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ビブス ~ ナンバーの秘密 ~  作者: 悠月 星花


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3/3

11番の秘密

 『陽を探してビブスを渡す係』も1年続いた。


 それも、もう終わりにしたい。


 陽との小さな秘密の共有は、私の心を甘く満たしてくれたけど、不毛な恋を続けているのは、とても辛くなってきていた。目で追う先に、美樹と並ぶ陽を見るのは、未だに胸がギュっとなる。

 報われることのないこの胸の内は、冷めることなく、見向きもされない陽のことをずっと想い続けていた。


 もう、この恋をやめた! といっても、すぐにやめられるものではないことは、重々わかっている。

 何度も何度も諦める! って実行してきたのに、いまだに陽のことが好きな私は、結局、陽に最悪の結果を突きつけられたとしても、密かに想いを募らせていくのだろう。

 いつか、そんなこともあったよね? という想い出に変わるまで。


「千晶! また、陽を探してきてくれ!」

「わかりました! 森川先輩、でも、もぅ、陽先輩を探しに行くのは、最後にしてくださいね!」


 そう言うと、森川は苦笑いをしていたが、捜索のお願いされたので、陽を探しに行くと、いつものように体育館の手洗い場の階段でサボっていた。いつも以上にぼんやりしながら、少し俯いている。

 疲れたのだろうか? 練習が始まって2時間だ。珍しいと思いながら、声をかけることにした。

 男子の方は、休憩の前に試合をする。陽の捜索時間は、みんな、こっそり、試合前に水やスポーツドリンクを飲んで一息入れている頃だろう。


「……あの、陽先輩?」

「なぁにぃ?」


 足音で気づいていたのか、さっきの深刻そうな雰囲気から一変。相変わらず、軽いなぁ……本当に、私、この人好きなの? と疑問を持ってしまったけど、向けられた瞳を見たら、あぁ、やっぱり好きだと胸が早鐘を打つ。

 階段になったその場所に、陽は足を放り出して座り直している。


 いつもは、呼びに行きビブスを渡すだけだったのだけど、今日は、陽の隣にちょこんと座る。

 隣から、驚いているような雰囲気が漂ってくるが気にしない。緊張のあまり、渡されたビブスをギュっと固く握ると、しわくちゃになっていた。


 しばらく、何も言わず、左側に座る陽の優しい雰囲気を感じていた。なんだか、今日は陽の様子もいつもと違う気がしていた。

 意を決して、口を開く私。


「陽先輩……あの」

「んー。千晶が言おうとしてることは、言わなくてもわかってるよ?」


 私は、思わず陽の顔を見た。横顔しか見れなかったが、あの夏を思い出すような真剣な顔に、思わずドキッとする。


「俺ね、美樹とは、本当にただの幼馴染。気になって、気になって仕方がないって、千晶の顔に毎日書いてあったよ? それを見て、ちょっと悦に浸ってたんだけどさ。あぁ、千晶が俺のことを気にしてるんじゃない? って」


 驚いた私に、向こうを向いたまま、ニコッと笑う陽。


「ついでに、千晶にだけ暴露してやるけど、美樹は森川と付き合ってるよ」

「えっ、森川先輩と……?」

「うん、そうなんだよね! 誰にも秘密にしてるらしくって。あっ、もし、美樹から何か言われても、俺から聞いたって言わないでね? 俺、締めあげられちゃう」

「わかりました」


「あの堅物森川とだよ?」と陽が優しく笑うと、頭をくしゃくしゃっと撫でてくれる。


 私が、告白しようとしていたのが、わかったのだろうか?


