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119.ガイアス・デラクエル



「だから落ち着けって!」

 慌てるレイシスの腕を掴み上げて落ち着かせる。今こいつに落ち着いてもらわないと困る。

 見下ろせば雪に埋もれる傷だらけで気を失った黒服の敵と、荒い息を繰り返し何とかぎりぎりといった様子で身体を起こしている先生。無事なのは俺とレイシスだけだ。そう、二人だけ。アイラとフォルを目の前で連れ去られてしまった。なんて不覚だ!

「先生、動け……ないですよね」

「わ、りぃ、お前らだけ、さきにこいつ連れて」

「何言ってんですか、その状態の先生置いていったら魔物じゃなくても獣にやられます。おいレイシス、一人ずつ担ぐぞ」

「俺はお嬢様を!」

「馬鹿落ち着け! アイラには間違いなくアルがついていった筈だ、どうせ俺らが今追っても追いつかねえ!」

「だったら後回しでいいっていうのか!」

「だから、アルがついて行っている筈だから、報告を待てと言ってるんだ! 誰が後回しにしろなんて言った、むやみに動くよりはこの男を運んで拷問するでも自白剤でも使え! 今出来ることをしろ!」

「おーう兄弟喧嘩するなー、後ガイアスお前も怖いな、拷問なら専門の兵にやらせとけ」

 先生に止められて思わず呻く。


 俺だって、俺だってアイラを助けにいけるもんなら行ってる!


 だが現状アイラとフォルが連れ去られて二分は残った男を倒すのに時間がかかった。どう考えてももう追うのは無理だ。それなら間違いなくアイラについていったであろうアルに頼る他ないじゃないか!

 頼むぞ『兄貴』と心の中で何とか渦巻くものを沈めつつ、気を失った男を蛇で縛る。こうなったらあまり上手く扱う自信はないが、蛇でこいつを運んで先生は俺が担いで……


「悪かった」

 気づけばレイシスが先生に手を貸していてほっとする。謝罪に対して「おう」とだけ軽く返事をし、急いで山を降りる。早くしないとこの男は死ぬ。もしくは前捕まえたルブラの男みたいに記憶が消されても困るんだ。もちろんアルに期待はしているが、一分でも早くわかるのならばこいつからなんとしてもアイラとフォルの居場所と攫った目的を聞き出さないと。

 先生が掠れた声で「すまなかった」と「俺のせいだ」と口にしたが、首を振っておく。作戦の内容は理解していたし、罠である可能性は十分に考慮していた。アイラを守りきれなかったのは俺の力不足だ。最重要でやらなければいけないこともできないほど実力が足りなかった。

 先生の顔色は悪い。恐らく俺を庇った時食らった刃に何か仕掛けられていたのだと思うが、レイシスの説明によるとフォルも同じ症状を起こしていたらしく、アイラが「魔力分解の毒」と診断していたのだと聞いて舌打ちをしたい気分になる。いやしたけど。

 つまり連れ去られたフォルもかなり危険な状態だってわけだ。レイシスの話だとあのアイラがここでは治療できない、とフォルを診断したのなら、余程ってことだ。アイラは医療科でも優秀だろうが、そもそも緑のエルフィが解毒に手間取るということは厄介な毒だと断言できる。くそ! 俺がこの男をもっと早く倒せていたら!

 とにかく今は先生を治療しないといけない。魔力が失われすぎると命の危険がある。アイラを危険にさらした上に、戻った時悲しませる状況にしたくない。いや、俺だって先生を助けたい!


「ガイアス、レイシス、少し止まってくれ」

 先生が荒い息の中言葉を捻り出し、俺とレイシスは一度目を合わせた後速度を落とし足を止めた。

 急いた気持ちの中先生を見守ると、先生は腰のベルトにつけられた小瓶を飲み干した。色がピンク色だから恐らく魔力回復かと納得し、確か俺も持っているはずだと荷物を漁っていると、先生の前に陣が現れる。

 ……これは伝達魔法か! そうか、学園では使えずとも、学園外に助けを求めることなら! そんなことにも気づけない程、俺も混乱していたらしい。レイシスの事を言えたもんじゃない。

「先生、俺が代わりに!」

「いや、大丈夫だ……こちらアーチボルド・マッカーロです。作戦に失敗しルブラと思わしき男にアイラ・ベルティーニとフォルセ・ジェントリーの二名を連れ去られました。至急応援を」

 話し出した先生はすぐに「はい」「いいえ」などの会話を繰り返すが、伝達魔法は基本一方通行だ。やり取りをするにしても両者が繋ぎ合わせる形なので、そばにいるからといって俺やレイシスにその内容が聞こえるはずがなく、二人で焦れ焦れとした焦りを感じながらその会話を見守る。

 少し話すと先生の前の陣が消え、よし、と頷くので自分の手持ちの回復薬を渡した。

「ジェントリー公爵が暗部を動かす。丁度よくお前らの父親も来ているらしいな?」

「あ……ええ」

 その台詞を聞いて若干口元が引きつった。親父にアイラが誘拐されたのが伝わった……俺とレイシス、後で地獄を見るな。

 もちろん、親父が動くのならアイラはきっと無事に助かるという安心感にすぐ取って代わったし、叱責は当然だと気を引き締めなおし、再び捕まえた敵の男を蛇に閉じ込めたまま移動すると、さすがと言べきか。


「親父!」

「父上!」

 俺とレイシスがほぼ同時に叫ぶ。恐らくさっきの伝達魔法である程度位置を割り出していたんだろうが、それにしても早い。俺は親父にいつか追いつけるのだろうか。親父は急に空から降って来るように現れたかと思うと、俺達をじっと見てすぐに手を振り上げる。

