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31.それってたぶん、ダイバーシティー

*****


 奴さんは男子高に通ってるんやっていう。

 誰の話って、アキラの幼馴染みの話や。


「男子高かぁ」なんとなく――多様性なんかなぁとか、オレは感慨深く思う。

「いいよなぁ、いいよなぁ男子高。きっと男らしい奴ばっかで、素敵な場所なんだろうなぁ」

「いや、せやからこそ、連中の会話は下ネタばっかやろ」

「そそっ、そうなのか??」

「そうやないと、むしろおかしいわ」


 男ってのはサイテーだなっ。

 語尾跳ねで手のひら返しやるアキラのなんと安直なことか。


「で、その男子高のお友達がどうかしたんか?」

「ただのお友達じゃないぞ。幼馴染みなんだぞ」

「せやさかい、ふぅん」

「あーっ、イクミおまえ、妬いてるんだろー?」

「ああ、はい、まあ、まったくもって、そのとおりです」

「おぉっ、おまえはつくづくかわいくないぞ、かわいくないんだぞっ?」


 そいつから、なんや、連絡でもあったんか?

 オレはそないなふうに問いかけた。


「それが、あったんだ。久しぶりに会って、話がしたいとか」

「そこにはどないな理由があるんやろうな」

「さ、さあな。じつは単純にあたしに会いたいだけじゃないのか?」

「さりとて、実際、そうなんかね」

「だとしてだ、一緒に会ってみてくれるか?」

「かまへんぞ。ようわからへんけど、会ったろうやないか」


 今日はアキラんちでたこ焼きパーティーしてる、通称、タコパ―。

 犀川家からの出席者は当然オレ一人やけど、アキラんとこ――七尾家の面々は豪華や、おばあちゃんまでおるさかいな。



*****


 タコパ―が終わったところで、速やかに先方のもとへと向かった。

 くだんの人物はオレと同じで、アパートで一人暮らしらしかった。


 ピンポーン。

 チャイム押したっても反応がまるでない。


「そもそもや、アキラっち」

「なんだよ、あらたまって」

「幼馴染みがこないなところで一人暮らししてやる理由は?」

「そのへんのことはホント、知らないんだ。でも、正直、難しい話なんじゃないかなぁ、って」

「そのへんを否定できる予感も予定もないな」

「だろ?」


 そのうち「はぁい」、高いながらも気だるげで、かつ中性的な声がして。

 玄関先に出てきたショートボブの人物は、やっぱりやっぱり中性的な容姿ででで。

 奴さんは目をこすりながらもその視力は生きているらしくて、「やぁ、アキラじゃないか」と微笑んでみせやった。


「アキラはどうしたの?」

「いいい、いや、おまえがあたしに会いたいって言ったんじゃんかよ」

「そうだっけ?」

「えぇぇぇぇ……」

「なにせ幼馴染みだからなぁ。つらい時分にあって、顔を視たくなったのかなぁ」

「つらいことが、あったのか?」


 いや、だから特段、その覚えはないのだけれど。

 ――とかほざきやった、奴さん。


 ホンマ、要領を得んやっちゃなぁ。


「まあいいや、入りなよ。お茶ぐらい、ごちそうするから」

「連れの分も、いいか?」

「連れ? きみの隣の、白い人物?」

「そうだよ、白い人物だ」


 まあ、めんどくさいけど、まあええわ。

 白い人物で、まあええわ。


 態度やまとう雰囲気にヤなとこはまるでないんやけど、なんとも感じが悪い。

 それでもオレが嫌いになれへんのは、性別抜きにして、奴さんがえらくお美しいからなんやろう――かもしれへんな。



*****


 奴さんちのまあるいちゃぶ台は、オレんちのそれよりさらに小さかった。

 オレとアキラは並んで座ってて、ちゃぶ台の向こうには奴さんの姿がある。


 ええかげん奴さん奴さん言うのは飽きてきたさかい、名前、訊いた。


「名前はいいよ。奴さんで、いいよ」


 ――なんともめんどくさい御仁やな。


「ほな奴さん、おまえはアキラっちとエッチなことしまくったんか?」

「はははっ、はぁ?!」アキラは目を白黒させた。「ななな、何言ってんだよ、イクミ、おまえ――」

「幼馴染みなんやろ? せやったら――」

「ばっ、馬鹿言うな、幼馴染みだからってエッチなことなんてしないんだぞ?!」


 いや、そんなんわこてるんやわ。

 オレの手のひらでも返したような物言いを聞いて、アキラちはオレの左肩をぽかぽか叩いた。


「男に言い寄られているんだ」


 ……は?

