18 結婚式の当日
そうして迎えた結婚式の当日。
王宮から少し離れた場所にある大神殿で、カルロス殿下とライラ様の結婚式が行われた。
純白の衣装に身を包んだカルロス殿下とライラ様が永遠の愛を誓っている。
その幻想的なまでに美しい光景に、二人のことをよく知らない私ですら感動して涙ぐんでしまった。
手を取り微笑み合う姿は、とても幸せそう。
結婚式が終わると、新郎新婦は参列者に手を振りながらパレード用の馬車に乗り込んだ。あの馬車で大通りをゆっくりと走り、民にも二人のお姿をお披露目するとのこと。
聖女であるライラ様は、民に絶大な人気があるので、大通りにはライラ様を一目見ようと人が溢れかえっているらしい。
式は細部まで行き届いていて、とても素晴らしかった。参列した貴族達や他国から来た来賓達も、この結婚式に満足していたように思う。この規模の結婚式を自分もするのだと思うと、少し気が重いけど、リオ様と一緒になるためだから逃げる気はない。
隣にいるリオ様が「無事に終わったな」とため息をついた。
「そうですね」
結婚式の余韻に浸る間もなく、私達は帰国の準備を始めなければいけない。
大神殿から王宮に戻るためには、馬車に乗って移動する必要がある。式に参列していた人達に交じって、神殿内を歩いていると背後から声をかけられた。
「リオ!」
ディーク殿下が、こちらに近づいてきている。
どうしよう。さすがに神殿内であの濃い化粧をするのをためらってしまい、今はいつも通りの姿だった。少し動揺してしまった私を、リオ様が守るように背後に隠してくれる。
「話があるんだ」
「今は無理だ」
「どうしても、リオに聞いてほしいんだ!」
あまりに必死な声を不思議に思い、私がチラッとディーク殿下を見ると、鋭い目つきで睨みつけられた。
ああ、なるほどね。
憎しみが込められたディーク殿下の瞳に、リオ様が驚いている。
「ディーク? 話なら今ここで聞こう」
「……いや、ここではダメだよ」
不快なものを見たくないといったような態度で、ディーク殿下が私から視線をそらした。
「リオ。あとから時間を作ってほしいんだ」
「約束はできない」
ディーク殿下の口から深いため息が出る。
「それもセレナの指示なの?」
「は?」
私を見下すように鼻で笑ったディーク殿下に、リオ様の目が吊り上がった。
「ディーク、なんのつもりだ?」
「別に……」
そう言い残してディーク殿下は私達に背を向ける。
「なんなんだ、アイツは? どうして急にセレナに敵意を剥きだしにしているんだ⁉」
怒るリオ様を見て私はクスッと笑ってしまう。
「落ち着いてください」
「いや、落ち着けない! 今まで散々セレナを口説いて追い回していたのに‼」
「だからですよ」
「え?」
「散々追い回して口説いたのに、私が冷たくあしらったから、好意が敵意に変わったのでしょう」
ポカンと口を開けたリオ様は「そんなことがありえるのか?」と驚いている。
「よくあることです。私が社交界の毒婦と呼ばれるようになったのも、そういう人達が大勢いたからです」
あの頃は、冷たくあしらった男性達に『せっかく俺が声をかけてやったのに』とか『何様のつもりだ⁉』なんて言われることはいつものことだった。
ありもしない悪行を広められるだけなら、まだマシなほう。
無理やり人気のない暗がりに連れ込まれそうになったり、カッとなった相手に殴られそうになったりしたこともある。
「今思えば、よく無事でいられましたね、私。亡くなったお母様がずっと守ってくださっていたのかも」
フフッと笑いながら冗談交じりにそんな話をすると、私はリオ様に抱きしめられた。
「え?」
「……俺が、もっと早くセレナと出会っていれば」
後悔を滲ませたその声に、私の心は温かくなる。
「大丈夫ですよ。決して楽しい記憶ではありませんが、そのおかげで私は強くなれましたから」
生き残るために空気を読んだり、悪役を演じたり、逆にか弱い演技をしてみせたり。他にも言い寄ってくる男性を適当にあしらえるようになったことなどは、全て今後の人生でも使える。特に社交界や外交時には、強い力を発揮できるかもしれない。タイセンに来て、私はその手応えを感じることができた。
「リオ様のおかげで今の私はとても幸せです。それに私は、今の私を誇らしく思っているのです」
そう伝えると、今にも泣きそうな顔でリオ様は、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれた。
もしかしたらあの苦しい日々は、こうして、リオ様の側にいるために必要なことだったのかもしれない。だとしたら、頑張った甲斐があったわね。
ディーク殿下に呼び止められたせいで、私達以外の参列者の姿はもうない。馬車乗り場も今なら混雑していないはず。私とリオ様は、ゆっくりと歩き出した。
「本当なら明日、カルロス達のお披露目パーティーがあるのだが、式には出たからもう帰ろう」
「はい」
パーティーに出席すると、ディーク殿下やライラ様と顔を合わせてしまう。またややこしいことになりかねない。
王宮内に与えられている客室に戻った私達は、すぐに違和感に気がついた。
なぜか、いつも笑顔で迎えてくれるコニーとアレッタの姿がどこにもなかった。




