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「なんであいつ助けたんだよ」
目の前でハンバーグをつつきながら不機嫌そうな声をだしたガイアスの顔を見ると、それはもう盛大に不服だと言わんばかりの顔をしていた。
「あなただって、わかっているから態度には出さなかったじゃない?」
ぱくり。うーんおいしい! さすがリミおばさんだね、ハンバーグ最高。このデミグラスソースが濃厚なのにしつこくなくて、じゅわっと口の中に広がる肉汁がたまらない。ああ、この後リミおばさん作の新作お菓子が待っているっていうのに食べ過ぎちゃいそう。
「ふん」
大好物の肉が目の前にあるというのに、ガイアスの機嫌はよろしくない。まぁ、嫌いなお貴族様らしき人物を助けるような行動が、あの時はあれでよかったのだと思っていてもなかなか納得できないのだろう。
あの後、さて屋敷に戻ろうと歩き出したところで、屋敷が見える前に私の父が馬に乗ってすっ飛んできた。それはもう驚く早さで駆けつけた父は、私の横にいた銀髪の美少年を確認してぎょっとしたあと、大慌てで本人に怪我はないかと確認して、私達にも怪我がないか確認したあと、彼だけ馬に乗せて先に屋敷に帰った。
どうやら父は知っているお客様だったようだ。
今この食事の席に彼はいない。ここは子供部屋だ。いつも食べている食堂ではなく、ここで食事を取っているのは私とガイアス、レイシスの三人。テーブルから少し離れたところでは、もう食事を終えた八歳になったサシャが、やんちゃ盛りの七歳になったカーネリアンに勉強を教えてくれている。
私達が食堂ではなくこちらで食事を取っている事で、まずさっきまで一緒にいた美少年はやはり貴族なのだろうと確信した。私達平民は貴族と同じ席で食事をすることはない。完全な身分社会だ、無礼に当たるのだ。それがたとえ子供であっても。
ふと顔をあげると、まだ面白くなさそうにハンバーグをつついているガイアスを見ながらレイシスがはぁとため息をついていた。
小さな頃からそうだったけれど、この二人は本当に性格が似ていない。顔は似てるのに、不思議なものだ。
「仕方ないでしょう? あの時点で貴族と確定してたわけじゃないし、あの子はベルマカロンにきたお客様だったし、私が接客してても傲慢な気配はなかったしね。それに……自分を狙う敵が来たってわかったとき、あの子私達に逃げろっていったのよ。いくら貴族だとしても、全員が全員子爵みたいなヤツじゃないわよ。たぶんきっと、そうであって欲しい願望だけど」
「でも」
まだ何か言いたげだったが、ガイアスは黙ってハンバーグを口に運んだ。まぁ、気持ちはわからないでもないんだけれどね。
「ガイアス、私達が目指しているのは貴族ばかりの学園だよ? いちいち毛嫌いしてられないって。それに……」
「それに?」
どうかしたのか、とレイシスが首を傾げた。
ごくん、と口の中のハンバーグを飲み込んで、二人の顔を見る。
「おかしいでしょ?」
「え?」
「あんなところに、貴族の子息一人でいるの。それにね、彼お腹空いていてうちの店に来たのよ、ほっとけないじゃない。……あの子ね、最初、ブローチと交換で食事が欲しいって言ったの。馬鹿みたいに高値のね。そのブローチ……守護の魔法がかかってた。かなり愛情がこめられた、ね。たぶんどこかでご両親が心配して……」
そこまで言ったところで、くすくすと聞こえた笑い声に、その声の主であるレイシスを見る。
「どうしたの? レイシス」
「いいえ、その通りだと思います、お嬢様。ほら、ガイアスもにやけてないで食べなよ、剣の稽古するんだろ?」
「っ、るせーな、わかってるよ!」
急に食欲が沸いたらしいガイアスががつがつと食べだしたので、つられて私もハンバーグをぱくり。ああ、やっぱりリミおばさんのハンバーグ、美味しいです。
食べた後は、少し休んでから三人揃って稽古場に出る。庭とは反対の玄関の傍にある稽古場は、少し屋敷よりは古いものの魔法で耐久度を高めていて頑丈だ。それこそ魔法があさっての方向に飛んでいっても、余程強力なものでなければ問題ないくらいには。
弓道場にも似たそこでは、ガイアスとレイシスがいつも剣の稽古に精を出している。そんな私も、剣の稽古こそしないものの、植物以外の……火とか、水とか雷とか、そう言った魔法の練習はここだ。
ちなみに、この時間は大好きである。なんたって、魔法ですよ魔法! 発動呪文がなければ、誰しも火は指先にライター並の炎が灯る程度だし、水はバケツに溜められるくらいだ。
だが、発動呪文が使えれば、それこそもうとってもRPGゲームを思い起こさせるのである。夢は前世で大好きだったゲームの魔法再現! ではあるのだが、この世界の魔法は万能ではない。
