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「うまいなこれっ!」
真っ赤なジャガイモを口に運びながら王子が目を大きく見開いたのを見て、「やったね」とフォルと手のひらをぱちりと合わせる。
「辛いような甘いような……でもやっぱり辛いのかしら。濃いのに濃すぎるわけじゃないし、不思議な味ですけれど、とてもおいしいですわ」
「すごくおいしい!」
恐る恐るといった様子でカレーを口にした王子、おねえさま、ルセナが、二口目からは喜んで口に運んでくれる。やっぱりカレーはおいしいよねぇっ!
ちなみにガイアスとレイシスはすんなりカレーを口にしてくれた。曰く、アイラが作る奇天烈なものは食べなれてるよ、とのこと。奇天烈ってなんだか褒められてる気がしないな。
「さすがお嬢様です」
「お菓子の時もびっくりしたけど、今回のもすごいなー! あ、おかわり」
「速いなおいっ」
慌てた様子で王子がぱくぱくと食べだすと、王子の侍女のパルミアさんがきちんと噛んで召し上がってください! と王子を注意しだした。それを見てくすくすとフォルが笑い、それが皆に伝染していく。
「まだいっぱいあります、デューク様」
「肉が美味い。これいいな、軽くもう一杯はいけそうだ。米に良く合う。これが流行れば米農家が喜ぶぞ、丁度米が売れにくいと東の産地で悩んでいたみたいだ」
「え、本当ですか? ちょっと父に相談してみようかなぁ」
今回カレーは、ご飯と一緒……つまりカレーライスとして出している。カレーのご飯に関しては、ぱらぱらしている方がいいという意見もあるし、少しもっちりしている方がいいという意見もあるだろうが、そもそもそんなにお米を選べる程種類がなかった為に米は米だと言われて食材店で購入したものを使った。
だがやはり炊きたてで食べるとお米は非常においしい。私はカレーは少しとろっとしたのが好みだ。スープ状のさらさらしたのもおいしいが、ご飯の上にルゥがしっかりのったものを食べたくて今回は粘度のあるカレーだ。スープカレーも今度チャレンジしようかな。
王子に東の米の産地の話を詳しく聞いてメモを取りつつ、父に手紙を送る準備もする。
もちろんカレーを食べてもらって商品化できるかどうかは父と相談するつもりなのだが、その為には王都に用事があってきてもらった時にでも試食をしてもらわなければと今後の予定を考えつつ、皆の感想も紙に書き付ける。フォルにもし受けがよければ商売にしたいと相談済みなので、あとは周りの反応だろう。
その時部屋の扉が開く音に、全員が顔を上げた。
「お、それあとで俺にもくれよ」
入ってきてすぐそんな事を言う先生に苦笑しつつ頷いてみせると、先生の視線が私に固定された。
「それ、アドリも食えるのか?」
「ああ、アドリくんも食べれたらなと思って子供用も作ってありますけど……もう大丈夫なんですか?」
「ああ、むしろ元気になりすぎて食欲有り余ってる。じゃあアイラ、それ持ってきてくれ。お前が来ればアドリも喜ぶ」
先生はそれだけ言うとひらひらと手を振って部屋を出る。最近アドリくんは風邪をひいていて昼食の席で見る事はなかった。漸く良くなったのかとほっとしつつも、アドリくんの分のご飯をよそうとカレーをかけて、おぼんに載せた。
「ちょっと行ってくるね」
皆に声をかけて部屋を出た私は、少しだけ驚いた。少し先に先生が待っていたのだ。
あ、といいかけて開いた口を、慌てて押さえる。先生は唇の前に人差し指を立てていた。前世と変わらない、この国でも「静かに」という合図である。
すぐに気が引き締まる。先生はカレーを持ってきて欲しいと言って、私だけを呼んだのだ。
指で合図されて先生の部屋に入ると、外を見ているアドリくんがいた。アドリくんは私が来た事に気づくと嬉しそうに振り返って軽く跳ね、それはなあに、とカレーを指差して駆け寄ってくる。
