20 一番確実な方法
真剣な表情のリオ様を見て、私はリオ様が過去に言った言葉を思い出していた。
『俺、難しいことや細かいことを考えるのは苦手なんです。でも、身体を動かすこと、兵を鍛えること、そして、敵を征圧することは得意ですから』
その言葉の通り、リオ様は難しいことや細かいことを考えるのは苦手だった。でも、今のリオ様にはなんの迷いもなく、得意なことをしているように見える。
ということは、リオ様は征圧すべき敵を見つけたんだわ。それはもちろん、コニーやアレッタを攫った犯人。
「セレナ、歩きやすい靴に履き替えてくれ」
「はい」
私は急いでヒールの高い靴を脱ぎ棄てて、アレッタが準備してくれていた歩きやすいブーツを手に取った。
本当なら今すぐにでもリオ様に聞きたいことがたくさんある。
どうして、コニーとアレッタが攫われたのか?
犯人は誰なのか?
なんの目的で?
でも、一番聞きたいことは――。
二人は無事なの?
どうしよう、コニーとアレッタがひどい目に遭わされていたら……。
滲んだ涙を私は慌てて指でぬぐった。
「リオ様、履き替えました」
「次は、部屋中のクッションをここに集めるんだ」
「はい」
私はクッションを掴めるだけ掴み、リオ様の元に運んだ。それを何度も繰り返す。
運ばれたクッションをリオ様は次々に破いていく。
羽毛が舞い散り、山のように積もっていった。
リオ様は、何をしようとしているの?
その疑問を声には出さず、私は呑み込んだ。
説明されても、きっと私ではリオ様のやりたいことが理解できない。
今はリオ様の邪魔をしてはいけない。
「セレナ、寝室の枕元に置いてあったオイルランプを取ってきてほしい」
「分かりました」
急いで寝室へと向かい、ベッド横のサイドテーブルに置いてあるランプを手に取る。
私が寝室に行っている間に、リオ様は窓のカーテンを引っ張り外していた。
ランプを手渡すとリオ様は「ありがとう」と言ってくれる。いつもの笑顔はないものの、リオ様はとても落ち着いていた。私ももっとしっかりしないと。
「セレナ、危ないから部屋から出てくれ」
「はい」
私が部屋から出たことを確認してから、リオ様はランプのカバーを外した。カバーの無くなったランプで火を灯し、積もった羽毛を燃やす。
羽毛の山が燃え盛ると、リオ様はその火に外したカーテンをくべた。白い煙が立ち込めて、焦げた臭いが辺りに充満する。
火のついた羽毛が煙に煽られ、部屋の他の場所へと飛び火していった。
リオ様は窓を開けると「火事だ!」と大声で叫んだ。
その後、煙を避けるように自身の腕で口元を抑えながら部屋から出てくる。リオ様の手は、私の荷物が入った大きなカバンをしっかりと掴んでいた。
「これでよし。行こう」
私は頷くと黙ってリオ様のあとに続いた。
行く先で出会った王宮メイドにリオ様は「火事だ」と伝える。それを聞いたメイドは、足早に煙が立ち込めるほうに行き、本当に燃えていることを確認し悲鳴を上げた。
そうしているうちに数人の王宮騎士達が駆けてくる。
「何事だ⁉」
メイドが「火事です! も、燃えています! こっちです、早く!」と泣きそうな声を出す。
「なっ⁉ ただちに消火活動に当たれ! 人を集めろ!」
それを聞いたリオ様が、知らん顔で「ひどく燃えているぞ。バルゴアも消火活動に加勢しよう。馬車置き場に待機している騎士達を呼んできてくれ」と言った。
「バルゴア⁉ 助かります! おい、おまえ呼んでこい!」
隊長らしき人から指示を受けた王宮騎士の一人が走り去る。
騒然とする中、リオ様が「ふぅ」と息を吐いたので、私はこそっと話しかけた。
「リオ様……いつからそんなに演技が上手くなったのですか?」
まさか自分で火をつけておいて、消火活動を手伝うと名乗り出るなんて。
