27.札幌
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飛行機なんか移動手段でしかないんやさかい気ぃつこてくれるな言うたんやけど、兄貴は「女性に窮屈な思いをさせるな」って。
せやさかい、JALのクラスJで移動した。
アキラっちは喜んでやった、「飛行機って、もっと狭苦しいもんだって思ってた」とか述べやった。
その言葉のとおり、飛行機には初めて乗ったらしい。
「鉄の塊がほんとうに飛ぶだなんて、思ってなかったんだ」
「飛ばへんほうが、おかしいらしいぞぉ」
「揚力的に、そうなのか?」
「ああ。どう考えても浮かんで進むもんらしいわ」
ふぅん。
そないなふうに鼻を鳴らして、それから坂角のえびせんをぱりぱり食べてコンソメスープをすするアキラっち。
いやぁ、めっちゃ楽しいじゃんか、飛行機って――ということらしい。
まあ、否定はせーへん、それもこれも、オレからしたら、アキラが隣のおるせいやけど。
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新千歳空港から札幌までの電車、快速エアポート。
「札幌でメシ食うぞ」
「いいぞ。食べるのは楽しみなんだ」
「リクエストは?」
「決まってるだろ。ジンギスカンだ」アキラっちはにひひって笑いやった。「肉を食わせろ、肉を食わせるんだっ」
「激安なラブホの近くに有名店がある。そこでええか?」
「らららっ、ラブホ?! おお、おまえはそういうつもりなのか?!」
「言うてみただけぇ」言うて、オレは笑顔をこしらえた。
アキラはぷくぅってほっぺ膨らませて、眉を寄せたりもした。
「べつに急ぎの旅やないしな。どっか、寄りたいとこあるかぁ?」
「クラーク博士だ。羊ヶ丘展望台っていうんだろ?」と即答。
しかし、やな。
「あっこ、べつになぁんもおもろないぞ?」
「いいじゃんかよ。著名なスポットのひとつなんだ。あたしでも知ってるくらいなんだから」
感じ方は、ひとそれぞれなんかもしれへんな。
せやさかい、とりあえずは観光地として認知されてるんやろう。
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札幌の夜、晩飯は居酒屋。
向かい合ってテーブルについてるオレもアキラものっぽや、そういうこともあって、高校生には見えへんねやろう。
せやさかいや、「まずは生ですか?」と店員のおにいさんに訊かれたんやけど、オレらは揃ってウーロン茶を頼んだ。
おしぼりで手を拭きながら。
「時計台って、案外、しょぼいんだな」
悲しげに言うなや、せやけど、せや。
時計台にも行ったんや。
「たしかにこじんまりしてるけど、シンボリックなもんなんやさかい、地元民に聞こえたら嫌な顔されるぞ」
「事実を言ったまでだ」
「けなしてるって言うてるんや」
「わかったよ。ごめんなさい、時計台」
「それでええ」
今日はこのまま、札幌に泊まるんだよな?
「そうやよぉ。重ね重ね、急ぎの旅やないしなぁ」
「ヘ、ヘンなこと考えてるんじゃないだろうな?」
「心配なんか?」
「っていうわけでもないんだけど……」
「ほなら黙ってろ」
「偉そうだぞ」
「ええかから黙ってろ」
そのうち、刺身の盛り合わせがやってきたんや。
赤身に鰤にタコにイカにつぶ貝――。
アキラは目をきらきらさせながら、「おぉぉーっ、見ただけで新鮮なのがわかるぞっ」――。
「好きなだけ食べてやるぞ。ダメだって言っても食べるからな」
「おう。ぎょうさん食え食え。そのほうが食べられるほうも喜ぶっちゅうもんや」
アキラは案外存外、丁寧に赤身を箸でつまんでそれをちょこんと醤油につけると、お上品に口にした。
「うげげっ、なんだよ、これ」
「マズいんか?」
「真逆だ。地元で食べてたのはいったいなんだったんだ?!」
それくらいうまい――ちゅうことらしい。
「そうか。北海道、やっぱ馬鹿にできないな」
大げさな物言いに聞こえなくもないんやけど――。
オレは鰤をつまんで味わった。
うん、めっちゃうまいな。
ギルティや。
じきにやってきたのはウニや、ウニ。
殻ん中に入ったままで、とげとげがうにうに蠢いてやる。
「うげぇ、まだ動いてるじゃんかぁ」
「せやからこそ、ありがたくいただかなあかんねんぞ」
「えー、でも、あたしは遠慮しとくよぅ」
「アホか。うまいに決まってるんやから食えや」
「うえー、マジでかぁ?」
