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 そっと開けた扉を閉め、やたらとカチャッと響いた気がする扉を気にしつつ、廊下を横切る際はゆっくりと、一歩一歩足を静かに下ろす。

 目標の部屋はここから目と鼻の先だ。だが油断してはいけない。見つかったら……作戦は失敗に終わる。私一人だけの任務で始めての失敗なんて許されない。

 足を下ろした先で、木目が綺麗な床が僅かに軋んだ音を立てた。この建物は新しくはないので仕方ないが、こんな時普段は気にならない小さな音とか、窓を叩く風の音まで気になる上に、もう少しで手が届く距離にある銀のドアノブが蜃気楼なんじゃないかってくらい遠くに感じる。

 強張る体を必死に動かしてその扉に漸くたどり着いたとき、その向こうに人の気配を察知してはっとした。

 ガチャっと何の遠慮もなく開いた扉にぎょっとして身体が跳ね、思わず上がりそうになった悲鳴を両手で口を押さえて慌てて飲み込む。

 扉の向こう側にいた人物は、開けた扉に手をかけたまま目を大きく見開いていた。どうやら私がいることに気がついて扉を開けたわけではないらしい。

 固まったまま動かない私を、すぐに扉の内側に引き入れた王子は……呆れを多く含んだ息を吐きながら頭を押さえた。


「……何してるんだアイラ」

「……忍者ごっこかな……」

「にんじゃ? よくわからんが、さすがに気配を完全に絶ってくるな、怖いわ」

 失礼な、せっかくノッてたのに。



「茶でも飲むか?」

 ソファに促されて腰掛けると、王子自ら立ち上がって茶器を用意し始めた。

「あ、私がやります」

 王子にやらせるわけにはいかない、恐れ多い……と思って立ち上がったわけではない。それがしっかり相手にばれてしまっているから、王子は眉を寄せた。

「茶の淹れ方くらい、覚えた」

「なら、一緒に淹れましょう。あ、お菓子持ってきたんですよ、ほら」

 わざわざ音がしないように布袋に詰め替えたベルマカロン製紅茶クッキーを見せれば、おっ、と嬉しそうな笑みを見せた王子がすぐにお湯を準備し始める。

 王子が以前罰ゲームで淹れて皆に振舞ったお茶が非常に苦かった過去があるので、ちらちらと気にしていると、危なげなくお茶を淹れ終えた王子が、ふんっとどや顔をしながらそれをテーブルに運ぶ。さすが王子、どうやら以前余程悔しかったのか、今回はまさに教科書通りといった様子で完璧に淹れて見せた。

 一口お茶を飲み、王子がさっそくとお菓子に手を伸ばしたところで、王子の方から話を促してくれた。

「それで、フォルのことか?」

 やっぱりわかるか、と苦笑しつつ、頷いて見せると、王子はすぐには話し出さず、お前にはどう見えるかと聞いてくる。

 少し考えて最近のフォルを思い浮かべる。

「んー、なんだかいつも考え事してて、ぼーっとしてるし、いつもの笑顔がないというか。とにかく元気がないと思うんです」

「そうだな、で、それはいつからで、どうしてかはわかってるのか?」

「いつ?」

 なんだか相談に来たのに試されているみたいだ、と首を傾げる。でも頭の中で考え始めたのは、あの日のフォルの事。

「えっと……闇使いって、何なんですか?」

 王子の質問の答えにはなっていない。ただ私はそれに対して明確な答えが出せなかった。というより、どうしてかわかっていたらあんな忍者ごっこしてまで厳重警戒中の王子のところに一人で相談にきたりしない。

 あの日私に闇のエルフィについて教えてくれていた時のフォルは辛そうだった。笑っていたけど、辛そうだったのだ。

 私の言葉を聞いた王子は、お茶を一口飲むと、ふうと息を吐く。ゆっくりと合わさった視線に、ごくりと唇の先に僅かに触れるだけだった紅茶を一口喉の奥に押し込んだ。

「フォルは……どこまで話したんだ」

 質問というよりは、確認。ゆっくりと思い出しながらあの日フォルに聞いた話を少しずつ王子に話していく。

 ふと、闇のエルフィになってみる? と問いかけてきたフォルを思い出した私は口を噤んだ。あれ、言っていいんだろうか、と不安になる。なんとなくだけれど、あれは王子に相談していい範囲を超えているんじゃないだろうか。

 突然口を開かなくなってうんうん唸っている私を見て、王子は「ふうん」と一言だけ口にして一人がけのソファの背もたれに体を預けた。

「あいつにしては饒舌だったんだな」

「え? ああ、うん、やっぱりそう思いますか?」

「そうだな、あいつが闇についてそこまで話すとは思わなかった……で、どこ舐められたって?」

「えーっと……え!? 舐められた!?」

 言われた意味を理解してぎょっとして王子を見つめ返せば、王子はいつもの笑みを浮かべながら違ったか? と頬杖をつく。

 舐められた? 犬か!? 思わず犬耳が生えたフォルに舐められるというありえない状態を想像してそんな記憶ないぞと混乱した私に、まあいいと振っておいて話を切った王子は、宙を見るような動作をする。

