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「あの三人は冬休み中孤児院や街の商店で奉仕活動することになった」
私達があの北山から戻った二日後の朝、疲れた表情でやってきた先生は開口一番そう私達に教えてくれた。
どうやら、教師の間でも退学にすべきだとかそれは駄目だとかで意見が割れたらしい。もし退学になる程の罪ならば、救助の為とはいえ勝手に入ったことには変わりない私達もなんらかの罰があっただろう。もちろん先生が同行していた私達の中で一番厳しい処分を受けたのはそれこそ先生であろうが、私達の中にはそれこそ王子やジェントリー領主の息子も混じっていたのだから、学園としては伏せて公にせずそっとあの三人だけボランティアをさせることで決着がついたらしい。
ほっとして、私は手にしていた本へと視線を戻した。まだ言い過ぎたという後悔は消えてはおらず、これは会ってもう一度謝ったほうがいいかもしれない、と思っているが、きっともう年内に会うことはできないのだろう。街って、どこの手伝いをするんだろう。
「アイラは何をしているんだ?」
やってきた先生が私の手元を覗き込む。「また香辛料の匂いがするな」といわれて、ちょっとだけびっくりした。
「あれ、ちゃんとシャワー浴びたのだけど、やっぱりわかりますか?」
「ほんのり、だけどな。なんか調合か?」
「栄養ばっちりなごはんの研究中です」
へえ、と言いながら先生は笑うと、さすがベルティーニの娘と言って笑った。だがグラエム先輩が言うような「強欲な」というような意味を感じさせず、頑張ってるな、出来たら食わせてくれよ! と笑う先生の言葉は応援してくれているからこその言葉だ。
「面白そうだね、今度僕にも教えて?」
フォルが隣に座ってそう言うので、うん、と頷きつつ昨日の夜の出来事を思い出す。
物は試しだと適当な配合でカレー作成にチャレンジしてみたのだが、出来上がったものは異物だった。カレーみたいに茶色くなくて灰色で、匂いはカレーなのに味は苦い薬そのものだった。しかもとろとろしてなくてぼそぼそして……たのは小麦粉のせいかもしれないが、どうやら全体的に混ぜるものがよくなかったらしい。
せめて食べられるものが出来てからフォルには教えよう、と一人決意して、参考になりそうな本のページを捲っていく。あれではただの料理下手である。
今日の授業は魔法の練習だった。
やはり新しい魔法を学ぶのは非常に楽しい。今日は騎士科が既に冬休みに入っているので、午前から騎士科の練習場を借りて高難易度な魔法にチャレンジしている。
全員最も得意な属性ではなく、そして一番不得意でもない属性を選んでのチャレンジだ。得意なものだとやり易いし、不得意なものは急に無理して大技に挑むべきではないので、どちらでもない属性を……となると私が選ぶのは水と炎以外となる。炎は少し苦手だ。
私が選んだのは地属性魔法。ガイアスが得意としている属性の為魔法自体はよく見るが、私は滅多に使わない属性だ。緑のエルフィは相性が悪くはないそうだが、水が得意な私は好んで使う機会がなかったのである。
慣れている魔法とは違い、やはり魔力を変換するのが少し難しい。これが苦手な炎属性であると、魔力が纏まりすらしないのだから大変だ。身体から魔力が消費ばかりされて形とならないというのは非常に悔しい。
もっとも、ガイアスのおかげで頭に彼が作った魔法を思い出すだけなのでイメージしやすく、まったく初めての状態から始めるよりは順調だ。
少しの自主練習の後、先生に見てもらいながら一度発動させてみる事になる。
離れた位置で、フォルも同じように魔力を高めていた。同じ属性を選択した者で一緒にやるのだ。
先に水魔法でおねえさまとルセナ、それにレイシスがチャレンジして三人とも成功していたので、私も必死になって魔力を練り上げる。
詠唱を終えて、発動。
「アースランサー!」
地面が盛り上がり、勢い良く槍のように数箇所から土が突き出し、先生が用意した案山子のような藁人形に突き刺さる。
「よし、フォルセとアイラも成功だ!」
先生の合格を貰って、私とフォルはぱちりと手の平を合わせると離れた位置の席へと戻った。
「次は風やるかー」
「よっしゃ!」
ガイアスと王子が席を立ち、新しく用意された案山子の前へと移動する。
私は先ほどの感覚を忘れないようにと身体の中に魔力を巡らせ、目を閉じながらその感覚を身体に覚えさせる。この瞬間が大事だ。一度成功したからと言って感覚を定着させる努力をしなければ、次やろうと思っても思い出せない事も多い。
うーんもう何回かでいいからさっきの魔法使いたいな……と考えていると、前方で大きな魔力のうねりを感じた。
発動呪文が耳に届き、目を開くとガイアスと王子がほぼ同時に風の魔法を成功させたところだった。
