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「話にならん!」

 荒々しい声をあげ扉を開けて入ってきた王子の顔を見るに、取調べがうまくいかなかったのだろうと察する。

 その後ろからひょっこりと困惑した表情のフォルが表れて、お待たせ、と走り寄った。

 椅子に座った王子は、みんなの前にお茶が並びきる前に自分のお茶に手を伸ばすと、熱さを感じさせずにごくりごくりとそれを飲み干した。恐らく魔法で冷やしたのだろうが、いつも所作は優雅な王子には珍しいことだ。

 あの後おねえさまを気遣い、私たちはすぐに駆けつけてくれたフリップさんとレイシスにつれられて屋敷に戻ったのであるが、王子とフォルがその場に残り、ガイアスとルセナがアニーを寮へと送った。

 ガイアスとルセナは先に戻り、王子とフォルの帰りを私達と待っていたのだけど……この分だとあまりいい情報は聞けそうにないな、とお茶を一口飲む。


「それで、どう……でしたの?」

 それでもとおねえさまが王子を見れば、王子は、はあと大きくため息を吐いた。

「どうもこうも、話にならなかった。ライル・マッテゾルは、『あの場に誰もこないようにした筈だ、王子と公爵家の息子はひきつけると聞いたのに』を繰り返すだけだ。『騙された、私は被害者だ!』とかもだがな」

「……はい?」

 思わず首を傾げる。被害者? 被害者は主におねえさまとアニーだろう。アニーは一度は男に捕まり脅迫され、おねえさまは悪意ある魔法をかけられたのだから。

「騙されたって、誰にですか?」

 ルセナが尋ねると、王子はそれなんだ、と深くため息を吐く。

「女だ。恐らくアイラたちが言っていた最初に被害にあったように見せかけた女だろうな。だが、見つからん」

「え、あんな目立つ格好で歩いて帰ったのにですか?」

 思わず驚いて身を乗り出した。あの私たちを騙したぼろぼろの服を纏った少女。見覚えのある少女じゃないが、あんな目立つ姿で歩いていたら誰かに見つかるだろうに。なんたって、露出がひどかったのだ。特に胸の辺り……私より大きかったし。

「それが見つからない。巡回の騎士も見ていないし、まだ外にいた生徒達も誰一人見ていない。グラエム・パストンはあの場で顔を見たというから同行させて探し回ったが、そもそもその女の存在がまるで掴めない。被害者ではないとして、騙されたライル・マッテゾルはこの際どうでもいい、問題はその女のほうだ」

「どうでもいいって……」

 一応かなり悪い事したと思うのだけど、と思わず突っ込みをいれないでもないが、確かに見つからない少女も気になる。

「ああ、だがアニー・ラモンの嫌がらせは止まるだろう。ガイル・マッテゾルが自白した。まったく、兄弟揃ってマッテゾルの子息はろくでもない」

「自白したって……」

 思わずおねえさまと顔を見合わせ、眉を顰めた。

 あの兄の話が本当なら、ガイルはアニーを好きだったのではないかと思っただけに意外……というのはこの前の暴言もある為違う気もするが、「なら、なぜ」という思いがわく。

「好きだったのに振られて自棄になってしまったのでしょうか」

 ぽつりとおねえさまが呟いた言葉に、なんだかいやな気持ちになる。自棄になるって……それで好きな相手を困らせるなんてことはするのだろうか。あ、良く聞く、好きな子ほど苛めたくなる男心? うーん、私にはまったくわからない。

 なんにせよ振られた原因はガイルにあるような気がするのだが、私が本人から聞いたわけではないのでなんとも判断がつけきれず心にどしんと重いものが残った。

 ガイルが、ひどく兄に怯えていたのを見たのが何かひっかかっていたのかもしれない。

「というより、あの男が被害者ではないのは確実ですが、その女性、気になりますね」

「そもそも、いくらその女がデュークとフォル、それ以外に騎士達も近づけないようにしたとライルに言ったとして、ライルはアイラとラチナの前で顔も曝しているし名前も名乗ってるだろ? 二人が後でそれを伝えたらどうするつもりだったんだ?」

「それは」

 レイシスとガイアスの会話を聞いていたフォルが、言葉を濁して視線を逸らす。

 それを見て、ガイアスが大きくため息を吐いた。

「女だけでもう出かけないほうがいいんじゃないか」

 どうせ、帰す気なかったんだろう、とガイアスが苛立たしげに言う。

 帰す気がなかった……そのまま拐かすつもりだったのだろうか。そういえば、おねえさまの容姿を気に入ったとかで、まるでペットのように「終わったら可愛がってやる」とか言っていた気がする、と思い出してぞっとした。

 もう攫われるのは勘弁である。


「なんにせよグラエムが二年、三年の女子ではないと言い切ったからな、可能性があるとすれば今年の一年だが……明日グラエムもつれてもう一度騎士達が探す。ああ、アーチボルド先生も調査に借り出されて今日戻るのは少し遅れるそうだから、後の事はフリップに任せるといっていた」

「わかりました」

 扉口に背をもたれさせ話を聞いていたフリップさんが頷き、先生に頼まれているからとアドリくんの様子を見に行くと言って部屋を出る。


 しんと室内が静まる。


「マッテゾルの兄は、廃嫡でしょうね」

 ぽつり、とルセナが呟く。王子がそれに対し、ふんっ、と当然だといわんばかりに息を吐いた。

「兄は確実だろうな。学園への侵入に賊の手引き、生徒への暴行に脅迫、魔法の使用。騎士への脅迫もあったようだし、他にも余罪が出るだろう。名前が公表されるだろうから、廃嫡を命じられずとも親がするだろうな」

