陽を探してビブスを渡す係
私の通う高校は、進学校のため部活時間は、他の学校に比べると極端に短い。
少しでも、地区予選での順位を上げたい男子バスケットボール部のキャプテン森川と「楽しくバスケができればいい」と言っている陽とは、基本的なスタンスが合わない。
それでも、陽が副キャプテンを任されているのは、そのプレーによるものだろう。
誰もが認めるそのプレーは、華やかであり、人を惹きつける。
ただ、私の知る陽は、もっと違う一面を持っていることを知っていた。
◆
私が初めて陽を見たのは、中学2年の夏大会、地区予選の決勝戦のこと。
10人いるコート上で、1人だけ、異様に目立っていたのが、陽だった。
その試合、残り時間を考えても勝てる見込みもない負け試合。陽だけが諦めず、果敢にゴールへ向かう姿は、とてもかっこよかった。
陽と同じチームの4人は、点差と疲労で試合を諦めてしまい、同じチームのベンチからの声援もなく、まさに、陽の孤軍奮闘状態だ。
逆に相手チームは、勝つことが決まっているからか、メンバーを総入れ替えしてしまった。
そのとき、陽はどんな風に思ったかはわからないが、私は見下されたような気持ちになり、自分の試合でも、ましてや知り合いがいる試合でもないのに悔しくなり、ギュっと拳を握り、力いっぱい声を出した。
「がんばれっ! 赤4番!」
私の声を拾ったのか、陽が振り返った気がしたが、一瞬のことだったので、今ではどうだったのかすら覚えていない。ただ、あのときの熱は、未だ冷めやらぬ感情として、今も胸のうちに渦巻いている。
結局、その試合は、陽のいたチームは負けてしまったのだが、夏のあの試合だけは、他のどんな試合よりも、今も鮮明に覚えていた。
あのとき、監督にポジションチェンジを言われたばかりだったため、私が、今後、どのようなプレイヤーになるのかわからなくなり、伸び悩んでいた時期でもあったので、陽のプレーを見て、私の理想を見つけた気がしたのだ。
◆
あの夏の大会から、名も知らない彼をすごい人だと憧れていた人が、たまたま入った高校にいたときは、驚かされた。
入学式の日、緊張の面持ちで高校の校門を目指して歩いていたとき、目の前に陽を見つけたのだ。
私が見たとき、可愛い彼女と思われる女性と一緒に、じゃれあっているところに出くわし、思わず道端で固まってしまった。
後ろから来た人が、急に止まった私にぶつかってきたので、叱られ、「すみません」と小さく謝った。
それから、新入生の私には入学式があり、教室に行き、自己紹介と今後の話を先生から聞いたのだろう。今、考えても、自己紹介で何を言ったか、先生から何を聞いたのか、全く覚えていない。
家に帰るまでは、今朝見た光景を何度も思い出し、無気力ながらもずっと耐えていたのに、家の玄関のドアが閉まった瞬間、涙が次から次へと流れてとまらなくなってしまう。
気づいたときには、どうやって部屋まで歩いてきたのか、私室のベッドの上で、涙は枯れ果て、ほっぺでいく筋も乾いている。
制服の袖で、ゴシゴシと顔を擦って、あの夏の日の熱は、彼への憧れだけでなく、この想いが初めて『恋』であったと知った。そして、始まる前に終わったのだとも。
それでも、入学したばかりの高校には通い続けなければいけない。失恋をしたからと言って、気持ちがすぐになくなるわけでもないが、勉強はきちんとしておいた方がいい。ただ、彼のことを考えると、部活動については迷った。
オリエンテーションのときに部活紹介があり、ついつい見つけてしまった彼を追い、体験入部を通じて、同じバスケットボール部に入った。元々、高校でもバスケは続けるつもりではあったのだ。それに、何か、彼と繋がりができるかもしれない。私には、下心も確かにあったのだろう。
そして、部活初日に打ちのめされた気持ちになる。
彼の彼女であるだろう入学式のあの人が、女子バスケットボール部のキャプテンを務めていたのだった。
しかも、プレー一つ一つが丁寧かつかなりうまかった。
美少女な上にバスケまで上手いって……完敗だ。私に勝てる要素など、元々どこにもないのだけど……。
勝手に美樹と比べて、落ち込んで卑屈になっていく私。ため息が多く、集中も出来ない。練習をするには、最悪のコンディションであった。
その日、1年で紅白戦をすることになった。実力を見るには、試合を見るのが手っ取り早いらしい。