「マジや、マジ」
っちゅうてもいっこうに手をつけようとせーへんさかい、オレは中身をスプーンで救った新鮮味に溢れたその身を、アキラにあーんさせたった。
アキラはぎゅっと目ぇつむってぱくって食べた。
「う、うまいじゃんか」
「アホめ。そない言うたやろ?」
「まあ仕方ないな。最後まで食べてやるか」
以降、アキラっちは手に取ってぱくぱく食べやった。
「いい店だ。また連れてきてくれよ」
「そうやな。また来よなぁ」
*****
チェックイン、某有名ホテルチェーンの一室。
ビジネスホテルやさかい、広くないのは当然や。
アキラは立ち尽くすように直立したまま、「ツインだったのか」――。
少々意外そうな口振りに映ったもんやから、実際、その旨、口に出したった。
「ま、まったくそうじゃないぞ」ぶんぶんと首を横に振ってみせやった。「おまえはスケベだからダブルじゃないかと予想していただけなんだぞ」
「えっらい強がりやな」
「強がりなんかじゃないやい、うるさいやい」
それぞれベッドに腰掛けて、コンビニでこうてきたデザート――シュークリームを、なまめかしく食べながら。
「変だ。ぜんぜん緊張しないんだ」
「ちょっとくらいしろ言いたいんやけど、ま、それもええわな」
「明日は朝早くから移動するのか?」
「まあまあそうするって、もう伝えてある」
「どうやって行くんだ?」
「途中まで電車で、途中からはバスや」
なんかうきうきするな。
実際アキラは、にこにこわろた。
二人してシュークリームを食べ食べ――。
「屋上に大浴場があるんや。行くかぁ?」
「行く行く、行くぞ。広いお風呂は大好きなんだぞ」
お互いに準備を整えて、向かう。
道中、「混浴やったらサイコーやのになぁ」って呟いたった。
そしたらアキラっちは「ば、馬鹿言え。だったら来てやってないんだぞ」って、てんでつれへんことを言うてくれた。
ひとときの離れ離れ、それぞれ浴場に入って、オレはサウナでばっちり汗だくになってそれが気持ち良くて、ごしごし身体あろてしっかりドライヤーの世話にもなって表に出た、整った。壁際に設置されてる長椅子に座って、相棒のことを待った。そのうち、出てきやった。白いタンクトップに黒いショートパンツ。「待ったか? 悪い」って言って寄こした。
「今宵も胸が重そうや、タンクトップは反則やぞ」
「うっ、うるさいやい、このヘンタイめっ」
なにせ目の保養になる恰好やさかい、何言われても許したった。
部屋に戻ったところで、ちっこい冷蔵庫からペットボトルを出した、水や、二人してぐびぐび飲む。
ぐびぐびの挙句ボトルから口を離すなり、アキラは「ぷはぁっ」と発しやった、「風呂あがりの水はサイコーだ」ということらしい。否定はせーへん、実際、たかが水が、めっちゃうまい。
二人で洗面所に立って、並んで歯ぁ磨いて。
いよいよ部屋で落ち着いたところで、「寝るか」と誘った。
「ああ、ホント、明日が楽しみだ」アキラがうふふと笑った。
「何が楽しみなんやぁ?」
「だって、知ったことがない場所に踏み入るんだぞ? おまえと会ってなかったらきっと一生、訪れなかった土地だ」
「なんや、センチやなぁ」
「楽しみだよ、楽しみだ……でも」
「でも?」
あたしはきっちり、おまえのお父さんとお母さんに気に入ってもらえるのかなぁ……。
そんなん決まってるんやけどな。
とりあえず、今はそっとしておこうって思う。
「アキラぁ、オレは寝るぞぅ」
「あ、あたしも寝るぞ。勝手はよせやい」
「なんやその意味不明な対抗心は」
「ととっ、とにかく寝るんだ」
「ああ、寝ようや」
「そうだ寝ようだ、ばっきゃろー」
気ぃつこてツインにしたわけやけど、ベッドは一緒が良かったな。
「なあ、アキラっちよ」
「うるせー、やだぞ、もうやだぞ。あたしは寝るんだぞ」
「あいよ」
「襲ってきたら結構マジで抵抗してやるからな」
信用されてないってわけやないんやろうけどな。
「なあ、アキラっちよ――って繰り返してみた」
「おやすみ、イクミ。今日はありがとうとだけ言っとく」
偉そうな物言いやさかい文句の一つも言ってやりたいんやけど、まあええわ、涙飲んだるわ。
「明日が楽しみやな」
「だからこそ、もう寝るんだ」
「あいよ」
「お互い、遅刻はしないようにしような」
そのうち、すぅすぅと健康的な寝息が聞こえてきた。
そこに嘘はないやろう、アキラはホンマに、安らかに寝入ったんや。
オレも寝ることにする――寝ることにした。




