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111.デューク・レン・アラスター・メシュケット

 我が国メシュケットは大国だ。

 周辺の諸国より広大な土地というだけではなく、生産業も魔法技術も発展している土地が多いし、人口だって多い。

 特に発展している魔法石製造分野においては近隣諸国の群を抜き、攻撃防御共に優れ優秀な魔法使いも多いことから、余程このメシュケットに重大な危機がなければ我が国に攻め入ろうとする国はいないだろうと思われている。唯一、北に位置する同程度の大国ルキリスがあるが、かの国はもう百年以上昔から徹底的な同盟を結んでいて今では関係は良好だ。ルキリス王が穏やかな気性の者が多いのも理由の一つだろう。

 だがそのルキリスから数ヶ月前にもたらされた情報によって、メシュケット王家に激震が走った。

 ルブラが各国王家に反乱を起こそうとしている可能性がある、と。

 それが事実であると裏付けるように、ルブラが犯人ではないかと疑われる事件が頻出し、その動きが一番活発なのが、メシュケットらしい。

 ルブラは我が国だけではなく、どの国にも広く存在している組織であるというのは各国王家共通の認識だ。ルブラの存在を知っている貴族等は、ルブラを王家至上の集団と呼んでいるがあれは実は違う。

 あの集団の目的は王家の監視だ。王家を崇めているのではなく、完全に光魔法を神から授けられている事のみを重要視し、それに相応しくあれという考えの下動いている。そして、それを羨んでいる。

 一歩間違えればそれは狂気となり、過去に他国ではその力が欲しいばかりに王家の女性を我が物としたルブラの男が、神から天罰を食らったという話がある程だ。その話のおかげか王家は守られ、それから表面上はルブラの直接的な干渉にはあっていない。

 ルブラの監視の目は王家だけではなく、同じく特殊なエルフィや獣人等にも及び、要は代々他の人間ではありえない特殊な魔法を使う血筋が好きだというのは共通認識であるが、行き過ぎてその血筋の子を攫い儀式と称して自分達との子を儲けさせているという不確定ではあるが見逃せない情報はどの国の王をも悩ませている。

 独特のルールがあるのか誘拐は頻繁ではないが、だからといって放置していいものではない。神の裁きを恐れているのか王家の人間の誘拐はないが、捕まえることができればとどの国も尽力に努めているが、なにぶん過去はルブラも派手に動いていたものの王家に手を出し神の罰とやらを受けた時期を境にほとんど活動を感じさせることがなくなってしまったが為に、捕まえられない。

 いるのはわかってる。それなのに霧のように掴みきれない存在にやきもきしている中、そのルブラが派手に動こうとしているという情報、そして最もその狙いの可能性が高いのが我が王家、つまり。

 俺もなわけだ。

 わかっていた筈だ。大国である事に胡坐をかき、驕り、先代の王がひどい政治をしてしまった我が国は非常に危ない崖に立たされていたのだ。父がいくら頑張ろうとしていても、先代の間にのさばってしまった堕落や不正で腐敗しきった高位貴族のじいさん連中は腰を上げようとしない。この国では独裁を防ぐ為に、王一人の意見だけでは物事が決まりにくいのだ。だがその責任は王家にある。

 先代王の時代に民からあがった強い不満は、この国の奴隷制度を父王が撤廃させたことで一端の落ち着きを見せたが、やはり消え去ることはない。ルブラが見切りをつけ制裁を加えようと思うならば、現王と、俺か……妹にまで手を出すだろうか。

 そうなればルブラが認める次の王というのは誰になるのだろうか、と考えた時、王家に戻って光魔法を使える可能性があるとなると、公爵家に婿になった父王の実弟であるジェントリー公爵、もしくはその息子、フォルだ。制裁を加えたところで、結局王家の血筋でなければ光魔法は使えないのだから。それでも、自分達で王を滅し、自分たちが担ぎ上げたものが王となれば、ルブラは満足するのだろう。


 また話は変わるが、特殊な血を好むルブラが最も必死に探しているのは、闇使いだ。

 闇は御伽噺や童話でもあるように、常に王に歯向かう悪者として描かれている。初めて闇使いについて父にその真実を聞かされた時、言い得て妙なものだと感心した。

 どんな歴史の中にも、どうしようもない王というものはいるのだ。特に、王も人である。特別な血に驕り、民を守る為の光魔法だというのにまるで自身が特別なのだと勘違いし、独裁に走る者も少なからずいたのだ。先代王だってそうであろう。

