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「アイラさん」


 私たちの屋敷が目前の細い通り道。春の息吹を感じる柔らかな緑に囲まれたその道を、ガイアスとレイシスの二人と歩いている時。

 ふと聞き覚えのある声に名前を呼ばれて顔をあげると、そこにカルミアさんの姿があった。

 あれ、と思わず首を傾げる。彼はこの前卒業した筈だ。今の彼はどう見ても学生という風ではなく(当たり前だ)、見覚えのあるその装いは王国騎士団見習いの服だ。

 シルバーグレーの鎧の中央には騎士団の紋様が描かれ、剣の鞘にも同じようなものがある。手の甲にも描かれているから、どこからどう見ても騎士だ。でも、なぜここに。

 そう思っていると、カルミアさんが表情を崩してははは、と笑う。

「顔にどうしてって書いてある。……最近物騒な事件が起きて、騎士の何人かが入れ替わったんだ。人手不足で、ここの地形や道に詳しい元学園生徒の騎士見習いも数人借り出されたって理由」

「物騒……ああ」

「アイラさんは、大丈夫だった? なんだか事件があったみたいだけれど、巻き込まれたりしてない?」

 その一言で、ああ彼は知らないのかと理解する。被害者はアニーの名前が目立っていて、そこに私とおねえさまの名前はほとんどあがらないのだ。というより、貴族が何人も襲われたのを隠したい学園側が故意に隠しているのだろう。あくまで私的な、縁談の話が拗れて起きた事件である、と。

 とりあえず心配そうに私を見るカルミアさんに「大丈夫ですよ」と笑顔を返すと、すっとそこに影が差す。

「お嬢様に近づかないでいただきたい」

「レイシス」

 私の前にたったのは、最近やはり背が伸びたらしいレイシスだ。

 ぴりぴりとした空気を纏うレイシスがカルミアさんと私の間に入り込み、さりげなく私を後ろに下げる。

「あなたといて、またこちらにとって不愉快な噂が流れても困ります」

「……それはアイラにとって? 君にとって?」

 レイシスの空気を受けて、カルミアさんまでぴりっとした雰囲気を纏い、慌てて後ろを振り返るとガイアスは苦笑しながらもレイシスを止める様子がない。

「両方ですね」

 きっぱりと返したレイシスが、くるりとカルミアさんに背を向けると私の手をとり、しっかり握って屋敷へと歩き出す。

「……ずるいな、君は構わないのかい?」

「俺は護衛です」

「そうか、そういう対象になっていないわけだ」

 ぐ、と手を引かれた。レイシスが急に立ち止まって後ろを向いたのだ。

「なるほど」

 何かに頷いたカルミアさんを見て、レイシスの魔力が膨れ上がる。

 慌ててその腕を引き込みレイシスを止めると、あっさりと静まったそれにほっとしつつ、私はカルミアさんを見た。

「待った」

 私が口を開く前に呼び止める声に、慌ててガイアスを見れば、ガイアスは困ったような表情をしながら私に近づくと、レイシスとカルミアさんの間に割って入った。

「……先輩、仕事中、ですよね?」

「あ、ああ。悪かった。友人に挨拶しようと思っただけなんだ。……それじゃ、アイラさん」

 すっと手を上げて微笑み、去っていくカルミアさんの背を見たあと、そっと顔を上げる。無表情のレイシスを見てどきっとして、呼ぼうとした名前を飲み込む。

 強く握られていた手が離れていく。はっとしてその手を掴みなおそうとしたが、空をつかんだ私の手はレイシスから離れていく。

 歩き出したレイシスに呆然とした私。それを見ていたガイアスがため息を吐いて私の背をぽんと叩いた。

「ほら、アイラ行くぞ」

「あ、うん」

「アイラ、気にするな。……あの先輩、意外と挑戦的だったな」

 ぶつぶつと言うガイアスに続き、私は慌てて二人を追った。


 屋敷のいつもの部屋に戻ると、おねえさまと王子がいた。二人は、というよりおねえさまがぱっと王子から離れたのだが、顔を赤くしている。……何してたんですかね!

「アイラ! 今日の午後、騎士科の練習場を使って特殊科の一年生が魔法練習をするそうですわ!」

 ぱたぱたと駆け寄ったおねえさまの言葉に興味をひかれる。

 昨日特殊科の一年生の事を聞いたときは、騎士科組は全員微妙な表情をしていたので結局聞けなかったのだが。

「騎士科の練習場って……私たちも今日の午後の授業、騎士科の練習場借りるんですよね?」

「まあ。俺達は二年の部屋だから恐らく隣だけどな」

 王子が面白くなさそうに言う。……おねえさまが離れたから拗ねたな。

 じゃあもしかしたら、見れるのかな。おねえさまとそんな会話をしてわくわくしていると、丁度フォルと部屋に入ってきたルセナの強張った表情が目に入る。いつも無表情に近いルセナが、めずらしい。

 とりあえず午後の授業の為にもさっそくご飯、とランチボックスを覗き込んだ私は、旬のアスパラガスや新たまねぎ、卵を使ったサンドイッチと、新じゃがいもの揚げ物等に喜んで舌鼓を打ったのだった。

 

 

「よーい……始め!」

 先生の合図で、室内に魔力が満ちる。

 横一列に間隔をあけてならんだ私達は一斉に詠唱を開始し、程なく発動呪文が続いた。

「風の玉!」

「水の玉!」

 ぶわっと魔力が形となり、まず始めにレイシスの背後に風のチェイサーが、続いて私の背にも水のチェイサーが現れる。僅差で王子の背後に光のチェイサーが出現し、フォルの後ろに氷、ガイアスが火を背負った。