発動呪文がない簡単な魔法であれば、それこそ思うようにそよ風を起こしたり、お風呂に水を溜めてお湯を沸かしたりと想像が上手くいけばできるのであるが、発動呪文は創造がとても難しい。
想像すればなんとかなるのではない。想像と創造は別物である。決められた呪文を唱えて、想像ができていて、創造する能力があって初めて決められた形の魔法が出てくる。もっとも能力者によって大小威力に差はあるが。
ただ、魔法と魔法の組み合わせはできるので、それで思い描く魔法に近づけたりすることはできる……と思い最近は頑張っているのだが、私は若干器用貧乏だ。
ガイアスは地の魔法が得意で、かなり飛びぬけている。それこそその辺りの兵士よりは強いんじゃないだろうか。その代わり、水や風といった繊細な魔法は少し苦手で、これは私より苦戦している。
対し、レイシスは風魔法特化である。彼の使う魔法はとても繊細で、サポートにも向いている。相性がいいせいか水魔法も得意としているようだが、大胆な火魔法や地魔法は不得手だ。
そして私は、植物は本来の魔法属性ではないので置いておくとして、少しばかり水魔法が他より得意な程度で、特出しているものがない。一般的な属性はすべてある程度使えるが、まぁ、本当にある程度と表現するレベルだ。だがもちろん、私もその辺りの兵士に負けるつもりはない。
他には、三人とも雷や氷魔法はそつなくこなせるが、例外は王族の血筋が使えるという光魔法、それから世界中でもよくわかっていない闇魔法はまったく使えない。この二つは例外である。
二人が剣を一生懸命振るっているのを見て、思う。
どう見ても二人は一卵性双生児だ。だけど剣はガイアスの方が確実に上だし、魔力は若干レイシスのほうが上だろう。得意な魔法も違うのだし、不思議なものだ。
ふと、思う。
「……レイシス、剣よりダガーや弓の方が向いていそうじゃない?」
私がぽつりと漏らした言葉に、練習していた二人は唖然として剣を止めた。驚いた顔のレイシスを、見て、慌てる。
「あ、違うの。剣がダメだって言うんじゃなくて、ふと、イメージなんだけど。レイシスは風や水とか、加減が難しい魔法の方が得意じゃない? なんていうか、素早さ重視した武器の方が合いそうだなって」
すいません、完全にゲームの知識です。イメージ的に、細かい動きが得意なら弓とか上手そうじゃね? と安易なことを考えてしまったんですうわああ言っちゃまずかったかな剣が好きだったらどうしよう!
レイシスがいつも打ち合いでガイアスに負けて悔しそうにしているの見ていたのに私ってばなんてこった! とわたわたしていると、当のレイシスは大きく目を見開いていた。
「……その発想はなかったな」
「……なんか俺もそんな気がしてきた」
本人はまさかの「その発想はなかった」発言をしたが、特に不快そうにしていないのでほっとする。ガイアスの賛同も得られたようだし、えへへ、ととりあえず笑ってみる。
「少し、父と話をしてきます」
善は急げらしいレイシスは、私にすっと頭を下げると稽古場を出て行った。なんとなくそれを呆然と眺めていた私とガイアスは、目を合わせてふっと笑う。
「なんか父上がずっと剣を教えてくれてたから、他のものっていう発想、確かになかったわ。あいつ、炎苦手じゃん? それでも『炎の矢』はめちゃくちゃ上手いんだよ。たぶん、アイラの言っている事は当たってるぞ」
「そっか、そうなんだ」
嬉しそうなガイアスに、私もにっこり笑みを返すのだった。
そういえば、食後に食べたリミおばさんの新作お菓子は、まさかの日本式のモンブランにそっくりだった。名前の由来である山のような形はしていなかったし、さすがに栗は載せられていなかったが、試行錯誤した結果あの特徴的な絞りの形になったらしい。
私は一切モンブランについて語った事はないので、リミおばさんが作り上げたそれはとてもびっくりして、そしてぜひこのまま商品化して売りにだそうと推しておいた。生クリームがこの世界にもあってよかった!
他のお菓子職人としてリミおばさんが指導していた人達も、バールさんを筆頭にいろいろなお菓子を生み出しては切磋琢磨しているらしい。
屋敷から店を街に引っ越したとき、ベルティーニのお菓子は『ベルマカロン』として売り出した。名前を決めたのは私だ。私が前世で一番好きだったお菓子から名前を貰ったのだけど、まだそのお菓子は作れていない。脳内で顔文字つきマカロン! マカロン! コールはしてもなかなか成功しないのだ。
いつかマカロンの味もこの世界の人達に知ってもらえたら、そしてまったく新しいお菓子も味わってみたいなぁとぼんやり考えていた私は、はっと、当初の目的を忘れそうになっていたことに気付き、ポケットに手をいれた。
小さなお守り袋。その中の丸い感触に、ぼやりと浮かんだ笑顔を思い出して涙が出そうになった。




