第9話 間違いない、人生で1番の死地だわここ。
「———アルト・バーサク」
「はひっ」
「何だその腑抜けた返事はァッッ!!」
「はいッ!!」
指導室。
酷く殺風景な場所で、椅子が部屋の真ん中で対面に置かれ、その間に机が置かれている。それ以外は綺麗さっぱり何も無い。
前世で言う所の生徒指導室的な場所だろう。普通に進路希望の時以外言ったことないんですけれども……こんな刑事ドラマの取調室みたいな所だったっけ?
なんて部屋に気を取られている俺の前には、真っ赤の髪に真っ赤な瞳を持った美少女先生が俺へガンを飛ばして座っている。
そう———俺がトイレと嘘付いて抜け出した時のあの先生である。あの時は緑の髪だったんだけど……顔の造形が同じなんだよな。
「……すいません、先生のお名前……」
「すみません、な?」
「すみません、先生のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「フンッ、貴族出のくせに随分な態度だな。アタシはヴァイオレット・フローラだ。この前も名乗っただろ、覚えておけ」
「はいっ!」
どうやら目の前の怖い美少女はヴァイオレット・フローラと言うらしい。確かにあの時に名乗っていた時もそんな名前だった気がする。あんま覚えてないけど。
「アルト・バーサク……貴様、一体何をしでかしたか分かっているんだろうなァ?」
「……ッスーーーー……そんなに拙かったですかね?」
「貴様は頭がないのか」
「ありますよ、ほらちゃんとここにイケメンフェイス———」
———ズガンッ!!
今のは一体なんの音でしょうか。
正解は机を粉々にした音です。恐ろしいですね。
「…………」
俺は登場から数分も経たずに粉々になった机を眺める。
いや、何方かと言えば、この状態から固まって動けないと言ったほうが正しい。怖すぎて爆弾ぶん投げる所だった。俺の生存本能が警鐘を鳴らしている。一先ずスレ民共は殺す。
「貴様、アタシを舐めてるのか?」
「滅相もないです。先程の発言は全て撤回させていただきます。全ては私の落ち度であります、誠に申し訳ございませんでした」
蛇に睨まれた蛙の如く、目を逸らしたくても意思に反して逸らせないまま、俺は慎ましく謝罪をさせていただく。
なるほど。恐竜映画で恐竜とかを前にして逃げなかったり逃げるのが遅いのって、逃げないんじゃなくて逃げられないんだな。
というか、初めて会った時と全然人が違うんですけど。クソ優しかった記憶があるんですけど……もしかして俺の頭がおかしくなってしまったんでしょうか。
「あ?」
怖すぎて泣きそうだ。
その証拠に、膝が自立運動を始めた。脇とかおしりから汗も出てきてる。
そんな文字通り限界状態の俺に、ヴァイオレット先生が身を乗り出して顔を覗き込んでくる。
机という障壁が無くなったことにより、顔が物凄く近い。美少女なんて言ってられないほど怖い。昭和の人間かよ。
「……本当に分かっているのか?」
真紅の瞳が俺の心を覗くように見つめてくる。
全てを見通すような恐ろしい目に、俺はブンブン首を縦に振る。
「も、もももちろん分かっています」
「なら言ってみろ」
全部……ですよね、はい。
「……爆弾という危険物を持ち込んだこと。爆弾という物珍しい物で貴族のボンボン共を金づるにしたこと。学園内で勝手に商売を始めたこと…………くらいです」
「分かってないな」
「なんでぇ!?」
「…………」
やめて、睨まないで。
いや、睨んでも良いから殺さないで。
しかし、俺は確かに全部言ったはずだ。
それなのになんで分かってないと言われないといけないのか。
なんて俺が本気で困惑していると。
「はぁ……貴様———学園が開く前に侵入しただろ?」
半目のヴァイオレット先生がそんなことを宣う。
だが、そんな覚えは…………あ。
「思い出したみたいだな? 何時に来た?」
「…………ご、5時、です……」
「この学園に生徒が入っていいのは7時からのはずだが?」
や、やっべ、不安とか緊張とかで全く気にしてなかった……。
でも誰にも会ってない気が……。
「この学園には特殊な結界が張られている。運が良かったな、学園生手帳が無ければ貴様はその場で教師達に取り押さえられていたぞ。死ぬことはないが……相当な痛い思いをしただろうな。つくづく運が良い奴だ」
……この学園、怖くない?
今しれっと重傷が当たり前的なこと言ってなかった……?
この世界の人って、死以外は掠り傷とか言っちゃう人種……?
「それで、何故学園に侵入した?」
「…………この時期は朝練がなくて、学園生達の登校時間が全学年ほぼ同じじゃないですか。そ、それで、その時間が1番売れると思いまして……。それまでに完璧に準備をしておこうと思ったらこの時間になった、という事の次第であります。はい」
俺が大人しく全部ゲロると……ヴァイオレット先生は眉間を押さえて大きく息を吸い込———
「———ゴホォーッ!!」
盛大な咳をかました。
自らが机を粉々にしたせいで舞ったホコリやらが吸い込んだ時に入ったのだろう。目尻に涙が浮かんでいる。
「ゴホッゴホッ、ゲホッ!!」
「せ、先生!? だ、大丈夫———」
流石に心配になった俺が背中を擦ろうとした瞬間———信じられない光景を目の当たりにする。
———生え際から、髪の色が赤から緑に変わっていくではないか。
そんな、ダーウィンもビックリな人間の遺伝子にあり得なさそうな光景に呆然としている俺を他所に。
無事咳が止まったらしいヴァイオレット先生が、未だ潤んだ瞳で辺りを見回す。
机が壊れ、木くずが四方八方に飛び散り、片方の椅子は部屋の隅っこで寝転び、男子生徒が椅子に座って涙目で震えている惨劇を。
そして、彼女はゆっくり口を開いた。
「———……これは、どういう状況なのでしょうか……?」
自分の胸に聞け。