「私とフォルで作ったの。食べてくれる?」
「わあ、王都のごはん? ぼくおなかぺこぺこなんだ」
さっそくスプーンを手に抵抗なくカレーを口に運んだアドリくんがおいしいと笑うのと見届けて、先生へと身体の向きを変える。
「これ」
先生はさっそくと私の目の前にひらりと取り出した紙を見せる。見覚えのある用紙は、学園に届く依頼書だ。
「ある教師に渡されたものだ。受けて忘れていた、採集と薬製作が一緒の依頼だからそちらでやってはどうだ、と言われてな」
手にした依頼用紙にすぐに目を通す。ルソードの芽を採集し、それで鎮静剤を作って納品、と書かれている。その期限を見た私は思わず眉を寄せた。
「納品が明後日……?」
ルソードというのは、丁度春に芽を出す植物だ。まだ雪が残る地面を掘り起こして探すルソードの芽は、言うならばふきのとうのような見た目である。確かに鎮静剤となるし、芽がまだ雪の下に埋まっているだろうこの時期のルソードの鎮静剤は効果も高く、この世界で珍しい精神を落ち着かせる薬は需要も高い、が。
「ちょっと待ってください。ただでさえ鎮静剤の扱いは難しい上に、ルソードの芽は丸一日酒に漬けこまなければいけないんですよ。これ、どう考えても今日採取に行かないと間に合わないじゃないですか!」
「そうだな。依頼を受諾したのは一週間前だが……それにしてもきつい。この期間だとすぐに採りにいかないといけないが、ルソードの芽はこの辺りで確認されているのは王都北の山だけだ。つまり、魔物の山近く。もちろん断ろうとしたんだが……押し切られた」
「へ?」
それから苦い顔をした先生は、私から再び依頼用紙を受け取りひらひらとさせながら口を開く。
どうやら、急に出会い頭「これはそちらでやってはどうだ」と渡された用紙をすぐに見た先生は、すでにその場で背を向けて歩き出していた教師を慌てて止めたらしい。だがやたらと急いでその場を離れたがる教師は、忘れていた、すまんがそっちでやってくれ、騎士科に頼んでも間に合わんを繰り返し取り合わなかったらしい。最終的には泣き落としに近かったそうだ。
学生への依頼は完了が絶対条件ではない。むしろ学業を優先するので依頼を完了できない場合がある、というのは、依頼者へ必ず伝える注意事項だ。もっともこの学園では破棄は滅多にない話ではあるが、それなら断ろうとした先生を相手の教師は必死に止めたらしい。どうやら、依頼者が貴族であると。
「できると快諾してしまったと、このままじゃ自分がどうなるかわからないと懇願されてな。渋ったが逃げられた。……それでだアイラ」
「この依頼、おかしいですね」
「そういうこと」
状況を聞く限りその教師は怯えている。つまり貴族が無理にねじ込んだ依頼だ。脅している可能性も高いだろう。それなのに、期間ぎりぎりの依頼を忘れるわけがない。
「おそらく特殊科一年の生徒を引っ張り出す為の依頼じゃないかと思ってる。特殊科で鎮静剤を作れる医療科に属してるのはお前とフォルセ、ラチナだけ……つまり一年狙いだな」
「それで、先生はどうして私だけにそれを?」
「デュークにばれたら行くといって聞かないだろうからな」
それは間違いないだろう。罠だとわかっているが、この状況を変えるチャンスを王子が見逃すわけがない。だがそれは危険だ。
「で、お前に頼みがある」
先生が依頼用紙を机に置くと、姿勢を正した。それにつられるように私も背筋を伸ばし、先生を見上げる。
「おそらくこの依頼をこなさないとあの教師がやばい。ついでに言えば今蹴って他の脅される人間を作り続けるのもまずい。この依頼は俺が行く……が、俺は採集は不慣れだ。アイラなら雪下に埋まるルソードをすぐに見つける事ができるんじゃないかと思ってな」
「可能だと思います。ただ……二人で行きますか?」
