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 雪が王都にしては珍しく降り積もり、足を踏み出すと踝まで埋まる程の朝を迎えた私達は、ぞろぞろと特殊科のメンバーでそれぞれの科の校舎へと向かいながら今日の予定を話し合っていた。

 こうしていると注目されるのはいつもの事だが、あの年始の襲撃事件があってからと言うものなんだか眉を顰めた表情で王子を見る者も多く見るようになった。わかりやすく、なんらかの不満を抱えた生徒なのだろう。

 とはいっても、あの襲撃事件から一ヵ月半程過ぎており、冬休みを終えてから私達の屋敷に戻った王子が表面上普通に学園生活を過ごしているうちに、噂は下火となってきていた。何を言われても動じない王子が唯一、騎士科の授業の場で一度見事な光魔法を繰り出して見せたという噂が広まったのが大きいのだろう。

 もともと王子は学園の中で人気が高いからな、と考えつつ、それでも噂を流した人達がこのまま黙っている筈もないだろうと気の抜けない毎日だ。

「皆さんおはようございます!」

「おはようございます!」

 騎士科と医療科で分かれる道に差し掛かった時、後方から元気な声をかけられて振り向くと、私と目が合ったピエールが「本日も我が女神は」と何か言いかけたので遮って挨拶を返す。本人が満足そうにしているからいいだろう。

 その後ろにいたのは、最近朝少しだけガイアス達と稽古をしているという兵科のポジーくんだ。ポジーくんは、あの私達が北山で助けに入った後から良く挨拶をしてくれるようになっていた。というのも、非常にガイアスとレイシス、ルセナに懐いたらしい。

 ちなみに彼が来ると王子はほんの少しぴりぴりとした空気を出す。彼が嫌いなわけではなくて、原因は……。

「お、おはようございますラチナ様っ!」

 真っ赤になって手を握り締め、自分より背の高いラチナおねえさまを見上げて挨拶をするポジーくん。わかりやすいが、おねえさまに憧れているらしい。おねえさまはにこにことポジーくんに挨拶を返し、王子はそれをぴくりと体を揺らしながらも見ない振りをしていた。どうやら、王子にしては珍しく少し余裕がないようだ。

 うんうんわかるよポジーくん。おねえさまこそ女神だよね! 後ろでなんだかピエールが女神女神と騒いでいるけれど!


「アイラ」

 優しい声に名を呼ばれて、思わず僅かに肩が揺れた。それを誤魔化すようにくるっと振り返り、行こうかと笑うフォルの後に続く。

 フォルは、普通だった。首にキスされたんじゃ、なんて私が思ったあの日が夢であるかのように、その後何もなくて……やっぱり私の勘違いだったのだろう。あの時のフォル、おかしかったし。

 ただ、フォルが何か抱え込んでいるのは勘違いなんかじゃなくて、あれから少しフォルは静かになってしまった。皆と夜集まっていても、ぼんやりとしていることが多い。

 フォルは、何を伝えたかったのだろう。

 あの日の事を、冷静になってからというものよく考える。

 フォルは闇使いだ。あの操られた女の人達や魔法を使ったグーラーの理由を知っていて、そして「自我を失い中途半端に闇の力を得た化け物」と言い切った。フォルにしては珍しい少しきつい言葉。それだけの何かがあるのだろうと思うが、わからない。闇のエルフィが闇使いを救うというのは、どういうことだろう。救う、とは。

 誰かに相談しようにも、誰に? といった感じだ。唯一フォルが闇使いだと知っているのは王子だが、王子はあの噂が流れてからというもの殆ど一人にならない。今まで自由にしてもらっていたのに、必ずどこかに護衛の姿があるのだ。噂を鵜呑みにした誰かが王子に害を加えるかもしれないし、その噂を流したかもしれないルブラが王子を狙うかもしれない今では当然の話であるが。

 もちろん、あの後から私達の依頼も変わった。一年特殊科指定の依頼、というのはもともとほとんどなかったのだが、そういった依頼がくると問答無用で受付拒否になるか、二年三年の先輩にまわすことになったのだ。依頼を素直にこなすということは、依頼相手には王子の予定がわかるということになるから当然だ。

 逆に私達でも出来そうな、最初は先輩方がやる予定だった依頼がまわってきたりしているが、王子はほとんど留守番になった。それからというもの、王子は毎日少し面白くなさそうである。


 医療科の校舎に近づくと、丁度校舎に入ろうとしていたアニー様を見つけて声をかける。一緒に教室に向かう間今日の授業の話をしたり、新しい魔法の話をしたりと話題は尽きない。

 フォルはこうして医療科の授業を受けている時も、以前より元気がないように見える。フォルがあれだけ情報をくれたのに、その情報を理解しきれていない私はどうすればいいのだろうと、悩んだ。やはり、一度王子と話したい。夜こっそり王子の部屋に行ってみようかと考えるが、おねえさまが知ったら誤解するだろうか。

 とりあえず、王子に相談したいことがあるということを伝えようと決意しつつ、授業に臨む。



「アイラ・ベルティーニとフォルセ・ジェントリー」

 授業終了後医療科の教師に名指しで呼ばれ、なんだろうと顔を上げる。呼ばれたのは私達二人であるが、まだ授業を終えたばかりで教科書やノートを纏めている生徒達全員がこちらに注目していることが、振り返らずとも感じる視線でわかった。

 先生はにこにことしたまま、なんだか嬉しそうに私とフォルを交互に見た。

「君達二人は非常に成績がよろしい。なんと、二年に上がる前ではあるが特別に医療科向けの依頼をこなしてみてはと教師達の間でも声があがっている。きっとこの学年で先に秘術を習うのも君達なのだろうな」

