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賑わう学園商店街は、意外と店が多い。
ベルマカロン学園店もそうだが、他にも薬屋、武器屋、防具屋といったファンタジーRPGあるあるな商店が続き、中には学園内にちゃんとした食堂もあるのに、もっと大衆食堂のような雰囲気の店がいくつかあったり、服屋や雑貨屋、魔法具屋もある。ここの食堂は、主に貴族の出ではない兵科の生徒達が重宝しているそうだ。
通りにある商店は主に学生がメインで利用するが、一般の人もちらほらといるようで年齢もばらばらだ。
そんな賑わう商店街に、私とおねえさま、アニーの三人で今日は買い物に来ているのである。
もちろん、レイシスたちも「行きましょうか」とは言っていたのだが、彼らは今兵科の補習に付き合っている。フォルは新しく班に入ったトルド様と勉強をしているし、学園内だけとの約束だが女だけでの買い物は久しぶりだ。そうなると当然普段は男性を気にしてぱぱっと済ませるショッピングが、必然的に長くなり。
「あ、これベルティーニの新作ではないですか?」
ちょっとだけ、といいつつ寄った服屋の一角、仕切りがある別部屋に並んだ色とりどりの繊細なレース。下着売場だ。
前世の下着とは少し違うが、この世界の女性の下着は可愛らしい。といっても元は白ばかりだったらしいが、ベルティーニが作り出した……うちの母が「お花みたいに色とりどりのほうがいいわ」と言い出したことから生産が始まったカラフルな下着は男性受けもいいそうだ。……男性に見せる機会はないが。
予想外に淡い桃色の下着に強い反応を示したのはアニーだ。そういえばアニーは制服を着ていることが多い私とは違い、結構お洒落である。下着も可愛らしいものを集めるのが好きなのかもしれない。
「うーん、私のサイズはありませんわ……」
「おねえさまは胸が大きすぎるんです! とは言っても、品不足ですね。母に言っておこうかな」
そんな会話をしながら、結局散々悩んで今日は荷物になるからと誰も買わず、アニーが本来の目的であった春物の服を一着購入しただけで服屋を出る。
次はどこかな、ときゃあきゃあ話しながら歩く。そろそろ夕方だから切り上げないとですね、なんて話す割には、ベルマカロン学園店に吸い込まれるように入り、次はお菓子だと笑う。
「まあ! この新作のケーキ可愛いですわね!」
「本当、春らしい色で素敵です」
おねえさまとアニーが見ているのは春の新作らしい淡いピンクのムースが、花のようにあしらわれている新作ケーキ。サシャの一押しだと聞いているから、きっと味もなかなかのはず。
ガイアス達にお土産で買っていこう。自然とそんな話になり、多めにと十五個もケーキを買ってそれぞれ五個ずつ持ち、店を出る。
「きゃっ」
アニーが悲鳴をあげ、同時にばさばさと鳥が飛び立つ。
なんとなしにその鳥を追って見上げると、日がかなり落ち始めているのが見えた。
「急ぎましょうか」
「そうですわね」
見れば周りにも、すっかり遅くなったといわんばかりにぱたぱたと早足になる生徒らしき人達が見える。しかしその反対に、やっと授業が終わったといわんばかりに夕食のために連れ立って食堂へ入る兵科の生徒達を視界にいれながら、私たちも足早に歩いた。きっとガイアス達も帰っているだろう。
「今日は楽しかったですわ」
「そうですね」
ケーキを食べようとアニーを屋敷に誘い、視界に屋敷が見えると今日を振り返って三人で笑う。やっぱり買い物楽しい! と話すのはいいが、若干疲れました、と苦笑するのはアニーだ。
私達三人は爵位は高くない家の娘ばかり。これが侯爵家なら、いやおねえさま以外の伯爵家の娘だとしても、こうして長い時間歩き買い物することはしなかったかもしれない。抵抗がないだけで、おねえさまですら出歩いてたっぷり買い物に時間を費やすのは学園に来てからが初だと言っていた。
私は元々は貴族ではないので、その辺りは聞いた話でしかわからない事だ。うーん、買い物は見に行って楽しむものだと思うのは庶民感覚なのだろうか。
「あら、何でしょうか、あれ」
アニーがふと屋敷の横にある森を見て首を傾げた。私とおねえさまも覗き込んで、首を傾げる。薄闇で見づらいが、何かが木の間で動いている。
その時、淡い光がその周辺でふわふわと飛び回るのが見えた。精霊が、慌てている?