「いや、デラクエルをつれていく。お前一人はあいつら許さないだろうし、誤魔化せないだろうしな。あとフリップに事情を話して、アドリを見てもらうが、ついでにデュークたちが気づいて勝手に動かないように見張ってもらおう」
すぐに今日の予定を思い出しつつ計画を立ってる。今日は夜にフォルと別件の依頼で頼まれている傷薬の調合をする予定だったんだが……だめだ、そっちに回っていたら間に合わない。おねえさまは医療科の依頼を受ける事ができないから、代わってもらうのもできないし……。
「ガイアスとレイシスと、相談してきても?」
「わかった。ただデューク……あとフォルセにも気づかれるなよ」
「フォルも?」
その言葉につい首を傾げる。フォルに事情を説明できればもう一件の依頼もすんなりいくのだけど……まあ仕方ないか。言えばフォルはこちらに来るというだろうから。
「午後は各自防御壁の耐久度を上げるのに必要な魔力計算を紙面に起こせと伝えてくれ。俺は少し遅れていく。その間に二人にこっそり話を通してくれ」
わかりましたと頷いて部屋を出て、廊下を歩きながらぱっと手のひらに魔力を溜め赤い花びらを呼び出す。昔から何かあれば花びらで合図してきたのだ。ガイアスとレイシスの二人を呼び出すのならこれで十分だろうとそっとそれをポケットにいれ、私は部屋へと戻った。
「ちょっとアルくんのところに行ってきます」
しばらく皆と話しつつ先生に言われた課題をこなしていた私は、それを早々に終わらせそう言って席を立つ。両側にいる二人にさっと花びらを握らせると、二人は顔色を代えず頷いた。ほぼ自習状態の部屋の中で、おーう、と言って手を振る王子に見送られながら部屋を出る。
ガイアスとレイシスの二人なら適当に理由をつけて上がってきてくれるだろうと階段を上りながら、考えていると、すぐに物音がした。ひょっこりと部屋から顔を出した二人がぱたぱたと頷いて駆け寄ってくる。
すぐさま三人とも無言で私の部屋に引き上げると、私は手短に先生に言われた事を説明した。
「危険ですね」
レイシスがすぐに眉を寄せた。
「だがいつまでも見えない敵に怯えているのもな」
ガイアスはすぐにそういうと、常に持ち歩いている剣に手を掛けた。
「出た先に王子がいないとわかれば敵さんも出てこないかもしれないけどな。アイラは俺とレイシスで守るからとりあえずその依頼はこなそう」
「どうやってみんなにバレずに出る?」
「丁度いい。親父から手紙が来てたんだ。仕事でこっちに来てるから明日時間があったら顔を出せって言われてるんだけど、これを今日呼ばれたとでも言って行くか。明日また今日も呼ばれてるって言って出ればいいし。先生には勝手に出てきて貰おうぜ」
ゼフェルおじさんが王都に来てるのか。なるほどと頷きながら、首を傾げる。
「おじさん、仕事ってどっちの?」
暗部関連か、ベルティーニ関連か。そういう意味で尋ねれば、ガイアスは苦笑して「わかんねえ」とだけ言う。
第一線から引いたといっても、おじさんはルブラの情報を掴むために動き回っているのは知っている。恐らく私や私の母を守る為であろうが、明日会えるのならまた何か情報を聞けるだろうか。そんなことを考えつつ頷いて、皆が疑問に思う前に解散しようと話す。
「何時出発にする?」
「北山なら暗くなる前には出発したいな、一時間以内、いけるか?」
「了解。アルくん、依頼、手伝いお願いできる?」
私が声をかけると、黙って話を聞いていたアルくんが尻尾をぴんと伸ばしぴょんと跳ねて駆け寄った。
慌しくガイアスとレイシスが準備の為に部屋を出て行き、私も鞄に回復薬等荷物を詰め、武器を用意する。
フォルに今日やる予定だった依頼をキャンセルするって伝えなきゃ。荷物を机に揃え、アルくんに待ってて、と伝えて私は皆の待つ部屋に向かう為に、階下へと向かった。




