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 今日は夜に雪花と呼ばれるものを採集する依頼が入っていた。

 しかし、そろそろ出発するか、という話が出始めると、おねえさまが心配そうに「大丈夫かしら」と私と王子を見る。

「ルブラがどこにいるかもわかりませんのに……」

「そんな事を言って引きこもっていたって経験はつめないからな。大丈夫、先生も来るぞ」

「私も、せっかく学ぶ機会があるときは逃したくないです。ガイアスとレイシスがいるから、大丈夫」

 言いながら、もちろん二人に負担をかけていることはわかってるのだけどとちょっとだけ悩む。そもそも私が狙われると決まっているわけではないのだから、それに怯えて引きこもるわけにはいかないのではあるが。

 もっと強くなれれば、と考えつつ、立ち上がって準備をしていると……ところで、と王子が躊躇うような小さな声を出した。

「今日の依頼の、雪花って……どんな花だ?」

「えっ」

 王子の言葉に驚いてつい声が漏れる。王子が依頼内容を正確に把握していないのは珍しい。ガイアスとレイシスも目を丸くしていたが、ふと周りを見るとおねえさまとフォルも、首を傾げていた。

「そういえば……雪花って、滅多に資料には、載っていないんだよ」

 ぼんやりしていたルセナが思いついたようにそういうと、僕もすごく珍しいものを集めた本で名前を見ただけなんだと言う。

「あれ、雪花って、有名じゃないのかな」

「俺らのところだと結構有名だよなー?」

 ガイアスの言う「俺らのところ」というのは、私たちの地元であるベルティーニ領の事だ。

 地元の風景に思いを馳せたとき、理由がわかった。

「そうか。あれ、王都では珍しいのかも……山奥にしかないし、雪深くないと駄目だし」

「そういえばそうだな、俺らの家は山の中だし、雪結構積もるしな」

 うんうん、とガイアスと頷きあう。この間も、顔は上げたもののレイシスはどこか心ここにあらずというか、ぼーっとしているというか、まだ元気がない。

 それを気にしつつ、えっとー、と呟きながら私は王子達に向き直った。

「雪花は名前を聞く限り花ですけど、花じゃないんです。というかそもそも植物じゃありません。雪が積もった山の奥でたまに見られる現象で、雪が降って来る途中で大気中の水の魔力を含みすぎて固まって、木に引っかかったものが花のように見えたことから「雪花」と呼ばれるようになったそうですよ。見た目は光る雪玉です」

 ちなみに街中で見られないのは、魔力の流れが多い人里だと上手く固まらないからだ。大きさ的に大人の女性の拳よりも小さく、銀世界な森や山の中だと見つけにくい。

 見つけるポイントは、夜だ。魔力を含んだ雪花は、闇の中でうっすらと淡く光る。普通魔力は見えないもの。それが淡く光る原理はいまだ謎とされているが、その珍しさから「水精霊と氷精霊の贈り物」なんていわれていたりする。

「なるほど……でも、魔力を含んだ雪の塊なんて何に使うんだ?」

 首を傾げつつ王子が依頼書を見ていると、それは、と話し出したのはそれまで黙っていたレイシスだった。

「雪花が水と氷の精霊の贈り物と言われている理由は、見た目や雪で出来ているからだけではないんです。癒しの性質を持っている雪花は、見る者の心の傷を癒す、と言われています。恋人への贈り物とする人も多いそうですよ」

「まあ、素敵ですわ」

 おねえさまが目を輝かせ、胸の前で手を合わせた。

 王都では珍しいようだが、私の地元では雪花を手に好きな人のところに愛を告げに行き、承諾なら受け取ってもらえる、なんて告白の仕方がある。

 いくら隣の領地でもおねえさまはこの話を知らなかったようだ。王都は人が多く魔力の流れも活発なので、それこそ雪花なんて見る機会はなかっただろう。

「え、ちょっと待って。デューク様、雪花は人が多いところにはないわ。どこにとりにいくの? これ」

「そういえば……依頼は雪花を形を崩さず持ってくるように、というだけで場所は書かれていないな」

「この辺りでありそうなところってどこだ?」

 うーん。

 全員が首を傾げていると、部屋の扉が開く音。

「ん? お前ら何してるんだ?」

 現れたのは先生だ。しっかり防寒具をつけた先生は、アドリくんをフリップさんに頼んできたと言いながら、いつもの机に向かうと鞄になにやら道具を詰め始めた。

「先生、雪花は人里にはないと聞きましたけど、どこに取りにいくんですか?」

 フォルがなぜか心配そうな様子で聞く。

 先生はフォルと目を合わせると、「わかってるだろお前」とにやりと笑った。

「北山の方に行く。魔物がいる森には入らないが、ぎりぎりのところにいくぞ」

「ええっ」

 先生の、当然だろといわんばかりの言葉に私とおねえさまは手を取り合って飛び上がった。

 北山。北山って、ジェントリー公爵領にある、人の住むことが出来ないこの国唯一の魔物の巣窟じゃないですか!

