24 悪者で敵①【リオ視点】
セレナはアイリーン嬢を追って、俺から離れてしまった。
とたんに、ディークからの刺さるような悪意がなくなる。俺は目の前のディークをまじまじと見た。
今ここでディークを締め上げて、吐かせるのは簡単だ。だが、全く悪意を持っていない相手を、証拠もないのにいきなり締め上げるのはさすがにためらわれる。
いっそのこと、ディークもライラ嬢のように俺に悪意を持っていたら話が早いのに。
「こっちだ、リオ。中で話そう」
「分かった。話を聞こう」
招き入れられた室内は、とても広く無駄な装飾品が多かった。
ディークが何を考えているのか俺には分からない。どうしてここまでセレナだけを目の敵にしているのか? 目的はなんなんだ?
これまではバルゴアに帰ってしまえばいいと思っていたが、ここまで事態がややこしくなった今、原因を突き止める必要がある。
向かい合ってソファに座ると、ディークは神妙な顔で話し出した。
「落ち着いて聞いてほしい。すぐには信じられないと思うけど、これから僕が話すことは真実なんだ」
そう前置きしたディークは、セレナが社交界の毒婦と呼ばれていたこと。多くの男を誘惑していたこと。異母妹を虐げて、実家であるファルトン伯爵家を滅亡までさせた悪女なんだと熱弁する。
聞き終えた俺は、深いため息をついた。
「全て間違っている」
「すぐには信じられないと思う」
「一体、どこから仕入れた情報なんだ?」
「それは言えないけど、たしかな筋からの情報だよ。信じてほしい」
これほどウソ塗れで信じられない情報はない。
「どの筋か知らないが、ようするにおまえは俺がセレナに騙されていると思っているんだな?」
「そう! リオ、いい加減、目を覚ますんだ!」
ディークはどこまでも真剣だ。俺が何を言っても、意見は変わらないだろう。
セレナが前に言っていた通り、ディークの中で好意が敵意に変わった今、セレナが毒婦であったほうが都合がいいに違いない。
そのほうが、己のつまらないプライドを守ることができるから。
こんなくだらないことのために、セレナに敵意を向けていたなんて。
俺はぐつぐつと腹の底から湧き上がるような怒りを必死に抑えながら「それで?」とディークに尋ねた。
「それでって?」
「それを俺に伝えて、おまえはどうしたいんだ?」
「どうって……。だって、リオは騙されているんだよ⁉ そんな女、リオに相応しくない!」
「相応しくないかどうかは俺が決める。もし、セレナがそんな過去を持っていたとして、それでも俺が彼女を愛していると言ったら?」
「え?」
「だから、全て知った上で俺はセレナを愛していると言ったら、おまえはどうする気なんだ?」
予想外の答えだったようで、ディークはポカンと口を開けた。
「えっと、それは……」
「俺はどんなセレナでも愛している。これで、話は終わったな? 俺もおまえに話がある」
「いや、僕の話はまだ終わっていない!」
ディークは乱暴にテーブルを叩いた。
「リオ、あの女は本当に危険なんだ!」
包帯の隙間から見えるディークの目は吊り上がっている。どうしても、セレナを悪者にしたいらしい。
「あんな恐ろしい女はいない! 見てよ、この顔のケガ! あの女の護衛騎士にやられたんだ! なんて狂暴なんだ、あり得ないよ!」
その言葉に、俺は耳を疑った。まさか、これから問いただそうとしていた答えを自分から言うとは。
「ディーク。どうしておまえがセレナの護衛騎士にケガをさせられたんだ?」
「そ、それは……」
今さら失言に気がついたのか、ディークは視線をそらした。
「セレナのメイドと護衛騎士が何者かに攫われた。おまえがやったんだな? それはそのときのケガか?」
「ち、違うよ!」
「二人はどこだ⁉ 無事なのか?」
「……」
ディークは怒られた小さな子どものように、ふてくされた顔で俯いた。
その態度に俺の我慢が限界を迎える。
「もし、二人に危害を加えていたら、ただでは置かない。タイセン王家からバルゴアへの宣戦布告だと見なす」
「そ、そんなつもりじゃないよ! 二人は無事だ。だから、そんなに怒らないで」
「監禁場所は?」
「……王宮の端にある、取り壊される予定の武器倉庫の中だ」
立ち上がり背を向けた俺にディークは「どこに行くの⁉」と叫ぶ。
「話は終わった。ここにはもう用はない」
「待って誤解なんだ! 僕は騙されているリオの目を覚ましてあげようとしただけで……」
「おまえはこの誘拐が、俺のためだとでも言うのか⁉」
ディークは、パァと表情を明るくした。
「そうだよ! セレナのメイドを保護して、彼女のこれまでの悪行を証言してもらおうと思ったんだ。そうしたら、リオも目が覚めると思って」
俺はディークの胸ぐらを掴んだ。
「おまえが知っているセレナの情報は全てウソだ。どこから入手したか言え!」
「それは、兄さんが……」
「カルロスから言われたのか?」
「そ、そうじゃなくて、兄さんがライラに渡した書面に書かれていたんだ」
「ライラ嬢から入手したということだな?」
「違うよ! ライラは優しいからセレナの悪行は隠しておくようにと言っていたんだ。だけど、ライラのメイドがこっそり僕に教えてくれて……」
「は? どうして、ライラ嬢のメイドが、おまえにその情報を流す必要があるんだ?」
「どうしてって、あ、あれ? どうしてだろう?」
本気で戸惑うディークに、もうため息しか出ない。
ディークはライラ嬢にうまく利用されてしまったようだ。
コニーとアレッタを攫うように指示したのも、ライラ嬢なのか?
そうなると、また話が変わってくる。
「おまえの話は分かった。続きはカルロスが戻ってから話そう」
「それは困るよ! 兄さんとリオは仲がいいから、僕が悪者にされてしまうじゃないか!」
「悪者にされてしまうのではなく、俺から見ればどういう事情があれ、おまえがセレナに敵意を向けて、バルゴアの民に手を出した時点ですでに悪者で、俺の敵だ」
「違う! 僕はリオのためにやっただけだ! それを言うなら、王族である僕にケガをさせたセレナの護衛騎士のほうが悪い!」
ディークは、ハッと何かに気がついたような顔をした。
「そうだよ! 僕は悪くない。兄さんが戻るまで待つ必要はない。今すぐ決着をつけようよ!」
「決着だと?」
「そう! この件を話す相手は、兄さんより父さんのほうがいい!」
「それはタイセン国王のことを言っているのか?」
「そうだよ! 父さんはいつでも僕の味方だから、きっと今回も分かってくれる」
俺はもう一度大きなため息をついた。
「分かった。そこまで事を大きくしたいのなら仕方ない。こちらも徹底的にやらせてもらおう」
ディークの過ちを後悔させるだけではダメだ。タイセン国全体が二度とバルゴアに手出ししようなんて思わないような対処をしなければ。
そう覚悟を決めたとき、部屋の外からセレナの悲鳴が聞こえた。
慌てて外に出ると、回廊に集まった王宮騎士がアイリーン嬢に剣を向けている。
セレナが慌てて俺の元に駆け寄って来た。
「リオ様!」
「何があった?」
「王宮騎士達が、アイリーン様が放火し、コニーとアレッタを攫った犯人だと」
「なんだそれは⁉」
放火したのは俺だし、コニーとアレッタを攫った犯人はディークだ。
剣を向けられているアイリーン嬢は、落ち着いているように見える。なぜか全身濡れていて、胸に大事そうに抱えた紙束からはポタポタと絶え間なく雫が落ちていた。
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