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 宿の一角、私たちに宛がわれた部屋の一室が、笑いに包まれる。

 その中央にいる私は一人笑えず、顔が真っ赤に染まっている自信がある為に、俯いてため息をついた。

「ひどい……」

 呟いてみるが、レイシスすら顔を背けて肩を震わせているのだ。というより、皆さっきから笑いの沸点が低い。きっと、箸が転がってもおかしいと笑うだろう。あれは本来、それこそ私達くらいの女性によく使われる言葉だ……当然ながら、この世界にそんな言い回しはないが。

 笑うのは、皆安堵からくるものだろう。だがしかし、今現在その対象は私の……服装だ。

「お嬢様、その……お似合いです」

「嬉しくないから!」

 すぐに慌てたようにフォローしてくれるレイシスに思わず突っ込むと、レイシスはしょんぼりと眉を下げてしまった。だが、言わせて貰おう。今私が着ている服は、『子供服』である!

「可愛いぞ?」

 さらりと言うガイアスであるが、だから嬉しくないというのに。

 太ももまであるレッグウォーマーのような魔力布のおかげで肌は隠れているので、久しぶりの膝丈のスカート自体には別に恥ずかしさはないが、このふりふり加減は気に入らない。

 ぱふりと膨らんだ薄青のパフスリーブのワンピース。中央は紐リボンで編み上げられており、さらに腰の後ろにもたっぷり布を使った大きなリボン。

 成長してきた年頃の女性服ではありえない、デコルテがなく胸の大きさを考慮しないタイプのドレス。そもそもネックラインを出して漸く大人の女性の正式な装いとなるのだ。すとんとしたデザインなのになぜどこも変に崩れたりしないのかはとりあえず考えたくはないが、思わず視線が胸元にいってしまったのに泣けた。おねえさまだったら、サイズが合っていても間違いなく着崩れてしまった筈。

 どうして、こんな服が旅装なのだ。防御力を考えるのならまだ男の子用の方がマシではないのか? と思うのだが、この服が一番防御力が高い。……いや、説明されなくても知っている。なぜならこれは、魔力を練りこんだ、「ベルティーニ製の服」だ。

 この村の呉服屋が、店の奥の奥に仕舞い込んでいたとっておき。いつか似合う人が来たらと店主(女性)が保管していたものだが、旅装を探しに店に足を踏み入れた私を見た瞬間店主が目の色を変えて持ってきた。

 見覚えのあるやたらとふりふりした服。似合います、と店主は言っていたが、これのデザインは母だ。しかもモデルも勝手に幼い頃の私を思い出して作ったという代物だ。娘に骨抜き状態の父親達に向けた、「これでお嬢さんの安全はばっちりです!」を売りにした(母が父をからかうために作ったらしい)服である。お父様、そんなイメージないんだけどな。

 移動が多い隊商の商人に売り込もうとした服であるが、意外にそのデザインのおかげか普段出歩いたりするはずがない深窓の令嬢に大層評判が良かったそうだ。今私が着ている服は、そのシリーズの中でも比較的大人しいデザインなのが救いか……ちなみにこの服は、セット販売の魔力石と繋がっている。親がその石を持てば、この服を着た少女がどこにいるかわかるという親にとっては素敵仕様だ。ちなみに、よく脱走して森の中にいた私の位置を把握しようとした母の製作したものである……というのを、つい先ほどガイアスから聞いて初めて知った。お母様め!

「ま、いいんじゃないか? 防御力も高い、迷子になっても居場所もわかるし、もとは隊商用なんだから動きにくくもないんだろう?」

「そりゃ、ロングスカートよりは全然足を動かすのも楽ですけど。でも、これ子供服なんですよ、子供服! うちの実家が作った、子供服!」

「入るじゃないか」

 うるさいな! ちょっと身長が伸びるのをお休みしているだけです!

 確かに私は未成年だ。だがもう成人がもうすぐという微妙なお年頃だ! このタイプの服は、学園に入る前くらいに卒業したはずなのだ!

