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 常にルセナの魔力の流れを気にしながら、夜の平原を走る。道なんてあってないようなものだ。


 ルセナの治療は終えた。問題もない筈だが、酷く魔力を食われたらしく意識もまだない。

 風歩で移動しながらフォルとおねえさまの二人とルセナの状態を分析したのだが、ミハギさんが放った矢は、恐らく相手の魔力に干渉しその動きを止めるもの、つまり相手に魔法を使わせないようにするようなものだが、ルセナの強い魔力がそれとぶつかり、相殺されていたのだろう。フォルが解除にかかったときにはだいぶミハギさんの魔法を自力で解いた状態にあった為、すんなりとフォルが解除に成功したようだが、ルセナがひどく消耗している。

「ねえフォル、魔力回復薬を飲ませたほうがいいんじゃないかな」

 ガイアスが担いだルセナを見ながら提案し、フォルもルセナの魔力が減っていることを王子に指摘すると、ガイアスはその足を止めた。

「それで目を覚ますのか?」

 王子の問いには、首を振る。

「いえ、魔力が急激に減りすぎたショックのせいならそれで目が覚めるかもしれないですが、ルセナは腹部に直接魔力の矢を受けてます。身体がその衝撃で疲労しているとすれば、休ませるしか……」

「とりあえず飲ませてみろ」

 おねえさまとフォルと一緒にルセナを仰向けにし、上半身を起こしてその唇に小瓶の口を当てる。とろりとした桃色の液体を少しずつ口に流し、喉につまらないように慎重に回復させる。

「……駄目ですね」

「ルセナは防御に特化した子ですわ。きっと身体にダメージを受ける機会があまりない分、衝撃が強かったのかも」

「普段ならまだしも、動揺した状態から防御を展開させるまで時間も短かった。それでもあれで済むだけの防御壁を咄嗟に張れたのがまずすごいけど」

 再びガイアスがルセナを抱き起こした時、レイシスの魔力が膨らむ。

「風の盾!」

 ぶわりと広がった風が、何かを弾く。

「敵!」

 こんな時に!

 慌てて体を起こせば、レイシスの視線の先にまたならず者達の姿が見える。

 先ほどの団体さんとは衣服が違うように見えるから、別グループなのだろうが、本当にこの辺りに賊が多発しているらしい。兵達は何をしているんだ!

「金目のモノを置いていったら見逃してやらあ!」

「……煩いな」

 別団体でも思考は似ているらしく、またしてもありきたりな台詞を吐いた賊に、どうやらイラついたらしい王子の魔法が炸裂する。

 八人ほどの男の足場が大きく盛り上がり、弓を構えていた男達が体勢を崩してひっくり返る。

 近接武器を持ってこちらに駆け込もうとしていた男達は耐えたようだが、その不安定な足元にさらに土の蛇が絡みつき、悲鳴があがる。

「こっちは急いでいるんだ、邪魔するな」

 ガイアスがそういって、遠距離から剣を真横に振り切った瞬間、放たれた何かが盛り上がり小さな山になっていた男達の足場に当たり、そして砕けた。うわぁ、衝撃波だ。

「ぎゃああああっ、……っ!」

 どさどさと落ちた男達の上にさらに砕けた土が降り積もり、閉じ込める。

 急にしんとした周囲をなんとなくきょろきょろと見回して、さっきまで賊がいた方向を指差す。

「あれ、あのまま?」

「いい、ほっとけ。死んではないだろ、埋まってるけどな」

 浅いしなんとかなる、と言い張るガイアスの返事を聞きながら、ちょっと盛り上がった土を見る。……あ、動いた。

「魔法、くるよ」

 言い終えてすぐに詠唱を開始し、得意の水の防御壁を展開すれば、少し驚いた表情で先ほど敵のいた方向に顔を向けた王子が「なんだ、ある程度の使い手はいたのか」とまるで感心したような声をあげる。


 ドドドドド、と大きな音を立てて飛び出してきた炎の弾が、私たちに一直線に向かってくる。まるで闇夜に浮かぶ花火のようなそれを眺めて少しだけ驚いた。ふむ、ある程度どころか結構な使い手らしい。

 同時に火球ファイヤーボールが、八発。火球はチェイサーと同等の威力だが、チェイサーと違って生み出したらすぐ攻撃が開始される為保持できず、チェイサーの玉のように誘導ができないのが難点だ。それでも威力だけは恐怖なのだから、ただの賊にしておくにはもったいないレベルの魔法使いである。恐らくきちんと魔法を習った人間だろう。

 おー、と暢気な感想を漏らす私達に、ミハギさんとセンさんがおろおろと顔を青ざめさせたまま逃げようとする。が、当然ながら私が壁を張っているのでそこから出れるはずもなく。

