れないでください。フードもそのまま、絶対に外してはいけません」

 そう言いながらレイシスが離れるが、私に背を向けてもまたその腕が後ろ手に私に伸ばされ、私の身体が僅かに抱き込まれる。


 狭い視界、それでも前が気になって覗き込んだ時、笑いながら近寄る敵と思わしき人物を捉えた。

 全身黒い布でできた服に身を包んだ大柄な男。その姿をどこかで見た気がして、わからなくて眉が寄る。


「さぁ、ジャス様がお待ちだぜ!」

 男が笑う。くそっ、と小さくガイアスが悪態をつく。黒ずくめの男がこちらに近寄ってくると、頭がぐらぐらと揺れた気がした。


 私はあいつを知っている。


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