 私の脳裏に、ついさっきまでガイアスに解き方を教えてもらっていた特殊科のテスト内容が過ぎる。魔物、ファイアドラゴン……その身体は大きく、翼に炎を纏い、太く先が鋭い爪を持ち、人なんて数人一気に丸呑みできるような大きな口から吹き出される炎は骨すら一瞬で溶かすという……怖い!

「あー、アイラ。何想像してるかわかるけど、ファイアドラゴンはこの国では確認されてないからな」

 ガイアスのフォローが入るが、そんなのはほんの少しも慰めにならない。ファイアドラゴンはいなくても、そっくりな火吹きトカゲとか炎狼とか、大きな口に牙を持つ雪熊さんなんかはいるんです!

「お前ら落ち着け。北山のそばまで行くが、北山には入らんぞ。ジェントリー公爵の許可がいるしなぁ。まあ、北山に入らなくても魔物が蔓延る山の近くに行きたがる人間なんていないから、雪花もあるんじゃないか。あそこなら雪も多いし」

 先生はそういいながら鞄を閉じると、よし、とそれを担ぎ上げた。

「お前らも防寒はしっかりしろよ。それと、備えあれば憂いなしだ。なるべく任務の時は回復薬を多めに持つ癖をつけろよー、持ちすぎて身動き取れないのはなしな」

「わかりました」

 ルセナがせっせと準備をし始めると、残りのメンバーもそれぞれ防寒具に手を伸ばす。今夜は冷えるだろうか、と窓際に寄った私は、アルくんを呼ぶ為に窓に手をかけようとしてやめた。

 せっかく室内が暖かいのだ。窓を開けたら冷えてしまうだろうし、上に呼びに行こう。


「アルくん」

 声をかけながら自室の扉を開けると、猫の姿のアルくんがぴょんと腕の中に飛び込んできた。

「アルくん。雪花を探しにいくよ」

 雪花? と少し驚いた様子でアルくんが目をまん丸にした。知ってる? と尋ねれば、アルくんはこくこくと頷く。

 アルくんを抱き上げたとき、ふと思い出した。

 ずっとずっと前、私がまだ小さかった頃。確か、風邪をひいて寝込んでいた私が、ガイアスやレイシスは外に出て稽古をしているのに、とむくれていた時だ。

 夜皆が寝静まった頃、風邪で体調が悪い上に暗さもあって一人で怯えていた私のところに、雪花を持ってサフィルにいさまがきてくれたことがあった。

 ほのかに淡い光が私とサフィルにいさまの手の中で光り、私はそれが嬉しくて内緒で来てくれたサフィルにいさまにすごいたくさん話しかけて……結果、私の様子を見に来たお母様に見つかって。

 その後は……どうなったんだったかな。あまりにも小さい頃の事だから、覚えていない。


「……にいさま、雪花持ってくるの、寒かっただろうな」

 雪花は、その特性上どうしても氷魔法で冷やしながら運ばないといけない。解いてしまったら、雪花はすぐに融けてしまうから。

 ぽつりと呟くと、アルくんが「にゃ?」と声を上げて、腕の中で私を見上げた。なんとなくその瞳ににいさまを思い出して、アルくんをぎゅっと抱きしめる。


 お母様に見つかって、その後どうなったんだっけ。怒られたのかな、呆れられたのかな。にいさまは、どんな顔してたかな。

 思い出が薄れていくことが妙に不安で、私はしばらくその場でふかふかのアルくんの背に顔を埋めた。



「さっむいですわ!!」

 おねえさまが悲鳴をあげると、それに私も必死で頷いて暖かいアルくんをぎゅうぎゅうと抱きしめる。……なんだか「ふにゃああ」って悲鳴が聞こえた気がするが。

「これ、どこまで進んだら北山の敷地なんだ?」

 縮み上がっている私とおねえさまに比べ、ガイアスや王子は結構平気そうだ。口では「いや、寒いぞ?」なんて言ってはいるが、そもそも震えていない。鍛え方の問題だろうか。

「北山はもう少し奥だ。この辺りならまだ大丈夫だろ。一応、境目の辺りに柵があるはずだ……そろそろ暗くなってくるな」

 先生が空を見上げながら、なるべく離れないで行動するようにと指示を出す。言われなくても、私とおねえさまはべったりだ。ついでに巻き込まれたアルくんも。

 ここはいつか夢で見たあの銀世界のように真っ白だ。針葉樹林が多いようで、その葉に雪が積もって真っ白に染まっている。もちろん、本物の雪でマシュマロではない。

 少し歩けば雪にふくらはぎの中ほどまで足が埋まる。もちろん除雪されているわけがないし、人がこないから雪が踏み固められているわけもなく。

 学園のあたりはまだそこまで雪はないのだけど、少し山の方にはいるともうこれ程積もっているなんて。

 これは……もし魔物なんかに会っても、戦闘に苦戦しそうだ。もちろんこんな雪が足を掬うところでは風歩なんて使えない。せめて踏み固められていれば使う事はできるだろうが……。