 唐突な奴さんの言葉に、さすがのオレも目ぇ丸くした。

 アキラもアキラで、両の目ん玉を「?」にしやったんや。


 言い寄られてる?

 それは言葉のとおりそうなんか?

 ――と、オレはなかば問い質すように訊ねた。


「男子高って、少なからず、そういうところなんだ」

「突っ込んだこと、訊いてもええか?」

「答えられるかはわからないけれど」

「嫌なら、断ればええやん?」

「相手はゴツいから」


 えぇー……。

 とか、苦い顔で顎ぉ引いたのはアキラっちや。


「ヤならヤだって言えよぅ。じゃなきゃ心配だぞぉ……」

「それは嘘でしょ? 実際アキラ、きみはそこの彼とくっついちゃったじゃないか」

「ぼ、暴論に思えるけれどでもそれは……っ」


 せやったら、アキラは自由に恋をすることも許されへんかったんか?

 オレは強く、そう問うた。


「べつにそういうわけじゃあないけれど」

「せやったらナメたこと言いやな。余裕で腹立つぞ」

「とても短気なのかなぁ、きみは」

「うっさい、黙れ、殺すぞ」


 あっ、あのな?

 オレがなおも奴さんにしゃべりかけようとしたところで、アキラが前置きするみたいに言うた。


「悪いけど、何度考えてみたって、やっぱおまえは幼馴染みだってだけだ。義理はあるかもだけど、それだけなんだ、ぞ……?」

「冷たいと思うけれど?」

「悪いと思ってるって言ったぞ?」

「僕が屈強な男どもに集団で襲われてもいいって言うんだね?」

「だ、だからそれは……」


 しょうもない負け犬根性に眉を寄せた、オレ。

 こんなんにつきおうたる理屈はないな。

 そんなんしたる理由もない。


「おまえは阿呆なんやろう。せやからただ阿呆みたいに助けぇ求めるしかできへんわけや」

「だから、僕からすればその判断すら絶望的だって言っているんだよ?」

「オレらをそんなんに巻き込むな。――せやけど」

「せやけど?」

「ケンカするってんなら、手ぇ貸したるぞ」


 奴さんは朗らかに、高らかにわろてみせた。


「きみなら連中に、腕っぷしで勝てるというのかい?」

「詳しいことは知らんわ。せやけど、だいたい勝てるやろ」


 だったら力を貸してもらおうかな。

 ――と、奴さん。


「命賭けるのは、じつはたやすいんや。おまえが望むなら、オレは心の底から、やったんぞ」

「ばばっ、ばか、イクミ、おまえ、そんなこと簡単に言うとか――」

「こういう輩はマジで話したらなわからんねんやよ」

「マジでそうなのだけどね、イクミくん?」

「ホンマ気安く呼んでくれんなや、腹っ立つわぁ」


 この期に及んで助けてもらおうだなんて、思わない。

 奴さんはそないに、けっこう力強く言いやった。


 その意気に感心して、一転、オレは「ほぅ」って頷いた。


「自分でカタぁつけられるっちゅうんやな?」

「僕だって、男だからさ」

「そこまで言うんやったら、二度と弱音なんて吐くな。特にオレのアキラには」


 そったら某人物が、「おおっ、オレのアキラとか……」ってほっぺた赤らめやった。


 オレは右手でがしがし、頭ぁ掻いた。

 なんやぁ不本意やさかい不機嫌なんやけど、ヒトの潔さにはかなわへん。


「ともあれ連れてったれや。なんとかするのは――言うたぞ? 簡単やってな」

「だからイクミくん? 乱暴はしないでもらえるかな?」

「うっさいわ、アホ。気色悪いんじゃ、ボケ」


 あ、あたしも行くぞ?


