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「うわー! すっごい人だね!」

 興奮して手を握りながら言えば、となりのガイアスが同意しながらうんうんと頷く。

 ここは神殿敷地内。現在年越し数時間前で、神殿付近では鐘の音を近くで聞こうとやってきた人たちでいっぱいだ。

 それに乗じてあちこちで身体が温まるスープやお酒などを振舞っている簡易のテントがある。若干お酒を振舞っているテントの方が多いかもしれない。辺りには、お酒で顔を赤くしている人も多くいた。

「どんな感じなんだろう、ポットの葉を浮かべたお酒」

「後にしろ、屋敷で侍女らが用意してくれているだろ」

 さっきからじーっとお酒を見ている私に王子が釘を刺す。お酒と言っても、健康を願う為のポットの葉を浮かべたお酒は薬湯と呼ばれ、アルコールなんて殆どないそうだ。顔を赤くしている人たちは、度数の高い酒を飲んで回っているのだろう。


 私達は神殿へと揃って来ていた。もちろん遊びに……ではなく、依頼だ。と言っても依頼者は先生で、内容が「特殊科一年とアドリくんが無事に鐘の音を聞いて帰ること」である。つまり遊びに来たのと代わらないかな?

 だが結局、アドリくんは最初はきょろきょろと珍しそうにいろいろ見回していたが、しばらくすると疲れてしまったらしく先に先生と戻ってしまった。結局今はいつもの特殊科の七人と、先生に私達を見るように頼まれたおねえさまの兄である私達の寮長、フリップさんだけである。

 フリップさんは学年は一つ上だが、年齢は既にこの国での成人を迎えた、『大人』だ。学園に入るのが少し遅かったんだと聞いた。おねえさまも私より一つ上で同じ学年だが、少し不思議な感じもするのは前世の記憶が混じっているせいだろうか。

 もちろん万が一の為に王子だけでなく私達も全員帽子を深く被り、マフラーで口元を殆ど覆っている為ぱっと見た感じだと誰が誰だかわからない。冬で寒いことが幸いして特にそれで怪しい姿ではないが、仲間の顔すらわかり辛いためにはぐれないようにとなるべく手を繋いだり、おねえさまの案で揃いの赤いリボンを手首に巻いたりと目印をつけてはいる。

 マフラーで口元を覆っているせいで食べ物を食べる時いちいち大変なのが不満だが、むしろぱくぱくとさっきから食べまくっているのは私とガイアスくらいなので皆はそうでもないかもしれない。

 そんな私とガイアス、静かに周囲を見渡しているレイシスはともかく、他の皆は雰囲気を楽しんでいるようだ。

 貴族や王族の子である皆はこのようなお祭り騒ぎの場に出る事は少ないからだろう。パーティーならわかるが、簡易なテントで飲食物を振舞う人々に太鼓のようなものを鳴らす人々、輪になって踊りだす人たちなどの中にもちろん貴族はいない。だが、皆は楽しそうだ。貴族は、ここより奥にある神殿の中で静かに椅子に座り鐘の音を聴くそうで、それはつまらないのだとフォルは笑っていた。


 だが、そんな私達であるが純粋にこの年越しを楽しむ事ができているわけではなかった。

 それは、今日を楽しみにしていた私たちが昨日、いつもの部屋でカードゲームをしていた時だ。

 珍しく遅れてやってきたフォルが真剣な表情で私達に教えてくれた内容は、ジェントリー家からもたらされる貴重な情報だった。

 ――またグーラーが群れているという目撃情報があったみたい。

 もちろんこの情報は既に城に伝えられており、騎士団が年末の見回りという名目で王都周辺を回っているらしい。

 神殿は王都の城壁の中だ。グーラーの被害はないだろうが、またどこかでアドリくんの住んでいた村のようなことが起きるのでは、と思うと、祭りの中にいながらどこかでそれを気にしてしまう。