慣れ親しんだ番号である『11番』のビブスをもらい、試合に臨んだが、試合に集中できず、私はシュートをはずしまくる始末。
美樹に「集中できていない!」と叱られ、他のチームメイトとは別に、コートの端でシュート練習をすることになった。
◆
「今年、入った子? 俺、平瀬陽ね!」
振り返ると、「すごい下手だねぇー」と網越しに言ってくる彼。憧れていた人物が目の前にいる。それだけで、意識してしまい緊張してしまう私。
「わ、わた、私、1年の藤島と申します」
「ハハハ、緊張してんの? かわいーね。で、下のお名前は?」
「……千晶です」
「千晶ちゃんね、息抜きがてらにシュート、教えてあげようか? そんなんじゃ、いつまでたっても、試合、出られないだろうし!」
「大きなお世話だ!」って言いたい気持ちもある。後輩だと言っても、私に対して失礼な物言いだし、なんだか私が考えてたよりずっと軽い……。あの夏の大会のときの直向きなイメージを想像していた分、私の想いを返して欲しい。
でも、全てを飲み込んで、「お願いします!」というと、仕切りの網を潜って彼はこちら側のコートに入ってくる。
「女子ってさ、オーストラリアなの?」
「はっ?」
「あぁーえっと……こう?」
バスケットボールを両手でもつと、そのままシュートする。
「ボースハンドって、ことですか?」
「あぁ、そうそう。ボースハンドって言うんだ?」
ザシュッと、ノーリングで入る。みごとなフォームとコントロールされているボールをみると、さすがだなと思ってしまった。
「ワンハンドの方が、俺はしっくりくるかも……」
手元に戻ってきたボールを今度はワンハンドでシュートする。これも、当たり前のようにノーリングでゴールにすっと吸い込まれて、手元に戻ってきた。
「……お見事」
「お粗末様です」
ふふふ……。
ハハハ……。
コートの隅で、少し話しただけでも緊張もとれ、私たちは自然と笑いあっていた。
「千晶は、フォワード?」
「はい。一応、中学では、スモールフォワードでした」
「確かに……体のバランスいいもんねぇ?」
上から下まで見つめられると、恥ずかしい。
「先輩……目線が……やらしいです……」
「君、会って間もない先輩になんてことを! こらっ!」
そんな風にじゃれあってしまい、騒いでいるところを見られたため、結局、二人とも、美樹と森川にこっぴどく叱られてしまう。主に、私にちょっかいをかけたと断定された陽がだ。
連帯責任で、外周も仲良くする羽目になり、入部1日目から憧れの先輩と繋がりができた。
◆
それから、陽とは少しずつ話をする機会が訪れる。
廊下でバッタリあったり、委員会で遅れたら、陽のサボり現場に遭遇したりしていた。
最近では、毎日必ずサボる場所を教えてもらっている。むしろ、陽から一方的にサボる場所が送られてきた。写真付きで、どこでしょう? と……。
私が男子部のマネージャーにお使いの如く使われるようになってから、美樹に陽のサボり場所について何か連絡とかもらってないのかと聞いたことがあった。「アイツが、私にそんなの送ってくるはずがないわよ!」と笑われた。
男子部の森川にバレたら、サボり場所が変わるらしいので、写真付きの連絡を毎日もらっている私しかサボる場所を知らないということだ。
何故、美樹先輩ではなく私だったのだろう……?
疑問は残っていたが、あえて陽には何も聞かずにいた。陽がいなくなると、森川が叫ぶので、私はこっそり、サボり場所まで呼びに行っていたのだ。
そうすると、私は、いつも森川に呼び出され、陽を連れてこいって言わるようになった。最近では、マネージャーが、森川の叫びとともに、自主的に私のところへビブスを持ってくるようになったのだ。
いつのまにか、『陽を探してビブスを渡す係』になっていた。みなが私のことを『陽先輩のサボり発見器』とか言っているくらいなのだ。嬉しいような、なんとも微妙な命名をされてしまったなと項垂れる日々。誰も、私の気持ちを知らず、渡されたビブスの番号を見ては、ため息をついた。
「11番は……、どんな、意味があるんですか? 陽先輩」
誰にも聞こえないようにそっと呟く。意味など無いことくらいわかっていても、陽のこととなれば、気になる。ビブスを握りしめ、『本日の写真』の場所へと急いだ。
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