 阿保抜かせ、アキラっち。

 おまえはきちんと弁当屋の看板娘を務めてろ、や――。



*****


 現場や。

 かなーり治安の悪いガッコらしい。

 ワルのふきだまり――っちゅうのは、まさにこのことなんやろう。


「この学校に他の学校の制服着て入るだなんて、珍しい以外のなにものでもないよ」


 奴さんいわく、そういうことらしかった。


「おまえ、お勉強はできるんやろ?」

「基準によるかなぁ」

「できるんやろ?」

「できるほうだとは思う」

「ほなら、なんでこないに程度が低い学校に?」

「僕は男でアキラは女で。そこに絶望を見たんじゃないかな」


 なんて身勝手な奴なんやろう。

 絶望、絶望絶望――ホンマ、簡単に抜かしなや。

 自分の趣味性や嗜好性、そのへんの劣等性を彼女のせいにしてるだけやないか。


 ホンマ、気分悪いわ。

 メッチャ気分悪いわ。


 それでも、一度、引き受けたことや。

 事には決着、つけたらなあかん。



*****


 ボスは、良く言えば慎重な、悪く言えば臆病なニンゲンらしい。

 四階に通されるところやったんやけど異物が混入したことは早々に知られたらしく、道中、ケンカをさせられた。

 えっらい数やさかい途中で帰りたくもなったんやけど、そうもいかん。

 義理を果たすんはええ、不義理を働くのはあかん。

 親に説かれんでも胸に誓う概念や。


 息ぃ切らせて、なんとか目的地にまで行き着いた。


 教室の真ん中で椅子に腰掛け、脚ぃ組んでるのがボスらしい。

 角刈りで、なんともえらくゴツい男で長ラン姿、目つきの鋭さが尋常やない。


 ホンマ、多種多様さはあってええんや。

 ああ、それはどないなかたちやとしても、あってええ、あってしかるべきなんや。


「タワケ先輩、僕はあなたのモノになりたくないから、彼を連れてきました」


 奴さんがすらすら言うた。

 長ラン男はタワケ先輩っちゅうらしい。


「俺の真意は汲み取ってもらえないんだな?」と、タワケ先輩。

「汲み取っていないわけではないですよ」と、奴さん。「僕自身としては、同性ありきの人生ですから」

「だったら――」

「僕はルッキズムの権化なのかもしれません」

「ああ、なるほど、そういうことか、そういうことか」


 タワケ先輩が椅子から腰を上げた。

 のっしのっしって歩いてきやる。


「だったらもういい。無理やりやっつける」

「そうなるのが嫌だから、彼に来てもらったと言ったんです」


 まったく、身勝手な物言いやな。

 こないゴツい男と真正面から向かい合わなあかんオレの気持ちも考えろや。


「髪や肌はおろか、目ん玉まで白い。気色わりぃな、テメーはよ、つくづくよ、殺してやるよ、せいぜい生まれを呪うんだな」

「やかましいわい、殺してみろや、タワケ先輩。ナメた口利きなや。タダじゃすまさへんぞ」

「俺が勝つぞ」

「アホ抜かせ。勝つんはオレや」


 お互い、短い距離を駆けた。

 駆けてお互い、おでことおでこをぶつけ合った。



*****


 帰路において。

 ぺっぺ、ぺっぺと、血が混じった唾を吐く。


 タワケ先輩、メッチャ強かった。

 これまで会ってきたなかで一番や。


 まあ、勝ったんやけど?

 負けるはずがないんやけど?


 それでもぼこぼこ食らったボディブローが効いてるさかい、ときどきしゃがんでおなか抱えた。

 痛いし苦しい。

 しょっぱいような鉄くさいような、そんな胃液が込み上げてくる。


 家帰ってはよ横になりたいなぁ。


 そないな状況にあってや。

 奴さんが肩ぁ貸してくれた。


「ほっとけや、アホ」

「そうもいかないよ。僕のために戦ってくれたんだからね」


 おまえ、ひょっとしたらと切り出して。

 ひょっとしたらおまえ、タワケ先輩よりもオレよりも強いんちゃうんか? ――と続けた。


 さあ。それはどうなんだろうね。

 奴さんはくすくす笑って。


 確信した。

 この男は単なるドSやって。


「アキラには連絡すんなよ」

「しないよ。――でも」

「でも?」


 いよいよ自宅アパートが間近って段になって、奴さんは「ほら」と前を見るよう促した。


 顔上げたら、駆け寄ってくるアキラっちが目に映った。

 彼女はもうとっくにオレの特性とか性質とか知ってやる。

 知ってやるのに、泣きそうな顔して、慌てた様子で近づいてきやったんや。


「イクミ、イクミ? 何やってきたんだよ、こんな、ボロボロになるまで……」


 かくかくしかじか――とか、説明したろうやなんて思わへんかった、面倒やさかいな。

 オレとしてはアキラっちの顔をまた見ることができたさかい、それだけで嬉しかった。


「アキラっち、抱きついてええか?」

「もう抱きついてるぞ」


 実際、そのとおりなんやけど。


 細いゆうたかてのっぽなんやさかい、それなりに重いはずなんや、オレの身体って。

 せやけど、アキラっちはオレんことをがっちり受け止めやるんや。


「あたしだって、細いだけじゃないからな。ときどきでいいから、任せてくれよ、あたしにも」


 愛した甲斐がある。

 愛するだけの価値がある。


 今夜もよう寝れそうや――。


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