 騎士が警戒しているから、大丈夫……だと、いいな。


 なるべく人混みに紛れず、道の端の方に固まって人の動きを眺めていた私達は、少し離れた位置で商人らしき人たちが集まってなんだか深刻そうな表情で話しているのを何度か目にした。

「さっきから何話してるんだろうな」

 気になっていたのは私だけではなかったらしく、ガイアスもそちらにちらりと視線を向けている。

「気になるなら、行けばいい」

「え、あ、ちょっとレン待って!」

「おいおい、やめておいたほうが」

 おねえさまが王子の二番目の名を呼びながら後を追う。それを慌ててフリップさんも追いかけて、私達も続く。にしてもおねえさますんなり呼んでたな、私今日も何度もデューク様、って呼びそうになったんだけれど。

 こっそりと怪しい雰囲気で話し合っている商人のそばに寄ってみたものの、このざわめきの中ではひそひそと話されている会話は聞き取れない。

 諦めるか、と身体を引く。正直移動が多い商人なら、もしかしたらグーラーの話でもしているかと思ったのだが……盗み聞きはよくないってことだよねぇともっともな事を考えていると、目の前にいたレイシスが眉を顰めた。

「最近、他国に俺達の国との取引を嫌がる国が出たそうですよ」

「聞こえたんだ」

 さすがレイシス、と見つめつつ言われた内容を理解して、私はすぐに「えっ」と悲鳴をあげる羽目になった。

「取引嫌がるって、え? どういうこと?」

 思わず悲鳴を上げた口元を押さえ、重要なところはちゃんと小声で問う事に成功しつつ皆で頭を寄せ合うが、レイシスも全部は聞き取れなかったようで。王子が唸る。

「俺はそんな話はまだ聞いていないな。だがもしそれが事実で、続くとすれば」

「大ダメージですわねいろいろと」

「というか……それが事実なら恐ろしい事だぞ」

 おねえさまとフリップさんも顔色を変えるが、今はまだ頻繁なことではないらしく、王家の耳に入っていないようだ。眉を顰めた王子に、何かわかれば知らせると約束する。

 うちは商人だ。そのような話があるなら、お父様が詳しい筈。

 もし本当に何らかの理由で他国と私達の国の商人の間に取引が進まない何かがあるとすれば、それは大問題になる可能性が高い。ベルティーニだって他国から仕入れているものがあるし、ベルマカロンのお菓子の材料だって他国から仕入れているものがある。

 そもそもどんな理由かわからないが、「メシュケットの国と取引したくない」という行動であれば、程度によっては話し合いで済まず戦争に発展する可能性だってあるのだ。

 そこまで考えて、ぞっとした。この世界の本でも、戦争というのは恐ろしいものだ、と読んだ事がある。私達の国では戦争を何十年もしていないらしいが、魔法使いが多いこの世界の戦争では戦いの規模が大きく、ひどい時は町が一つ二つ吹っ飛ぶだけでは済まないらしい。

 戦争になれば、王は城から動かずとも王族が戦地に向かい、兵たちの士気を上げるために自ら指揮を取る事が多い、と他国の歴史を語った研究者の本でも見たことがある。

 そうなれば……。そう考えた時思わず視界に入った王子とフォルからすぐに目を離す。彼らが戦の最前線に向かう場面など、想像するのも怖かった。普段任務で戦っているようなものではない。戦争はその規模も、参加人数も、戦う相手も想うものも何もかも違うのだ。

