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社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化&コミカライズ】  作者: 来須みかん
【第二部】

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21 こんなつもりじゃなかった【ディーク視点】

 兄さんとライラの結婚式が終わった。


 純白の衣装に身を包むライラは、本物の天使のように輝いていた。ライラの横で幸せそうに微笑む兄さんに嫉妬していないと言えばウソになる。


 でも、二人の幸せを願う気持ちもウソじゃない。


 だからこそ、僕はライラを悲しませたリオを許すわけにはいかない。しかし、リオもまた毒婦セレナに騙されている被害者だった。


 結婚式のあと、僕はリオと二人きりで話そうとした。だけど、リオはすっかりセレナの虜になっていて話が通じない。


 少し前まで、僕も同じようにセレナの美しさに夢中になっていたので、リオの気持ちは誰よりも分かる。


 話し合いはできなかったけど、まぁ、時間稼ぎはできたからいいか。


 僕は神殿から王宮に戻るために馬車に乗り込んだ。


 今頃、僕の指示でセレナ付きのメイドが保護されているはず。彼女の身の安全を保障して、セレナのこれまでの悪行を話してもらえば、さすがのリオも目が覚めるはず。


 そうすれば、リオはライラを乱暴に扱ったことを謝ってくれるだろうし、ライラも喜んでくれる。ライラが笑顔になれば、僕も兄さんも嬉しい。


 だから、僕はこれから、とてもいいことをしようとしていた。


 王宮に戻ると、すぐに僕の元にメイドの保護を指示していた騎士が駆けてくる。


「殿下」

「上手くいった?」

「はい。こちらへどうぞ」


 騎士が言うには、近々取り壊す予定の使われていない武器倉庫があり、そこに保護して匿っているそうだ。


 案内されるままについて行くと、王宮の端にあるボロボロなレンガ作りの倉庫にたどり着いた。


 僕が「この中にいるの?」と尋ねると騎士は「はい」と言いながら倉庫の扉を開く。扉が開いた瞬間に、なんとも言えない臭いがした。


 ホコリのせいなのか、それとも空気が淀んでいるのかは分からない。


 中には、騎士に剣を突きつけられているメイドがいた。


 両手両足をロープで縛られて、口にはしゃべれないように布が巻かれている。


「な、何をしているの⁉」


 僕は慌てて騎士に剣を収めるように伝えて、メイドに駆け寄った。


「大丈夫⁉」


 そう言いながら口に当てられている布を外すと、メイドはボロボロと大粒の涙を流す。震えながら浅い呼吸をくり返すメイドの目には恐怖が浮かんでいた。


「これは、どういうことなんだ!」


 僕がそう叫ぶと、騎士達は戸惑うように顔を見合わせる。


「我らはディーク殿下の指示に従い、バルゴアのメイドを連れてきました」

「そうだけど、僕は保護してってお願いしたんだ! こんなひどいことをするなんて‼」


「しかし、ディーク殿下が呼んでいると伝えても、そのメイドがついてくることを拒否し、連れて行こうとすると、その場に居合わせた護衛が激しく抵抗したため仕方なく……」

「護衛? その護衛はどこにいるの?」


 騎士が指さしたところには、縄でグルグル巻きにされた小柄な女性騎士がぐったりと横たわっていた。


「し、死んでるの?」

「いえ、気を失っているだけです。しかし、ワインボトルを振り回して暴れたため、大人しくさせました」

「大人しくさせましたって……」


 おそるおそる女性騎士の顔を覗き込むと、殴られたような跡がある。


「なんてことを……。こっそりメイドだけを連れてきてほしかったのに……」

「はい。そういう指示でしたので、割れたワインボトルは念のため回収しておきました。誰にも見られないように注意していたので、この者達がいなくなったことは、すぐにはバレないと思います」

「そうだとしても……。これじゃあ、まるで僕達が悪者みたいじゃないか」


 騎士達は、何か言いたそうに顔を見合わせている。


「ディーク殿下。我々はあくまで殿下の『バルゴアのメイドを連れて来い』という指示に従ったまで。従った理由は、陛下から直々にディーク殿下の好きにさせるようにと指示を受けているからです。もし、我々がそのメイドを無理やりにでも連れて来なければ、ディーク殿下は陛下に報告しましたよね?」

「まぁ、それはそうだね」


 もし、ここにメイドがいなければ、僕は父に『言うことを聞いてくれない騎士がいる』と相談していたと思う。これまでも、そうしてきたから。


「でしたら、我々はそのメイドを無理やりにでも連れて来ないと、ディーク殿下の指示に背いたとして、陛下から罰を受けていたでしょう」

「でも、僕はこんなつもりじゃ……」

「では、そのメイドと護衛を解放しますか?」

「い、いや。それはダメだよ。やることがあるから」


 僕はしゃがみ込むと、震えながら涙を流しているメイドに話しかけた。


「ごめんね。乱暴にするつもりはなかったんだ。僕はただ、君にセレナの悪行を話してほしくてここに呼んだんだよ。それさえ話してくれれば、君を悪いようにはしないから」


 メイドの目が大きく見開いたあとに、なぜかキッと鋭くなる。


「セ、セレナお嬢様は、何も悪いことをしていません!」


 震えながらも、メイドはハッキリと言い切った。


「でも、彼女は社交界の毒婦と呼ばれているんだろう? 見境なく多くの男性を誘惑して、妹を散々虐げていた。実家の伯爵家も彼女のせいで潰れたそうじゃないか」


 メイドは「……どこからそんなデマを?」と言いながら驚いている。


「デマじゃない。信頼できる筋からの確かな情報だよ。だから、君にはセレナが毒婦と呼ばれるほどの悪人だと、皆の前で証言してほしいんだ。そうすると約束してくれれば、すぐにでも君を解放してあげるから」


 メイドはうつむくと、黙り込んでそれきり話さなくなった。


「ねぇ、どうしたの? 簡単なことでしょう? ここから出たくないの?」


 何を言っても返事はない。


「困ったな……」


 そうしているうちに、呻き声と共にぐったりしていた女性騎士がピクッと動いた。


「あっ、気がついたんだ! 良かった」


 僕が女性騎士に駆け寄り抱き起こすと同時に「殿下、危ない!」と騎士が叫んだ。


 そのとたんに、僕は鼻に強烈な痛みを感じて、一瞬目の前が真っ白になった。


 騎士が僕と女性騎士を慌てて引き離している。


「コイツ、これだけ縄で縛られながら、殿下の顔面に頭突きをするなんて! なんて無茶苦茶な奴なんだ⁉」

「……え?」


 僕がそう呟くと、僕の鼻からダラッと何かが垂れた。


「殿下、鼻血が‼」


 慌てる騎士の声がなんだか遠い。僕の意識はどんどんと遠ざかっていった。

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