 まるで吠える犬のように王子に噛み付きながらも、泣けてくる。店主さんに推されて断れず押し込まれた試着室で着てみてしまったが運の尽きだ。

「ほら、どうせこれ着るんだから」

 ばふっと頭にのったのはローブだ。茶色のそれを羽織ながら、しぶしぶ頷く。夏であるが、日差しを浴びるよりはいいだろうと皆と購入した物の為、これを着ていればどこからどう見ても目立たないだろうけど。というか、これがなければ制服で行くと騒いだかもしれない。

「ってどうせこれ着るなら制服でもよかったじゃないですか」

「いや駄目だ。見えたら目立つだろ。それ、違和感ないぞ?」

 いやあるよ!



「まったくもう、皆笑うんだから!」

 食事を終えて皆が部屋に戻った後も一人ぶつぶつと文句を言っていると、一緒の部屋になったおねえさまがまた笑う。ちなみに部屋割りは、私とおねえさま、王子とフォル、ガイアスとレイシスとルセナが同室で三部屋だ。

 ふとここで昨日までおねえさまと王子が同室だったらしいという話を思い出す。皆に服装でからかわれた私の機嫌は悪い。が、少し浮上し、にやりと笑っておねえさまを見る。

「おねえさまは、昨日までデューク様と同じお部屋だったとか……」

 にやりと笑みを向ければ、「なっ」と声を大きくしたおねえさまが顔を真っ赤に染める。普段は滅多にない女子トークである。

「そんなこといったら、アイラだってレイシスとフォルの二人と夜を明かしたのでしょう!」

「私は三人一緒で……」

「あら、初日はどうでしたかしら?」

 ふと初日を思い出して、口を噤む。慣れないいじりをしようとしたら、やり返された……が、私もおねえさまもこんな話を普段しないので、結局目を合わせた後くすくすと笑ってしまった。

「こんな話が出来るのは結局、無事だったからですわね……本当、皆無事でよかった」

 ふわっと笑うおねえさまは綺麗だ。うーん、王子、おねえさまと一緒の部屋で、暴走してたりしてないかな。まあ、傷つけるようなことはしないだろうけれど。

「おねえさまは薬、どれくらいありますか? 私、ここに来る途中でカラントの実を見つけたのでなんとか使用せずに二本持ってますけど」

「私は一本使ってしまいましたわね。あの暴走に巻き込まれた時、非常に魔力を消費してしまったみたいで、魔力切れを起こしかけてしまいましたの」

「……本当、皆無事にこうしてすぐ集まれたのが奇跡な気がしてきました」

 そもそも、私がエルフィでなければ、そして精霊達が人が多く集まる村を知らなければ、道案内もなく合流はもっと遅くになっていたかもしれない。

 私一人なら、雪熊もイグルも倒せず怪我どころではなかったかもしれないし、おねえさまが王子と一緒にいなかったら、回復薬を飲めずそのまま気を失っていたかもしれない。……そう考えるとぞっとした。

 思わず鳥肌が立った肌を擦って、立ち上がる。

 おねえさまに断り、部屋のシャワーを浴びる。昨日、一昨日とお風呂に入れていないのだ。といっても、私には水魔法があるので、結構手軽に水浴びだけはできたのだが、やはり暖かいお湯を浴びることができるのは気持ちがいい。うん、石鹸、いいにおい。

 身体を拭きながら、そうだと自分のポーチの中にある香水を思い出す。ほんのちょっとだけ、とふたを開けてみただけで、ふわりと広がる甘い香りに思わず頬が緩んだ。

 香水はつけすぎたら駄目だと念頭において、専用のコットンに一滴だけ垂らして手首にのせた。

 なんだかフォルとおねえさまとあの店に行ったのはつい最近なのに、もうずっと前のようだと思いつつ、満足して髪を乾かし、部屋に戻る。

 では私も、と立ち上がったおねえさまが、「あら」と一度立ち止まった。

「少しですけど、いい香りがしますわね。石鹸……ではなくて、あの時の香水?」

 やっぱりアイラにぴったりの香りですわね、と言われて嬉しくなって、にやつく頬を隠す。


 さて、荷物整理でもしますかね!