 その時俺の鎖の蛇の鎖が飛び散った。

「……俺の魔力をあっさり破壊しないでくれよ」

「大切なお嬢様を守りきれない魔力なんて首飾りのチェーンよりも脆いぞ」

 ぐっと唇を噛んで、男を親父に引き渡す。すぐにお嬢様の状況は、と聞かれて、少し考えたあと口を開いた。

「学園で仲良くなった木の精霊がアイラを追った」

「さすがアイラお嬢様だ、依代のある精霊にそこまで慕われるとは」

 呟くように言った後、親父は今度自身の鎖で何重にも男を覆い、こいつに吐かせると言って俺達に背を向けた。

「いいか、こちらからの連絡を待つか、そのお嬢様を追った精霊の連絡があるまで勝手に飛び出すな、レイシス」

「わかっています」

 俯き目をそらしながら答えるレイシスを見て、親父が僅かに「仕方ないな」といった表情をしたのを横で見つつ、先生も連れて学園に向かえと言われて頷く。

 学園なら医療科の先生もいるしアーチボルド先生の治療もすぐしてもらえる筈。

 もうこうなった以上デュークたちに隠すのも難しいなと思いつつ、俺はレイシスと学園へと急いだ。



「ああよかったガイアス、フォルセが戻らないんですの。今から探しに行こうかと話していて……」

 先生の治療を、ジェントリー家から既に内密に指示があったらしい医療科の教師達が学園に入った瞬間に現れてくれたので頼み一息ついたものの、屋敷に戻ると飛び出してきたラチナに思わず「うあー」となんともいえない間抜けな返事をしてしまいつつちらりとレイシスを見る。

 かなり落ち着いたらしいレイシスはそれでも顔色がまだ悪く、これはどう考えても誤魔化すのも冷静に説明するのも無理だなと考えてラチナを連れて皆が集まっているだろう部屋へと戻る。

「図書館に行くっていってたのに、閉館時刻になっても戻らなくて……」

 といまだに青ざめた顔で説明するラチナの横に並んだデュークは、俺とレイシスを見てすぐに「おい」と目を見開いた。

「アイラはどうした!」

「……え、アイラまでおりませんの!?」

「おねえちゃん? え?」

 そこで漸くレイシスの後ろにも俺のそばにもいないアイラの存在に気づいたラチナが、悲鳴をあげんばかりにアイラの名を呼び顔を青ざめさせる。ルセナも表情を変え俺達を見てくる目が、責めているものではないのにそう感じてしまい受け止めきれずに視線を下げた。

「アイラお嬢様とフォルは……ルブラと思わしき男に、」

 話している途中でレイシスは震え、拳を握り締めて唇を噛んだ。レイシスの癖だ、悔しいことがあると唇を噛み、傷つける。いつもアイラが心配して塗り薬を塗りこんでいたのを思い出して、胸がずんと重く苦しくなった。


 アイラ、フォル。

 守らなければいけなかったのに。


「くそっ!」

 ほっとしてしまったのか。

 屋敷に戻り仲間と合流できたせいで、僅かな安堵が押さえ込んでいた自分の感情を爆発させる。

 ダン、と大きな音が響く程そばの壁を殴ったせいで、花瓶がぐらりと揺れたかと思うと、落ちた。大きな音を立てて割れた音に、慌ててレミリアが飛び込んできて……アイラがいないことに不安そうに辺りを見回す。

「悪い、俺、アイラもフォルも目の前で連れていかれた……っ!」

 搾り出した声に部屋の空気が変わり、誰かが息を呑む音が聞こえる。

 どういうことだ、と努めて冷静に搾り出されたデュークの声になんとか切れ切れに状況を説明すれば、皆の表情がだんだんと険しいものになる。妙にそれが頼もしく見えて、俺はまだまだなんだという思いと、仲間への信頼が胸を満たす。

「ふん、連れ攫われたのなら、連れ戻すまでだ」

 あっさりとそれを口にしたデュークが、立ち上がった時。

『アイラとフォルセは無事だ!』

 聞き覚えがある声と共に、俺達の中に飛び込む淡い光がそれを俺達によく似た姿に変えていく。

「アル! 待ってたぜ!」

 第一声の無事だ、という言葉に、胸のもやが晴れ頭に血が巡るような気がしたと思うと妙にすっきりしはじめて、いつものようにどうすべきかという案がいくつも浮かぶ。

 アイラとフォルにとって一番いい状態で。

 しかしアルからもたらされた情報は、アイラからの「朝まで待ってほしい」という聞き入れがたい提案で。

「アイラは朝までは大丈夫だと言ったんだな?」

 確認するように言えば、レイシスが椅子から立ち上がりかけて顔色を変えた。それに手のひらを見せて落ち着け、と伝え、もう一度アルを見る。

『明日の朝攫った目的を教えてくれるらしいって。屋敷には二人を攫った大男と、お楽しみ中の男女二組だけだ。二人に何かしようという様子はなかった』

 アルの答えになるほど、と頷いて、少し考えてから皆を見て、アルと目を合わせる。


「屋敷に親玉が朝来る筈だ。親玉の正体くらいは見ようじゃん……行くぞ。乗り込むのはアイラの言うとおり待つけど、その場に待機するのはいいんだろ?」





フォル視点の話を非常に短いので自サイトで番外編更新する予定。恐らく本日中かな、と思われます。

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