「待って何かおかしい!」
慌ててそちらに一歩踏み出していたおねえさまの手を引くが、私たちの耳に確かに「助けて」という悲鳴が聞こえた。弱弱しいその悲鳴は……女のものだ。
「行かなければ!」
おねえさまが走り出し、今度こそ止めることができずに私も続く。アニーには屋敷にガイアス達を呼びに行ってもらおう、と考えて後ろを振り返りかけた時、アニーの姿を見てぎょっとした。
「アニー!!」
「んー!?」
ぼろぼろだが恐らく鎧のような物を纏った大柄な男が、アニーの口を塞ぎその細い身体を易々と持ち上げている。
「ふひひ、やっと依頼の特徴の娘を見つけたぞ」
「こっちの二人もだろ?」
慌てて後ろを見れば、おねえさまが対峙した向こう側からも男が数人現れた。皆ぼろぼろの服を纏っており、腰には剣をぶら下げている。……傭兵、には見えない。恐らくここにいるとは考えにくい、賊だ。
おねえさまの顔にも緊張が走る。
確かに学園には生徒以外も多い。そもそも学園自体城に行くまでの通り道にあるし、その道は学園敷地内のど真ん中だ。そこにある商店街は一般の人も利用可能で賑わうが、その通りの東西にある生徒が多い敷地には騎士が巡回しており、入口にも騎士が立っている筈。
最も生徒達が生活する拠点となる西側は寮もある為、魔法で防御壁が施されていて、騎士がいる道を通らなければ入れない。私達だってついさっきそこを通ってきたのに。
話を聞く限り狙いは私達三人。なぜだという思いが駆け巡るが、まずは先ほどの悲鳴の女性の無事も確認しなければ。……そしてアニーを助けないと。
「……何の御用かしら?」
「ふはー! かしら、だって! 本物のお嬢様だぜー!? ほんとにやっちゃっていいのかよ!」
「そういう約束だから、いいんじゃね?」
下卑た笑いで、その内容をほぼ理解した。
やつら、誰かに頼まれて私達を襲うように指示されたのか!
すぐに精霊を見つけ、そこにそっと魔力を投げる。アルくんに伝えてくれ、と頼めば、やはり顔見知りらしい精霊は真剣な顔で頷くと飛んでいった。これで援軍が来るまで耐えられれば……。
「おら歩けよ」
人質にとられた状態のアニーの首下に刃物を当てられて、おねえさまと顔を見合わせ荷物をその場に置いて歩き出す。私たちの後ろを歩くアニーを抱えた男が、ケーキの箱を蹴り倒した。……あいつ、後で覚えてろよ、と彼らが言う「本物のお嬢様」とはかけ離れたことを考えながら歩く。
促された方向は林の中だ。この林の中を突っ切っても私たちの屋敷につくのに、視界に入る先にある屋敷が酷く遠く見える。
反撃の機会を狙いつつ、大人しく草を掻き分け林に入る。そこに、衣服をぼろぼろにされた少女が一人と、その少女の腕を掴み上げたもう一人のならず者。
私達を見て僅かに助けを求めるような表情をした彼女は、ぞろぞろと続く男の仲間達にひっと息を呑んで絶望的な表情をした。おそらく、私たちも囚われたのだと判断したのだろう。巻き込まれただけであろう彼女をどうすべきか考え、少女の腕を掴む男を見る。
どいつもこいつもにやにやとした笑みを浮かべ刃物をちらつかせているのだが、強いのだろうか。
「……その方、放してあげてくれません?」
おねえさまが挑戦的に相手を睨み言うと、ふはは、と男たちは笑う。アニーを抱えた男が大笑いし、アニーががくがくと揺れた。その表情は薄闇でもわかるほど白く、腕がひどく震えている。
「おまえら状況わかってる? あんたたちはこれからやられんの。わかる? ちょっとはびびれよ! こっちの女共みたいにさぁ!」
私とおねえさまに向かって、最初は嘲笑、そして次第に苛立ちをぶつけ一人の男が、私たちの丁度間にあった木をドンと大きな音を立てて蹴る。