 ほんの少し遅れて、おねえさまとルセナの後ろにそれぞれ水が浮かんだ。二人は無属性が得意だからか、チェイサーはとりあえず水を選んだらしい。

「……レイシスすごいな」

 全員がそれぞれの背後を確認し、レイシスに注目した。レイシスの後ろにあるチェイサーは、三十個近い。私は数えてみたが二十五個位だ。

 王子もレイシスとほぼ同数出したようだが、レイシスは非常に生み出すのが速かった。それを考慮すると、文句なしにレイシスが一番だろう。フォルは私よりほんの少し数が多いがレイシスや王子には及ばず、ガイアスにおねえさま、攻撃魔法が少し苦手だというルセナは二十個程だ。それでも多いほうらしいが。

 先生が皆のチェイサーを見ながらそれを紙に記していく。今日は全員が得意な属性でチェイサーを出し、どれだけ早い時間で多くのチェイサーを生み出せるか見ていたのだ。

「レイシスは文句なしだ。デュークもいいな。アイラは、お前魔力量は多いんだからもう少し増やせないか?」

「うっ……努力します」

 自分のチェイサーを見ていたが、先生に向き直って頷く。後二、三個ならいけると思ったのに、油断したらしい。

「フォルセは丁寧すぎるな、もう少し崩してもお前ならいけるだろう。ガイアスは……ちょっとあの的に数発打ってみろ。間隔をあけて一発ずつな」

「はい」

 先生に指示されたガイアスが一歩前に出て、離れた位置にある的……騎士科の修行で使う、対魔法用の赤い色をした案山子のような形をしたものにチェイサーを打ち込む。

 最初はぼふんと大きく爆発音がしたものの案山子は無傷で、次に打ったチェイサーは爆発音は先ほどより小さかったものの、木っ端微塵に案山子が吹き飛んで消えた。それを見て思わず皆が後ずさりした。

 最初の指示では、赤い案山子(兵科の生徒がなんとか倒せる程度)の的を打ち倒すくらい、と言われていたのだが。一発目は明らかに威力が足りてなくて、二発目は大きすぎだ。

 自分でもその威力の差に驚いたガイアスは、目を見開いた後ちらっと先生を見て、へらっと笑う。……誤魔化せなかったようで、先生の手がぴくりと震えた。

「ガイアス、おまえなぁ……チェイサーはそもそも均等に魔力を割り振ったものを言うんだ。お前は、やり直し! チェイサー千発打ち込み、赤色を使え、ただし一切壊すな!」

「ええええっ!?」

 そんな横暴な! と文句を言いつつ、二千発にするか? との先生の声に笑顔で首を振りガイアスが一人離れ的を用意しに行く。……ガイアス恐るべし。たぶん残りのチェイサーにも木っ端微塵コースの魔力が含まれていた筈だ。

「あいつ、モノにするまでが長いんだよなあ、筋はいいのに。……っと、ラチナは少し練り上げる時不安定だからそこを気をつけろ。ルセナはだいぶ数も増えたし、威力的にも問題はない。この調子だ」

 全員に評価を出した先生は、満足そうにペンを胸ポケットへと収める。続けて何かを言いかけたが、その声は他の甲高い声にかき消された。


「さっすがレイシス様、すってきー!!」

「わっ!?」


 レイシスに何かが飛びつき、悲鳴をあげる。思わず待機させていたチェイサーを打ちかけたが、ルセナが「おねえちゃん待って!」と慌てた様子で私を止めた。

「ガイアス様もすごかったけど、魔法の正確さはやっぱりレイシス様ですか? 殿下もすごかったです~っ!」

 きゃっきゃとした声はレイシスに飛びついた黒い塊から聞こえる。……いや、塊じゃない。

 さらさらの黒髪のショートヘアに、身体に黒いマントを巻きつけているせいで塊に見えたが、人だ。それも、女の子。

 振り返ったショートヘアの少女は、騎士科の制服を着ていた。……大きく膨らんだ胸元に覚えのあるバッジ。私の胸についている金の複雑な模様が描かれたバッジと同じそれは……。

「あら、はじめまして! 特殊科一年、ベリア・パストンです。わあ、本当にジェントリー家のご子息がいる!」

「パストン? え?」

 混乱したフォルに、ばっと手を広げてベリア・パストンと名乗った少女が飛びつく……瞬間にフォルはさっと避け、王子の後ろまで下がった。

 あーん、恥ずかしがり屋さんですね、と口を尖らせる少女。

 なんと、こっそり特殊科の一年生を見に行こうかなんておねえさまと話していたのに、逆に見られていたらしい。可愛らしい容姿だが、彼女が最初男性に間違われていたというあの特殊科一年生と本当に同一人物なのかと混乱して見つめると、綺麗な金の瞳と目が合った。……すごい見覚えがある。

「……グラエム先輩の妹……?」

 ぽつりと呟いた私の声を拾ったベリアさんは、違う違う、とその人差し指を立てて左右に振った。

「双子の姉、姉ですよ! ちょーっと学園入学は遅くなっちゃったけどね!」

 と。その大きな胸を揺らして。

 呆然と見つめていると、くるりと向きを変えた彼女は今度は遠くで固まっていたガイアスに突撃していった。「げっ」という声と共に逃げるガイアスを見ていると、視線を感じてそちらを見る。

 じっと私を見るレイシスの強い眼差しに、私は知らず一歩後ろに下がっていた。

 

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