 そんな時、光を操る王家を断罪するのは神ではない。闇使いだ。だからこそあのような童話が出来たのだろう。

 闇魔法使いというのは、必ず王家の近くにいる。この国では、一番濃く闇を受け継いでいるのは、現在はジェントリー公爵家だ。

 といっても今のジェントリー公爵は父王の弟であり、元々は光魔法使いだ。闇を引き継いでいるのは今は亡き先代ジェントリー公爵の一人娘、フォルの母親であった。

 闇魔法がそんな役目を負うのは、王家が光魔法を使えるのは総じて光のエルフィだからである。王家の人間に危険が及ぶと、光の精霊がそれを阻止する。神が定めた寿命を向かえるまで、光の精霊が守ろうとする働きが強く現れるのだ。王家を離れるとその加護は失われるし、本当にどうしようもなく、人の手に負えない場合は光の精霊そのものに首を切られる場合もあるのだろうけれど。

 とりあえずまだ人の手に委ねられている段階で光のエルフィである俺を排除するとなれば、その役目を担うのはフォル。そういうことになる。もっとも、本人にはその気がないようで、むしろその闇の力を疎んでいるのであるが。昔から兄弟のように育った従兄弟である俺達の仲は、非常にいい筈、だ。

 ルブラがフォルの周りを嗅ぎ回っているのは知っている。フォルが闇使いだとばれたら、最悪の展開を迎えるだろう。徹底して情報が漏れないように暮らしてきた筈のジェントリーの裏の情報がルブラに漏れているとは考えにくいが、警戒するに越したことはない。



「あっ、おい」

 ガチャンと音を立てて、フォルがカップを落とした。本人はそれより気になる事が窓の向こうにあるようで、足元の割れ砕けたかけらを見てはいない。

 俺の自室に来たかと思うとこの寒いのにわざわざ冷える窓のそばに椅子を持って行き、雪を見ながらぼんやりしているフォルをどうしたものかと見て一時間程。動いたと思えばそんな奇行の従弟に、もう何度目かわからない声をかける。

「どうしたんだ」

 若干呆れながらフォルに近寄り、落ちたカップを適当に拾い集める。ここ最近調子が悪そうだったフォルが漸く相談する気になったのかと思い、侍女は部屋の外に出てもらっていたのだ。

 俺が動いた事で漸く意識が戻ったらしいフォルが、ああごめんと慌てて床へと手を伸ばし、これぞお約束と言わんばかりにその指先に傷を作った。

「っ、いった」

 指先に浮かんだ血を見つめたフォルは、ゆっくりと目を閉じその指をもう片方の指で握りこんだ。じっとその様子を見つつ、さっさと回復魔法を使えと声をかける。

「馬鹿か、あとは俺がやるから手を出すな。で、どうしたんだ」

 再度問いかけながら窓の外をちらりと見た俺は、ああ、と一人納得した。

「アイラとレイシスか」

 二人で図書室に本を探しに行ったと思っていたのだが、どうやら出かけていたらしい。手を繋いで帰って来た二人を見て、動揺したらしい従弟を割れたカップを拾いながら見上げる。どうやらあちらはこちらと違って、行動を開始したらしい。

「それほど気になるのなら、さっさと告白したらどうだ」

「……僕にそんな選択肢はないよデューク、知ってるでしょ」

「ふん。そんなことないと思うから言ってるんだ」

 適当に空っぽだったゴミ箱にカップの欠片を集め終わり、ベッドに身を投げ出す。

 話して見ろとフォルを促すように見ると、珍しく口を尖らせ子供のように拗ねた表情をした従弟は、だって、とこれまた子供のように言葉を続けた。

「僕は愛だなんていらない」

「好きな癖に」

「……一時だけでいい。人を好きになる感情を知りたかっただけだ。学園を卒業したら、ちゃんと忘れる」

「ふうん」

 返事をしながら、無理だろ、と思う。本人がそれを自覚してないようだが、愛だの恋だのというものはそれこそ人を狂わせる程に抗いがたい欲求を生むものだと思う。もちろんそれを制御することが重要ではあるが、元来愛情深いたちである闇使いの一族である事を抜いたとしても、フォルには納得して恋を諦めるというのは無理な気がする。せめて告白して振られでもすれば前に進めるだろうが、後退ばかりでそれすらしないなら余計に。