「まああれだな、俺から言えることがあるとすれば」

 そう言って視線を私に合わせてきた王子の表情を見逃すまいとじっと見つめると、王子は苦笑した。

「放っておけ」

「へっ」

 思わず拍子抜けしてがくりと揺れた私を王子は苦笑いを続けたまま見つつ、お茶のカップを手にとって僅かにそれで喉を潤した。

「あいつなら、すぐに元に戻る。……解決はしていないがな、あいつは頑固なんだ、昔から。でも、お前達が普通に接していれば問題ない。そうだな、普通でいればいい」

「……はぁ」

 首を傾げつつ相槌を打った私をちらっと一度だけ見た王子は、そのまま視線をカップで揺らめくお茶へ移す。

「アイラ、闇はなんだと思う? 御伽噺や童話のように、悪者だと思うか?」

 王子の問いかけにゆっくり首を振る。少なくとも私は……始めからそうは思っていなかった。それは前世の記憶があるせいではあるが、フォルが闇使いだからといってそれを怖いと思ったこともない。

 決して前世のお気に入りゲームで好きなキャラが闇魔法使うのがかっこよかったという理由だけではないぞ!

 ……だが、生まれた時から童話や親から聞かされる物語で闇が悪であったと聞かされた子供は、やはりすりこみのようにそれが事実となるものだろう。

 そうでないと説明された時、それを柔軟に受け入れられる人間と、違和感が残り続ける人間に分かれるのも、わかるのだ。

「フォルはな、闇が悪でないと知らないんだ。闇使いであった母親はすぐに亡くなってしまったし、聞かされる物語は闇が悪だとそればかりだ。自分で自分を悪じゃないと思う自信がないんだろう」

 なんと言えばいいのか、悩む。もし王子の言うとおりであるなら、最近の闇の関わる事件は酷くフォルには辛かった筈。

 そういえば、この前フォルが話してくれたときも、闇の力を得た者を化け物だと言い切っていた。あれは、中途半端に力を使えることを言ったのではなく、もしかして闇そのものの事だったのだろうか。

「ルブラが今回のことに絡んでいるとして、民の不満が集まった結果だというのはわかる。だがそれに闇を……フォルを巻き込みたくない。関係のない民を傷つけるのももちろんなしだ」

 決意して語る王子を真っ直ぐに見て、その言葉に頷く。

「まあ、とりあえずフォルが今調子が悪いのは事実だな。一人の時間を減らしてやろう。あいつは一人で考えたら後ろ向きな人間だったみたいだしな。そうだな、構い倒せばいいんじゃないか? 俺もぜひ協力させてもらおう、きっと前のように笑うようになる」

 どうやら王子の話では、最近王子もフォルを気にかけてはいたらしいのだがちょっと目を離すと後ろ向きになって大変だったんだ、とのこと。なるほど、フォルは王子に相談を持ちかけていたらしい。

 それを聞いて、少し寂しくなる。私も闇のことは知っているのに、フォルは私を見ると目線が逸れ、まったく相談という雰囲気がなかったのだ。俯くと、王子にはお見通しだったらしい。くっくっく、と含むように笑われて、そう簡単にフォルの一番仲がいい幼馴染の立場は渡さないぞと言われた。

「……もう、戻れ。あまり遅くまで引き止めて、ばれたときガイアスとレイシス、それにフォルの視線も怖い」

 促されて立ち上がる。確かにもう時間も遅い。相談したいことがわかったようなわからないような、微妙に曖昧にされたような気もするが、ようは普通にフォルに接してほしいということだろう。

 ふむふむと考えながら扉に手を掛けた時、ふと気になって顔を上げた。

「デューク様、闇のエルフィって結局何なのですか?」

「ああ……闇のエルフィは、番いだ、つがい。闇使いの伴侶だな。闇使いの能力を高めてくれる存在だから、ルブラは作りだそうと必死みたいだがな」

 ほれいったいったと部屋を出されて、行きとは違いぼんやりとしながら普通に自室の扉を開けて部屋に戻った私は、そこでぴたりと立ち止まる。


 ――なってみる? 闇のエルフィに。



「えっ」

 混乱した私は不思議そうに私を出迎えてくれたアルくんを抱きかかえて、ずるずるとその場に座り込んだ。






 真夜中。

 アイラがすっかり夢の中にいることを確認して窓から出た僕は、ふわふわと桜の花びらのように舞い落ちる雪を見ながら思う。

 僕が生きていたらアイラやガイアス、レイシスの人生は違ったのだろうかと。

 でもそれは意味のないことだ。僕はここにいるけれど、もう人ではないのだから。

 姿現しをしても、誰も屋根の上なんてみないだろうと身を投げ出してくつろいだ。屋根の上の雪に埋もれれば、冷たいけれど気持ちいい。

 ただ残してきた弟達を気にして戻ったつもりだったのだけど、結局アイラの持つ桜の石の精霊となった僕はきっと……

 見上げていたせいで頬に雪が載る。

 こんな僕にも体温はある。融けた雪が、この体には大きすぎる雫となっていくつも滑り落ちていった。



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