152
「改めまして、ミハギ・ライベルです。こっちは、セン・ヒデス。二人とも、ティエリー領レーバンの出身です」
一度部屋に戻った男性……ミハギさんは、小柄な女性を連れて宿の外へと慌てた様子で出てくると、自己紹介をする。
その話を聞いていたルセナが、小さな声で「あ」と言うと二人を交互に見る。
「レーバンって、狩猟能力が高いって有名なところだ」
え、と皆が注目すると、ミハギさんが「ご存知でしたか」と目を見開く。
「遠地の学生さんと思っておりましたが、この辺りの方でしたか?」
「あ、えっと……」
ルセナは困ったように視線を泳がせて、そのまま一度頷いて黙り込む。隣の領のルセナが知っているということは、余程有名なのだろうか。
そういえば、私達自己紹介してもらったけれど、名乗っていい……わけないよねぇ。王子に公爵家に侯爵家、伯爵家に一応うちも子爵と貴族がそこまで集まっていると知ったら、さすがに二人も居心地悪いだろう。
すると、ルセナの様子に何かを察したらしいミハギさんがおろおろとした様子で黙り込み、えっと、と無理矢理言葉を繋ぐと、「そうだ、賃金を」と言う。
「いや、金はいらない。その代わり、条件だ。一つはこちらの邪魔はしないこと。何かあれば俺達は容赦なく動くぞ。それとさっきも言ったが俺達は風歩を使う」
「もちろん、お世話になる以上にご迷惑をかけるようなことはないように心がけます。風歩は二人とも大丈夫です。恐らく得意なほうかと」
「ほお」
王子が面白そうな顔をする。恐らくミハギさんの手の甲にある魔力石の存在には初めから気づいていたであろうが、風歩は多少修行が必要だ。普通に暮らしている人なら、使えない人の方が多い。
少しでも魔法をしっかり使いたいと思う人間であればまず練習するものの一つではあるが、王子がにやりと笑ってもミハギさんは苦笑するばかりで、本当ですよと付け足す。
「先ほどお話がありましたけど、狩猟や害獣討伐を主な仕事とする村の出ですから。こう見えても彼女もなかなかの腕なんですよ。……獣相手には、ですが」
「賊とやり合うには厳しい、か。まあいい、準備がよければ出るぞ。俺はレンだ」
王子が名乗ったので、皆も次々に「名前だけ」名乗っていく。それを聞いて特に突っ込む事もなくミハギさんが頷いたのを見て、私たちは村の出口へと向かった。
「よろしくお願いしますね」
センさんが隣に並び、私とおねえさまににこりと微笑む。彼女の手の甲にも、綺麗な魔力石。そして、背には矢筒と弓。
ちらりとローブから覗く白い腕は、かなり細い。おねえさまと変わりないくらいだ。とても弓矢を使う人間の腕に見えないが、手の甲の魔力石が関係しているのだろう。力をほぼ使用せず、魔力を使っている可能性が高い。
束ねられた髪は美しい紅色。とても可愛らしい人だと思うが、見た目に反して纏う空気が少し大人っぽいと思う。……その童顔の割りに大きな胸のせいなのか、そうなのか? なんて羨ましい!
「お二人とも弓を使うんですか?」
「ええ、私の村では小さい子も大人も皆、弓矢で狩りをするの。物心ついた時からずっと練習してたわ」
「へえ」
一瞬だけ、もう一度あの細い腕を見る。
魔法は当たるのに、武器となると命中率も攻撃力も駄々下がりする私から見ると興味深い話だ。やはり練習か……でも私、ゼフェルおじさんですら「お嬢様はご無理をなさらなくて大丈夫ですよ」と武器を取り上げたという経緯がある。ゼフェルおじさん、無理するなといいつつ魔法はスパルタもいいところだったのに。あれはきっとさじを投げられたのだ……武器の扱いにおいて壊滅的にセンスがなかったせいで。
センさんが離れミハギさんの隣に並んだのを確認すると、私とおねえさまの間に今度はルセナがやってきた。ちらりとミハギさんたちを見たルセナが、小声で話し出す。
「レーバンはこの辺り一帯で獣の騒ぎが起きる度に討伐で呼ばれるんだ。二人一組で行動し、少数で確実に害獣を倒す。大きな村ではないのに能力が高い人が多くて、王都から離れたここでは騎士より頼りになる、と民の信頼が厚い。だけど」
ルセナが一旦区切り、首を捻って見せる。
「この前、僕が飛ばされた位置の把握の為に父の協力を仰いだ時、父が変な事を言ってたんだ」
「変な事、ですの?」
おねえさまがルセナにつられて声を潜める。
「レーバンに何かあったのか討伐隊を出してくれず、ラーク領の傭兵たちにまで獣討伐依頼が出ているが、傭兵では人手が足りてないみたいで獣が増えている。道中気をつけろって」
「えっ」
思わず大きくなりかけた声を。おねえさまと二人で口を押さえて慌てて押さえる。
ルセナの話を聞いてふと思い出すのは、昨日の事。
「……そういえば、私達が服を買おうとしたお店でも、最近傭兵が獣退治ですごい負傷者を出したとか……言ってたね」
「お二人は何かご存知なのでしょうか」
ちらりと三人で前を歩くあの二人を見るが、わからない。
「二人一組で行動するのですよね。あの二人もそうなのかしら……そもそもそんなに強いのでしたら、私達に同行をお願いするものかしら?」
頬に手をあて首を傾げるおねえさま。だがそれについては、幼い頃から対魔法使い、つまり人間相手を前提している私たちとは違うという事が問題だろう。