「黙ってそこにいろ」

 王子の発言で身体を強張らせた二人が抱き合った時、打ち出された火球が私達の目の前で破裂した。


「ひゃーっはっはっは! 大人しくしていれば死ななかったもの、を……え……?」


 にやにやと土の下から這い出してきた敵数人が、笑いを引っ込めた。

 火球はもちろん誰にも当たっていないし、何も燃やしていない。火球を消し去った私の防御壁は、私がぱちんと手を叩くだけであっさり消える。

「本当、大人しくしてればよかったのにね」

 にっこりと微笑んだフォルが一人、風歩で瞬時に彼らに近づくと、彼らがひっと仰け反った。

 背中側にいる私達には見えないが、たぶんきっと、「イイ笑顔」だろうフォルに、後ろで苦笑いをこぼす。

「大丈夫。君は炎が使えるんでしょう? 僕の魔力を上回らなくても、頑張れば融かせると思うよ」

 ひやりとした声。フォルの魔力が、さして暑くはないが夏の夜の空気を更に冷やす。

 フォルがいつもの笑顔のまま私たちの元に戻ってきた時には、敵の男達の足元は膝上までがちがちに氷で固められており、どう考えてもしばらくは動けなさそうだ。ちなみに、所々花を模した(敵を取り込んだ)その氷像は月明かりで美しく輝き、思わずおねえさまと感嘆の声をあげてしまった。

 おそらく私たちに火球を放ったであろう炎使いの男が必死に足元を融かそうとしていた。……融けているようには、見えないが。

「炎の魔法で融けない氷って……」

「やだな、表面を別の魔力で覆ってるだけだよ」

「いやそれもっと融けないじゃない!」

 さすがにいくら僕でも炎で融けない氷は無理だよと爽やかに笑うフォルであるが、さっき相手にあたかも炎で融けるような話をして促していたような。


「時間が経つとじわじわと氷の範囲が広がるようにしたいな」

「やだフォル怖い」




「街だ!」

 もうすぐ日が昇るのではと思える程長い時間移動していた私達の目に、ゆらゆらと揺れる炎が見える。恐らく見張りの兵士がいるのだろう。

「この街はぐるっと外壁で囲われている筈です」

 ミハギさんが恐る恐るといった様子で口にした情報に頷く。ルセナはまだ起きていないが、特に容態が悪いわけでもなさそうだ。

「どこかで休みたいですね」

「さすがに疲れましたわ」

「宿が取れるといいけど」

「っていうか見張りの兵がいるならどうやって通るの?」

 漸く落ち着けると思ったせいか、皆の口数が増える。と、ミハギさんが少し裏返った声で、「あの!」と叫んだ。

「あの、本当に、本当に申し訳なく……っ」

「話はルセナの目が覚めてからだ」

 そっけなく言い返した王子であったが、それに割って入った声に私たちは歓声を上げた。

「僕、大丈夫だよ」

「ルセナ!」

 目が覚めたのか、とルセナの周りに集まると、ルセナは目を擦りながら「ごめん」と話しだす。

「ミハギさんは悪くないよ。僕が飛び出した瞬間、魔力を抑えようとしてたから」

 だから疑わないで、と言って身体を動かし、ガイアスに降りると訴えた彼は地に足をつけると、ミハギさんを見上げる。

「ごめんなさい、僕が前に飛び出してしまったから」

「いや、弓使いが仲間に射ってしまったのは事実。君たちが敵の様子を窺っていた時点でもう少し考慮すべきだったし、獣人だからと簡単に攻撃するのは通常のことではないということを失念していました」

「……ねえ、あの子は?」

 ルセナが辛そうな顔で私達を見回した。王子が短く「逃げた」と言うと、複雑そうな表情で、だがしかしほっとしたような様子を見せたルセナを見て、やはりあの獣人の少女は知り合いなのだと確信する。

「前に言ってた子?」

「……うん。生きて、たんだ」

 それきり黙ってしまったルセナを視界に入れながら、皆がどうする、と顔を見合わせる。

「とりあえず街に入ろう。ルセナも休ませないとだけど、僕達も跳びっぱなしだし……センさんが辛そう」

 フォルの言葉で皆がはっとして注目すると、恥じ入った様子で首を振ったセンさんは大丈夫だと笑うものの、確かに少しふらついているようだ。

 ……当然だ。風歩の使いすぎである。

「君達は相当の使い手だったみたいだ……正直驚いたよ」

 そういいながらミハギさんはセンさんに手を貸すと、懐を探る。

「これ、村長が用意してくれたんだ。これを見せれば全員すぐに入れると思う。賊が多くて兵が警戒してるだけだと思うから」

「おお」

 ミハギさんが持っていたのは紹介状のようなものだろうか。基本的に村や町の出入りに身分証などは必要ないが、警戒中の場合は兵が旅人を渋ることがある。私たちはどうみても行商人には見えないし、兵に荷物を検められては制服が出てきてしまうからどうしようかと思っていたのだが、助かった。

 ほっとして、ぴりぴりしていた空気がルセナが目が覚めたことによって落ち着いてきたことで漸く力が抜けた。ルセナが射抜かれたことはもちろん怒りもあるが、ミハギさんに非があったのかと言えばあれは仕方なかったような気もするし。射抜かれた本人が自分が悪いというのであれば、周りがずるずると引っ張るのもよくないだろう。

 街の入口で、先に進んだミハギさんが先ほどの紹介状を見せ、私たちを仲間だと説明すると、なぜか兵士に異様に喜ばれた。

 ちょっと嫌な予感がしたところで、兵達が「レーバンの方を待っていたんです! 色好い返事をいただけないので困っていましたが、よかった!」と歓喜する。

「……おい」

「す、すみません」

 王子の声にミハギさんがびくっと跳ねた。どうやらこの街でも、何かが起きているらしい。

 とりあえず、休ませてください!



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