「何も、なければいいけれど」

 ぽつりと呟いたルセナの声に、みんながしんと静まって祭りの喧騒の音だけを耳に入れる。


 ゴーン、ゴーン……と、身体を震わせるような大きな音が響き始めた。

「あ……」

 年を越したのだ。

 新年を告げる鐘の音は、まるで前世で聞いた除夜の鐘を思わせるような重厚な音だ。どこかに立派な鐘があるのかもしれない。

「今年もよろしくな!」

 ガイアスを筆頭に、不安を拭うように皆が挨拶を交し合い、そしてまた鐘の音に耳を傾ける。鐘は、神殿で占って鳴らす回数を毎年決めているらしく、多いと百はいくのだとか。

 後何回くらいかな、と考えていた時だ。

『アイラ!』

 覚えのある声にはっとして顔をあげる。魔力に包まれているような不思議な声。そして、私を安心させるやわらかな優しい声であるはずの声が、妙に緊迫している。

「アルくん?」

 この、サフィルにいさまに似た声は間違えるはずもなく、アルくんのはず。だが彼は今日用事があるからとここには来なかった筈なのに。

 私が怪訝な声と表情でアルくんを呼んだことで、一瞬きょとんとした表情をしたガイアスとレイシスがすぐさっと表情を変えて人混みから私を連れ出し、人のいないテントの裏へとまわる。皆がついてきてきょろきょろとしているのは恐らく猫の姿のアルくんを探しているのであろうが、魔力の感じから彼は精霊の姿でいる可能性が高いと私は宙を探す。

「どうした」

「アルくんが……あ」

 急にぱっと姿を現した精霊姿のアルくんに視線を向けると、全員が迷いなくその姿を捉えたようだ。どうやら直前まで姿隠しをし、今は姿現しの魔法に切り替えたらしい。

 どうしたのだろうと見つめれば、アルくんは全速力で飛んできたらしくはあはあと荒い息の中必死に空気を吸い込んで、大変だ、と叫んだ。

『グーラーの群れがここに向かってきてる!』

「はぁ!?」

 皆がぎょっとしてそれぞれ素っ頓狂な声を上げた。ここは王都の街を囲む物理的な城壁と、魔法防御壁の中だ。そんなばかな、と思ったが、アルくんはふるふると首を振る。

『どこからかわからないけど、いっぱい! 神殿は外壁寄りだから、グーラーは闇に紛れて街の人に見つからずにかなり近くまで来てる! なんとかしないと!』

「おいアル、場所に案内しろ。フォル、ジェントリー公爵に連絡だ。アルは姿を戻してアイラに情報を渡せ」

 すぐに王子が指示を出し皆を見回し、そこにぎょっとしたままのフリップさんがいる事に気がついて今更ながら皆がしまったという顔をする。アルくんですら、「あっ」と顔を青ざめさせているのだから、彼もだいぶ混乱していたのかもしれない。たぶん、私を介してより直接皆に説明したほうが早いと思ったのだろうが、ここに集まったメンバーに私がエルフィであるとまだ言っていない人物がいることを予想していなかったのだろう。