「ということは、ガイル・マッテゾルが継ぐことに?」

「いや、ガイル・マッテゾルはアニーの噂やら嫌がらせの件で退学の意思を表明していた。学園側が処罰する前に自主退学をするつもりだろう。そうなれば、そちらにも継がせたりはしないだろうな、マッテゾル男爵は」

「……そうですか」

 ルセナは眉を下げそれに返事を返す。……そういえば、ルセナの家は誰が継ぐかで少しもめそうだ、と聞いた気がする。貴族成り立ての私はわからないが、やはり貴族の家では跡目争いというのは苛烈を極めるものなのだろうか。書物では単に「大抵の場合長男が」などと書かれているが、実際はもっと前世でいうなら「ドラマ」みたいな事件が起きているのかもしれない。

 少なくとも、マッテゾル家では明白な上下関係が兄弟間で出来ていたようだけれど。


 はあ、とため息がやたらと重苦しく感じ、疲れたであろうおねえさまを気遣い、その日は簡単な夕食を済ませ早々に部屋に引き上げることになった。

 あ、ケーキ踏み潰されたんだった。許すまじ、ならず者め。



「退学したそうですわ、ガイル・マッテゾルは」

 おねえさまがフリップさんから聞いたという情報に、薬草を刻んでいた私とアニーはその手を一度止め、そしてまたその作業を続ける。

 話をある程度聞いているのか、トルド様もその事に触れる事無く淡々と調合を続けていた。今日の薬も少し難易度が高いものだ。

 結局あの手引きしたと思われる少女は見つける事ができず、どうも生徒ではなかったらしいということになった。

 となると彼女を学園内に引き入れた可能性がある人間がいるとすれば、と考えるとやはり学園内を巡回する騎士にきつい取調べがあったようだ。

 ここは貴族中心の学園だ。生徒に何かあれば、王都の騎士への不信感や不満が起こる。王都の騎士はもちろん王国騎士団という形になるので、そんな事になれば上層部や王家が批判される。かなりきつい調査が入っていることだろう。


 アニーへの嫌がらせは、当然ながらやはりぴたりと止まった。むしろ、兄の暴走もあってマッテゾルがひどく非難されている現状ではアニーの噂は立ち消え、哀れみの視線を向けられているほうが多いと思う。それはそれでつらいですね、と本人が零していたが。

 そういえばアニー曰く、ラモン領の湖の秘宝とは厳密に言うと、「ない」そうだ。

「しいていうならば、その景色の事なのでしょうね」

 そう言っていた彼女は少し悲しそうに笑っていた。


「グラエム先輩に、お礼、いつ言えるのでしょう」

「……そうですわね」

 刻んだ薬草をすり潰しながら、おねえさまと顔を合わせ苦笑いする。

 あのならず者に襲われてから数日、何度かグラエム先輩のところにお礼に行ったのであるが、全て『お取り込み中』で何も出来ず引き下がってきたのだ。

 私は以前の忠告の件もお礼を言いたいし、ついグラエム先輩相手だといいすぎてしまうことが多かったので謝罪もしたいと絶賛反省中なのであるが……何度行っても、女性とお忙しそうで、話がまったくできない。しかも毎回お相手が違うし。

 アニーなんて初日に遭遇して以降顔を真っ赤にしてしまい、お取り込み中の彼らを直視できずに隠れて様子を伺うようになってしまった。あの調子じゃ、一年経ってもお礼をいえそうにない。

 そんな会話をしていると、話題が変わったと気づいたトルド様が明るい声をだした。

「そういえば、特殊科の一年生はすごいらしいね。君たちから見て、どんな感じなの?」

「え?」

 フォルとおねえさま、私で顔を見合わせ、同時に首を傾げた。

 そういえば一年生は特殊科で一人だけ選ばれた、とは聞いた。が、その生徒が騎士科から選ばれたというのは王子が話していたと思うが、アニーの件と新しい班の仲間のフォローで忙しくそれ以上詳しくは聞いていない。騎士科であるガイアス達からも、その話題が挙がることがなかったのだ。

 というより、この学校は学年が変わると結構関係が気薄なのだ。私たちも特殊科の二年の先輩二人や、グラエム先輩のお兄さんであるヴィルジール先輩を初めて見たのが夏の大会であったし、ラビリス先輩に至っては年度末、つい最近だ。

 知らないことに違和感が無かったといえばそうなのであるが、トルド様が噂にするほどすごい生徒を同じ特殊科の私たちが知らないというのに若干申し訳ないような居心地の悪さを感じる。

「あれ、知らない? なんかね、すごい女性らしいよ」

「女性?」

「そう。最初男だと思われていたらしいんだけどね」

「男性だと、思われていたんですの……?」

 女性。それを聞いて興味をひかれた私とおねえさまは、騎士科ならあとでガイアス達に聞いてみようかと話しつつ、薬の最終工程に入る。ここからが重要なのでお喋りはここまでだ。



 授業を終え、少しわくわくとフォルを連れて私とおねえさまがガイアス達を迎えに行き、彼らに特殊科の一年生の話題を振ったのだ、が。

「あいつは……」

 ガイアスもレイシスも、王子もルセナも。全員の微妙な表情に、私達医療科組は目をぱちぱちとさせてその珍しい表情を見つめ返したのだ。


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