あの二人が私達と一緒に行きたいという理由……賊がいて二人では進めないという、あの理由。おそらく、自分達で賊を倒して進めない、というのは二つの意味があるだろう。
一つはそのまま、対魔法を気にしなくてもいい獣相手でないと実力的に追いつかないという意味。もう一つは、人間相手に武器を振るえないという意味。
人間に武器を向けるのは気が引けるから私達に……ではない。恐らく逆だ。
獣相手を前提として修行している彼らは、恐らく手加減ができない。弓矢を使う時も、一撃必殺だった筈。下手に手加減すれば、瀕死の獣というのは逆に恐ろしいものだ。
そして彼らの相手は魔力を使わないのだから、対魔法に弱いのだろう。自分で魔法を使っていても、魔法使い相手だと使い方が違う。手の甲に魔力石があるのは、恐らく放つ矢を魔力で強化するため。
余裕がなく戦えば、全力になる。そうなると、彼らは狙った相手をすべて殺す事になるだろう。それも弓矢を使う彼らは遠距離から、だ。
いくら賊でも、騎士ですら生きて捕まえられるならそれを最良とする。殺せばいいというものではさすがにない。
それを少し説明すると、おねえさま達はすぐにそうかと頷いてくれた。幼い頃から対人で学んでいても、私たちは「殺す方法」を学んでいるわけではない。倒す、戦う、というのと、彼らが学んだものは少し違うのだ。
もっとも、私がそう思うのはデラクエルの修行のせいだろう。私がゼフェルおじさんから受けていた戦いの術と、ガイアスとレイシスは少し、違う筈だ。彼らの修行はむしろ、ミハギさんたちに近いものがあるかもしれない……と視線を動かすと、二人は前を歩くミハギさんたちを少し警戒しているのがわかる。レイシスが特に、ぴりぴりとしているのだ。
あの二人、ミハギさんたちは間違いなく何か『訳あり』だ。
ガイアスとレイシスは恐らく今の私たちの話を聞いていたのだろうと思いつつ、村の外に出た私たちは足に魔力を溜める。
風歩は、全員が問題なくほぼ同じスピードで開始された。
「すごい!」
ルセナが感嘆の声を上げる。
それと同時に、どさりと空から大きなものが落ちてきて、地面につけていた足に僅かに衝撃が伝わった。
「こんな大きいイグル、一発で倒せるんだな」
ガイアスも感心したように落ちたイグルに近寄り、その生死を確かめたようだ。イグルの身体の中心に刺さっていた青白く光る矢が、急速にその光を失う。
そこに残ったのは何の変哲もないただの矢。それも、金属を使ったものではなく、手製の石か何かを削って作ったらしい矢だ。
「なるほど、魔力をのせて矢の殺傷能力を上げているのか。魔法剣士の使い方に似ているな」
「そんな大層なものではないんです。ただスピードと威力を上げただけですから」
矢を放った本人であるミハギさんが苦笑しながら、その腰の短剣を手にしてイグルに近づく。
何か採取するのだろうかと首を捻ると、センさんもイグルに駆け寄り、私たちを振り返る。
「確か食料、少ないって言ってましたよね。あの村でも旅人用のものはないって言ってましたし」
「ああ」
ガイアスが答えると、ミハギさんとセンさんは慣れた手つきで短剣をイグルの羽の付け根に突き刺す。
思わずおねえさまが目を逸らすが、男性陣は興味深そうにそれを眺める。というか……
「イグルって食べれるんですか!」
「ええ、とても柔らかくて美味しいのよ。から揚げにすると最高なんだけど……旅の途中で油で揚げるのはさすがに無理かしら」
くすくすと笑って楽しそうに捌くセンさん。笑顔だがその手に握るもの、というか全体的に見てこの光景が酷い。センさんの声は聞きやすい穏やかなものだが、音もできれば耳を塞ぎたくなる音だ。
「まあ、肉は重たいから旅の携帯食には不向きだけれど。現地調達が丁度いいんじゃないかな……ということで、いい時間ですけど昼飯にしませんか?」
おなかを押さえながら言うミハギさんの言葉に、笑いが零れる。日は一度昇りきって、少し傾き始めたところだ。そろそろ休憩をとってもいい頃だろう。
「夜に肉を焼くと賊を呼び寄せます。夜の分も焼いてしまって持ち運びやすいようにしましょう」
「手際がいいな」
「慣れていますので」
話しながら、この場で休憩を取るために皆が準備を開始する。しかし、顔を上げたレイシスがその会話を待っていたといわんばかりにさりげなく王子に近寄り何かを囁くと、ミハギさんに笑みを見せた。
「獣退治に慣れているのですね。そういえば、呉服屋の店主が言っていましたが、最近この辺りに凶悪な獣が出たとか。そちらの討伐にも向かわれたのですか?」
「え?」
レイシスの言葉に、ミハギさんとセンさんは目を大きく見開き、顔を見合わせる。少し不安そうなその表情に、首を傾げる。
「……聞いていませんが、もしかしたら地元の誰かが討伐に出たのかもしれませんね。僕達が旅に出た後なのかもしれません」
「ああ、ラーク領に行くとか言っていたな。そっちも討伐か?」
王子の言葉に、今度こそ二人はおろおろと黙り込んでしまう。
私とおねえさまは、村で購入した鍋に水を満たしながらその様子をハラハラと見守ったのだった。