「フリップさん、後で説明しますから」

「フリップ、今のはとりあえず忘れろ、後だ」

 私と王子に同時に言われて、すぐにぱっと姿を消したアルくんがいた位置から目を離したフリップさんはこくこくと頷くと、きゅっと一度唇を強く噛む。

「なんだかよくわからないけれど、グーラーが王都に入り込んだんだな? それも大量に」

「そういうことだ、行くぞ!」

 王子の合図で、今のやり取りの間に公爵に連絡を取り終えたらしいフォルがすぐに騎士や兵が集まると告げつつ、私達は人混みの中に飛び込んだ。

 人を掻き分け流れを途切るように反対側の木々が多い方へとアルくんに指示されて渡る。

 神殿に集まった人達から十分距離をとったところで一度止まり、王子が周囲を確認した。

「どの辺りだ!?」

『待ってねアイラ……ここから南東風歩二分くらいの距離って伝えて!』

「南東風歩二分の距離だって!」

 やはり一度私を仲介してからの説明だとタイムロスが痛い。

「二分ってすぐじゃねーか!」

 ちっと舌打ちしながらガイアスが被っていたフードを剥ぎ取った。すぐにレイシスもマフラーを緩めフードを取り、二人は気配を探っているようだ。

「また人間が混じってるのか?」

「またってどういうことだ、向かってきているのはグーラーの群れだけじゃないのか!?」

 フリップ先輩がぎょっとして顔色を変え、おねえさまの腕を掴む。

「獣相手じゃないなら話は別だ。皆戻るぞ」

「俺達はそいつらを何度か既に相手してる。ここにいる民を見捨てるわけにはいかない」

「何を!? 兵が来るのでしょう! 殿下、ここは危険だ! 下がりましょう!」

「駄目だ! ここにいるのは大多数が戦い慣れていない「市民」だ。騎士達はまず貴族のいる神殿内部を確認に行く! 覚悟ができないやつだけが戻れ!」

「なっ……!」

 息を飲んだのは私やガイアス、レイシスだ。フリップさんは言われてすぐはっとして口を噛み、ルセナとフォルはさっと目を伏せた。おねえさまは悔しそうに、だが認めて目を閉じている。

「何、神殿はここより奥なんだよ!? 先に奥の無事を確認に行くなんて!」

 思わず王子に噛み付くようにそう言ってしまい、すぐに王子が悔しそうな表情をしたのを見てはっとした。

「仕方ないだろう、騎士達はそう教育されて……! くそ、仕方なくないな。だが、それがこの国の馬鹿共が作った規則の結果だ! だから責任を持って俺が止める!」

「だが殿下、ならせめて女子二人は!」

「わかってる! だがアイラの能力は貴重だし、ラチナの回復魔法も使う時がくるかもしれない。ここには大勢、身を守れない人間がいるんだ!」

「……くっ」

 ぐっと手を握り締めていたフリップさんはしばらく必死に何かに耐えていたようだが、すぐに王子に目を向けると謝罪を口にした。

「……取り乱しました。騎士の務めを果たします、殿下」

「それでこそ真の騎士科の生徒だ……すまない。勝手なのはわかってる」


『アイラ、来るよ! 今のところグーラーしかいないけど、気をつけて!』


 すぐにアルくんからもたらされた情報を皆に伝え、それでも「操られた人間もしくはグーラーを操っている人間に気をつけろ!」と王子から指示が出され、皆がそれぞれに武器を手にする。

 私も外套の下から改良中ではあるがグリモワを取り出す。あの事件の後から、念のためにと持ち歩いているグリモワ。持ってきてよかったと思いつつ、しかし使う機会が訪れなければよかったのに、とその分厚い本をぎゅっと握り締めて……前方の気配を察知する。

「来た!」

 誰がそう叫んだのか。

 ルセナが対物理用の防御魔法を唱え、常に前衛を務めてきたガイアスが剣を抜き低く腰を落とした時だ。


「えっ」


 ひゅっと、私の頬を何かが掠めた。視線の先で、視界に入っていたガイアスがおかしな体勢で何かを避けたが腕に巻いていた皆とお揃いの赤いリボンが千切れ、フォルの銀の髪がぱっと数本宙を舞い、フリップ先輩の二の腕の辺りの外套がぱっくりと上下に分かれる。

『アイラ! 魔力を!』

 アルくんの叫び声の後、思わず無意識に魔力を生み出した手にアルくんが触れた。

 視界に広がる、精霊の使う『対魔法攻撃用の防御壁』を見つめて、ああ、アルくんが防御を張ってくれたのだと理解した時、その違和感に全身がぞくぞくとして震えた。


 なんで、魔法防御?


「グーラーじゃないのか!?」

「魔物!? ワーグーラーか!?」

 グーラーは獣だ。魔物じゃない。魔法は、使わない。

 人間はいない筈。そう、目の前に飛び込んできた獣達が、確かに魔法を使ったのだ。

 何かが掠めた頬に手を当てると、この寒さで冷えていた頬の上が妙にぬるりとして、指先が赤く染まる。


「なんでよ!?」

 思わずグリモワを手に目の前の獣らしきものに叫ぶ。

 ぎらぎらとした赤い目が、薄闇に浮かぶ。王子が、叫んだ。


れ! 一匹も通すな!!」


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