「演技は今でもできない。でも、俺は事実しか言っていないから大丈夫だ」
言われてみればそうね、と感心してしまう。
「でも、どうして、こんなことを?」
リオ様が火をつけたことが知られれば、大問題になってしまう。それに、このまま燃え広がれば死傷者が出る可能性だってある。本当なら建物に火をつけるなんて、何があっても絶対にやってはいけないことだ。自国でも放火は死罪になるほどの重大犯罪だった。
咎めたつもりはなかったけど、リオ様は困ったように眉を下げる。
「今は手段を選んでいられない。カルロスとライラ嬢には、俺のやらかしを許してもらった恩があるから、本当ならこのまま穏便にタイセンを出たかったが……。コニーとアレッタを見つけるためには、これが一番確実で手っ取り早い方法だったんだ」
「リオ様を責めるつもりはないんです。私の言い方が悪くてすみません。でも、どうしてリオ様がこんなことをしたのか分からなくて……」
やっぱり黙っておけばよかったと後悔してしまう。リオ様はうつむく私の頭を優しく撫でてくれた。
「通常時に決められた規則を破ったら罰せられてしまうが、緊急時なら例外として許されることがある。戦闘時においても、奇襲を受けたり火事になったりした場合は、上官の命令を無視して対処しても許されるからな。だから、規則を破るために緊急事態を作り出したんだ」
たしかにこれでバルゴアの騎士が王宮内に堂々と入れる。しかも、消火活動を手伝おうと名乗り出たことで、この場にいる誰もが、まさかリオ様が火をつけたなんて思わない。
どんどん人が集まってきて、大騒ぎになっている。
「あの、リオ様……。もし、火をつけたのが私達だとバレたら……?」
「エディ達が到着したら、早々に火を消して小火にするつもりだが、バレたら大変なことになるだろうな」
「ど、どうするんですか⁉」
焦る私にリオ様は淡々と答える。
「あとの処理は優秀なカルロスに任せよう。自分の結婚式の日に王宮で火事があったなんて全力でもみ消すだろうからな。カルロスなら上手くやるだろう」
そういえば、戦闘において優秀なリオ様は、後処理などの頭を使う事務的なことは苦手だったわ。
私は心の中で『タイセン国の方々、カルロス殿下の結婚式という祝いの日に申し訳ありません』と謝っていた。
でも、コニーやアレッタを救うために他に方法はない。目の前で大変そうな人々がいてもなお、二人を助けるために行動してくれたリオ様に、私は心の底から感謝している。
相反する気持ちに苦しむ私の顔をリオ様が覗き込んだ。
「セレナ、コニーとアレッタを攫ったのは、おそらく王宮関係者だ」
「えっ⁉」
「他国からの来賓が宿泊しているこの辺りには、王宮関係者以外入れない。それに、自国の王太子が結婚式を挙げる日に、わざわざバルゴアにケンカを売る愚か者など限られている」
「では、リオ様は犯人のことを?」
「目星はついているが、まだ確証はない」
「その……コニーとアレッタは無事でしょうか?」
こんなことを聞いてもリオ様を困らせるだけだと分かっている。それでも、私は今にも押しつぶされてしまいそうな大きな不安をひとりで抱えきれず言ってしまった。
リオ様の手が私の頬にそっと触れた。
「二人を必ず見つけ出す」
私を気遣うように見つめたあと、視線を逸らしたリオ様の瞳がスッと細くなった。その表情は、今まで見たことがないくらい冷たい。
「コニーとアレッタは、俺が守るべきバルゴアの民だ。攫った奴らは、手を出してはいけない者達に手を出したことをこれから後悔することになるだろう」
空気がビリビリと震え、リオ様から殺気のようなものが伝わってくる。
きっとこれが、リオ様が、敵だと認識した者に向ける顔。
「……俺はカルロスのように、広い心で許すことはできないぞ」