 先生も鼻が高いよと、非常に嬉しそうな様子で先生が言うと、この後教員室に来なさいと言って部屋を出て行く。

 しんと静まっていた室内が、それを合図にしたようにまた再びざわめき始めた。

「すごいですわね、アイラ、フォルセ!」

 おねえさまは今回声がかからなかったが、まるで自分の事のように喜んで手を叩いた後、私もがんばらなければと苦笑してみせた。

 しばらく呆然としていた私とフォルは、目を合わせた後微妙な笑みを浮かべた。嬉しいけれど、友人にはなくて自分に声がかかるという状況はなんとも表現しがたい難しいものだし、この視線は困りものだ。教室内の視線が全部こちらを向いているようで、まあ私のほうはきっといつも通りのきつい視線も多そうだ。これでもだいぶ減ったのだけど。

「とりあえず行こうか」

 フォルに促されて立ち上がると、やはり聞こえてくる成り上がりの癖に、という言葉。この言葉が聞こえてくることは多いが、やはり正直に言うとこれに関しては事実であるがなんとも思わない。ただ向けられる悪意というものは気になるが、こればかりはどうしようもないのだ。私は、自分の目標の為にここにいるのだから。


 目標、か。

 ひそひそと囁かれる中、おねえさまを一人にするわけにはいかないので一緒に教室を出て、騎士科のガイアス達と合流する為に校舎を出る間、窓の外の雪を見ながら考える。

 貴族ばかりが優先され、それ以外の市民はいい医療すら受けれない現状。貴族専属医にならなければ、医者自体が新しく良い治療法が発見されたとしても知らせてもらう事ができない可能性がある、私達の国の制度。

 貴族が、大切にされるというのはわかる。それだけの仕事をこなしているし、責任も重い。それは父が貴族となって忙しく動き回っているのを見て強く実感したし、もし父が何の準備もなく急に倒れれば、たくさんの人が職を失ったり、土地や家を失う可能性もある程の重要な立場だというのは学んだ。もちろん父はそうならない為にも何が起きても大丈夫な準備はしているようだが、やはり何事もなかったようにはできないだろう。それだけ貴族ともなると、領地経営の為の取引等が難しいのだ。その辺も貴族優先の悪い部分が影響しているのかもしれないが。

 だが、王子も過去に言っていたように現状はやりすぎだ。なんでもかんでも貴族は優先され、本来貴族専属医とは貴族だけを見るはずの制度ではなかったのに、独り占めしたいという貴族の欲が今のような状態にしてしまったのだという。まるで、自分達が助かる為なら民などどうでもいいと言わんばかりの態度の貴族が、非常に増えてしまったのだそうだ。

 それはきっと、この国では撤廃された筈の奴隷制度に似たものなのかもしれない、とも思う。医療に限った話ではないからだ。

 同じく人間として生まれた筈。それなのに生まれの違いで人とも見なされずにいる人間がいるのに、上に立った人間はそれが当然だと思い込んでいる、悪いと思っていない、そんな状況。マグヴェル子爵のような、領民は自分の好きに出来ると思い込んでいるような貴族がいっぱいいるのだ。

 それが、サフィルにいさまのような死を生んだ。

 実際目の前で、瀕死の人間を助けている私に俺を先に治療しろと言った貴族の男も見た。人を攫っておいて、自分の同伴でパーティーに出させてやろうといったマグヴェル子爵のような貴族もいる。

 そんな人間に復讐してやろうと思う気持ちがないといえば、嘘になる。そんな考えのせいでサフィルにいさまは戻ってこないのだ。だが、推測に過ぎないが、もし同じ『目的』であったとしても今のルブラのように、関係のない人を実験に使いそれを果たそうとするのは……違う気がした。

 もちろん、ルブラの目的が私達と同じであると確定したわけではないのだが。

 神殿を襲わせ怪我人を出し、実験と称して人を壊している彼らは、何をしたいのだろう。



「お嬢様、ガイアスと教員室の外で待ちます」

 教員室に呼ばれていると伝えると、すぐにレイシスがそう言ってこちらについてきた。

 おねえさまたちにはお昼ご飯を買って先に戻るように伝えてある。今は王子の護衛がべったりなので、私達の分も昼食を買って持っていってくれるそうだ。

 行って来るねとガイアスとレイシスに手を振って、珍しい教員室へと入る。

 雰囲気は前世の職員室に似ているのかなと思いきや、教員室は乱雑としており、本が多い。積みあがっている本は古く珍しい薬草辞典など医療関係の本が多く、興味が惹かれつつ先生に詳しい話を聞き、依頼を受ける事に同意する。

 依頼を多く正確にこなすと、それはしっかりと教師達の間で評価されるようだ。私とフォルは医療科の成績だけではなく、特殊科で完了させた依頼の実績もあって今回一年生だが簡単な依頼からでもチャレンジさせてみてはという話になったらしい。

 どうやら指導している教師である私達の先生が上から褒められたらしくほくほくとその話を教えてくれ、だがしかしそのおかげでかなり時間がたってしまい、教員室を出るとガイアスとレイシスが苦笑して出迎えた。

 フォルは、ここでもやはり以前のような元気はない。きっと皆気づいているのに、それに触れられないでいる。

 やっぱり王子と話さなきゃ。

 王子と話すための約束を取り付ける方法を思いついた私は、ぼんやりと雪を眺めるフォルを横目に見つつ、屋敷へと向かった。


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