22 なんとなく【リオ視点】
しばらくすると、エディがバルゴアの騎士を率いて現れた。
「リオ。荷物の見張りと馬車乗り場の監視のために、五人は置いて来たぞ」
「ああ、それでいい」
今回の旅に同行している騎士は三十人。
俺だけならエディと二人旅でも良かったが、セレナが一緒なのでこの数にした。
父には「五十人くらい連れて行ったらどうだ?」と言われたが、多すぎると街で騎士達が滞在する宿泊施設を押さえるのが大変なのでやめた。
なので、この場にはエディを除くと二十五人いることになる。
俺はバルゴアの騎士達を見回した。
「五人は俺について来い。他の者はエディの指示に従い、全力で消火活動にあたってくれ」
俺はエディを手招きした。
「火を消したら『バルゴアから連れて来たメイドと護衛騎士がいなくなっている。カルロスから貰った希少なワインがない。その者達が火をつけてワインを盗んだかもしれない』と大げさに騒げ。タイセンはすぐに放火した犯人の捜索を始めるだろう。だから、バルゴアはワインを盗んだ犯人を見つけたいことにして、共通の敵を作り、一時的に協力関係を結ぶんだ」
タイセンの騎士達に、『バルゴアのメイドと護衛騎士が攫われたので、王宮内を捜索させてほしい』と真実を話しても許可など一生おりない。むしろ、なんとかもみ消そうと隠されてしまう可能性もある。
「分かった。タイセンの騎士達をコニーとアレッタの捜索に巻き込むんだな?」
「そうだ。敵の敵は味方だからな。タイセンの騎士達の捜索に、バルゴアの騎士も何名か同行しろ。コニーとアレッタが見つかったときに、タイセンの騎士達から危害を加えられないように守れ」
「了解。リオはどうするんだ?」
「俺は別行動だ。確かめたいことがある」
うまく説明できないが、ワインボトルが割れたことに気がついてからずっと、ディークがこの件に関わっているような気がして仕方ない。
本当ならあのワインは、カルロスからもらったものだから、素直に考えるとカルロスを怪しまないといけない。しかし、カルロスが関わっているにしては、すべてが短絡的だった。もし、カルロスがコニーとアレッタを攫うなら、もっと狡猾に緻密にやるはず。
いや、そもそもカルロスなら、自分の結婚式に問題を起こすようなことは絶対にしない。
エディに「その間、セレナ様はどうする?」と聞かれて、「俺と一緒に行動する」と返した。
「危なくないか? と言いたいが、今はそれが一番安全だな」
エディはそう言うと、騎士達を連れて消火活動に向かった。
その場には、騎士の中でも腕に自信がある者五名だけが残っている。
「お前たちは、セレナを守れ」
「「はい」」
騎士のひとりが俺に剣を渡したが、受け取りを断った。
俺はこれからディークに会いに行く。
ディークの言動によっては、カッとなりうっかり剣を向けてしまうかもしれない。さすがに隣国の第二王子に切りかかるわけにはいかない。
俺は火事のほうを見ながら、オロオロしている王宮メイドに声をかけた。
「バルゴアから来た者だ。ディークに会いたい。どこに行けば会えるんだ?」
「ひっバルゴア⁉ し、失礼しました。第二王子のディーク殿下に、ですね? 私には分かりませんのでメイド長を呼んできます」
「急いでくれ」
「は、はい!」
パタパタとメイドが走り去ると、セレナが俺の袖を小さく摘まみ引っ張った。
「これから、ディーク殿下に会いに行くのですか?」
「ああ。攫った犯人は俺以上に何も考えずに行動している。そうじゃなければ、よほどのことがない限り、バルゴア関係者に手を出そうなんて思わないからな。そもそも、俺達にケンカを売っていることにすら気がついていないのかもしれない」
「リオ様より⁉ そんな人が存在するのですか? とてもじゃないけど貴族社会では生きて行けませんよ?」
「うっ」
なんとなく、愛おしいセレナに『リオ様でも貴族としてギリギリなのに?』と言われているような気がして、俺は勝手に傷ついた。誰に何を言われても気にならないが、セレナの言葉だけは気になってしまう。でも、自分でも貴族らしくはないと思うので仕方ない。
傷心の俺をよそに、セレナはハッと我に返るような仕草をする。
「リオ様。ライラ様主催のお茶会で、他の方々に教えてもらったのですが、タイセンの国王陛下がディーク殿下を平和の象徴と呼び甘やかしているそうです」
セレナは、「本当ならすぐにこの情報をリオ様に伝えるべきだったのに、今まですっかり忘れてしまってすみません!」と謝罪した。
「それは……お茶会のあとに、俺がやらかしたから忘れてしまったんだろうな。俺のほうこそすまない」
「あっいえ、そういう訳では‼」
焦るセレナも可愛いが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「それで、ディークが平和の象徴とは、どういうことなんだ?」
「私が聞いた話では、陛下は先代国王陛下が戦争に明け暮れていた姿を見て育ったから、今の平和が続くことを強く望んでいるとか。つい最近まで、ディーク殿下こそ、平和な時代の新たな王に相応しいと言っていたそうです」
「愚かな……」
そう言いながら、俺はセレナの元実家であるファルトン家のことを思い出していた。
セレナの母が亡くなったあと、ファルトン家に入った異母妹マリンにより、セレナは酷い目に遭わされていた。
しかし、ファルトン家の当主に溺愛されている彼女を誰も咎めることはなかったらしい。むしろ、あの家ではマリンが中心で、皆がマリンの機嫌を取っていたそうだ。
そのときと同じような状況が、この王宮内で作られているとしたら……それは地獄だ。
「ディークが国一番の権力者に溺愛され守られているなら、王宮内を自由に動けるし、後先考えず行動するのも納得できるな」
「はい」
「俺はディークが神殿で、セレナに敵意を向けていたことも気になっている。だが、ディークが攫った証拠はない。ディークが怪しいというのは俺の勘だ。だから、ディーク本人に会って確かめる必要がある」
「分かりました。教えてくださり、ありがとうございます」
セレナはお礼を言ってくれたが、その表情は暗い。コニーとアレッタのことが心配で仕方ないのに、必死に冷静になろうとしているセレナの様子に胸が締めつけられる。
先ほど声をかけた王宮メイドが、メイド長を連れて戻ってきた。
メイド長は、俺とセレナの前で深く頭を下げる。
「次期バルゴア辺境伯様と、その婚約者ターチェ伯爵令嬢様ですね。どうぞ、こちらへ」
火事という緊急事態が起こっている最中の呼び出しにもかかわらず、メイド長はとても礼儀正しい。
そういえば、タイセン国王が愚かなことをしている割には、王宮内にそれほど混乱は見られないな。
それに、タイセン国王の意見に反して、カルロスが王太子になっていることを考えると、カルロスも黙って現状を受け入れていたわけではないようだ。
俺はセレナの手を握ると、メイド長の案内に従い歩き出した。




