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 どうされますか、とミハギさんに言われて、ルセナの顔色が変わる。わなわなと震える唇を見て思わず声をかけようとして、しかし自分でも何が言いたいのかわからず口を噤む。

「……詳しい話をしましょうか」

「ああ、じゃあ椅子……」

「いや、部屋に行こう」

 私達が座っていたのは八人掛けのテーブルだ。椅子を運ぼうとしたガイアスだが、王子がそれを止め立ち上がる。

 おいしかったです、とフォルが店員さんにお礼を言い、皆が立ち上がる。王子がミハギさんたちを促し先に行き、後ろをついていこうとした私の耳に、フォルが呟く声が聞こえた。

「卒業して地元に戻っていたのか……まずいな」

「え?」

 思わず振り返って目があったフォルは真剣な表情で、言葉の意味を理解してはっと息をのんだ。

 卒業、ということは。ティエリー領の領主の息子とは、王都の学園にいたのではないのか?

 私が思い当たったのに気づいたらしいレイシスが、そっと「去年兵科の三年でした」と私に囁く。兵科。つまり、相手はガイアスやレイシス、もちろん王子にルセナの顔を知っている可能性が非常に高い。

 ……ここに長くいるのは、まずい。誰もがそう考えた筈だ、でも。

「ルセナは……」

 ルセナはあの獣人の少女の討伐隊が組まれたと聞いて、それを放っておける筈が……。

「とりあえず話を聞きに行きましょう、お嬢様」

 促されて、頷く。思わず握られたレイシスの手をぎゅっと握り返しながら、必死に考える。

 早めにここを出て、ラーク領に行かなければならない筈。そう、私と一緒にいるのは、国の未来を担う重要な人物達だ。だが、領主の息子が率いる討伐隊が狙うのはルブラと関係があった可能性が高い、恐らくルセナがずっと探していた人物。

 気になるのは、私達を保護するのが『ラーク領の領主、ラーク侯爵』という点だ。私たちが飛ばされた地は全員ティエリー領であるにも関わらず、助けを求めるのが隣の領。もちろんルセナの父親がラーク侯爵というのもあるだろうが、一刻も早く助けたい筈の王子がいるのに、ティエリー領に助けを求めないのは……ティエリー領を王が信頼していない可能性があるのではないだろうか。

 だとすれば、その息子に見つかるのはまずい。相手が顔を覚えている可能性が高いのならなおさら、というより、学園の生徒で王子の顔がわからない生徒というのはいないだろうし。それだけ彼は注目を浴びる。……もしかして、フォルと一緒にいる私やおねえさまも、だろうか。


 なんにせよとりあえずミハギさんから詳しい話を聞こう、とたどり着いた部屋は、王子とガイアス、レイシスが泊まった一番大きな部屋だ。といっても九人も集まればさすがに狭くて、私とおねえさまは並んでベッドに座る。

 それぞれが適当な位置につくと、えっと、とミハギさんが視線を宙に向ける。

 どう話すべきか悩んでいるらしいミハギさんに、ガイアスが取り合えずどこでその話を知ったんだ、と話を促すと漸くミハギさんがほっとした様子で話し出した。


「宿についてすぐ、センを休ませて薬屋に向かったんです。センにも回復薬を渡したくて。そこで、領主の息子が来ていて薬が切れそうだ、権力振りかざして金も払っていきやしないと店主が怒っていて。その時は、付近に現れる獣の討伐と聞いていたんですが……動いたのがレーバンの民ではなく領主の息子、ということで店主も首を傾げていて」

「……続けてくれ」

「店を出て宿に戻ろうとしたところで、門で対応してくれた兵士が走ってきたんです。領主の息子が協力するように言っていると。それでさっき話を聞きに行ったら、表向きは獣退治だが実は狙っているのは獣人だ、レーバンなら獣人相手でも有利にやれるのではないかと」

「獣人は人だ。相手から襲ってきて抵抗した、ならまだしも、傷つければ等しく罪になるとわかっていないようだな、ここの人間は」

 王子がゆらりと揺らめく瞳を向けると、ミハギさんはうっと詰まる。

「レーバンが獣人を実際に殺していたのも、確かに何十年も前だと聞きました。ですがそんな世代に育てられた僕達の親や僕達もその意志を継いでしまい、それが普通だと思い込んでいた。これは……言い訳できない事実です」

「領主の息子は、殺す、と言っていたか?」

「いえ、希望は生きた状態で捕獲だそうです。難しいようなら足の一本くらいなら躊躇う必要はない、といわれましたが」

「そんな!」

 そこで漸く、青白い顔で聞いていたルセナがテーブルを揺らして立ち上がる。王子はそれを手で制し、ミハギさんをもう一度みると、確認するように視線を細める。

「本当に、領主の息子なんだな?」

「初めてお会いしましたが、連れている人間は全員ティエリー家の紋章が入った武器と防具を持っていました。若いですが、立派だという領主の息子本人だと思いますが……噂では去年あの王都の学園を卒業した優秀な息子と聞いています」

「優秀ね」

 ふっと王子が笑う。先ほど聞いた限りでは領主の息子は兵科だ。騎士科の王子から見れば確かに、と思わなくもないが、そもそも王都の学園、兵科の卒業というのがすごいのかもしれない。貴族が多く通うといっても、全員が王都の学園に入れるわけではないのだから。