 誰よりも求めている癖に。

「で、一応聞くが、何があってここ最近そんな感じなんだ?」

「……怖くなった。この前アイラに、その」

「手を出しかけたと」

「違う! いや、違わない……ような、いや、舐めただけ」

「……はあ? お前それ、冗談だろ?」

 さすがに暴走しすぎだと突っ込めば、またまた珍しく顔を真っ赤にしたフォルが涙目でわかってるよ! と反抗してきた。ガキか!

「下手に我慢するからそうなるんだろ?」

「わかってるよ! もうしない。……愛した人間を殺したくなる闇使いだなんて、なりたくなかった」

「そうとは、限らないだろ。その解釈は少し……」

「限るよ。違わない。闇のエルフィだなんて御伽噺、夢物語だ」

 どこまでも拗ねた口調で言うフォルは、また外を見ていた。

「勝手に世直しの為にとか言って、血の繋がった従兄のデュークを殺す役目に担ぎ出されるのだって迷惑だ」

「安心しろ、お前が闇使いだとばれていないから、今ルブラは必死になって劣化闇魔法の研究をしているんだろう」

 そう、劣化だ。フォルがこうして俺に手を出そうとしていない今、昨今騒がれている闇魔法事件の犯人は恐らく、どこかの国でルブラに攫われた闇使いが生んだ子が使われているとかそういったものだろう。その場合闇の力は激減し、本物の王家の見張り役である闇使いには遠く及ばない能力の筈。

 ため息を吐いたフォルは、部屋に戻るよ、と言って扉に向かっていく。そのまま扉を開けることなく衝突し、ゴンッ、と音を立てて蹲っている従弟をいい加減やばいなと思いながら見つめ、盛大なため息を吐いて近寄って手を貸した。


「お前、さすがにそれは寸劇コントを見ている気分になるんだが」

「……煩い」


 重症である。



 困ったものである従弟が部屋に戻り一息ついたところで、今度は珍客が窓から現れた。

「アル?」

 本名アールフレッドルライダー……自分でつけておきながら呼びにくい名前だったと若干後悔があるが、結局愛称で呼んだその相手は猫……じゃない、精霊だ。

「なんだ、姿現しまでして」

『伝言頼まれたんだ。アイラに』

 くるくると俺の周りを飛びながら、精霊は笑う。

『フォルセは帰ったんだ』

「……、精霊はどこまでわかるものなんだ?」

『さあ。あまり知らないかもよ』

 あ、それで、と続けたアルは、アイラが相談事があるのだと言っていることを伝えてくる。

 なるほど、最近俺は自室以外では一人になることがないから、アルに頼んで約束を取り付けようとしたのか。……つまり人に聞かれたくない話であるとすれば。

「フォルの事か」

 呟いたが、目の前の精霊からその答えが返ってくることはなく。

『ラチナに心配かけたくないって』

「ああ、なるほど。その配慮には感謝しようか。……今日の夜にでも自室に来るように伝えてくれ。こっそりな?」

 わかったよ、とぱっと消えた精霊がもうどこにいるのかわからないが、さて、と部屋の扉に手をかけた。

 侍女に割れたコップを片付けてもらわなければならないし、そろそろラチナも勉強を終えた頃だろう。

 俺はフォルと違って諦めるつもりはないからな。たとえ子爵の娘は身分が低いといわれようとも、彼女の兄に妹は自分が認めたやつに以外やらんと反対されていようとも。簡単に諦められる想いではないとわかっている。

 溺れるつもりはないが、逃すつもりもない。

 そこで、ふと思う。俺がもし闇使いであったなら、と。


 悩むだろうか。伝え聞く話であれば、決して闇使いは愛する人間を殺してしまうような人間では……そうではないのだが。

 もう一度相談にのってやるか……。

 臆病になりすぎている従弟を思い出し、俺は扉を開けたのだった。


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