「危ないですわね。あまり身動きがとれませんわ」

「すべって転ぶなよーってうわ!」

 言っているそばから先生が派手に転び、雪に人型を作る。慌てて駆け寄って手を差し出せば、前に出てきたレイシスがそれを止め代わりに先生を起こしてくれた。

「悪いなレイシス。あー、ということで、転ぶなよ、寒い」

 身震いした先生が身体を震わせて雪を落とす。それを見てルセナが苦笑しながら、皆に膜のような魔法をはってくれた。

「お……寒さが和らいだな。さすがルセナ」

 王子が褒めると、ルセナが嬉しそうに笑う。さて、準備も整った事だし、と私達はなるべく集まって移動を始めた。

 丁度薄暗くなってはきたが、雪花はそもそもかなり珍しいものだ。サイズも小さいし、地面に落ちていることもあれば木にひっかかっていることもある。


 きょろきょろと見まわしながら歩く八人と一匹はしかし、雪花を見つける事ができず、二時間程を過ごした。


「ない、ですわね……」

「ないね……おねえちゃん、雪花って他に見つける方法、あるの?」

「うーん」

 ルセナに問われて首を捻ってみるが、そもそも雪花は私も偶然見つけちゃった! ということばかりで探そうとしたことがない。コツとか、あるんだろうか。

「あ、魔力探知とかどうかな。魔力を含んでいるんだよね?」

 フォルがぽんと手を叩いて提案すると、ガイアスが首を振った。

「あんな小さくて弱い魔力だと難しいと思うぞ? 見つけられる距離まで近づいてるなら見て探したほうが早い」

「……あ」

 急に、それまで言葉少なだったレイシスが小さな声を出す。

「え、どうしたの、レイシス」

 思わずその反応に食らいつくように反応すれば、驚いた表情を見せたレイシスが少し躊躇った後、「昔」と切り出した。

「兄に教えてもらったことがあるんです。雪花は月明かりが好きだから、見通しがいいところを探せばいい、って……」

「ということは、木が生い茂っているところじゃないほうがいいのかもな」

 ふんふんと王子が頷いて周囲を見渡し、あっちに言ってみようと少し森の奥を指差した。それに続いて歩き出した私たちは、森の様子が変わってきた事に気づく。

「このあたりは葉が落ちた木が多いですわね」

 おねえさまが空を見上げながら言う。先ほどまで針葉樹林が多かったが、今歩いているところは枝のみとなった少し寒々しい姿の木が多い。これなら、月明かりが綺麗に当たるのでは……と思っていると、ルセナが小さく「あっ」と叫んだ。

「柵だ」

 声につられて皆がルセナが指差す奥を見ると、大きな柵がちらちらと木の間から見えはじめている。雪明りでしっかり見える張り巡らされたロープに、所々の柱にはめ込まれていた魔法石。たぶん、あの奥が魔物がいる北山、ジェントリー領だ。

「あまり近寄るなよ」

 先生が手を横に伸ばし皆を止めたが、見つけてしまった。

「先生……柵のすぐ側に、雪花があります」

「なんだと?」

 にゃあ、とアルくんが鳴く。柵の手前に、僅かに光る何かが見えた。恐らく雪花だ。

「……柵の外側か。なら、行くか。気を抜くなよ」

 先生を先頭にその淡い光へと近づいていく。

 ふわりと光る雪花は、寒々しい白の中にぽつんとあるのにもかかわらず、暖かそうに見えた。実際はとても冷たいのだけれど。

 しばらく「綺麗」と口にしながらそれを静かに見ていた私達であるが、代表してフォルが氷魔法を使いそれを慎重に持ち上げ、冷やす魔法と衝撃を抑える魔法を施した布製の鞄にそっと入れる。

 ほっとした私達が気を抜いて周囲を見渡すと、もう一つありますわ! とおねえさまが少し先を指差した。また柵の手前だが、あそこなら大丈夫だろう。

「先生、アドリくんにも持って行ってあげませんか?」

 私の提案に、先生が「おお」と笑みを見せて自ら氷魔法を施し、もう一つの雪花を拾い上げる。そのそばに寄って行って雪花を入れる為の鞄を開いたフォルが、次の瞬間「えっ!?」と叫んだ。

「どうした?」

 王子がフォルに駆け寄ると、フォルは信じられないものを見るような目で柵の中を見つめる。まさか魔物か!? と警戒して視線の先を見た私は、驚いてその地面の雪を見つめた。

「あ、足跡……人間の」

「誰かが中にいるってことか? まさかそんな……」

 戸惑う私達を見て、はっとした先生が「だめだだめだ!」と叫ぶ。

「いいかお前ら、絶対に中に入っちゃ駄目だぞ。戻ったらフォルセの父親に連絡するんだ、いいな」

 はい、と皆返事はしたものの、視線は柵の向こう側だ。

 これは依頼も果たしたのだから早く戻ったほうがいいと先生が判断したのだろう、ほら行くぞ、と手前にいたルセナの肩を掴んだ、その時。


「ぎゃああああっ」

 人の悲鳴が聞こえたのだ。


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