「さすがですわね」
おねえさまが隣で感心したような声を出す。全員がチャレンジし終えたが、水魔法と地魔法はそれなりにできた、といった印象だったのに対し、ガイアスと王子の風魔法は非常に威力が強く範囲も広く安定していた。
安定さで言えばレイシスも相当なものであったが、威力と範囲も大きなものであるのに安定させたという点では二人が勝っているだろう。もちろん、持続や命中率などを考慮すると評価はまた変わってくるのだろう。
ふと、昔の事を思い出した。
実家で魔法の練習をしていた時。いつもガイアスが上手く派手に魔法を使いこなしていた為に、レイシスが夜一人で悔し涙を流しながらこっそり練習場に篭っていたことがあったのだ。今よりもっと小さな頃の話ではあるけれど。
あの時は覗いていたのが見つかってしまって、私もできなかったからとレイシスと一緒に遅くまで練習した。結局私よりレイシスの方が早く習得して最後に泣いたのは私であったが……。
ちらりとレイシスを見ると、穏やかな表情でガイアスと手を叩きあっていた。
昔はレイシスはレイシスだよというような、子供ながら言いたいことが伝わったのか自信がない妙な励まし方をした気がするが、今はもう必要ないらしい。その様子を見て思わず笑みが零れると、それに気づいたガイアスがにかっと笑みを返してくれた。
「アイラみたかー!? すげーだろ!」
「うん、すごかった。私も負けないから! 先生、練習してもいいんですか?」
「おーいいぞ、ただし魔力切れ起こすなよー」
ひらひらと手を振りながら言う先生に「了解ですー!」と元気に返して走り、また魔力を練る。私に続いて皆もそれぞれ少しずつ距離をとりながら練習を開始したようで、外部には魔力が漏れないようになっているらしい作りの学園の練習場内に、濃い魔力が満ちた。
「アイラはこの後どうするんだ?」
先生が、魔力の使いすぎをを心配して午後を休みにしてくれたので、時間が出来たと昼食を終えた屋敷のいつもの部屋でくつろいでいる面々の中、一人立ち上がった私にガイアスが声をかけてくる。
「うーん、街に食材調達しに行きたいのだけど」
「食材? あー、研究用の?」
すぐに思い当たったらしいガイアスに、時間もらえる? と尋ねると快く頷かれる。
「お嬢様、俺も行きます」
すぐにレイシスも立ち上がった。私は一人で外出しないように両親にも言われているので、二人ともついてきてくれるのは助かる。またレイシスが「お嬢様」呼びに戻っちゃったなーと少し残念に思いつつもほっとしてありがとうとお礼を言うと、僕も行きたい、と珍しいところから声をかけられた。
「ルセナ、いいの?」
いつも食後はとても眠そうにしている彼が珍しい、と思っていると、彼はほんの少しだけ、なぜか恥ずかしそうに目を逸らすと、実は、とゆっくりと口を開く。
「ベルマカロンに行きたいな。この前の、テケットみたいなのが入ったマシュマロが食べたくて」
「ああ」
納得の声を上げたのは、フォルだ。あれおいしかったね、と笑うフォルは、手にしていた本を閉じて部屋の小さな本棚へと戻す。
「ベルマカロンに行くなら僕も行きたいな。アドリにもお菓子を選びたいし。マシュマロのプリンと普通のプリンを買って食べ比べでもしようかな」
「いいね!」
ルセナが言うのは一度火を通して溶かしたマシュマロに崩したクッキーやテケットを入れて固めなおしたマシュマロで、フォルが言っているのは牛乳にマシュマロを溶かして固めたものだろう。期間限定でマシュマロ加工菓子も少しだけ売る、と言っていたし、まだ残っていたら私も食べようかな。
盛り上がりつつ、結局皆でいくことになったなと思い、参加表明がない並んで座っていた王子とおねえさまに視線を向けると、私が何と声をかけようとしていたのか気づいたらしい王子がふるふると首を振る。
「俺とラチナは午後用事があるから、また今度にしよう」
「じゃあ、お土産買ってきますね!」
王子の返答に、慌てて少しひっくり返りそうになった声をなんとか正常に聞こえるようにひねり出して、私はさっさと扉へと走った。
見てしまったのだ。並んで座っていた二人の間。私が立っていなければテーブルの陰になり見えなかったであろう位置で、私と視線が合った時何か言いかけたおねえさまの手をぎゅっと王子が握って止めた、その瞬間を。
おねえさまの顔がほんの少しだけ赤くなったことに気づいてこっちまで伝染しそうになったので慌てて部屋を出たが、後ろを追ってきたフォルがくすくすと笑ったのが聞こえた。彼はあの時比較的に私のそばにいたので、手を繋いでいた二人を見ていたのかもしれない。
部屋に残った二人は午後何をするんだろう、なんて考えるのは即刻首を振って追い払い、私は皆と雪がちらつく外へと飛び出したのだ。