 出発は急がねばならないということで明日すぐだ。

 薬の調達ができないのが痛い。話を聞いたところ、この今いる村から移動を開始し、一つ大きな街を挟んで、ラーク領に入るらしい。その街で薬を調達するしかない。

 上機嫌でリュックサックを手にした私は、今日購入した旅装をぽいとベッドに放り投げ、……少し考えてきちんとたたみ直し、作業を開始した。

 


「お、大人しく着たな?」

 宿を出たところで王子がにやりと笑って私を見るので、さっとローブの前を手で手繰り寄せてあわせる。見た目がてるてる坊主だが仕方あるまい。

 だが周りを見てみると、確かに皆お世辞にも「戦いやすそうな服」ではない。……私が一番まともな防御力がありそうな程、生地が悪い。なんでも、最近この辺りに凶悪な獣が出て、討伐に来た傭兵たちが大きく負傷者を出し、いい装備は殆ど出てしまったらしい。だから子供服だけはまともなのが残っていたのかと、運がいいのか悪いのかという状況に微妙に悩む。

「……これは早めに次の大きな街……ええと、チュニアに行って装備を整えたほうがよさそうですね」

「まったくだ。生地が硬くて動きづらいし、魔力に馴染まない」

 足の曲げ伸ばしをする王子がそう零した時、「あの!」と知らない声があがる。


「……ああ、この前は世話になった」


 王子が顔をあげ、丁度宿の扉の前に立っている男に声をかける。一瞬誰かと思ったが、どうやら知り合いらしい。といっても、様子を見るに知己の仲という風ではない。

 髪を短く刈り上げた、背に弓と矢筒を背負った男。手の甲に魔力石があるところを見ると、恐らくある程度魔法を戦いに使えるタイプと見た。しかし王子との接点がありそうには思えず、首を傾げる。

「あの、あなた達はチュニアに行くのですか?」

「……そうだが」

 行き先を尋ねられたせいか僅かに眉を寄せた王子だが、しかし誤魔化さず返答したところを見るとどうやらその話をしてもいい相手らしいと首を傾げる。

 すると、おねえさまが私に「ここの村に入る時、ふらふらだった私達を助けてくださった方ですの」と囁いてきた。なるほどと納得。そういえば、誰かの協力を得たと聞いた気がする。

 王子の返答を聞いた男が、目を大きく見開くと急に頭を下げた。

「お願いがあります! 僕達も早くチュニアを超えてラーク領に入りたいのですが、村の人の話ではここからチュニアまでの道のりに最近賊が多いらしく、進めないのです。出合って間もない方にこのような事をお願いするのも申し訳ないのですが、馬車もその賊のせいで出ておらず困っているのです。……恐らく魔法を得意としている方々とお見受けしました。どうか、僕と彼女も連れて行ってほしいのです。賃金は、払います!」

「……えっ」

 言われた内容を理解して驚いて声を出す。つまり私達に護衛しろということか。

「この村に傭兵や護衛をしてくれる冒険者は他にいないのか?」

 王子が驚きつつも尋ねれば、眉を下げた男が「僕達が到着する直前に旅立った商人達が雇っていってしまい出払っているそうです」と力なく告げる。

「僕達には時間がないのです。お願いします!」

「デュ……えと、レン……」

 おねえさまがそっと王子の腕に触れて、王子がうーんと唸る。おねえさまの雰囲気から、「いいのではないか」と言いたいのはわかる。きっとおねえさまは助けて貰った恩もあるのだろう。

 が、王子が渋るのも当然だろう。私達といれば安全、という保障もない。

 ガイアスとレイシスは王子の判断に従うようで特に何か言う様子はなく、フォルも同様だ。ルセナは少し心配そうに見ているが、反対の意思はなさそう。

 助けてくれたみたいだし、いいんじゃないかな。なんだか困ってるみたいだし。……とは思うものの、それが甘い考えなのがわかるので口を噤む。私は彼とまったくの初対面だし、見知らぬ人と同行させるには危険があるのはわかる。


 しばらくの後、王子が出した結論は。


「安全という保障は、ないぞ。それと、俺達は風歩を使う。使えなければ、置いていく」


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