その瞬間アニーを掴んでいた男がまた笑い、油断したのか刃物を僅かに首から放した。……今だ。
「びびれ、だそうですわおねえさま」
「そうね、びびれですって」
二人でくすくすと笑う。男が「ああん」とわかりやすく怒りを露にした、瞬間。
「ぎゃああ!?」
小さく発動呪文を唱えた私の手先から伸びた水が刃のように閃き、アニーを掴む男の刃物を持つ手を切り落とす。すぐに傷口に触れた水が凍り始めたので、血飛沫はほぼない。これはそばにいるアニーへの配慮だ。
少しやりすぎたかとも思ったが、視界に入るぼろぼろの少女を見るとその思いも失せ、必要ならあとでくっつければいいだろうと酷く適当な事を考える。
「このアマ!」
定番中の定番のようなつまらない言葉しか吐かない男達が、私とおねえさまに抜いた剣を向けるが、次の瞬間には悲鳴と共に剣が地面へとめり込み、ぼきぼきと剣を掴む指や骨が折れたような不快な音を響かせながら身体も沈めた。おそらくおねえさまの重力魔法。
「きゃっ」
腕を切り落とされた痛みで呻いた男が暴れて蹲り、アニーが地面へと悲鳴をあげて転がった。
ひっと息を呑んだ彼女はしかし、目の前にぼろぼろにされた少女を見るとその表情を変える。助けなければとアニーの手が伸ばされた時、やれやれ、と呆れたような男の声が聞こえた。
「揃いも揃って女に負けて。それでも名を馳せた冒険者か? ……まあ、そんなごろつきがいるとは思ってなかったが」
「おい! 話が違うぞ! なんだこの女共は!」
少女を拘束していた男が顔色を変え私とおねえさまより奥を睨む。
はっとして後ろを見れば、そこに……ガイル・マッテゾル?
「……どなたかしら」
一瞬あの男かと思ったが微妙に雰囲気が違う。少し彼より大人に見えるのだが、と目を細めた時、現れた男は笑った。
「私はね、ライル・マッテゾル。弟が世話になったみたいだから、礼に来たんだよ。……ラモン、よくうちをコケにしてくれたね」
「……はあ?」
弟。
つまりこいつはガイル・マッテゾルの兄……マッテゾルの嫡子か。
「困るんだよ。君は弟と結婚してくれないと……ほら起きろ」
どん、とライルが地面に転がる男を蹴る。呻いた男はしかし、それで重力の魔法から逃れることが出来たらしく腰を浮かせた。それを見ておねえさまが目を細め、ライルを睨む。
「あなた、何をしましたの?」
僅かに緊張を含んだ声を不思議に思い見ていると、またライルが転がる男を蹴り、その瞬間ふっと魔力が移動したのが見えた。
ライルは「見てわからない?」と笑う。
「私は結構こういうものを解くのが得意でね。学園にいた頃は出来の悪い弟とは違い騎士科だったんだ」
「まあ、騎士とは程遠いことをなさっていると思いますが」
「……口の減らない女だな、状況がわかっているのか? 私は女に易々と負けはしない」
「すぐに騎士がきますわよ」
「頭の悪い女は嫌いだ。なぜ私がここにいると思う? ここに騎士はこないよ」
ライルはにやりと笑うと、おねえさまに剣先を向けた。
「だが、お前は悪くは無い容姿をしているな。終わったら可愛がってやってもいい……さあアニー・ラモン。今ここで弟との結婚を、約束してもらおうか」
地面にうつ伏せに倒れ、ぼろぼろになった少女に手を伸ばした体勢のまま固まっていたアニーの前でおねえさまに突きつけられた剣先がその白い肌に触れる。
「何を……!」
おねえさまの顔色と魔力の流れが変わる。おかしい。おねえさまなら剣をすぐ払うことができるはずなのに、と手を動かしかけた時、ライルはにやりと笑った。
「動かない方がいい、ベルティーニ。グロリアは今私の魔法にかかっているから、首を切り落とすのは簡単だ」