 特に兵科は貴族以外の生徒も多い実力主義だ。紳士科なら貴族であれば基本的に希望すればある程度は入学できるらしいが、兵科であるというのが重要なのか、領主の息子はこの辺りの兵士の憧れらしく有名であるらしい。だが、どうやら領の人間には好かれていないらしく、ミハギさんは「どこに行っても領主の息子の話題ばかりですね」と言いつつあまり歓迎している様子はない。

 そこでセンさんが「えっ」と大きな声を出し、私は思わずびくりとしてそちらを見る。センさんはきょろきょろと私たちを見回すと、まさか、と呟いた。

「あなた達のあの制服ってもしかして」

「……ああ」

 王子がいつも通りの不敵な笑みを浮かべる。答えずともそれでは答えているようなものだ。

「さて、それでだ」

 王子の言葉に、泣きそうな表情で王子を見ていたルセナがぴくりと肩を揺らす。

 黙って見守ってはいるものの、私も含めて全員が王子に注目した。おねえさまと手を取り合い、きゅっと口を引き結ぶ。

「獣人、とりわけあの少女は少し事情があって、重要だ。できれば『ラーク領が』保護をしたいと言っている人物だ」

「ラーク領が……」

 すっとミハギさんの表情が変わる。

 彼らはティエリーの縁戚から逃げ、ラーク領に行く。ラーク領が保護したい相手を助けるとなれば、手厚い保護が受けられるかもしれない……王子は何も言ってはいないが、そう、聞こえた気がする。別の領に引っ越すには、制限がある領とない領がある。ベルティーニはないが、ティエリーは……どうだろうか。

「君達は……」

 ぐるりと私達を見回したミハギさんは、しかし唇をすぐ引き結ぶ。

「いえ。あなた方の家名は聞かなくて正解かもしれませんね」

「賢明だ。それで、俺達は協力を仰ぎたい」

 ミハギさんはセンさんと顔を合わせ、頷きあう。

「僕達に出来ることならば」




「えええっ」

 皆がいそいそとミハギさんから荷物を受け取る中、私は大きく不満を露にした。

「どうして私だけこのままなんですか!」

「えっ、でも、レンくんはアイラちゃんの分はいいって……それにその服、かなり上等なものだよね?」

 ミハギさんに言われて、そうですけど、と思わず口を尖らせる。皆はこの町で調達した新しい防具を手にしてるというのに、私だけ一つ前の村で購入したあのふりふりのままだ。が、ミハギさんが困ってしまった顔をしたために慌てて首を振り、王子だけ睨んでおく。自分の動作が子供っぽいのは百も承知だ。泣きたい。

 というかアイラちゃんって、私いくつに見えてるんだろう。ミハギさんとセンさんとはそんな離れていないと思うのに、と考えつつも、口に出せずに詰まった言葉で頬が膨れる。まったく、いつになったらまともな服が着れるのだ。

 私たちに協力してくれるというミハギさんに防具を買ってきてもらったのはいいが(お金はもちろんこちらで用意した)、やはり薬関係は品薄らしい。

 だがここではある程度食料も確保できそうなので、最低限の旅支度はなんとかなるだろう。この町を出れば次の目的地は既にラーク領なのだから。

「それにしても、領主の息子が納得してくれて助かりました」

 ミハギさんがほっと息を吐く。

 彼はつい先ほどまで、領主の息子……ラルフ・ティエリーと話をしていた。明日の朝から討伐に出発するという彼らに、獣人は気配に敏感で、大人数で出かけては敵に逃げられるからと説得し、別働隊として動き先に位置の把握をすると言って。

 もちろん、見つけて引き渡すわけがないのだが。

 そう、王子はルセナの意思を尊重したのだ。その代わり、絶対に私たちはティエリーに見つかってはならない。かつ、賊に負けても獣にやられても駄目だ。王子曰く、「ラーク領に向かう道中にたまたま獣人がいるかもしれないだけだ」だそうだが、私たちは進路を少し変更し、森のそば通りラーク領を目指すこととなった。

「上手く出会うことができるといいんですが」

 ミハギさんはそう心配していたが、そこで動くのが私だ。

 こっそり精霊に位置の把握を頼み、獣人の少女の周りにいるグーラーに伝言を頼むのだ。ラーク領で保護したい、と。グーラーが獣人の少女に伝えてくれるかどうかは、賭けだ。ここにアルくんがいれば伝言を頼むのだが、他の精霊に直接姿現しをして獣人本人に伝言を伝えて欲しいという願いはさすがにできない。いくらエルフィに頼まれたといっても、危険を侵してまで協力してくれる精霊を探すのは難しいだろう。

 上手くいくといいけれど、とルセナをちらりと見ながら思う。

 ルセナはずっと言葉少なで、元気がない。自分の幼馴染に等しい相手の窮地となれば、それも仕方ないだろう。もしガイアスやレイシスが、と考えたら、私は何を無視してもそちらに行きそうな気がする。

 王子が獣人の少女を助けようとしたのは、ルブラについての重要な情報を得られるかもしれないからだなどと言っていたが、きっとルセナの気持ちを考えての事だ……と、思う。

 念入りに武器の手入れをした私たちは、夜まで休んで日付が変わった頃にミハギさんたちと一緒に出発する。

 どうか無事にラーク領にいけますように、と顎の前で手を組んだ時、ふわりと香水の香りが私の気持ちを落ち着かせてくれた。



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