 笑顔1つで黙らされる。


「あぁ、その、それで、えっと……、……俺、千晶のこと好きみたい。中学のときから。俺の中学の夏大のとき、俺らに向かって、負け試合で『がんばれー』って大声で叫んだの、千晶だろ? 俺、あれは、一生忘れないと思うわ!」

「……知ってたんですか? 頑張ってた陽先輩に向かって叫んだんですけど……」

「えっ? そうなの? そんなの聞けると嬉しいな」


 少し照れたように頬をかくように、「そうですよ」と呟く。


「あぁ……うん、それで、俺、俺へのその声援が千晶からだって、ずっと知ってた。感動しすぎて、顔バッチリ覚えちゃったし、そのあと、「ありがとう」ってお礼を言おうと思って、試合後すぐに会場を探したけど、見つからなくて……、次の年の大会、見に行ったんだよ。バッシュ持ってるのが見えたから、会えるかなって。で、見に行ったところで見つけたのが、11番のユニフォームを着た千晶。ちょうど、ほら、11番のビブス、お揃いだね?」


 しわくちゃになっているビブスを広げると、大きく11と書かれている。

 こんなに上手な陽でも、自分だけではどうにもならないと思うところがあるらしく、毎日、練習だけでなくチームに対しても、自分なりに試行錯誤しているらしい。

 森川との折り合いも、副キャプテンになっていることも、陽にとっては重責で、そのたびにあのときのことを思い出していたと呟く。

 『11番』は、私が中学最後の大会のときにつけていたユニフォームの番号だ。陽は、それを知っていて、お守り代わりに、ずっと『11番』のビブスを使っていたのだと白状する。


「せん……ぱ……」

「おしおし、千晶よ、特別に俺の胸でお泣き!」


 陽からナンバリングに拘ったビブスの意味を知って、涙が溢れてくる。冗談まで言ってくる陽が憎たらしかったけど、その顔を見れば、少々赤くなっていて、照れているのだとわかった。


「先輩、汗臭いです……」

「いやーそれは、さっきまで走ってたからね……仕方ないよ? 青春の匂いさ!」

「面白くないですし、軽すぎませんか?」

「かなり、強気ですな……千晶さん」


 先輩に持ってきた『11番』のビブスで涙を拭くと、すっくと私は立ち上がって手を差し出す。


「あっ、俺ので拭くなよ……ったく」

「行きましょう! 森川先輩に、また、叱られますよ!」


 私の手を取り立ち上がる陽。繋がれた手をじっと見つめている。


「……今日から一緒に帰ろうか?」


 私は、驚いた。そして、コクンと頷いて返事をした。


「じゃあ、いっちょ、森川のやろーをのしてくる!」


 意気揚々と体育館に戻った陽の後ろをついて行くと、さっきの気概はどこへやら……、試合の前にこってり絞られて、「まぁまぁ」と必死に森川を宥めている陽にクスっと笑う。

 その後の紅白戦は、見事な陽の采配の元、陽の率いる本日のチームが3連勝をおさめ、気分よさそうにしていた。


 ◆


 その帰り、約束通り、初めて陽と待ち合わせをした。いつものように、写真が送られてきて、その場所まで向かうと、陽は微笑み「帰ろうか」と手をそっと差し出してくれた。その手をギュっと握る。

 大きな手にドキドキしながら、慣れない私たちは、歩調を合わせ、ゆっくりゆっくり家路へと向かった。

 校門を出ると、1本の桜がある。

 入学式の日、この木の前で陽と美樹がじゃれ合っているのを見て、落ち込んだのがウソのようだ。

 季節が廻り、今、桜が蕾から咲き始めている。


「陽先輩、桜が咲きそうですよ!」

「あぁ、本当だ。そういえば、入学式の日も、ここで千晶を見た気がするんだけど?」

「気のせいじゃないですよ! 私、ここで、陽先輩を見ましたよ! そうだ、私の涙、返してください!」


「何のこと?」と私がいった言葉の意味が分からない陽に、「勘違いで恥ずかしいので忘れます」と呟く。想い続けた時間は、桜とともに花開いたのだから、あの日の涙は忘れることにした。


 ◆


 私たちは、それからも、『11』というナンバーを大事にする。特別な縁をもたらしてくれたそのナンバーは、私たちだけでなく、私たちの子どもにも……幸運をもたらしてくれるかも、しれない。



 終

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)千明ちゃんのハートというか内心ですよね。そこを繊細に書かれているのが素晴らしい手腕だと思いました。それはもしかして悠月様のなかにあるリアリティが何かをもたらしているのかもしれませんが…
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